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秘密の想い出 ~サエコの場合~  作者: トラキチ3
6/8

#10アイコ #11部活

秘密の想い出 ~サエコの場合~  トラキチ3


【初稿】20140330(連載6)



~アイコ~


 4月、中学校の入学式の日は、穏やかな天気だった。

 入学式と書かれた大きなタテ看板の前では、恥ずかしそうに親子揃って写真を撮っている姿がなんともほほえましい。

(たしか、私の両親は仕事で来れなくて、ナツミとナツミのご両親といっしょだったはず……)


「サエコちゃん、ナツミと一緒に看板の前に並んで!」

 ナツミのお母さんがカメラを構えてニコニコしている。

(うわ、ナツミちゃんのお母さん若くて、キレイ! っていうかあたりまえか!)

「サエちゃん、早く!」

「う、うん」

 私は、ブカブカのセーラー服をなんとかごまかそうと、大きく息を吸い込んでポーズをとった。

 フラッシュがチカチカっとしてシャッターがきれる。

(たしか、このときの写真は、ナツミとお揃いで買った中学時代のアルバムのトップに入れたんじゃなかったかしら)

「いい感じ!、じゃ、後でまたね!」

 ナツミのお母さんもとても嬉しそうだった。

 

 桜の花びらがヒラヒラと舞い、青空が気持ちいい。どことなくドキドキしてワクワクしてくる。

(こんなに、初々しい時もあったんだよね、私も……すっかり忘れてた)

 ナツミと一緒に校舎に向かうと、何やら人だかりができているのがみえる。


「新入生は、こちらの掲示板でクラスを確かめてから教室へ入ってください」

 上級生が大きな声で案内をしている。


「サエちゃん! いっしょのクラスがいいなぁ」

「そうだね」

 私は、そう言うとナツミのセーラー服姿をじっくりと観察してみた。

 髪の毛はツインテールからおさげになっているし、セーラー服の肩が落ちてしまっている。袖も手のひらが半分くらい隠れてしまって、ちょうどお姉さんのセーラー服を小学生が着てみたような感じになっていた。

「うふふ、ナツミのセーラー服もブカブカだね!」

「うん、でもすぐ大きくなるからって……」

「それじゃ、たくさん、ご飯も食べなくちゃね」

「うん、ニンジンもね!」

「えらい! ナツミちゃん、えらいねぇ!」

「もう! サエちゃんたら、いじわるなんだから」


 掲示板の前にやっとのことで出てみるとナツミと自分の名前をさがしてみた。

 すると、ナツミはA組、私はB組だった。チラリとナツミを横目でみると、ナツミがうつむいている。

「ちょっと! ナツミ、まさか入学早々泣かないでよ! あとでA組に遊びにいくから!」

「うん……じゃ、あとでね」

 何度も、私のほうを振り返りながらナツミはトボトボとA組に消えた。


(あいかわらずだなぁ ナツミは……)

 私もB組の教室に入った。すでに何人かが自分の席に座っておしゃべりをしている。

 黒板に目をやると、A3用紙の席次表が貼りだされており、自分の名前をさがすと席についた。

 ふと隣を見ると、やはり背の高い女子が、キョロキョロと教室を見回している。


「あ、私、サエコ、よろしくね」

 声をかけると、その背の高い女子は、じっと私の顔を見つめてきた。そして、しばらく沈黙があり、いきなり言い放った。

「80点」

「え?」

 私が、聞きなおすと、今度はかなり大きな声を出した。

「あんたは、80点」

 彼女は、私に点数をつけてきたのだ。


 私は、カチンときた。人がせっかく挨拶をしているのに、人の顔をみて点数をつける神経がわからない。

「あんた、ちょっと失礼じゃないの! 何! 80点って」

「訂正、70点」

「はぁ? 訳わかんな……」

 ますます、頭にきてしまった。そして言い返そうとして、ハッと気が付いた。

(このやり取り……そうだ! 思い出した! この子アイコじゃない! たしか、アイコはヘアアレンジに凝っていて、クラス中の女の子に髪型ランキングをつけてたんだ!)


「ふっ」

 私は、少し余裕をもって、彼女に向かって、大きな声で話してみた。

「うふふ、あなたのは、20点、最低ね」

 すると、彼女は、一瞬驚いた顔をしていたが、すぐにキッと私を睨みつけてきた。

「何! あんたに何がわかるっていうの」

「ふふ、髪の毛、アナタのはちょっとパサパサ、おまけにツヤもないじゃない……最低!」

 私が話をすると、彼女はいきなり席を立ち、私の髪の毛に手を伸ばしてきた。

「あなたも、たいして変わらないじゃない」

「ふふ、あんたとちがって、私は手入れをしなくてもこの程度だから」

「ふん」

 彼女は不機嫌そうにプイと横を向いた。

(アイコ……気難しい性格だけど、最初は、こんなにヒドかった?)


 私は、もう一度、挨拶をした。

「私は、サエコ、よろしくね、パサパサさん」

「パサパサいうな、私には、アイコって名前があるんだから」

 アイコは、怖い顔をして私を睨んできた。

「50点」

 私が、さっきのお返しとばかりに点数を告げた。

「え?」

 アイコは、私の顔を見つめ、少し考えてると大きな声を出した。

「いいじゃない、アイコって名前は、私、気に入ってるんだ、あなたにとやかく言われたくはないわ」

「名前のことじゃないわよ、アナタのセーラー服の着こなしよ」

「え!」

 アイコは、あたふたと、自分の制服を直し、スカーフの形も綺麗に直した。

「どう? 点数を付けられた気分は……」

「う……」

 アイコは、呆然と私をみていた。

「人の点数付ける前に、自分の点数つけなさいよ、バカじゃないの」

 私が話すと、アイコは目を伏せた。

「あーあー、悪かったわよ、あやまりますよ、ゴメンなさい」

 私は、アイコに微笑んだ。するとアイコも、苦笑いをみせた。

(そうそう、この素直さがアイコのいいところ……)


 これが、アイコとの最初の会話だった。

 しかしその後も、何かと物に点数をつけランキングをつけるのには呆れてしまった。男子のイケメン度合、先生のファッションセンス、女の子の歩き方まで、細かく点数をつけてはノートにメモをしていた。


「ねぇ、そんなに点数をつけてどうするのよ?」

「私ね、将来は美容師になろうかと思ってるのよ」

「それで?」

「美容師といえばね、ヘアースタイルだけじゃなくて、ライフスタイルの提案とかもしていきたいわけですよ」

「はぁ?」

「というわけで、ともかく、サッと誰かを見かけたら自分のなかで、この人はどのくらいのレベルって、サッと反応できるように訓練してるわけ」

「ふーん」

(そんな話していたっけなぁ、でも、実際、アイコは高校卒業後、専門学校を出て立派に美容師になったわけだし……エライなぁ)


 私は、おもわずクスクス笑ってしまった。

「なによ? おかしい?」

「いえいえ、がんばってね! っておもっただけ」

「うん! まぁ、ありがと……」

 アイコは、ニッコリ微笑んだ。


~~


 本格的に授業がはじまり、クラスの中もだいぶ落ち着いてきた。

 昼休みになると私は一人でこっそり校内を歩いてみた。中学時代に良く足を運んだ図書室や音楽室、体育館等を覗くとなんとも懐かしい。

(何も、変わっていない……ていうか、私の記憶の中にあるイメージだから当然よね)

 そんなある日、階段を登って、生徒会室前にくると、なにやら掲示板には、カラフルなチラシがいっぱい貼り出されていた。

「部活動?」

(そういえば、私、なんでアノ部活やってたんだっけ……?)


「サエコ! みつけた!」

 突然、背後から大きな声が聞こえて、私は飛び上がってしまった。

「あ、びっくりした! ちょっと驚かさないでよ」

「ゴメンゴメン、最近、昼休みになるといつも姿が見えないから探してたんだよ」

「あはは、ちょっと、校内を見て回ってたのよ」

 私が返事をすると、アイコは、まるで私の話は無視で、掲示板のチラシに釘付けになっている。

「これ部活のチラシじゃない、サエコは何かやるの?」

「うーん、あんまり人と群れるのは好きじゃないんだけど……」

 するとアイコが、左手を腰に手をやり、右手で私を指差してきた。

「そんなことじゃ、大人になってから困るよ! もっとたくさん友達もつくっておしゃべりしなくちゃ!」

「まぁ、そういうあんたもがんばりなさいよ!」

「もちろん!」

 と、アイコが答えたかとおもうと、いきなり私に襲い掛かってきた。


「え? ちょっと、ちょっと! 何? 何? 何?」

「だって、可愛いんだもん、サエコ!」

「えぇぇぇ?」

 私が後ずさりをすると、アイコが、サッとブレスレットを見せた。


「あ! ブレスレット! え! アイコもこっちに来たの?」

「だって、ナツミが泣いて頼んでくるんだもん、仕方ないじゃない」

「ナツミは、泣き虫って知ってるでしょうが……アイコだって!」

 アイコは、私の話を無視して、美容師らしく自分の髪の毛を触って確かめていた。

「枝毛ないんだ……私」

(まるで人の話を聞いていない! 何なのよ!)

「ちょっと! アイコ聞いてる?」

「はいはい、ちゃんと聞こえてるって! でもね、今回は別!」

「別?」

「サエコ、あんたの身体、かなりヤバイことになってるんだよ」

「そうなの?」

「研究所のワタル? あのメガネ男から、サエコを説得できるのは私くらいだっなんて言われたし」

「アイコ、私は、高校時代のツヨシの告白、手紙、それからナツミの喧嘩のことだけは今回確認しておきたいのよ」

「まぁ、サエコの気持ちは分かるけど、この世界って、サエコの記憶でできているんでしょう? ということは、結局、サエコの都合のいい結果にしかならないんじゃない?」

「そりゃそうだけど……でも、私自身、何か見落としたものがある気がしてならないのよ」

「見落としねぇ」

 アイコは、私の顔を覗き込むと、小さな声でヒソヒソ話をしてきた。

「ともかくサエコとこの3年間は一緒させてもらって、いろいろ話をさせてもらうからね」

「いいけど、くれぐれも邪魔はしないでよ」

「さぁ、それは、どうかな!」


 アイコは、掲示板に張られたチラシに視線を戻すと、例によって点数をつけはじめた。

 私は、また始まったと呆れたが、いずれも低い点数ばかりだ。

「あ、これ! 満点!」

 突然、アイコが大声をあげた。

 私は、驚いてアイコが指差した部活のチラシを見た。


「弓道部」


「ちょっと、ちょっとアイコ、あんた弓道ってわかってるの?」

「ぜんぜん!」

「私の母親がやってたけど、あれは礼儀礼式と精神鍛錬というか、とても生半可じゃできないわよ」

「だってこの上着に袴って清楚な感じがするじゃない、それに胸当ても女性って感じしない?」

 私は、呆れてアイコの肩をポンと叩いた。


「アイコ、もしかして、部活って見た目で選んでる?」

「というか、せっかく女に生まれてきたんだから男子からチヤホヤされたいじゃない」

 私は、キッとアイコを睨んだが、アイコは無邪気そうにこちらを見ている。

「ちょっと! アイコ、ココではちゃんと中学生になりきってよ」

「もう! わかってるって!」


 とはいったものの教室に戻っても話の中心は男子のことばかりだった。

「ねぇ、サエコ、男の子に興味ないの?」

「ウザいだけじゃない、やさしくすると勘違いしてくるし」

「勘違い?」

「この間も本屋さんで雑誌を選んでたら『その本を取ってくれませんか』って言われて……」

「ふんふん! イケメン?」

 アイコは身を乗り出して興味津々のようだ。

「まぁ、雰囲気はいい感じだったんだけど……」

「だけど?」

「取ってあげた本が、巨乳美少女ゲームの攻略本だった」

「あぁー、それはさぁ、個人の趣味だからさぁ」

「所詮、男の子ってエロいことしか考えていないのよ」

「ま、でも逆に健康的じゃない、それに男の子だって色々なタイプもいるし!」

 アイコは、そう言いながら、クラスを見回した。


 男子といえば、教室の後ろでプロレスごっこをやってるか、カードゲームでワイワイ騒いでいるか、寝てるかぐらいだ。

「まだまだ、お子様って感じかな……」

 アイコは、ため息をつきながら私の顔をみて苦笑いをした。

「大人と子供の中間なのよね」

「でも、そんな男子でもチヤホヤされたいなぁ」

「チヤホヤねぇ……」

(「チヤホヤ……」この会話、思い出した! 結局、この目的でアノ部活に入ったんだった)


「じゃ、アイコ、チヤホヤされる部活に入ろうよ」

「え?」

 私は、アイコにニコニコ笑ってみせた。


~部活~


「作戦は、こう!」

 私は、アイコに女子力アップのために、料理研究部で腕を磨き、毎日のお弁当の際に試食と言っては料理を出すことを提案した。男子は、ホイホイ味わって私たちの女子力にひれ伏すことになると説明した。

「どうよ!」

 私が、一気にしゃべると、アイコはポカンと口を開けたまま私を見つめていた。

「サエコ、天才っていうか、思い出したわよ! でも、さっきチラシあった?」

「あったよ、すごいガサツなチラシだったけど……」


 実は、この中学校の部活から、社会人になってからも女子力アップのために料理には、興味を持つことになったのだ。


 放課後、私とアイコは、家庭科室に向かってみた。

「あれ、誰もいないね……」

「チラシには、確か、ココってあったんだけど……」


 すると、奥の準備室から軽やかな包丁の音が聞こえてきた。

 私たちは顔を見合わせ、そっと準備室を覗いてみた。すると、そこには長身の男子が、真っ赤なバンダナを頭に巻き、緑色のエプロンをつけてキャベツを一心不乱に刻んでいた。

 私は、頃合いを見て声を掛けることにした。


「あのぉ、料理研究部ってここでしょうか」

「そうだけど、なにか?」

 長身の男子は、こちらには目もくれず、次のキャベツを刻み始めた。


「入部希望で、見学に来たんですが……」


 突然、包丁の動きが止まった。

「なに! 入部希望!」

 そう言うと、包丁を置き、はじめて振り向いた。

「おぉ、女子の部員は初めてだ!」

 突然、アイコがヒジで私に合図した。

「サイコ、すごい、イケメン!」

 アイコは私に耳元でつぶやいたが、私は、その長身の男子を見てうんざりした。あの巨乳美少女ゲーム攻略本の男子だったのだ。


「ごめんなさい何か私、勘違いしてました、失礼します、さようなら」

 私は、そう言うと、くるりと向きを変えて準備室を出た。

「え! ちょっと、サエコ!  どうして?」

 アイコが私を追いかけてきた。

「あいつはキモいからイヤ!」

「え! どういうこと?」

「ほら、さっき話した巨乳美少女ゲーム攻略本の男子よ」

「えぇぇぇ!」


 家庭科室を出ようと扉を開けた瞬間、突然、こんどは私は何かにぶつかり家庭科室内に弾き戻されてしまった。

「あいたた……」

 私は、入り口を見上げた。入り口には、真っ黒に日焼けし、髭をはやしたむさ苦しい男が、ジャガイモのはいった箱をもって立っていた。

「あ、ゴメン、気が付かなかった、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です」

 私は、急いで立ち上がると扉に向かったが、袋をぶら下げた男子がゾロゾロと入ってきて外にはでれない。


 突然、準備室のほうから声がしてきた。

「あ、その2人入部希望者らしいから、部長!キチンと対応お願いしますよ」

 すると、さっきのジャガイモ男が驚いたようにコチラを見つめた。


「あ、いいえ、私の勘違いでした、失礼します」

 そう言いながら、私は、さっさと部屋をでようとしたが、いきなり、私たちの前に、ジャガイモ男が立ちはだかった。


「すみませんが、通してくれませんか」

私が話すと、頭上から威圧的な声が響いてきた。

「あのさ、君たちさ……」

 私は、ごくりと唾を飲み込んだ。

「まぁ、せっかくだからさ、料理食べて感想もらってもいいかな」

 驚いて顔をあげると、怖い顔でコチラを睨みつけている。


 アイコは、私の腕を引っ張ると小声で話をしてきた。

「いいじゃない、なかなか面白そうだし、料理もつくってくれるのなら、適当に話して帰えればいいんだし」

「うん、そうだけど」

「じゃ、きまり!」

 アイコは、ジャガイモ男と話をした。


 むさくるしい男たちは、バンダナを頭に巻きエプロンを身につけると、ジャガイモを洗い、皮のついたままラップでくるみ電子レンジで蒸かしはじめた。

 蒸しあがった熱々のジャガイモは、包丁で半分に切られると、慣れた手つきで、ツルリと皮から中身を取り出されていく。そしてマッシャーでどんどん潰されていく。

 別の部隊は、玉ねぎと挽肉を炒めワインをふりかけている。そして両者を合わせ塩コショウと生クリームも加え、小判状に整形すると、小麦粉、溶き卵、パン粉をくぐらせ、大鍋の油で揚げていく。

 さらに手が空いた部隊は、どんどん片付を始め、あっという間に、千切りキャベツに熱々のコロッケが盛り付けられていく。

 30分もしないうちに、コロッケが30個近く出来上がった。家庭科室は、コロッケの香りで充満している。


「すごい! すごいよ、サエコ!」

「素晴らしい段取りと組織力!」

 私もこれには驚いた。


「さぁ、試食だ、君たちもこっちで食べようぜ」

 巨乳美少女ゲーム攻略本のイケメンが手招きをしている。アイコは、コロッケの香りに吸い寄せられるように隣に座っている。


「さぁ、君もこっちで、感想を聞かせてくれよ」

 ジャガイモ男が私を見ている。

(なんか、気に入らない……これじゃ女子力アップというよりも、コロッケで釣られている女って感じじゃない)

 とは言っても、この状況下ではどうすることもできない。


 コロッケを一つ箸でつまんだ。

「ソースはつけないの?」

「そのままいただくわ」

 私がナツミに答えると、ジャガイモ男は、ピタッと箸を止めた。


 サクっとコロモが割れ、甘いジャガイモの香りと玉ねぎ、挽肉からのエキスがジワッと流れ込んでくる。

(美味しい、でもちょっと塩味が足らないかな?)

 もう一口目を食べようとして、あたりが静まり返っていることに気がついた。男部員たち全員が私の顔を見つめている。

(え? なにこの状況!)


「ど、どうだ?」

 ジャガイモ男が、私に感想を求めている。

(なんだっけ、こんなことあったわよね、なんだっけ……でも、このコロッケ、正直、もうちょいの味なのよね……)


「美味しいけれど……」

 私が口を開くと、部員全員が耳を澄ましている。

「けれど……?」

 ジャガイモ男はイライラして聞き返してきた。

「塩味が少し足らない気がする……」


 一斉にザワザワと部員達から驚きの声が上がった。

 怖い顔をしていたジャガイモ男が、急に笑顔になった。

「合格だ……入部を許可する」


「え! まだ入部するとか決めてませんけど……」

「かまわん! ただ、入部資格はクリアだ、そっちの連れも食べっぷりがいいから合格だ」

 そう言うとガハハと笑った。

 私がアイコを見ると、すでに3個目をハフハフしながら食べていた。

(でも、当時の部長ってこんなだったかなぁ……これもシステム補完?)


 それからというもの、私とアイコは、料理本を読んでは、料理をするようになった。

 さらに、部活では、単に料理を作って食べるだけではなく、道具の使い方、調理方法、味付け、盛付け、料理の出し方等を紹介する動画をみたり、専門の外部講師を招いて講義を聴くこともあった。


~~


 中学2年生になると、女子部員の後輩も入り、さらに賑わい料理研究部らしくなってきた。

 正直、私自身、中学時代にこんなに充実した日々を送っていたのかどうか疑問に思ったが、そもそも中学時代の記憶があまりない。もしかしたら、システムが私の記憶から補完をして見せてくれているのかもしれない。


 中学2年生も残すところあと1ヶ月になったある日、部長のジャガイモ男が卒業したあとの、新部長の選任について話し合いがされた。もちろん、2年生は、私とアイコしかいない。そこで、ジャガイモ男が、部長昇進試験なるものを実施して決めるということになった。

 試験の内容は、食事の基本である一汁三菜(汁物1品と主菜1品+副菜2品)を決められた時間内に完成させるというものだった。

「いいか、一つ一つの料理が素晴らしくても、一番美味しいタイミングで提供することが大切だ!」

 ジャガイモ男は、そういうと試験日程を決めた。


 一番美味しいタイミング……このためには、段取りが重要だ。

 まずは、きちんと下ごしらえをし、順序良く並行処理をしながら料理を作らなければならない。そのためには火にかけている鍋にも均等に気配りをし、器も料理に合わせて冷たく・温くしなければならないし、さらに盛り付けのための時間もとっておかなくてはならない。


 いつもジャガイモ男が語っていた言葉が気になる。

「いいか、我々が目指しているのは、単なる栄養補給ではない! 食事を、楽しんでもらうこと、そして心に残るひとときをすごしてもらうことこそが最大の目的である」


 私は、図書館で借りた料理本やネットを調べて献立に悩んでいた。すると家に電話がかかってきた。

「もしもし?」

「あ、サ・エ・コ? ごふっ」

「あ、アイコ、なにその声は!」

「ゴメン、サエコ、私インフルエンザになった……」

「えー! あんた、部長の試験って明日だよ」

「ゴメン……無理だわ」

「うーん、まぁ、しょうがないわね! ともかくなんとかするから!」

 結局、私一人が料理を作ることになったが、合格しないと部長の席が空いてしまうことになる。


「カゲヤマ! 準備はいいか!」

 ジャガイモ男が号令をかける。

「それでは、制限時間30分!はじめ!」


 私の献立は、主菜にブリの照り焼き。副菜には、キンピラゴボウと、ポテトサラダ。それに豆腐の味噌汁だ。

 まずはお湯を沸かしはじめ、ゴボウとニンジンを洗い薄切りにしたあと千切りし水にさらす。

 続いてブリの切り身に塩を振り、タレの材料を調合しておく。

 お湯が沸いたら出汁をとり、ジャガイモは良く洗ってラップにつつみ電子レンジで加熱。

 鍋にゴマ油をひいてゴボウとニンジンを炒め酒をふってしんなりしたらタレをいれて煮含める。

 アツアツのジャガイモを半分に切って皮をツルンと剥いてマッシュ。塩コショウで味をつけ生クリームとマヨネーズで和えると冷蔵庫にいれる。

 キンピラゴボウが煮含まったところで火からおろし余熱でさらにタレを絡みつける。

 ブリをフライパンで焼き始めると残り10分。

「あわてない!」

 私は、ブリの表面を中火で焦がし、裏返すと弱火にして蓋をする。

 豆腐を刻み、だし汁にいれると火をつけて沸騰直前まで加熱する。

 ブリに両面焦げ目がついたら、フライパンの余分な油と汚れを拭きとり、用意してあったタレをかけて煮始める。

 盛り付ける器を水でぬらし、電子レンジで加熱して温めはじめる。

 出汁が沸騰したら火をとめて味噌を溶ぐ。

 冷蔵庫からポテトサラダを盛り付け、キンピラゴボウも盛りつけ白ゴマをふる。

 焼きあがったブリを温めておいたお皿に盛り谷中しょうがを飾って完成!


「それまで!」


 ご飯を盛り付け忘れてしまったのが悔やまれるが、ジャガイモ男は慎重に出来上がったおかずを見つめる。

 豆腐の味噌汁から湯気が立ち、ブリも味が染みている。キンピラもゴマ油の匂いがうまく出ているし、冷たいポテトサラダもまぁまぁの出来だとおもう。

 じゃがいも男は、一品一品確認し、箸をつけた。

 そして、大きくうなずいた。


「よし! 合格! カゲヤマ、お前、いい嫁さんになれるぞ! 部活は頼んだぞ!」

 そういうと部長はガハハと笑い部室を出ていった。


 私は、この部活を通じて、きめられた時間で最高のものを作り上げるために必要な、企画、準備、そして段取りの大切さと、道具や食器の手入れ、そして食べていただく方への気遣いについて学んだような気がする。

 いつしか部活ばかりでなく、教室でも「段取りのサエコ」と呼ばれるようになったのもこの頃からだった


~~


 月日は過ぎ、中学3年生になると、最大のストレスは高校受験だった。授業の内容は理解していても、PCを使えばすぐに終わる計算をいちいち紙に書いて計算するのは実に面倒だった。

 それでも、段取り良く勉強メニューをこなし、なんとか自分の進学する高校は合格圏内となり、アイコ、ナツミと一緒の高校に入学が決まった。


「サエコ! もうすぐ3月14日だね」

「あ? ホワイトデー?」

「そうそう、中学時代も最後だから、ちょっと本気だそうかと思ってるのよ」

「本気?」

 私が、首をかしげると、アイコは自分のカバンからなにやら取り出した。

「ジャーン」

 アイコが取り出したのは、横断幕だった。


「ひと月遅れのチョコレート対決!女王の座はどっち!」


「何これ?」

 私が呆れてアイコを見つめると、とんでもないことを言い出した。

「サエコと私と対決するのよ、で、サエコが負けたら、システムから強制離脱させる!」

「え?」

「クラスの40人全員にチョコを配って採点してもらう! いいわね」

 アイコが、いつになく真剣な顔をしている。

「そ、そんな……」

 アイコは、実にアイコらしいアプローチで私の身体を気遣ってくれているのだろう。

 でも、私は負けるわけにはいかない……。

 私は、覚悟をきめた。

「勝負するわ! その代わり、私が勝ったら、絶対私のこと応援してよ!」

「え! 何マジになってんの!」

「絶対だからね! 私はマジ、笑いたければどうぞ! 絶対勝つからね!」

 さっきまで真剣な顔をしていたアイコだが、私の自信たっぷりの答えに少し動揺をしているようだ。

「ま、まぁ、楽しくやろうよ、中学最後の対決なんだし」

「真剣勝負だよ! アイコ!」

「もう、サエコったら!」

 私は、アイコと一緒に笑った。


 こうして私達は、チョコレート対決をすることになったのだ。 


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