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風の神話  作者: 夢育美
光の帝国
11/19

一話 光帝と地星

※サブタイトルを修正しました

 光帝の居城の遥か地下において、数人の男たちが忙しなく動きまわっていた。

 光といえば、中央の装置から漏れ出す僅かな光のみで、しかもその光も星の発する瞬きのように、頼りなげで微かなものだった。

 巨大なホールとも見える部屋の中央には、オリハルコン、紫黒曜石、蛍光石から作られた、複雑な骨組みをした、円筒形の篭のようなものがあった。


 現在その中に、四つの地星(ちせい)が納められ、それらは互いに一定の距離を保ちながら篭の中に浮いていた。

 正確に正方の各頂点の位置に、一つ一つの地星が位置して、上から見ると正方形を描くような状態のまま、ゆらゆらと漂っていた。

 光帝が篭の中を覗き込むと、ふわりと反対側に正方形が移動した。そして暫くすると篭の中心に戻って来る。


「美しい。これがかの『エルダ・スティル』か。このように碧い宝玉が、この世界に存在していようとは」

 光帝が四つの地星に魅せられている側には、三人の博識たちと、親衛隊長が傅いていた。

「残すは三つか。よくやったと言いたい所だが、肝心の中心と天と地を表す石が手に入らないとは残念だ。皮肉なものだな、隊長」

「は、い、いや、ま、誠に不甲斐ない話ですが、よもやあのような邪魔が入ろうとは……」


 隊長と呼ばれた男は、血の気を失う程怯えていた。自分に下される処遇が苛烈で無い事を祈るしか無い。

「報告は聞いている。ドラゴンに襲われたそうだな?

 よもや作り話ではあるまいが、寝物語に聞かされたお伽話の住人が、現実の世界に現れるとは。何とも妙な事だな」

「……」


 親衛隊長は床に額が付くほどに畏まり、ぶるぶると震えていた。

 光帝の言葉は至って穏やかで、決して叱責しているようには聞こえないが、感情の篭らない喋り方が、光帝独特の物である事は、嫌と言うほど身に染みていた。

 光帝はそんな親衛隊長を一瞥すると、今度は三人の博識たちに向かった。


「例の装置は、巧く作動したようだな」

「仰せの通りにございます」

「実用になりそうか?」

「索敵か隠密行動には最適かと」

「攻撃兵器としては、向かないという訳だな」

「御意にございます」


 例の装置とは北方の工業国、シュネの技術者が売り込みに来た、復体装置という四角い黒い箱の事だった。

 詳しい原理は分からないが、遠隔地に自身の分身を出現させる装置だと説明していた。今回のエルダ・スティル略取に際して、親衛隊員が使用した装置だ。

「使った感じはどうだと言っていた? 我にも使いこなせると思うか?」


 光帝の意外な問いかけに、身の竦むような思いを感じる親衛隊長だった。

 その真意が掴めず、困惑して見上げた光帝の顔は穏やかに微笑んで見えた。

 しかしその瞳に宿る好奇の色は、子供っぽさというよりはむしろ、純粋な欲望から生ずる悪意のようなものを感じさせて、背筋が寒くなった。

 何と答えたものか分からず、思い付くままに使用中の安全性の問題点、持続力の改善の必要性、物体化の安定性問題などを告げた。


「光学技識長、親衛隊長はこう言っているが、改良はすぐに可能か?」

 光帝の問いかけは、博識たちに対してのものだった。この場合『問いかけ』では無く、むしろ『絶対命令』という表現が正しいのだが。

「お言葉ではありますが、光帝御自らの出陣はご賛同いたしかねます。

 ゆえに、その為と仰せられるのであれば……」

「なかなかに賢しいな。なに、戦場で暴れまわりたいと言う訳ではない。

 あくまで使ってみたいというだけの話しだ。それでも不服か?」

「滅相もないことでございます。光帝陛下にご意見するつもりなど。何とぞお心のままに」

「では、すぐに改善を。それと同時に、『エルダ・スティル』の解析も進めよ」


 それだけ言うと、光帝は自分の居室に戻っていった。後ろ姿を見送り、親衛隊長はようやっと安堵の溜め息を漏らす。

 はっきり言って今回の任務は、必ずしも成功したとは言えない。いや、主星である『ファティエ』の強奪が出来なかった事は、むしろ失敗と言ってもいい。

 普通であれば自分は少なくとも降格、悪くすれば解任される事もあり得た。

 だが光帝は然程気分を害している様子は無く、かといって上機嫌という程でも無いが……自分の意見を求められるなど、思ってもいなかった。


「どうされたね? 不思議そうな顔をしておるが」

「な、何でも無いわ! 光帝陛下にお言葉を頂けたので、感激していたところだ。

 それより陛下のご指示であろう、至急作業を始められよ!」

「……分かっておりますよ、隊長」


 全身をすっぽり覆うローブの下から、値踏みでもされているような視線が覗いているのを感じて、親衛隊長はつい強い口調になってしまった。

 それ以上は何もいわず、最古参の「博識」である“ディー”と呼ばれるその老人は、静かに部屋を出ていった。


 残された親衛隊長は、装置の中に浮ぶ四つの碧玉を、複雑な表情で見詰めていた。全部で七つあると言われている『エルダ・スティル』。

 伝説によれば、神代の頃に世界の理をただ一人知るもの、賢者エルダが天に浮ぶ星を地上に落として、それを砕いて作った物だと言う。


 伝説の碧玉が、目の前に浮いている。見たところそれ程大層なものには見えず、どれ程の使い道があるのかも分からない。

 ふと右手を差し出して、篭の隙間から触れようとしてみたが、風圧に押された羽毛のように、反対側に逃げてしまった。

 なんだこいつは、ただの玉石のくせに。

 人に触れられるのを拒むというのか。小さな苛立ちを感じたが、諦めて手を退いた。


 自分はこれがなんの為に必要なのか、何故集められているのか、集まるとどうなるのか、何も知らされてはいない。

 だがその事に疑問を持ってはいなかった。知らされなくて当たり前なのだから。

 光帝は我らに命を下す御方。その御方の望むままに行動し、その望みを達するのが我らが使命。

 その事自体には、なんの疑念を挟む余地も無い。


 だが。


 初めての感情に囚われている自分に驚くと、何か言い知れない昂ぶるものを感じていた。

 親衛隊長は意を決したように、今一度碧玉を見詰め、目を細めて何事かを口にした。

 そして、踵を返すと本来の自分たちの戦場である、光帝陛下の元へと登っていった。



 光帝は一人自室に籠り、大量の蔵書の中から数冊を取り出して、調べものに没頭していた。

 子供の頃から人並みの楽しみを知らない、それが何か分かる前に無理に「大人の形」をさせられて来た彼は、先達が目を向けることなく埋もれていた、大いなる遺産の中に価値を見い出していた。

 知らなかった事を新たに知る事が、自分を楽しませているという事、蔵書を紐解く作業に集中している己の感情が、楽しいというものである事に、彼自身気付いていなかった。


 歴代の光帝の中で、彼のように蔵書に並外れた興味を示した者は少なくない。

 それというのも、光帝という地位が退屈でこの上ないものになって久しい為だった。

 初代やそれに続く数代の光帝は、戦乱の続く大陸南部を諫めるのに自らも剣を振るって戦った。

 続く数代の光帝は、バイスの国造りと、辺境地区の統制に力を入れた。

 そうして出来上がった現在の仕組みは、安定しているが故に組織の長は単なる象徴としての意義しか無くなってしまった。


 何かをやるのは末端の兵士たちで、彼自身は指一本動かさずとも、瞼の動き一つで数千人という人間を動かす事が出来る。

 大き過ぎる権力は時に人を退屈にするもので、野心を持たない平和な心根の権力者というものは、およそ現実離れした世界に身を置いて生きるしか無い存在と言えた。

 野心は無い。確かに野心は無かったが、執着はあった。


 彼にとっては、書物に書かれた世界の知識を知る事、埋もれて久しい大量の情報を引き出す事が、自分と日常を繋ぐ接点だと考えていた。

 その接点はある建物の中にあった。光帝の居城の脇に建つ、灰緑色の石造りの塔には無数の書物が納められていた。

 塔の中の蔵書がいつ頃から集められているのか、何の目的で集められているのか、それを知る者は既に無い。

 光帝となる者の個人の財産として、代々引き継がれてきた物だった。


 塔の存在自体は良く知られ、中に何が納められているのかも、知ろうとしさえすれば誰でも知る事が出来た。

 蔵書のいくつかは、記された文字を使う者が既に存在しない、あるいは言葉の意味を知る者が絶えてしまった古代文字であった為、殆どの蔵書の内容は解読されずに放置されていた。


 一部、レリアス教の司祭が用いる文字に似たものがあったが、それらは神々の名前を表す紋章であり、本来の意味は失われていた。

 この時代には意味を持たない数多くの書物が、初代光帝の厳命によって大切に保管されているのが、『星の塔』と呼ばれるこの塔の実体だった。

 蔵書の閲覧は特別な理由が無ければ、一般人にも認められていた。一部に非公開の蔵書もあったが、そのこと自体は余り知られていない。


 身分を明かし、書物の内容を解読する目的である旨を申請すれば、塔への立ち入りが許可されるようになっていた。

 ただ、市内には大小あわせて三ヶ所の公立図書館があり、そちらに納められている数々の書物も自由に利用できた。

 バイスの住民が利用するのは、殆ど公立図書館の方だった。『星の塔』の蔵書に興味を示す市民は少なかった。


 『星の塔』の蔵書を調べる目的でこの街に訪れる者たち、彼らを“訳者”と呼ぶ。古代の知識を、利用できる知識に翻訳する者だからである。

 訳者としての身分もまた、親から子へ、師から弟子へと受け継がれる事が多かった。専門技術は累計の恩恵が大きいからだ。

 古代文字の解読は非常に困難で、多くの時間を必要とした。新たに得られた知識、解読された事実は全て管理官に集められ、全ての訳者に公開されていた。

 また、訳者は解読した内容を全て、『星の塔』の管理官に報告する義務を負っていた。


 それでもこの塔の蔵書が顧みられることは殆ど無く、貴重な存在ではあったが、不正に持ち出そうという者もいなかった。

 実は蔵書に記された内容の殆どは、過去の人々の日常生活を叙事詩的に綴ったものや、神への感謝の言葉を並べているもの、何かの収穫物の記録のようなもの、などの具体的に役立つものでは無かった為だ。

 或る程度解読が進むまで、役に立つものかどうかの判断が難しい。労多くして実りの少ない作業だった。

 知識の探究に生涯を掛ける者、何かの対象に関する記述を探す者でも無い限り、永くは続かなかったのだ。


 しかし光帝には、有り余る時間と秘密裏に調べて来た特別な知識とがあった。

 正確には現光帝の二代前の光帝が発見した、一冊の書物に端を発する。

 その書物には、伝説と供に語られていた“エルダ”の名前が数多く登場したのだ。

 只の伝説だと思われていた、賢者エルダの名前が繰返し記されている、その事実だけでこの書物は非常に重要な意味を持った。

 そして、光帝は密かに数名の博識たちを呼び集め、エルダの名が記されている書物を片っ端から探させたのだった。


 結局見付かった書物は、一度か数度エルダの名前が記されているだけで、繰返し登場するという特徴を持つ書物は僅かに四冊が発見されただけだった。

 しかしその四冊は、何れも表紙の痛みが激しく、紙面の黄ばみ方も一様である事から、同時代に作成された物であろうことは容易に想像できた。


 エルダを意味する文字を数多く有するこれら四冊の書物は、その後誰言うとも無く『エルダの書』と呼ばれる事になった。

 しかしこの四冊の存在は公表される事は無く、光帝と数人の博識のみが知りうる事実として秘匿された。

 書かれていた内容は、他に類を見いだせない、規則性の無い古代文字の羅列が続いていた。


 一般の古代文書は古代文字で書かれてはいるが、意味のある文章の連続であり、同一の文字の並びは同じものを指していた。

 そのお陰で、徐々に名詞から判断が進み、文節全体の意味が解読出来るのである。

 しかし、『エルダの書』には、そういった規則性が無かった。

 文字の配置にもおかしな所が多く、所々に数文字の空白が現れていた。

 バイスに限らず大陸南部で使われていた文字は、音を現す三十七の文字で表記される表音文字を使っていた。


 方や古代文字と呼ばれている、星の塔の蔵書に記されている文字は、一文字或いは数文字のまとまりで一つの意味を表す、表意文字である事まで分かっていた。

 その為、エルダを意味する文字の連続を発見出来たのであった。

 『エルダの書』を発見した光帝も、博識たちもその特殊性に頭を抱え、意味するところを解読出来ずにいた。

 一種の暗号化された文章ではないのかと、様々にパターン化されて解読が試みられたが、成果は上がらなかった。


 停滞していた状況を打ち破ったのが、まさに現光帝であった。彼はそれまでの調査を殆ど無視して、全く新しい方向から検討する事にした。

 彼は練習として、まずは手頃な古代書物を一冊、独力で解読してみせた。

 現光帝は非常に頭が良く、閃きも鋭かったのか、すぐにコツを理解してしまった。

 それから問題の『エルダの書』に取り掛かって、確かに他の蔵書とは違う書き方をされた物である事を認識した。


 彼は特に、度々現れる空白と、エルダを表す文字列に着目した。

 今までの研究報告では、空白が文字列の区切り、エルダの文字列は別の何か重要な言葉に置き換えられるのではないか、とされていた。

 しかし腑に落ちない点があり、彼はまずその疑問を熟考する事にした。

 空白が連続して数文字分表れる箇所、エルダの文字列がやはり繰り返し記述される箇所が幾つかあるのだ。

 単に文字区切りであれば、数文字連続して空ける必要は無い。また、何かの言葉の置き換えなら、エルダの文字列が連続して記述されるのは何故か。


 まさに天啓があったと言っても良いだろう。

 現光帝は、発見されてから八十年余り経って初めて、この四冊に分かれて書かれた、古代文書の秘密に光を当てた。

 『エルダの書』は、分かれている事が既に秘密の一端だという点に。

 所々に表れる空白とエルダの文字列に、類似性のある紙面を発見したのだ。


 直ぐさま彼は四冊全てを一枚ごとにばらばらにした。それから空白とエルダの文字列を比較して、その位置が一致する物を探す。

 そして位置を合わせて束ね直す作業を繰り返した結果、四冊分の書物は綺麗に一冊に纏まったのである。


 しかしこの状態でも、やはり意味が取れない。何気なくぱらぱらとめくっている内に、決定的な閃きが彼を打った。

 文書を読む方向が紙の重なる方向、つまり深度の方向に読むのだと気が付いたのだ。全く常識的では無いが、縦方向に読むものだったのだ。

 それから二年を掛けて、一部を除くほぼ全文が解読される事となった。


 つまり、『エルダの書』とは、予想通り暗号文書だったのだ。


 そしてそこに書かれた驚愕の事実と、それを裏付ける作業に現光帝は没頭していく事になった。


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