#9なつやすみ
秘密の想い出 ~サエコの場合~ トラキチ3
【初稿】20140327(連載5)
~なつやすみ~
ワタルは、サエコがこだわる高校時代に何があったのか、関係者からの情報を集めようと高校の名簿をしらべてみた。
名簿を目で追っていくと見覚えのある名前が飛び込んできた。
「これ、これツヨシじゃないか?」
ワタルは、大学時代の友人と同姓同名を見つけたのだ。偶然かもしれないと、大学の名簿も検索し、ツヨシがサエコと同じ出身校ということを確認した。
「まちがいない!」
ワタルは、席を立つとロッカールームへもどり、携帯電話でツヨシに電話をした。
「ツヨシか? ワタルだ!」
「おお、ワタルか、ひさしぶり!」
「ひさしぶりだね! そうだ! 結婚おめでとう!」
「ありがとう、でも、挙式は来月だけどな」
「ところで、カゲヤマサエコって女性を知ってるか?」
「え! カゲヤマ……サ、サエコ?」
ツヨシが驚いた声を張り上げた。
「知ってそうだな、悪いけれど、ちょっと協力してくれないか」
「ごめん、俺、サエコにはかかわりたくないんだ……」
「え? かかわりたくない?」
突然、電話口の奥で女性の声が聞こえ、なにやらもめているのが電話口から聞こえてきた。
(「サエちゃんがどうかしたの?」「いや、なんでもないから」「ちょっと代わってよ」「ナツミ、おまえの電話じゃないんだから……」)
「サエちゃん?」
ワタルは、確かに電話口の向こうで話していたのを聞いた。
「ツヨシ、もしかして結婚する相手のナツミさんって、サエコさんの幼馴染のナツミさんなのか?」
「え? ワタル、ナツミのこと知ってるのか?」
驚いた。どうやら図星のようだ。
「実は、子供の頃、一緒に遊んだことがあるんだよ、ちょっとナツミさんに代わってくれないか」
「うーん」
ツヨシは、電話を代わりたがらない。
「たのむよ、ツヨシ!」
突然、ガサガサと音がしてナツミが電話口にでた。
「私、ナツミです、サエコになんかあったんですか?」
「あ、ナツミちゃん? 僕、ワタル、おぼえてる?」
「ワタル?」
「幼稚園のときに、額を切った……」
「え! あのワタルくん?」
ナツミの声が、急に明るくなった。
「実はサエコさんがバーチャルツアーの新システムで困ったことになっているんだ」
「バーチャルツアー?」
「うーん、電話ではちょっと説明は難しいから、サエコさんがいるところまで来てくれないか?」
「それは構わないけど、サエコ合ってくれるかなぁ」
ワタルは、苦笑いした。今の状態でサエコが拒否できるわけがない。
「だいじょうぶ! 1分1秒を争うんだ、車を迎えに行かせるから、すぐに出れるように準備をしておいて」
「え! そんな大変なことに?」
「お願いだ! すぐにきてほしい!」
「わかりました! 準備して待ちます」
ワタルは、すぐに車の手配をした。そして、カプセルの中のサエコを覗き込むとつぶやいた。
「もうすぐ、2日目か……なんとかしなければ」
ワタルは、ナツミがやってくるまで少し仮眠をすることにした。
~~
給食当番が白い割烹着姿で配膳をしている。
「ちょっと、なんで男子と女子とおかずの量がちがうのよ! ズルイわよ」
私は、思わず叫んでしまった。
「だって、女子は、給食残すじゃないか! だから、おかずは少しでいいんだよ」
「なに言ってんの! ちゃんと配りなさいよ! 残したら、その時、あんたにあげるわよ」
「いらないよ、サエの食べ残しなんか」
「いいから、ちゃんとおかずいれなさいよ!」
「ちぇ」
(まったく、子供のころから男はズルイ、自分の都合だけで勝手に判断するんだから)
私は、カレーシチューの入った給食をもって席に戻った。
「ナツミ、あんたもちゃんと食べないと大きくならないわよ」
「うん……でもニンジンきらいだし」
「しょうがないわね、ニンジンもおいしいのに!」
そういうとナツミのニンジンと私のジャガイモを取り替えた。
「サエちゃん、ありがと!」
ナツミは私にニッコリ微笑んだ。
(うーん、かわいい!)
「だけど、さっきの男子が話してたのも、そうかもしれないよ」
「なんで?」
「だって、みんな同じ量でも、残しちゃったらもったいないじゃない」
「そうだけど……」
「だから、『少なめ?』とか聞いてくれるといいかなって思うんだ」
「そうだね! で、あまったら、お代わりすればいいもんね!」
(ナツミ、頭いいじゃない! うちの仕事場のスタッフにしたいぐらいだわ)
私は、思わず感心してしまった。
給食を食べながら、窓の外をみると、もう夏の日差しになっている。
もうすぐ小学校4年生の夏休みがやってくる。
(小学校4年生、たしか、この夏、林間学校でナツミと大喧嘩したんじゃなかったかしら……)
私は、ナツミの横顔を見つめていた。
(何が原因だっけ? 喧嘩して夏休み中、ずっと口もきかなかった気がする)
私は、頭を抱えた。
(だいじょうぶ、今の私ならきちんと対応できるはず!)
~~
ワタルは、内線電話の呼び出し音で目が覚めた。
顔を上げると、スタッフに連れられ女性がコチラを見ていた。
「ナツミちゃん?」
ワタルが、そう話すと、女性は黙ってうなずいた。
ワタルは、バーチャルツアーの話、V.L.R.P.(バーチャルライフリバイバルプラン)の話、そしてサエコがテストモニタに協力したいと積極的だったこと、特に高校時代にこだわっていた事を話した。
「というわけで、新システムの設定ミスで、サエコさんは28年間のイメージの中にいるんだ」
ナツミは、カプセルのなかのサエコをじっと見つめていた。
「ともかく、体力が落ちる前に離脱させるように説得すればいいんですね」
「そのためには、ナツミさんにも準備をしてもらわなくてはなりません」
「わかりました、協力するから始めてください!」
ワタルは、ナツミが新システムに接続するための準備に取りかかったが、データ補完が完了するまで6時間がかかってしまった。
「お待たせしました、これで新システムには入れるようになりましたよ」
「待っている間にバーチャルツアーをさせてもらったけれど、これってリアルでびっくりしました」
「ありがとう! でも、新システムはもっと驚きますよ」
ワタルは、モニタに映し出されたサエコの年表を確認すると話した。
「おおよそ、今は、小学校4年生の夏休みになったあたり……」
「小学校4年生の夏休みですって!」
「林間学校があるのかな」
「私、今すぐサエちゃんに会ってきます、この夏休みの間、私、サエちゃんに話しておかなくちゃいけないことがあるんです」
ワタルは、少し驚いた。
「じゃ、2ヶ月間60分でセットするから、かならずブレスレットの数字を確認してくださいね」
「わかりました」
そういうと、ナツミはカプセルに入った。
~~
林間学校初日の晩はキャンプファイヤーだった。
私は、子供の頃から、家族でよくキャンプに行っていたこともあり、大はしゃぎをしていた。
(いけない、ここは冷静にナツミのことを考えておかないと)
そうは思っても、みんなで楽しく歌を歌ったり、フォークダンスをしたりで、私は、興奮しながらも、チラチラとナツミを観察していた。
そして各々の部屋にもどり、消灯までの自由時間は、トランプをしたり、男子の話や、怖い話をしたりとこれまた大興奮だった。
(ふぅ、ここまでは別段問題なさそう……)
私は、ナツミがニコニコしている横顔を見ながらそっと胸をなでおろした。
しばらくすると、部屋に先生がやってきた。
「さぁ、消灯時間だ! 明日も早いから、すぐ寝なさい!」
そういうと、部屋が薄暗くなった。
しばらくは、ヒソヒソ声やクスクスと笑い声が聞こえた。
私は、目を閉じ、隣で寝ているナツミとの喧嘩のことを思い出そうと必死だった。すると、隣で寝ていたナツミが私の腕をつついてきた。
「サエちゃん、起きてる?」
「うん、起きてるよ」
「サエちゃん、私、ナツミだよ」
「え?」
そういうと、ナツミは薄暗い部屋でブレスレットを見せた。
「あれ、そのブレスレットは……」
「私も、サエちゃんの話をワタルくんから聞いて、こっちへやってきちゃった」
私は、おもわずナツミの手を握った。
「ひさしぶりだね、ナツミ」
「うん、ひさしぶり……」
私は、ナツミに高校時代の話を聞きたかった。
・ツヨシは、文化祭の晩、告白したのはなぜか?
・ツヨシの手紙の意味は?
・ナツミが卒業式の日、怒っていたのはなぜか?
「ねぇ、ナツミ……高校の時」
私が話をし始めると、さえぎるようにナツミが話してきた。
「サエちゃん、高校の時の話は、私もちゃんとしなくちゃと思ってる」
「う、うん……」
ナツミは、薄暗い中私の顔をじっと見つめている。
「でもその話は、このシステムから出てからきちんと話すよ」
私は、驚いてナツミを見つめた。
「ああ、ワタルに頼まれたのね」
「だって、サエちゃんの身体が心配なんだよ」
突然、ナツミは目から涙がポロリと落ちた。
「ちょっと、ナツミ、こんな時に泣かないでよ」
「だって……高校卒業してから、久しぶりに会えたのに……サエちゃんがこんなことになっているだなんて」
「まぁ、最初はおどろいたけど……でも気が付かなかった自分のことが分かって楽しいよ、で高校の時なんだけど……」
「高校の頃の話は、ちゃんとシステムを出て、サエちゃんが元気になってから!」
「えー! そんなー!」
ナツミは私の反応に、クスクス笑った。
(こんなに、私のことを心配してくれているのに、なんで喧嘩なんかしたんだろう……私)
私は、おもわず涙があふれそうになり、あわてて寝返りを打ち、ナツミに背中をみせた。
「ところで、この林間学校でナツミと喧嘩したよね」
「したね……あれはサエちゃんが、ヒドいことをしたからだよ」
「うーん、ゴメン、私全然記憶にないんだ……たぶん、これから起こると思うんだけど」
「え? 覚えてないの?」
「うん、だから、先に謝っておくね、ごめんね」
ナツミはクスクス笑い出した。
「サエちゃんらしいね」
「なにが?」
「サエちゃんのすごいところは、すばやい段取りと、嫌なことがあっても次の日にはケロリとしてるところ」
「そう?」
ナツミは、そっと私の背中にくっつくと、耳元でコソコソ話をはじめた。
「ヒントは、肝試し」
思わず、振り返ってナツミを見た。
「肝試し……あ! もしかして、マスク男の……」
私は、はっきりと思い出した。
林間学校の最後の2日間は、夜間に肝試し大会があった。驚かす班と、肝試しをする班に分かれて15分間隔で決められたルートを歩くというものだ。
わたしとナツミは、同じ驚かす班を担当していたが、そのとき私がちょっとばかりナツミにイタズラをしたのだ。
同じ驚かす班にもかかわらず、木の陰に隠れているナツミを逆に驚かしたのだ。しかも、私は、先生の男物のジャケットを着てマスクをして、変質者のごとく背後から襲ったのだ。
ナツミは、悲鳴も出せず、その場で腰を抜かしてしまった。当時、私もあまりにやりすぎたとおもったのだが、それ以来ナツミは私の事を避け、一切口をきいてくれなくなった。
「ごめんね、ちょっとしたイタズラだったんだけど、やりすぎたね」
「あれ以来、私、男の人としばらく話ができなかったんだよ」
「ごめんねナツミ……」
「ほんとうにそう思ってる?」
「うん、もちろんだよ」
ナツミは、意地悪そうに私のことを見た。
「それじゃイタズラした罰に、小学校4年生の夏休み、このサエちゃんの世界でもう一度やり直そうよ!」
「え!」
「わたしも、あの夏休みはすごくつまらなかったんだ、なんどもサエちゃん家の玄関まで行ってたんだけど、どうしても許せなくて」
「ナツミ……」
「うふふ」
「ナツミ、ゴメンね、それじゃ、林間学校終わったら、思いっきり夏休みを楽しんじゃおう!」
「やったー!」
私は、ナツミといっしょにクスクス笑った。
~~
林間学校の肝試しも無事に終え、林間学校から帰ると、わたしとナツミは毎日いっしょに宿題をやったり、図書館で調べ物をしたり、バスにのって買い物にでかけたりと大忙しだった。
「やっぱり、ナツミといると楽しいな」
私が、帰りのバスで話をするとナツミもうなずいた。
「だって、幼稚園から一緒だし、サエちゃんのこと良く知ってるし」
「うん、私だって泣き虫ナツミのことは詳しいよ」
「ふふ、でもすぐ忘れちゃうくせに……」
「ゴ、ゴメン!」
ナツミは楽しそうにニコニコ笑った。
~~
「今日で、夏休みおわりだね」
ナツミがバスを降りるとポツリとつぶやいた。
私は、茜色に染まった夕焼け雲を見ていると、ナツミが私の手を握って立ち止まった。
「そうだ、サエちゃん、実際はこの夏休み中、喧嘩してたじゃない」
「うん」
「どうやって解決したか覚えてる?」
「えっと、どうしたんだっけ?」
「やっぱり、忘れちゃってたんだ!」
ナツミは呆れたように私を見るとクスクス笑った。
「夏休み最後の今日、ちょうどこの場所でバッタリ会ったんじゃない!」
「そうだったっけ?」
ナツミは私の顔をのぞきこんだ。
「そのとき、サエちゃんは、『ナツミ、ゴメンね』って、いきなりすごい勢いで泣き出しちゃったんだ」
私は、目を伏せてそのシーンを思い出していた。
「あ……、そうだったね、そしたら、ナツミも泣き出しちゃったんだよね」
「うん、私もサエちゃんのこと、どうして許してあげられなかったのかなって、急に悲しくなっちゃって泣いちゃった」
ナツミは、ブレスレットをちらりとみた。
「あ、もう時間がないよ、サエちゃん一緒にもどろうよ!」
「ナツミ、私、今回のことでいろいろ自分の事がよくわかってきたんだ、もうちょっと時間をちょうだい」
「でも……」
「たぶん、これから中学、高校でもナツミにはたくさん迷惑をかけていたのかもしれないけど、もっと自分のことを良く知りたいんだ、もちろん、ちゃんと帰るよ!」
「うん……」
ナツミは、悲しそうな顔をすると、涙がポロリとこぼれた。
「ほら、ナツミはすぐ泣くんだから」
「だって……」
私は、ナツミの手をぎゅっと握りニッコリ微笑むと、ナツミに背を向けて走り出した。
「サエちゃん、きっと帰ってきてよ、約束だからね!」
ナツミの叫び声が、背後から聞こえてくると、涙がポロポロあふれてきたが、私はそれをぬぐうこともせず走りつづけた。
~~
「ナツミちゃん、どうだった?」
ワタルは、カプセルからでてきたナツミに声をかけておどろいた。
ナツミは、目を真っ赤にはらしてポロポロ泣いていたのだ。
「ナツミちゃん……大丈夫?」
ワタルは、ナツミにハンカチを渡した。ナツミは、大きく息をすると、ワタルに微笑んだ。
「私、この時代のサエちゃんに会えてよかったです、長いこと胸につかえていたものがスッと取れた感じです」
「へ?」
「やっぱり、サエちゃんは、わたしの大事な友達です」
「うーん、僕も、幼い頃のサエコさんにあってよかったと思ってる、不思議だね、嫌なことを思い出すのかと思っていたんだけど、そうじゃなかった」
「サエちゃん……サエちゃん自身も自分のことが分かってきたっていってましたが」
「うーん」
「ただ、もう少し時間がほしいといってました」
「そう?」
ワタルは、カプセルの中のサエコを覗き込んだ。
気のせいか、サエコの身体がだいぶ痩せてきたような気がする。すでに3日目が終わろうとしている。
「ところで、ナツミちゃん、中学時代に一番身近にいた人物っていないかな」
ナツミは、涙をぬぐい、ハンカチをワタルに返すと話をした。
「うーん、私はクラスが別になってしまって、部活もちがうし……あ! アイコちゃんがいます」
「アイコちゃん? 彼女に連絡とれる?」
「大丈夫だと思います! 彼女、協力してくれるかな?」
「まかせてください!」
そういうと、ナツミは携帯電話を取り出した。