#12決戦 #13文化祭
秘密の想い出 ~サエコの場合~ トラキチ3
【初稿】20140402(連載7)
~決戦~
チョコレート対決にあたり、アイコから対決条件の紙と素材のチョコレートが渡された。対決条件の紙には次のように書かれていた。
・素材のチョコレートは事前に渡された物を使うこと。
・スイーツであればどんなものでもかまわない。
・クラス全員に配布し、見た目と味わいで勝敗を決める。
私もアイコも、中1・中2のバレンタインデーで、トリュフチョコや生チョコ、チョコレートケーキ、クッキー等を作ったことがあるので、だいたいウケがいいものはわかっている。
そこで、今回は、オーソドックスに型抜きチョコに決定した。見た目もポイントになるので、型と飾りつけも工夫が必要になりそうだ。そして味わいも含めて一番重要なのは、テンパリング(チョコレートを湯煎で溶かし艶やかで綺麗なチョコレートに仕上げる技術)ということになる。これで見た目も綺麗で最高のチョコレートになるはずだ。
(今日は、3月10日だから今日を入れて4日間……アイコは、何をつくるのだろう)
私は、インターネットでテンパリングについての情報を探してみたが、どれも方法は同じのようだ。ここは、ちょっと差をつけるため、プロに直に教えてもらうのが一番と判断した。
私は、街中のケーキ屋さんを調べ、かたっぱしからチョコレートを1粒を買っては食べて点数をつけてみた。
(ここは、自分の目と舌で確認しないと)
いくつチョコレートを食べただろうか。やっとのことで街中のケーキ屋さんのチョコレートを味わった。そして、メモした点数を集計してみた結果、ランキング一位は、最近できたばかりの閑静な住宅地にポツンとあるチョコレート専門店ということになった。
私は、再度、そのお店に伺うと、無理は承知でお店の方にチョコレート作りの見学をさせてほしいとお願いしてみた。
「え? テンパリングの方法を教えてほしいって?」
厨房からでてきた40代の若い店長がニヤニヤしながら私のことを見ている。
「どうしても、ひと月遅れですけどバレンタインに最高のチョコレートをつくって渡したいんです!」
「まぁ、見学するのはいいけど、チョコレートの種類で多少温度管理もちがうから参考になるかなぁ」
「試行錯誤は覚悟の上です、ともかく負けたくないんです」
と店長にキッパリ話すと、さっきまでニヤニヤしていた店長が、急に真面目な顔になって私を見つめた。そして、サラサラとお店のチラシの裏側に一般的なテンパリングの方法を書いてくれた。
「気合はいってるね! まぁ、手順はココにメモしたけど、あとは作業場での作業を見せてあげよう」
私は、ガラス越しに店長、いや、ショコラティエの作業を見守った。
チョコレートを60℃の湯銭にかけて50℃まで温め、冷水でいったん26℃までかき回しながら均等に冷ます。実にリズムカルにそしてスムーズにチョコレートが操られていく。そして再度、湯銭を瞬間し、かき回しながら、31℃まで温め仕上ける。その加減が絶妙だった。
ガラス越しに、温度計を見せてはその作業を身振り手振りで教えてくれた。なんでも、この温度変化で、チョコレートはずいぶんと変化してしまうのだそうだ。また、型抜きするための絞り袋の作り方や、型に入れる方法についてももらった。
「ともかく実践と、手際だな! がんばってな」
「ありがとうございました!」
私は、さっそく、市販の板チョコを買い、店長の作業を思い出しながら作ってみた。
「ダメだ、白く濁ってる」
型にいれてから冷蔵庫で1時間。出来上がったものを見てみるとツヤがでてこなかったり、白くにごってしまったりとなかなか上手くいかない。
気を取り直し、温度設定をもっとシビアにして2度目にチャレンジ。今度は、上手くいったが、型から抜いたチョコレートにポコポコと気泡ができてしまった。
そして、3度目。ついにツヤツヤのチョコレートができた。
一粒、食べてみるとなんともいえない口解けのよさもある。
「よし!」
翌日、私は、出来上がったチョコレートを持って店長を訪ねることにした。
「うん、いいね、はじめてにしては上出来だよ、ただ、このままじゃ、つまらないから、ナッツやドライフルーツで飾ってみよう」
アドバイスをもらい、飾りつけの方法や、ラッピングについても教えてもらった。
そして、3月13日の昼過ぎ、ショコラティエの教えどおり、アイコから渡されたチョコレートの塊を刻み、ゴムベラに温度計を輪ゴムで止めると作業に入った。
あわせて、ナッツとオレンジのドライフルーツを細かく刻みトッピングの準備も万全だ。型は、シリコン製のハートにしてみた。
慎重にチョコレートを作り、クラス全員分をラッピングし終えると、時計は深夜1時をまわっていた。
~~
3月14日、ついに決戦の時がやってきた。
事前からアイコの横断幕が教室に貼り出されていたこともあり、ホームルームでの決戦は、ピンと張り詰めた厳格な雰囲気になっていた。
アイコは、しっとり濃厚なチョコレートパウンドケーキを作ってきた。そして私は、一粒一粒がピカピカに磨かれたナッツとドライフルーツがトッピングされたハートのチョコレートだ。もちろん、クラスのみんなには、どちらがどっちとは知らせていないが、それぞれが紹介されると、クラス中からどよめきがおきた。
「本当に2人が作ったのか?」とか「お店に並んでいるやつを買ってきたんじゃないのか?」などと声が聞こえてきた。
「それじゃ! これから試食します!」
アイコが、宣言すると、クラスが静まりかえった。私とアイコが、各人にチョコレートを配り、採点基準についてクラス委員長が「見た目1ポイント、味わい1ポイントをいずれかに投票」で集計することを説明した。
「では、おねがいします!」
クラスのみんなが、それぞれ見た目や、味を確認しているが、「すごい!」「おいしい!」という声があちこちから聞こえてくる。
私もアイコのパウンドケーキを食べてみた。
(え! これ美味しい! これは、もしかして、私の負けかも)
アイコのパウンドケーキは、チョコレートチップが埋め込まれたしっとり濃厚な味わいだ。私はチラリとアイコを見ると、ちょうどアイコも私のチョコレートを口に入れたところだった。
そして、驚いた様子で私のほうを見ている。
「ちょ、ちょっと、サエコこれ、すごいなめらかなんだけど!」
ヒソヒソ声でアイコが私に話しかけてきた。
「アイコのも、すごいおいしいよ、これ、いままで食べたパウンドケーキの中では一番だよ」
お互い相手を褒め称えてみたが、不安は募る一方だった。もしかしたら、アイコもそうかもしれない。
(できるかぎりのことはしたんだから……負けてもしょうがないわ)
「それでは、集計します」
集計用紙が集められ、得点がつけられていく。見た目の点数は、私のほうがリードしているが、味わいについてはアイコが上回っている。
「結果は……見た目ポイントは21対18、味わいポイントは18対21で、合計すると39対39で……」
突然、委員長が集計用紙を再度数え直し叫んだ。
「あれ! 1枚たらない! 誰? 出していないのは!」
私は、クラスを見回した。
すると、アイコが立ち上がり、集計用紙を手に持って掲げた。
アイコは、私をみるとニッコリ微笑んだ。そして、集計用紙を委員長に手渡す。
私は、一気に力が抜けてしまった。
(終わったわ、たしかにアイコのケーキは最高……私もココまでいろいろ体験して自分が見つけられたし、もう、あきらめないと……まぁ、高校の件は、システムから戻ったらナツミからじっくり話を聞こう……)
「見た目ポイント22対18、味わいポイント19対21、合計41対39で型抜きチョコレートの勝ち!」
「え?」
私は、驚いた。そして、アイコを見つめた。アイコは、私にウィンクして、拍手をしている。
「ア、アイコ……なんで!」
アイコがニコニコしている姿が、だんだん涙でかすんでいく。
「サエコ! このチョコレートはスゴイよ! 最高だよ!」
アイコはそういうと私の腕を掴んで高く掲げてくれた。
クラス全員からは、私に拍手が沸き起った。
~~
放課後、私は、いまだ放心状態で教室に残っていた。
「サエちゃん、どうしたの? チョコレート対決の話、さっきアイコちゃんから聞いたよ! おめでとう!」
振り向くと、ナツミが心配そうに廊下から教室の中を伺っていた。
「あ、ナツミ……」
私は、カバンから包みを取り出すとナツミに渡した。
「はい、これはナツミの分!」
「ありがと! そういえば、アイコちゃんは?」
「うん、今、部室でチョコレートパウンドケーキの作り方をやってるはず」
「サエちゃん部長じゃなかったっけ? 行かなくていいの?」
「うん……」
「なんだか、疲れちゃって……ちょっと休憩……」
「え、サエちゃん! ちょっと、サエちゃん!」
私は、そのままフッと意識がなくなってしまった。
~~
「まずい、さっきまで血圧が高いと思ったら、今度はいきなり低すぎる」
医療チームの叫び声で、仮眠中のワタルは、ハッと起き上がった。
「な、なんだって!」
ワタルは、急いでカプセルのところまでやってくると、サエコを覗きこんだ。
なぜか、サエコの目からポロリと涙がこぼれていた。
ワタルは、年表を確かめた。まもなく4日目も終わるので、中学校を卒業する頃だろう。
プシューっとアイコが入っているカプセルが開いた。アイコも18時間のツアーから帰還したのだ。
「ああ、面白かった!」
「お疲れ様です、ちょっと休んだら話を聞かせてほしいんだけど」
ワタルは、アイコに呼びかけた。
「ちょっと、ちょっと、あわてないでよ!」
「あ、すみません、ついさっき、サエコさんの血圧が急上昇、急下降したので……」
「え!」
アイコは、頭に手をやってシマッタという表情をした。
「チョコレートでちょっとした対戦をやったのよ、私が勝ったらサエコをシステムから離脱させるって条件でね」
ワタルは、身を乗り出した。
「で! どうなったんです?」
「うーん、私が負けてあげました!」
明るくアイコが微笑んだ。
「へ? なぜ! 離脱させるように説得しなかったんですか!」
ワタルが、アイコを問い詰めたが、アイコは、ウィンクをすると……
「続きはのちほど、ちょっとシャワー借りるわよ」
というとシャワー室に入っていった。
ワタルは、アイコの後ろ姿を呆然と見送っていたが、エリカが声をかけてきた。
「あ、ワタル兄さん、ツヨシさんの記憶データの補完が終わりました」
「ありがとう、じゃツヨシのところへいってくるよ」
ワタルは、ツヨシが待機している部屋の扉を開けた。
「ワタル! オレはサエコとはかかわりたくないんだ! もう、うんざりなんだよ」
ツヨシは強い口調で叫んだ。ワタルもツヨシがこんなに不機嫌なところはみたことがない。ワタルは、静かに話を進めた。
「ツヨシ頼むよ、サエコさん、このままじゃ危険な状態なんだよ、救えるのはお前しかいないんだ!」
「いやいや、それはどうかな、オレじゃ、それこそトドメを刺すかもしれないぜ」
「そんなことないさ、それより、ナツミさんの口から『ツヨシがシステムに入らないのなら婚約は破棄します』って言葉がでるとは思わなかった」
「あぁ、まったくだ……」
「まぁ、ナツミさんは、おまえのことを信じているから、そんな言葉がでたんだろ」
ツヨシは、頭を抱えてしばらく考えこんでしまった。そしてゆっくりワタルを睨みつけた。
「わかったよ、システムに入ればいいんだろう! 早いところやっちまおう!」
そういうと、ツヨシは、カプセルに入った。
「ツヨシ、いつ頃にアクセスすればいいんだ?」
「そうだなぁ、高校2年の秋の文化祭から卒業までだから1年半くらいか」
「わかった、それじゃ横になってくれ」
ワタルが始動ボタンを押すと、カチっとツヨシのカプセルが閉じた。
~~
「おまたせ!」
ワタルが、振り向くとアイコがシャワーを浴び、着替えて出てきた。
「いやぁ、びっくり、このシステムの中のサエコは、当時と全然ちがうよ」
「ちがう?」
アイコは、椅子に座わると話を続けた。
「当時は、何をするのも、どこかいつも冷めてたんだよね」
「冷めてた?」
「学校でもそうだし、部活でも段取をきめちゃうと後は淡々と作業するだけで、なんかこう熱くなるものってなかったんだよね」
アイコは、突然、クスクスと思い出し笑いをした。
「ところがね、このシステムの中では、すごい必死で、びっくりしちゃった」
「まぁ、どうしても高校時代のこだわりがあるみたいだから……」
ワタルが話をすると、アイコが手を振った。
「まぁ、それもあるだろうけど、中学時代もすごく必死だったよ、部活も充実してた、でね、私との対決で、おそらくサエコは懸命にチョコレート作ったんだろうね、ものスゴイ気合を感じて、私、協力することに決めちゃったんだ」
「でも、サエコさんの体力が……」
「大丈夫! あの気合の入れ方は半端じゃないから、サエコは必ず戻ってくるし、戻ってくるまでは、絶対サエコの身体は動き続けるはずだよ」
「そんな……」
「今回、このシステムでサエコに一緒に過してみたけど、サエコが弱音を吐くこともなかったし、ピンチになっても絶対に逃げなかった」
アイコが右手でこぶしを作ると自分の左胸を叩いた。
「あの根性はすごいね、『なに、一人でマジになってんの? カッコ悪い』ってからかわれて、笑いモノにされても『笑ってくれてありがと、楽しんでくれた?』とか言っちゃってスルーするんだもん」
「え? もともとそういう性格じゃなかったんですか?」
「ちがうちがう! 当時は『うまくいかなかったのは、段取りが悪かったから』とか『周りの不確定要素が邪魔しているから仕方ない』とか言っちゃって、いつも逃げてばかりだった……」
「そうなんですか?」
「だから、おそらく彼女自身、高校時代の想い出に真っ向勝負をしたいんだとおもうわけ」
「うーん、しかしなぁ」
「なんとかしてあげてよ! 先生」
「うーん、まぁ、医療チームとは相談してみるけど」
~文化祭~
「サエちゃん! サエちゃん!」
「え?」
私は、気が付くと、ナツミが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
(あれ? ここは?)
あたりを見回すと、教室は夕日でオレンジ色に染まっていた。
「サエちゃん、帰ろうよ! ここんところの文化祭実行委員会で疲れがでたんじゃない」
「文化祭?」
私は、ナツミをじっと見ると、なんと、制服が高校のときのものに変っていた。
(あれ、中学校のアイコとの対決のあとから記憶がないけど、文化祭の実行委員会ってことはもう高校2年生?)
「ナツミ! 今日って何日!」
「え……きょうは、10月4日だけど」
そういいながら、教室の黒板の日付を指差した。
私は、懐かしい教室を見回し、黒板の横に貼ってある文化祭のポスターを見つめた。文化祭は、10月16・17・18日となっている。
「ごめん、ナツミ、私まだちょっとやることがあるから、先に帰って!」
「そうなの? じゃ、この生徒会のノートは置いていくね」
そういうと、ナツミは教室を出て行った。
(もう生徒会長になってるんだ。でもなんで立候補したんだっけ?)
私は、ナツミが置いていったノートをパラパラめくってみた。
「エンジン全開! 最高の高校時代を 刻み込もう!」
(これ……生徒会のスローガン? だったっけ?)
「私は、生徒のみなさんが楽しい高校生活をすごせるように、最高のイベントを企画運営します!」
次のページには、会長の挨拶要旨が書かれていた。そして、体制図には、ツヨシ、ナツミの名前があり、なぜかアイコは二重線で消してある。
(そういえば、アイコって高校時代どうしてたんだっけ?)
さらにページをめくると、文化祭、体育祭、合唱祭、星空祭等いろんなイベントでの企画がいろいろ書き込まれ、それぞれの企画に応じたスケジュール、実行委員の募集、学校側への申請、各部会への通知のタイミングが書かれている。
(あら……これツヨシが担当してつくったんだ)
スケジュール表の下に担当者ツヨシと書いてある。
しかし、その表の余白には、私の文字で「10月5日スケジュールやりなおし!」書き込みがされていた。
(え? どこがいけないわけ?)
私は、何度も見直したが、スケジュールはカンペキだ。きちんと調整日を設けてあるのは充分評価するべきだ。
さらにページをめくると、私の文字で10月5日の件について指示が書いてある。
「予算は、10%カット、スケジュールは、調整日を半分に減らすこと!」
(なにこれ、これじゃ、一つでも作業が遅れれば、全体に影響がでてしまう)
私は、急いでスケジュールの余白にある「やりなおし」の文字を「ありがとう!」と書き換えた。そして、指示書も次のように書き換えた。
「予算は、できるだけ無駄はカットできないか検討はすること、スケジュールは余裕をもって」
突然、教室の扉がガラっと開いた。
「あれ、まだいたの? 会長!」
振り向くと、ツヨシが部活を終えてもどってきたところだ。
「どう! イベントスケジュールみてくれた? 結構時間かけてつくったんだぜ」
私は、ノートを再度確認して、うなずいた。
「あれ? 今日は、いつもとちがうな! どうした?」
「スケジュール、良く出来ているとおもう!」
私が、ノートをツヨシに渡すと、ツヨシは、チラチラ私の顔とノートを見比べている。
「会長、たしか予算10%って言ってなかった?」
「もちろん、予算は引き締めていくけど、必要なところは使わないとね、それに調整日も余裕があるから多少段取りが遅れても対応できるわね」
「え? それでいいの?」
ツヨシは、突然、笑い出した。
「昨日まで、『段取りがうまくいかなかったら、ツヨシあんたのせいだからね』って言って散々わめいていたのに」
私は、驚いた。
(え! わたし、当時はそんなに段取りどおりいかないと癇癪おこしていたの?)
「と、ともかく、直近は文化祭だから、学校側への申請と、各部会、各クラスへの案内と準備委員会召集の手配は予定通りにね」
「オッケー! じゃ、帰えりますか」
学校を出ると、もうすっかりあたりは暗くなっていた。私は、街灯に照らされるツヨシの横顔をじっくりと見ていた。
「うん? どうした?」
ツヨシが不思議そうにこちらを見る。私は、あわてて目をそらしてアイコのことを聞いてみた。
「あのさ、アイコがなんで生徒会にいないのかとおもって、ツヨシ知ってる?」
「え! 何いってんだよ! 選挙おわってからアイコと大喧嘩したじゃないか、女同士の喧嘩って、こえーっておもったよ」
ツヨシに詳しく話をきいてみると、どうやら喧嘩の原因は私の生徒会運営方針に関係があるらしい。
アイコは、なんでも自分で決めてしまう私のやり方を「あまりに独裁的だ」と批判をしたらしく、私も、アイコに「そんなに気に入らないのなら、やめればいい」といったらしい。
(そんなに、私セッカチだったのかなぁ、悪いことしたなぁ……)
「アイコに謝らないと……」
~~
翌朝、わたしはアイコの教室に向かった。
アイコは、私を見るなり、不機嫌になるのがわかった。
「これはこれは生徒会長殿? なにか御用ですか?」
「ちょっと、アイコ、悪かったわよ、ゴメンね」
アイコは、笑いながら話した。
「何のこと? 別にいいじゃない、会長殿の思い通りにやればいいんだし」
「思い通りに? 私もいろいろ考え直してみるから……だから協力してくれない」
「いまさら、そんなこと言われても信じらんない! 帰ってよ!」
「何が気に入らないのよ?」
アイコは、私を指さして大きな声で叫んだ。
「生徒会長になったとたん、なに、あの言い草『これからは、私がすべて段取るから指示どおり動くように』って!」
「え?」
「冗談じゃないよ! サエコあんた、忘れたわけじゃないでしょ! ああ、アタマにくる!」
アイコは、ガンとして聞いてくれない。
(ああ、私って、そんなに自意識過剰だったのかなぁ、普通に話したつもりだったんだけど……これじゃアイコが怒るのもしかたない)
私は、何も言わずにがっくり肩を落として、教室をでた。
「あら? 会長さん、逃げちゃうんだ? もっと、私に話をしにきたんじゃなかったの?」
アイコの皮肉たっぷりの言い草が背中に突き刺さる。
私は、当時の自分に対して悔しさでいっぱいになった。
「ゴメンね、アイコ……ゴメンね」
私は、そう言うのが精一杯だった。廊下に急いで出ると涙が止まらない。
廊下にいた生徒はびっくりした顔をしていたが、私はそのまま廊下を歩いた。
生徒会室にもどるとナツミが驚いた顔をしていた。
「サエちゃん、どうしたの? 目、真っ赤だよ?」
「なんでもない、ちょっとアイコと話をしてきただけだから」
「サエちゃん、ともかく、私達でがんばってみようよ、きっとアイコちゃんもわかってくれるよ」
私は、小さくうなずいた。
「それでは、文化祭についての会議をはじめます」
ナツミが実行委員として集まった部活のメンバーやクラスの代表を前に話をし始めた。
私は、ナツミの話を聞きながら、窓の外にみえる青空を見ていた。
(当時、なんで私はこんなにチカラをいれていたんだろう……)
大方の話もおわり実行委員がバラバラと部屋から出て行くと、青空はすっかり茜色に染まっていた。
「会長さんいる?」
私は、扉をみるとアイコが立っていた。
「アイコ……」
「まったく、どうしたの? さっきのサエコ、いつもの調子とちがうよ、なんか張り合いないし!」
私は、アイコをじっとみつめた。
「って、サエコきいてる?」
私は、また涙があふれてきた。そして、生徒会のノートの表紙に涙がポタポタ落ちた。
アイコはあわてて、私のところにやってきた。
「ちょ、ちょっと、サエコ、あんたいつからナツミみたいになったのよ!」
「ゴメンね、アイコ……」
「私も、ちょっと言い過ぎたわよ……何も泣くことないでしょ! クラスの文化祭実行委員で参加することにしたから、それでいいでしょ! その代わり、バンバン言わせてもらうから!」
そういうと、アイコが私の頭をポンと叩いた。
「ありがと……」
私は、堰を切ったように涙があふれてしまった。
「ちょっと! サエコどうなっちゃったわけ? サエコも泣き虫?」
そいうと、アイコはギュっと私を抱きしめてくれた。
(なんで、こんなに嫌われてまで、生徒会長なんてしてたんだろう、馬鹿みたい)
~~
文化祭開催まであと5日になった。
それぞれのクラスや部活動の準備も順調だと報告が届いている。あとは、校門のゲート製作と垂れ幕の準備、そして刷り上ってきた文化祭パンフレットの配布作業をしなければならない。
「サエちゃん、各会場のスケジュールの確認と、進行役の放送部との打合せはおわったよ」
そういうと、体育館、校庭のステージ等のメイン会場と、各教室への放送スケジュールをとりまとめて提出した。
「大丈夫そうね、次のステージにでる人には、かならず10分前までには準備しておいてもらうように伝えておいてね」
私が、コメントするとナツミはノートにその旨書き込んだ。
「あ、サエコ会長、ゲートはもうすぐ出来上がるけど、当日まではシートで覆っておく?」
ツヨシからも報告があった。
「でも、シートをはずすときに壊れちゃうといけないから、そのままでもいいんじゃない?」
私が話すと、アイコが横から口を挟んだ。
「そうだ『あと×日』とかカウントダウンしておけばいいんじゃない」
「それはいいな、みんなもテンションもあがるだろうし」
ツヨシが紙にイメージ図をサラサラと書いた。
「いいね!」
私も、アイコも一緒に声をあげた。
どんどんノートに書かれていた企画が形になっていく。
これは一人では到底できない、それぞれが自分の役割を決めて動かなければ実現できないものなのだ。
そんな中、私は、ナツミとツヨシを特に注目することにした。
文化祭が近づくにつれて、いままで予想もしなかった問題が山積していた。当初に予備日をとっていたスケジュールでもたらず毎日帰りが遅くなってしまっている。その中でもツヨシは、精力的に動いていた。人手がたらなければ、周りに声をかけて人を集め、自らも率先して作業をこなしている。
ナツミもツヨシを手伝っているが、ツヨシといるときは、とても嬉しそうな顔をして輝いている。
(そういうことだったんだ!)
準備最終日、この日も帰りは真っ暗だった。ツヨシとナツミと私の3人は、明日の文化祭が待ち遠しい反面不安だった。
ツヨシは、やたら私に声をかけてくるし、ナツミは懸命にツヨシに話しかけ、私は2人の話を整理するのが大変だった。
ツヨシが途中でわかれると、私は、ナツミに話しかけた。
「ねぇ、ナツミ、ツヨシったら文化祭に、すごいチカラいれてるよね」
「うん、なんとしても文化祭を最高なものにしたいんだって!」
「そっか……私も、そう思ってる」
「サエちゃん、私もだよ!」
街灯がナツミの楽しそうな笑顔を照らしている。私は、ナツミの手をにぎり、足を止めた。
「どうしたの? サエちゃん」
「ねぇ、ナツミ、ツヨシのこと好き?」
「え!」
ナツミは、いきなり真っ赤な顔になって。
「な、なんで突然? まぁ、ツヨシくんのことは尊敬してるけど」
「けど……?」
ナツミは、私から目をそらすとうつむいてしまった。
「な、なんでもない!」
そういうと、私の手を振り払って走りだした。
「ちょっと! ナツミったらぁ」
私が声をかけると、ナツミは振り向くこともなくバイバイと手をふり暗闇に消えた。
~~
文化祭は、予定通りの盛況ぶりだった。なんのトラブルや事故もなく、予算も8%カットできた。
生徒会室での反省会がはじまった。
「みなさんのおかげです、文化祭は無事終了できました、どうもありがとう!」
私が挨拶をすると、実行委員からも拍手が起こった。
ジュースとお菓子をたべながら、それぞれの苦労話を聞いてまわった。みんなの笑顔は、私にはなによりも嬉しかった。反省会も大いに盛り上がる。
夜7時になり、お開きとなった。明日は、最終的な後片付けも待っている。
「サエコ会長、ちょっといいかな」
ツヨシが私に声をかけてきた。
(あ! すっかり忘れてた! 告白されるんだっけ、この後?)
「あ、どうしたの?」
(ああ、わかっていても、ドキドキしちゃう)
「オレ、サエコ会長のこと、ずっと前から好きだった」
ツヨシは、すごい真面目な顔で、私をじっとみつめている。
「え?」
「オレと付き合ってくれないか……」
(告白キター! どうする私!)
私は、じっとツヨシを見つめた。ツヨシは、両こぶしをグッと握り締め、真っ赤な顔をして懸命に私に告白をしてくれている。でも、当時の私は、そんなツヨシの想いなんか気にもとめていなかった。
(ああ、私って、最低だわ……たしかにアイコが怒るのもしかたないわね)
私は、そんな自分に悲しくなって、思わず涙がポロリとこぼれてしまった。
ツヨシは、私の涙をみて驚き、オロオロしている。
「え? あのサエコ会長……オレ……」
「ツヨシ、ありがとう……でもね、あなた、告白する相手をまちがえてるよ」
「え?」
ツヨシが驚いて私の顔を見つめている。
「ゴメンなさい、私には、別に好きな人がいるの、だから付き合えない」
我ながら、びっくりするようなウソをついてしまった。まぁ、逆にココまで言えばツヨシもあきらめてくれるだろう。
「ほ、ほんとなのか!」
ツヨシが、私をおどろいて見ている。
私は、小さくうなずくと、ツヨシは、がっかりした様子でうつむいてしまった。
「でもね、ツヨシの身近で、すごくツヨシのこと想っている子がいるの気が付かない?」
「オレのこと想っている子?」
「鈍いなぁ、ツヨシ! 出直してきなさい!」
私は、そういうとツヨシを置いてさっさと生徒会室を後にした。
(さよなら、ツヨシ……)
~~
翌日、家の玄関をあけるとナツミが待っていた。いつもは公園近くで落ち合うのに、家までくるのは珍しい。
「あ、あれ? ナツミどうしたの?」
「サエちゃん、ちょっと話があるんだけど」
「え?」
ナツミは、横をむいてモジモジしながら話し始めた。
「私、ツヨシくんのことなんか、なんとも……おもっていないからね」
「へ?」
(家まで訪ねてきて何をいうかとおもったら、ナツミもわかりやすいわね)
「昨日、ツヨシくんから電話があったんだ、サエちゃんに告白したけど『出直してこい』って言われたって」
「うん、話したよ」
「でね、サエちゃん、ツヨシくんの身近にツヨシのこと想っている子がいるのって話したって聞いたから」
「うん、話したよ」
私は、なにもかくさずスラスラと答えた。
「だから、私、ツヨシくんのことが……」
ナツミの話を遮って私が叫んだ。
「大好きなんでしょ!」
すると、ナツミは私の声の大きさにドキンと震え、目にいっぱい涙を浮かべている。
「もう! ナツミ! どうしたのよ!」
「私、どうしたらいいんだろう、ツヨシくんはサエちゃんのことが好きだし……私、ツヨシくんのことが好きになっていいのかな」
「バカじゃないの! いいに決まってるでしょ!」
「だって……」
私は、ナツミの頭をポンポンたたいて話した。
「あのね、私だってナツミがどんな気持ちでいたか、ずっと前から知ってるよ!」
「でもツヨシくんが……」
私は、ナツミの両肩を掴むと大きな声で話をした。
「ナツミ! ツヨシが誰を好きだろうかそんなもん関係ないよ、まずは自分の気持ちをはっきり伝えないとダメだよ!」
「でも、断られるよ、きっと……」
「断られる? 関係ないよ! 断られたら、その時はその時でいいじゃない!」
ナツミは、目を閉じてうなずいた。
~~
「あれ、お2人で登校ですか? めずらしいですね」
校門のところにツヨシが腕章をつけて声をかけてきた。
ナツミは、ツヨシをみるとハッとして顔を真っ赤にし、足早に校舎へ向かって走っていってしまった。
「ちょっとぉ! ナツミ!」
私は、ナツミに声をかけたが、背後からツヨシの不気味な低い声が響いてきた。
「ひさしぶりだね、カゲヤマ会長」
「カゲヤマって」
私は、驚いて振り返り、ツヨシを見た。
ツヨシは、ゆっくり左手のブレスレットを見せた。
「え! あなたもコッチにきたの?」
「まぁ、いろいろあって、来ざるを得なくなったんだよ、本当は、君とはかかわりたくはなかったんだけど……気が付いたら校門で風紀委員の腕章つけてたってわけだ」
そういうとツヨシは私をジロジロと見ている。
私は、おもわず笑ってしまった。そして、ツヨシの顔を覗き込んだ。
「それはそれは、お疲れ様」
「なんだよ! せっかく来てやったのに……」
「はいはい、来てくれたことには感謝してるわよ、そうだ! 今の状況を話しておくよ」
「え?」
私は、文化祭が無事に終了し、昨晩、ツヨシから告白をうけたことを話した。
「で、あなたからの告白に対して、私が『出直してきなさい!』って答えたところ……」
「ああ、そうですか」
ツヨシは、表情一つ変えずに、冷ややかに私のことを見ている。
「まぁ、近いうちに、ナツミがアナタに告白するはずだから、覚悟しときなさいよ」
「え!」
急にツヨシの顔色が変わった。
「なんで? そんなことになってるんだ?」
「私、こっちの世界で自分って人間をじっくり観察してきたのよ。幼稚園、小学校、中学校そして高校ってこのシステムの中で過ごして新たな発見があったわけ、でね、この文化祭でよくわかったことがあるのよ、それは、ナツミがずっとアナタの事が好きだったってことと、アナタは、それに全然気付かない大バカだって事かな」
ツヨシは、首を横に振った。
「ちがう! オ、オレは……」
「何が、違うわけ?」
ツヨシは両手を上げた。
「ちょっと、待ってくれ、オレの話も聞けよ!」
ツヨシが大きな声を出したので私はびっくりした。
「オレは、サエコの企画力と実行力は尊敬していたし、いつもアクセル全開なサエコが輝いて見えてた、まぁ、オレのことはいつもコケにしてくれていたが、それでもスゴイとおもっていたんだよ」
ツヨシは、いきなり私の肩を両手で押さえた。
「いいか、サエコは、まるで機械仕掛けのようで段取り通りコトが進まないと癇癪をおこすことはわかっていたから、ともかく文化祭がうまく進行して最高ものにしてやろうと努力してきたんだよ、だから、文化祭が終わったタイミングで告白したんだよ」
ツヨシは、手を離し空を見上げた。
「でも、サエコは、いつもの通り、淡々と自分の話と段取りの話しかしてこなかった。正直、あの時はがっかりしたよ」
そういうと私を軽蔑の眼差しでみている。
私は、ツヨシに深々と頭を下げた。
「ゴメンなさい、私には、別に好きな人がいるの、だから付き合えない」
「え?」
ツヨシは、突然のことでびっくりしている。
「でもね、ツヨシの身近で、すごくツヨシのこと想っている子がいるの気が付かない?」
「なんだよ、いきなり」
「鈍いなぁ、ツヨシ! 出直してきなさい!」
「出直す?」
私は、じっとツヨシをみてクスクス笑った。
「本当は、こう答えてあげればよかったんだね、ツヨシ、ゴメンね」
ツヨシは、憮然とした顔をしていたが、深くため息をついた。
「そうかもね……そしたら、手紙も出さなかったし、ナツミとサエコが喧嘩することもなかったかもね」
私は、ツヨシの口からナツミとの喧嘩の話がでるとは思ってもみなかった。
「喧嘩? 喧嘩ってツヨシが絡んでたの?」
ツヨシは、苦笑いをすると話をし始めた。
「オレは、文化祭の企画会議が始まった頃からナツミに相談をしてたんだ、サエコに告白することをナツミも応援してくれてたんだよ」
「ナツミ……」
「で、告白した翌日、ナツミに結果報告したら、ナツミは、スゴくがっかりしていた、それで、再度チャレンジしようということになって、とりあえず手紙を出すことにしたんだよ」
「あの『出なおしてくるから、それまで待ってて欲しい』って手紙ね」
「そう……ところが、サエコは、大学受験だなんだと時間がとれなくて、その後告白のタイミングなんて全くなかった」
「うーん」
「それで、卒業式の日、声をかけたんだが……」
「え?」
「校庭の大きな木の下も、体育館裏のベンチも、先客でいっぱいでさ、階段の踊り場ぐらいしかなかったんだ」
(あ、思い出した、たしか、いきなり踊り場で抱きつかれて耳元で告白されたんだった……)
「それは、ナツミの提案だったんだよ、そしたら、いきなりバチーンと張り倒された」
「あたりまえでしょ、そんな卑劣なことされれば、誰だって怒るわよ」
「まぁ、たしかに、今になって冷静に考えればそうだけどね、で、ナツミがサエコに直談判するってことになって……」
「それで、ナツミがすごい勢いで飛んできたわけね」
(どこまでナツミは、お人好しなんだか……)
私は、ため息をついた。打ち合わせ会のときのツヨシをみてニコニコしているナツミ。今朝の玄関で懸命に自分を抑えているナツミ。そしてツヨシが私に告白することを応援しているナツミ。
そんなナツミの姿が私の頭の中をグルグルとまわっていたが、ある考えが浮かんだ。
私は、ツヨシに頼みごとをすることにした。
「え? それ、オレがするの?」
「そう、私の記憶の世界なんだから、私の言うとおりにしてよ」
「うーん、やってはみるけど、どうなっても知らないぞ!」
「だいじょうぶ! うまくいくから!」
~~
楽しい高校生活も最後の日がやってきた。
ツヨシのブレスレットのカウンターから、今日の夕方にはツヨシは帰還するはずだ。そして、ワタルに報告がされれば、強制離脱することになるだろう。
私は、空を見上げた。天気は快晴で気持ちもいい。
卒業式も滞りなく終わり、教室で先生からひとりひとりに卒業証票が手渡された。
私は、いつものように、教室から外の青空を見ていた。もう思い残すことはなにもない……。ツヨシとのことも、ナツミとのこともすべて理解できたし、自分についても知ることができた。
誰もいない教室で、懐かしい教室を見渡した。
「ふぅ、この場所で、さんざん笑って、泣いて、怒鳴って、ドキドキしてたんだ」
机をそっと撫ぜると、席を立った。
「サエちゃん、卒業おめでとう!」
ナツミが廊下から私に声をかけてきた。
「ナツミもおめでとう!」
ナツミの笑顔がなんだかまぶしい。
(よかった、ここでナツミと喧嘩することなく終わることもできた)
「ナツミ、一緒に帰ろう!」
そういうと、教室を後にして廊下を歩いた。そして、階段を下りるところで私は足を止めた。
「あ、ゴメン、ナツミ! ちょっと忘れ物したから、先に下に下りてて……」
「うん」
ナツミがゆっくりと階段を降りはじめる。そして私とすれちがいにツヨシがナツミを追いかけた。
「ナツミ!」
ツヨシが、ナツミに声をかけるとナツミはニッコリ微笑んだ。
「あ、ツヨシくん! 卒業おめで……」
ツヨシは、階段の踊り場で、ナツミをギュッと抱きしめた。
温かな陽射しが2人を包んでキラキラ輝いている。
ツヨシが階段上の私をみる。私は、小さくガッツポーズを取った。
やがて、あたりが暗くなっていく……
(え! システムから離脱してしまうの?)
学校の廊下も階段も、そしてツヨシとナツミの姿も暗闇に消えていく。
「私の記憶の世界、さようなら……そして、ありがとう」
私は、つぶやきながら目を伏せた。
(あ! ちょっとまって、私の『好きな人』ってドコにいるのよ!)
おもわず、目を開けてあたりを凝らして見たが、もう何も見えなかった。