#14帰還 #15スピーチ(了)
秘密の想い出 ~サエコの場合~ トラキチ3
【初稿】20140406(連載8)
~帰還~
プシューとカプセルが開いた。
ツヨシは、カプセルを手で押し上げ、あわてて出てきた。
「ワタル、卒業式、終わったぞ!」
「ツヨシありがとう、それじゃサエコさんの強制離脱を準備する」
ワタルは、医療チームに指示し、ストレッチャーを用意させた。
「強制的にブラックアウトさせてシステムを停止する」
ワタルが非常用モードで直接コマンドを打ち込むと、次第にサエコの生体情報モニタに安定した波形が映し出された。
「よし、完全にブラックアウトしたようだ、システムから離脱完了だ、カプセルを開けるぞ」
プシューと音を立て、カプセルが開く。
テクニカルチームが、ケーブルを切断し、医療チームは、カプセルからサエコをストレッチャーに手際よく乗せかえると研修所内の集中治療室へ搬送した。
ワタルは、チラリとサエコの横顔を見たが、どことなく満足そうな笑顔をしているようで安心した。
「ふぅ……」
ワタルが大きく息を吐いた。
ともかくシステムからの離脱は完了した。あとは、今回のシステムでの体験と実体験とのギャップをサエコ自身がどう対処するかということになる。
これほど長い時間、システム内で過ごしていたのだから、現実とは違う価値観を持つ可能性もありうる。いずれにしても、時間をかけてカウンセリングをほどこし、現実世界になじませなければならない。
ところで、サエコは、最後まで、システムの中にいるという自覚はあったのだろうか。いや、大丈夫だ。定期的に彼女の記憶に外部からアクセスし、ブレスレットの存在を見るたびにシステム内にいることを自覚していたはずだ。
いずれにしても、それは彼女自身と話してみないとわからない。
願わくば、このテストモニタに参加するきっかけになった、高校時代のこだわりについて、彼女が満足する体験ができていればいいのだが……とワタルは祈った。
「サエコはどうした? ワタル……」
ツヨシが、シャワーを浴び着替えてもどってきた。
「ああ、いま集中治療室へ搬送したところだ、で、久々のカゲヤマサエコさんと会った感じはどうだった?」
「いやぁ、正直、驚いた」
「うん?」
「当時のサエコとは全く別人だ、まぁ、ナツミからは聞いていたんだが、実際に会って話して実感できたよ」
ワタルはツヨシの変化を見逃さなかった。システムに入る前は、ひたすらカゲヤマと呼んでいたツヨシがサエコと親しみをこめて呼んでいる。
「なぁ、ツヨシ、サエコさんは、高校時代にどうしても確かめたいことがあるといっていたんだが、わかるか?」
ツヨシは、目を伏せてうなずいた。
「おそらく……」
「おそらく?」
「オレがサエコに告白したこと、オレが出した手紙のこと、それから卒業式にナツミと大喧嘩したことぐらいじゃないかと思う」
ワタルは、驚いてツヨシを見た。
「ちょっ、ちょっと待て! おまえ、サエコさんに告白してたのか? で、なんでナツミさんと結婚することになったんだ?」
「まぁ、今回もフラレたけどな、ともかくシステムの中でしつこく聞いていたからな」
「それで、サエコさんは納得できたんだろうか……」
心配そうにワタルがツヨシを見た。
「たぶん、いや絶対に、サエコは納得できたとおもうよ、ただ……」
「ただ……?」
「気になることを言っていた、オレが告白したときに『私には好きな人がいます、と答えればよかったんだね』と話したんだよ」
「そりゃ、断るための口実じゃないのか?」
「うーん、ただ、サエコは妙に落ち着いて話していたし、これは誰かしらいるんだろうなってオレは直感したんだよ、だから気になったんだ」
ツヨシは、穏やかに話をしている。
やはりツヨシの態度は、カプセルに入る前の態度とは大違いだ。おそらくシステム内のサエコと出会い、ツヨシが抱いていたトラウマも解消されたのだろう。
~~
システムから離脱してからすでに24時間が経過していた。しかし、サエコの意識はいまだ戻らない。
心配して駆けつけたナツミもサエコの寝顔を見つめている。
私が、状況を説明するとナツミはサエコの手を握り締めた。
「やっぱり、小学校のころに何が何でも離脱させていればよかった……」
ナツミが涙声になる。
「そんなことはないよ、おそらく、まだ何か探し求めているものがあるのかもしれない」
「え?」
「ツヨシの話では、自分のブレスレットを見せて卒業式の夕方には離脱することは伝えてあったそうだ」
「ということは、離脱することは、ちゃんと認識していた?」
「そうだね、それは間違いない」
「それなのに、まだ何かあるのかなぁ……」
『私には好きな人がいます……』
ワタルは、ハッとした。
「ナツミさん、サエコさんが今まで好きになった人って、誰がいる?」
「え? 突然、なんですか?」
「ナツミさんは、サエコさんとずっといっしょだったんだよね、サエコさんが憧れて好きだった人を知らないかなぁ?」
「うーん、いつもサエコのことは見てたけど、男の子というと、ツヨシ……ぐらい」
「え、そんなに男子と接点はなかったの?」
「だって、小学校の頃も『男子はズルイ』といっていたし、中学でも高校でもあんまり男の子と話しているところは見たことないです」
「うーん、ツヨシの話では、ツヨシにむかって『私には好きな人がいます』って話していたらしいんだ」
ナツミは、しばらく考えていた。
そして、カバンからいくつかの四角く折られた折り紙を取り出した。
「これは、サエちゃんからの手紙なんだけど……」
ワタルは、その折り紙を見たとたん衝撃を受けた。
「こ、これ!」
「え? これはね、私とサエちゃんとの秘密の手紙なんだ、いつもこうして折ってやりとりしてたんだよ」
ナツミが微笑みながら一つを解いて見せた。
「し、知らなかった」
ワタルの顔がみるみる青ざめていく。
「どうしたの?」
「実は、幼稚園の卒園式のときに、これと同じものが僕のカバンの中にはいっていたんだよ」
「え?」
「サクラ色のすごくキレイな折り紙だったから、捨てられずに、写真のアルバムに挟んで取っておいた……」
「それじゃ、もしかしたら、それ、サエちゃんの手紙かもしれないよ」
「でも当時、あの事故があってから、サエコさんは、ずっと僕の事は避けていたし、そんな手紙なんて書くかなぁ……」
「でも、システムの中でも同じようなことは起こらなかったの?」
「いや、システムの中では、事故の直後に『ありがとう、私のためにゴメンね』って言われて、その後はいつもどおり楽しく遊んでいたし……」
ナツミは、ワタルを見つめて話した。
「ねぇ、ワタルくん、その折り紙って今ドコにあるの?」
「たぶん、家かな……」
~~
(なんで、真っ暗なの?)
私は、漆黒の闇の中にいた。全く何も見えない。自分が立っているのか横になっているのさえもわからない。
突如、遠くの方でファンファーレが聞こえてきた。
「あ、これはプリンセスティアラ? まちがいない!」
私は、ファンファーレの音を頼りに向かってみた。
どこからともなくナレーションが流れてくる……。
『緑美しき大地を治め平和に暮らす王国がありました。しかし、その王国には、100年に一度、遥か北の山に棲むというドラゴンに生贄を差し出さなければ滅亡してしまうという伝説があったのです。
そしてまたその年が巡ってきました。今回の生贄に選ばれたのは、王国一番、器量の良い娘と評判のナタージャでした。両親は一人娘が生贄となることを嘆き悲しみ、王様に娘の命を助けてほしいと懇願しましたが、王様でさえ、なすすべもなかったのです。
ナタージャがキレイなドレスに身をまとい、馬の背に乗せられ北の大地に出発する日、王女ティアラは遠方の旅から王国に戻ってきたところでした。そして、ナタージャが生贄となったことを聞き大変驚きました。ナタージャはティアラの幼い頃からの親友だったのです。』
(懐かしい、プリンセスティアラのオープニングね)
あたりが徐々に明るくなると、私は森の山道に一人たたずんでいた。目の前を生贄をのせた馬が通り過ぎていく。
「ティアラ! さようなら」
馬上から涙声が聞こえてきた。
私が見あげると、なんとナツミがキレイなドレスを着てコチラをじっとみつめていた。
「へ?」
(ちょ、ちょっと! なに? これ!)
驚いて、自分の格好をよくよく確かめると、ヨロイを身につけ、腰には宝珠がついた美しい剣を装備している。これはプリンセスティアラの格好そのものだった。
(え? これってゲームの中? まぁ、このゲームの展開は、よくわかっているから、ナツミを助け出すことはできる……)
私は、ちょっと戸惑いながらも、そっと一行の後に続いて歩くことにした。
ナタージャの一行が深い森に入ると、たくさんの魔物が現れた。一行を守っていた兵士は傷つき次々と倒れ、とうとう護衛は私一人だけになってしまった。
私は、このまま2人で逃げようとも話をしたが、ナタージャは、生贄がなければ王国が滅んでしまうかもしれないと固く拒むのだった。
私たちは、暗い森を急いで抜け、次の村に到着したときには、あたりはとっぷり日が暮れていた。
それから、2人きりの旅がはじまった。いくつもの森を抜け、草原をぬけ、北の山を目指し冒険を続けた。
途中、立ち寄った村では、ヒミツの抜け穴や、貯蔵庫の場所も知っていたので、装備も揃えることもできた。
順調にレベルもあがり、必要な薬品なども自ら調合することが出来るようになる。
いよいよ山のふもとの村にたどり着いた。ここからは、山を登り、ドラゴン退治をすることになる。私とナツミは、薬草を煎じ、たくさんの回復薬も準備し、ナツミにも革鎧を着せると山を登り始めた。
(たしか、ドラゴンを倒すことはできなくて、岩屋に封じ込めるて終わりだったんじゃないかしら)
山の中腹にたどり着いたとき、地響きが聞こえ、大地が揺れた。そしてあたりが真っ暗になっていく。私は空を見上げると、ドラゴンが太陽を遮りコチラをみていた。
「きたわ!」
私は、剣を抜いた。剣についている宝珠が光り輝きはじめる。ドラゴンは、宝珠の光を確認すると襲い掛かってきた。
ドラゴンとの戦いは、熾烈だった。少しづつ剣でダメージを与えるものの、タイミングがズレてしまうとドラゴンは空へ舞い上がりダメージを回復してしまう。
私は、ひたすらドラゴンの火炎を避けては攻撃をした。
「回復薬はこれでおわりだわ」
私は、最後の薬を飲み干し、ドラゴンの攻撃に備えた。死闘が続いたが、ちょっとした油断で、岩に囲まれた袋小路に追い詰められてしまった。
「しまった!」
ここでは逃げ場がない。
ドラゴンが、火炎を吹こうとした瞬間、私は目を伏せた。
しかし、その次の瞬間、水煙があがった。
「あきらめたらダメだ!」
目をあけると、小さな少年が大きな盾でドラゴンの火炎から守ってくれている。その盾は、水神の盾と呼ばれるもので、火炎を防ぐことができたのだ。
「ガドウルフ王子!」
ナツミが叫ぶ。私がその王子をみると、なんと幼い頃のワタルの姿だった。
(え?)
「ティアラ、ここはオレがドラゴンをひきつけておく、山の頂上にある石の封印を元にもどすのだ! それからコレをもっていけ、かならず役に立つ!」
ワタルは、私に、そう叫ぶと、紫紺のナイフを私に投げた。
ドラゴンの火炎が収まると、ワタルは、黒い長いモリをドラゴンめがけて投げつけた。するとそのモリは、ドラゴンの目を貫いたのだ。
ドラゴンは暴れ、目に突き刺さったモリに気をとられているスキに、私は、ワタルの紫紺のナイフを拾うと急いで山頂を目指した。
山頂にやってくると、石の封印がズレて開いているのがみえる。私は、いそいでその封印を元にもどそうと、石に手をふれた。
その瞬間、身体が熱くなるのを感じた。そして、私の身体から、もう一人の私が現れたのだ。
「我は、そなたの分身、石の封印を動かすことはまかりならぬ!」
まるで鏡のようだった。自分とおなじ動作をするもう一人の自分。その自分が私が封印を元にもどすのを邪魔をする。
(こんな展開あったかしら……)
剣を突きつけても、同じように剣が突きつけられ勝負がつかない。しかも、相手を傷つけると自らも同じようにダメージを受けてしまうのだ。
どうにもこうにも相手を倒すことが出来そうにない。時間ばかりがどんどん過ぎてしまう。
「王子!」
ナツミの悲鳴が眼下から聞こえた。
私は、声の方をみるとワタルがまさにドラゴンに踏み潰されそうになっている。
「何かでドラゴンの注意をそらさねば!」
私は、とっさに近くにある木の実をもぎってドラゴンに投げつけた。すると木の実が破裂して、ドラゴンにダメージを与えている。
ドラゴンは、驚いたようにバサバサと羽ばたいた。
(あ、これは、怒りの実?)
「知んないの? ティアラは、怒りの実を食べるとキバの女王になって無敵なんだぞ!」
(え? そういえば、ワタルがそう言っていた)
私は、木の実をかじってみた。するとみるみる身体が輝きはじめた。
(これが無敵状態? そうだ、無敵状態なら……)
私は、ワタルの紫紺のナイフを左手に構えた。
同じように、もう一人の私もナイフを取り出した。
「無駄なことよ、あきらめて立ち去れ」
「そうね、私は、もうあきらめることにするわ、だからここでこうするの」
私は、左手のナイフで自らの胸を突いた。
もう一人の私が驚いた表情を浮かべたが、彼女も自らの胸を突いた。
ドクン……ドクン……
私は、一瞬痛みがあったがナイフを抜くと傷口は光り輝き、すぐにふさがっていく。一方の私は、そのままその場に倒れると消えてしまった。
「いそいで、封印をとじなければ……」
渾身のチカラを込めて石の封印を動かししっかり閉めることが出来た。
「これでよし! あとはドラゴンを倒すだけ」
光り輝く私は、山頂から、ドラゴンの頭をめがけて飛び降り、剣を突き刺した。
「ティアラ! アタック!」
まばゆい光がドラゴンを包み、ドラゴンがドーンと横倒しになった。
私とワタルは、すかさずドラゴンの口の中に入り込むと、口の中から頭を剣で貫いた。
ドラゴンの断末魔の雄たけびが聞こえた。
が、次の瞬間、ドラゴンが最後の力を振り絞り、火炎を吹くのがわかった。ワタルが水神の盾で防御したが、あまりに至近距離からの火炎だったため、さすがの盾も吹き飛ばされてしまった……。
私は咄嗟にワタルを抱きかかえた。無敵の私なら、火炎からワタルを守れるはずだ。
「ワタル、しっかりつかまって、私が守る!」
熱い火炎の中で、私は必死にワタルを守った。しかし、身体はどんどん熱くなり、装備していたヨロイは溶けて吹き飛んでいく。
そしてワタルも吹き飛ばされそうになった。
「ワタルー! ワタルーー!」
私は、絶叫した。
~~
ワタルは、驚いた。
いきなり、サエコの絶叫が聞こえたのだ。
あわてて、病室へ駆けつけると、両手を天井に掲げている。
「サエコさん、サエコさん!」
ワタルは、サエコを揺り動かした。次の瞬間、サエコは、目を開けた。
「ワタル! ワタル!」
サエコは、涙をポロポロこぼしながら、ワタルを強く抱きしめた。
「大丈夫、もう大丈夫です!」
ワタルは、サエコの耳元でやさしくつぶやいた。
「私は、私は……」
「おかえりなさい! サエコさん」
ワタルは、やさしくサエコを抱きしめた。
「もどれたのね?」
「もどれましたよ! 長い眠りから目覚めたんです」
「私、プリンセスティアラのゲームの世界にいたみたい」
「え? ティアラですか、なつかしいですね」
「ふぅ」
私は、大きく深呼吸をした。
「落ち着いたら、少し話をしましょうか」
ワタルは、そういうと病室の照明を少し上げた。
~~
私は、ワタルが用意してくれた温かいミルクを受け取った。
口に含むと、いままでの緊張がほぐれていくのを感じた。
「サエコさんがもどれてよかったです、システムから離脱しても意識がもどらず、一時はどうなることかと思いました」
「私も今回このシステムでいろんな自分を見ることができたわ」
「私も幼稚園時代に参加せてもらいましたね」
ワタルが照れ笑いをした。
「その他、ナツミ、アイコ、そしてツヨシも参加してくれた」
「ええ、皆さんの記憶データもサエコさんの補完データに加えていますから、そうとう質の高いものだったとおもいます」
「とっても、満足! 私の知りたかったことは、すべて解決できました」
「よかったです、でも、ツヨシがサエコさんに告白していたとは知りませんでしたよ」
私は、目を閉じて微笑んだ。
「いままで気が付かなかったけれど、当時、ツヨシには、酷いことをしちゃってた、でも、システムの中では穴埋めはできたと思う」
「それじゃ、彼らの結婚式もお祝いできますね」
「もちろん、お祝いしたい……ぜひ参列したいわ」
私は、日を追うごとに順調に回復できた。エリカはもちろん、ナツミやアイコ、そしてツヨシまでもが見舞いにわざわざ足を運んでくれた。
そして、返事をしていなかったナツミとツヨシの結婚式の参加をすることを伝えると2人ともとても喜んでくれた。
また、ワタルが心配していたシステムからの影響も、数回のカウンセリングの結果、ほとんど問題がなく、当時の記憶とシステム内の記憶との混同もないということがわかった。
~スピーチ~
6月の梅雨の季節には珍しく、空は真っ青に晴れわたっている。
私は、ワタルに連れられて結婚式場に入った。
「サエコさん、とってもドレスお似合いですよ」
「ありがとう、ワタルも、メガネでなくコンタクトにすると結構いい男になるわよ」
「それは、それは、ありがとう!」
新郎新婦の控え室をたずねると、純白のウェディングドレス姿のナツミがニッコリ微笑んでくれた。
「ナツミ、おめでとう! とてもキレイだよ!」
「サエちゃん、ありがとう! 私、サエちゃんに式に参列してもらえないかと思っていたから、今日来てくれて、とてもうれしいよ」
ナツミは、ちょっと目が潤んでいる。
「ナツミ! 今、泣いてどうするのよ!」
「そうだよね、サエちゃん!」
挙式は厳かに粛々と行われた。
そして、披露宴会場に移ると、懐かしいクラスメートの顔もチラホラみえた。
「おお、カゲヤマひさしぶりだな!」
「会長! お元気ですか?」
数名からも声をかけられた。
披露宴が始まると司会者から、新郎新婦の子供のころの懐かしい写真スライドが流され、会場も大いに盛り上がった。
そして、恩師や同僚からお祝いの言葉が続く。
ツヨシもナツミも真っ赤な顔をしてうつむいたり苦笑いをしている。
「さて、ここで、新郎新婦をよく存じ上げている友人の方からお祝いのお言葉をいただきたく存じます、カゲヤマサエコさまお願いします」
「へ?」
私は、驚いた。私にスピーチがあるとは聞いていなかった……。
「カゲヤマさま、どちらにいらっしゃいますか?」
司会者が追い討ちをかけてくる。
「サエコ会長!」
会場からアイコが声をあげる。私は、ゆっくり席を立つとマイクをつかんだ。
「突然の指名でおどろいています。でも、せっかくですから、私から一言、御二人にお祝いの言葉を申し上げたいとおもいます。
ツヨシ、ナツミ、ご結婚おめでとうございます。この日に参加できて私もとても嬉しいです。
私は、特に新婦のナツミとは、幼稚園からずっと一緒でした。さきほどスライドもありましたが、小さい頃は可愛くて……あ、もちろん、今もとってもかわいいですけれどね。」
会場からクスクスと笑いがおきる。
「でも、いままで2回大喧嘩をしたことがありました。一度目は、小学校の頃、肝試し大会で私とナツミは、同じ驚かすチームだったにもかかわらず、私がイタズラをしてナツミを驚かせたら、ナツミは怒ってしまい、その夏休み中、一言も私と話をしてくれませんでした。もちろん、ちゃんと私が謝りましたけれど、すごく頑固なところがあります」
ナツミは、真っ赤な顔をしている。
「頑固っていうのは、失言。とても誠実です。でも誠実すぎて、ちょっと泣き虫のところもあったりします」
会場から笑いが起きる。
「二度目の大喧嘩は、高校の卒業式でした。でもこのときの喧嘩は、私には、なんで怒っているのかさっぱりわかりませんでした。そこで、先日、自分の記憶を旅できるシステムで確認してきました」
会場からは、驚きの声。
「ほんとなんですよ。その中で気が付いたのです。高校時代から、ナツミは、ツヨシの事が大好きだったということがわかりました。
私は、高校時代は生徒会長をしていましたが、それは名ばかりで、ツヨシとナツミに随分と助けてもらっていました。当時、私は段取りばかり気にする神経質な生徒会長だったわけですが、それを支えてくれたのがこの2人なのです。
今日は、当時を振り返り2人に感謝するとともに、今度は、私が、2人を応援し見守りたいと思います」
私は、マイクスタンドからマイクをはずし、新郎新婦のそばへ歩いた。
「ツヨシ! ナツミを泣かしたら、この私が許さないからね!
ナツミ! あんたも家庭をもったら、泣いてるヒマなんかないんだからね! わかった!
なんかあったら、すぐにとんでいくからね!
まぁ、そうはいっても、私も忙しいから、そんなに呼ばないでほしいけどね」
会場から笑い声が起こった。
「ツヨシ、ナツミ、いつまでも、お幸せにね!」
私がマイクをもどすと、会場から大きな拍手がおきた。そして、ツヨシとナツミはニコニコ笑いながら会釈してくれた。
「ふぅ」
私が自席にもどると、ワタルも拍手をしてくれた。
「すばらしいスピーチでしたよ、ちょっと笑っちゃいましたが」
「そう? こんな席で、普通に2人にお祝いの言葉をいえたのも、システムのおかげよ、ありがとう」
ワタルは苦笑いをした。
~~
披露宴も終わり、私はロビーのソファーに座っていた。
ツヨシとナツミがワタルとなにやら話をしていた。ツヨシがワタルの背中をポンとたたき、こちらへやってきた。
「おまたせしました、それでは、自宅まで送りますよ」
「ありがとう」
ソファーから立ち上がろうとすると、ワタルが話しかけてきた。
「ところで……これ、見覚えありますか?」
ワタルは、ポケットから折り紙を取り出した。
「これは折り紙?」
「幼稚園の卒園式のときにカバンに入っていた折り紙です」
「幼稚園?」
私は、じっと折り紙をみつめた。サクラ色の四角に折り込んだ折り紙。
「幼稚園……あ!」
私の遠い記憶の中に、その折り紙は確かに存在していた。
ワタルは、そっとサエコに手渡した。
「たしか、これは、ワタルに宛てた手紙だったとおもう、でも、なんて書いたかは、忘れちゃったけれど、どうしても伝えたくてカバンにいれた……」
「僕もこれが手紙だとは知らなくて、そのまま写真アルバムにはりつけてあったんですよ」
「あけてもいい?」
「もちろんです、そして、その手紙を聞かせてください」
私は、おそるおそる折り紙を開けてみた。きつく折り込んである一片をとりはずすと、幼い字で添え書きがしてあった。
「サエコのひみつ」
私もすっかり忘れていた手紙だ、その当時、私はどんな気持ちでいたのだろう、ワタルが不快に思うようなことが書いてあったらどうしようかと不安になったが、ゆっくりと広げてみた。
その手紙を私は、何度も読み返し、顔を赤らめた。
「なんて書いてあるんですか?」
ワタルがシビレを切らして聞いてきた。
私は、ワタルに折り紙を渡した。
『ワタルくん、ケガのことゴメンね、ワタルくんは、わたしのことをまもってくれたんだね、ありがとう、おおきくなったら およめさんにしてね だいすきなワタルくんへ サエコ』
ワタルは、私に微笑えみ、そして真面目な顔でつぶやいた。
「サエコさん、僕のお嫁さんになってくれませんか」
私は、驚いてワタルを見つめると、涙があふれてきた。
そして私は小さくうなずいた。
28歳サエコ、なんとか結婚できそうです。
(完)