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秘密の想い出 ~サエコの場合~  作者: トラキチ3
4/8

#7ふりだし #8プリンセスティアラ

秘密の想い出 ~サエコの場合~  トラキチ3


【初稿】20140325(連載4)



~ふりだし~


(ここはどこ?)

 私は、目を覚ますと辺りを見回した。一面真っ暗な空間だ。

 寒くはない、むしろ温かい。そしてリズムカルなドンドンという音が聞こえている。


 突然、身体が圧迫された。暗闇が私の身体を押し込み、まるで朝のラッシュアワーのような感覚だ。そして、リズムカルなドンドンという音が次第に早くなる。と、身体が動き始め、いきなり、目の前が明るくなった。

 真っ暗な世界から一転してこんどはまばゆい白い世界。あまりにまぶしすぎて目が開けられない。

 そして息が出来ない。懸命に口を開いてみたが、ゴボゴボと音がする。

 力いっぱい息を吐き出すと、なんとか呼吸ができるたが、息をするたびにギャーギャーと音がする。


 ふと、男の人の声が聞こえてきた。

「元気な女の子のお子さんですね」

「先生、ありがとう」

 と答える声は聞き覚えのある声だ。


 母? 私は、ゆっくりと目を開けた。真っ白な白衣の男の人が見え、母がベットに横たわっている。そして、私は母の胸に抱かれていた。

(何、これ?)

 私は、声を出そうとしたが、ギャーという音しか出てこない。ふと、周りをみるとまるで自分が小人になったかようにどれもこれも大きく見える。そして自分の手を動かして見ると、小さな小さな手が見えた。

(うそ! これって、私が生まれたとき?)

 

 突然、私は抱き上げられガラス越しに父の若かりし頃の姿を確認した。父はニコニコしながらこちらを見ている。そして、ガラス面に反射した自分の姿をみて、確信した。そこには、しわくちゃの赤ちゃんが見えた。


(こ、これが、新システムの世界?)

 意識は、28歳の自分だが、自分の身体や能力は赤ちゃんでしかないという設定のようだ。


(おどろいた、これはすごいシステムね)

 なんとか身体をよじりブレスレットをみてみると、カウンターが99999と表示がされている。たしか3年間分ということだったから、1日1分、1ヶ月で30分、1年で6時間、3年で18時間……秒になおすと64800って表示になるはずなのに……。


(何かシステムにトラブルがあったのかしら)

 そう私は考えたが、酷く疲れてしまい、そのまま、まぶたを閉じてしまった。


「あら、この子、笑ったわ」

 そういうと、母は、私を優しく抱きしめてくれた。 

「ママ……」

「ちょっと、パパ、この子ったら『ママ』って言ったわよ」

「そうだな、この子は天才かもしれないぞ」

「何、馬鹿なこといってるの! もう1歳なんだから普通でしょう」

「そうなのか……」

 

(ちょっとまって、さっき目を閉じてからもう1年が経過してるってこと?)

 私は、身体をおこして立ち上がりたかったが、どうにもこうにも動けない。この状態では何もできそうにない。

(もうしばらく、寝るしかないわね)

 目を閉じた。たしか、高校三年間を確認することにしていたのに、どうして誕生からのイメージが再生されているんだろう。

(もしたしたら、設定をまちがえた?)


「サエちゃん、おきて!」

 突然、まぶしい光が私の目の中に飛び込んできた。

(サエちゃん? たしか、小さい頃は、サエちゃんってみんなから呼ばれていたわ)

「おはよう」

(あ、声がでた)

「サエちゃん、ナっちゃん達がもう迎えにきてるわよ、いそいで幼稚園にいかなくちゃ」


(え、いつの間にか幼稚園?)

 私は、自分の身体を確かめた。

(おどろいた、幼稚園児の体型だわ)

 ベットから起き上がると、あたりを見回した。視点が低く、あいかわらずまわりのものが大きく見える。

「ママ、わたしの服は?」

「もう、自分で着替えられるでしょ、急いでね」

(そうだった、当時は寝る前に明日の準備をしておくってパパと約束してたんだった)

 私が見回すとベットの端に、きちんと幼稚園の制服が準備されていた。私はいそいで着替えると鏡をのぞいた。

(若い! ってあたりまえよね。昔は、こんなに肌のキメも細かいし、髪の毛もツヤツヤだったのね)


「おはよーサエちゃん!」

 玄関をでると、懐かしいナツミの姿があった。ちっちゃな手に、大きなカバンをもっている。ベレー帽が幼稚園の制服なのだが、ナツミにはまだまだ大きすぎるようだ。

「おはようナツミ、じゃなくて ナっちゃん」

(うん? なにも 言い替えなくても、いいんじゃない)

 あまりのかわいらしさに、私は、おもいっきりナツミを抱きしめてしまった。

「きゃ、どうしたの? サエちゃん」

「ナツミかわいいなって!」

「なんかへんだよ、サエちゃん」

「あ、サエコって呼んでもいいよ」

 ナツミは、モジモジしながら、小さな声で話した。

「サエコ……うーん、やっぱし、サエちゃんのほうがいい!」

 ナツミは、困った顔をして私をじっと見ている。

「まぁ、どっちでもいいけど」

 私は、思わず笑ってしまった。


 しばらくすると迎えのバスがやってきた。私は、ナツミと手をつないでバスに乗り込む。外では母がバスの中をのぞきこんで手をふっている。

(まぁ、手はふっておこうかな)

 バスが動き出した。私は、なんとなくワクワクした。これから幼稚園時代になるのだろう。


~~


 ワタルは、レスキューチームを呼び出していた。

「ともかく、カプセルの機能はそのまま温存して、点滴を打てるように腕が出せるスペースをつくってほしい」

「このカプセルは、センサーがたくさんついているので、かなり厳しいですよ」

 メカニックチームとワタルは、同型のカプセルを細かく分解しながら、センサーの場所や、素材を確かめ、様々な手法を確かめてみることにした。


 結局、検討するだけで丸1日が経過してしまった。

「これでだいじょうぶ、念のためセンサー制御の回路は切っておいたからいけるだろう」

「では、レーザーカッターで抜きますね」


 レスキューチームが慎重にカッターを当てて、ゆっくりとカプセルに穴を開けた。

 つづいて医療チームが到着し、テキパキと点滴をセットした。

「これで、まずは一安心」

 ワタルは、カプセルのそばの椅子に座り込むとモニタを確認した。どうやら、今は4歳を通過したところだろう。おそらく幼稚園時代になっているはずだ。

 しかし、このままのこり6日間も身体が持つだろうか。できれば、途中で離脱することも検討しなければならない。


 そこへエリカがやってきた。

「ワタル兄さん、サエコ様が大変って聞いたんだけど」

「ああ、困ったことになった、28年全期間のツアーになっている」

 エリカは、カプセルを心配そうにのぞきこんだ。

「さっき、局長から聞きいて飛んだけど、サエコ様大丈夫よね」

「うーん、ともかく現状では、7日間経過しないとシステムからは離脱することができないんだよ」

「途中での離脱は?」

「あまりに危険が多い、本人が自主的に離脱する意志がないと、二つの記憶が存在することになって混乱してしまう可能性があるんだ」

 エリカは、悲しそうにカプセルのサエコを見つめた。


「あ!そうだ!」

 エリカは、突然大きな声をだした。

「どうした?」

「サエコ様のデータをここに来るまでに調べてみたんだけど、ワタル兄さん、過去にサエコさんに会ってるわ!」

「え?」

 ワタルは、おどろいて資料を見直した。

「私は、全然記憶がないんだけれど、確か小学校に上がる前1年だけ、おじさんのところにいたでしょ」

「ああ、いたね」

「そのときに通っていた幼稚園が、サエコさんの幼稚園で……資料を取り寄せたらお兄さんとサエコさん同じ教室にいたのよ」

「ま、まさか、サ、サエコ……って……」

 ワタルは、カプセルの中で目を閉じているサエコをみつめた。

「やっぱり、あのサエコなのか」

 そういうと目を伏せた。

「覚えてるの?」

「ああ、ちょっと忘れられない嫌なことがあったんだ」


 突然、ワタルはモニタのサエコの年表を確認した。

「まだ、間に合う!」

「え?」

「彼女の記憶の中に必ず僕の記憶が残っているはずだから、彼女の記憶の中に登場する僕になりすまそう」

「え!」

「ほら、ちょうど、ツアコンダクターがお客様の中に登場するのとおなじだよ」

「なるほど……でも、このシステムでの実証実験はしてるの?」

「大丈夫さ、それに僕の記憶はすでに補完も済んでいるから入れ替わるのは簡単さ」

 そういうと、ワタルは、急いでガウンに着替え、プログラムを組み、自分の記憶とサエコの記憶が一致する時間にセットアップをした。


~プリンセスティアラ~


 春の日差しがやさしい、日曜日の朝。28歳のサエコなら、のんびり寝ていたいところだが、元気な幼稚園児は違った。

 朝から、遊びたくてベットの中でウズウズしていた。私は、堪えきれずに飛び起き、まだ薄暗いリビングルームにゲーム機を持って行くとテレビに接続した。そして音が大きくならないように注意して、そっとカセットを挿しこみ電源を入れた。

 テレビには、プリンセスティアラと懐かしいタイトルが現れる。

(これよこれ! 懐かしい! でも、どうやって遊ぶんだっけ? すっかり忘れちゃってる)

 私は、マニュアルを見ながら操作方法を覚えた。ゲームの内容は、大きな剣と鎧を身に着けたお姫様がドラゴンを退治していくお話だった。

(でも、ヘンだわ。マニュアルなんて読まないで遊んでいたような気がしたけど)


「サエコ、おまえ、こんな朝からゲームやってるのかい?」

「うん! このゲームすごいんだよ! お姫さまも剣をもって戦うんだ!」

 私は、興奮しながらパパに話をした。

「お姫さま? お姫様は、剣で戦ったりしないよ」

「だって、ほんとだもん! あ、やられちゃった!」


 私は、リセットボタンを押そうとして、ハッと気がついた。

(確か、現実にはリセットボタンなんて存在しない……ってパパに言われたような)

 私は、あえてリセットボタンを押さずにそのまま、ゲームを進めてみた。

 するとどうだろう、ライフが減ると王子様が現れ、私を助けてくれたのだ。

(え! そういう仕様だったかしら……)


「王子さまの登場だな」

 パパが、私の頭を撫ぜてくれた。

「さしずめ、サエコの王子さまはワタルくんかな?」

「ワタル?」

(ワタル? ワタルって誰だっけ?)

 そういえば、幼い頃近所に引っ越してきた男の子がいた。身体は小さいが、元気いっぱいでいつも泥だらけで遊んでいた……

(ワタルって名前だったかなぁ、その子)


「そろそろ、やってくるぞワタルくん」

「え?」

「なんだ、毎週日曜日は一緒に礼拝に行っているだろう」

(礼拝……確か幼稚園がミッション系で毎週日曜日の午前中は賛美歌を歌っていたんだ)


 朝食を終えると、玄関のチャイムが鳴った。

「ほらきたよ、王子様」

 パパは笑った。

 急いで玄関に向かうと、ナツミと背の小さな男の子がいた。

「サッちん、遅いぞ!」

(なに、この生意気なしゃべり方、おまけに制服はヨレヨレ、ベレー帽は裏返し……)

 それに比べてナツミは相変わらずかわいらしい。髪の毛はツインテールにしてベレー帽から大きなリボンが見えている。

「ワタルくんベレー帽ちゃんとかぶりなよ!」

 ナツミがワタルのベレー帽を元に裏返すと頭に載せた。

「サッちん、急ぐぞ!」

 と、突然、ワタルが私の手を握った。

「サッちん、早くしないと、ドラゴンがくるぜ!」

 すごい勢いで引っ張るので、私はよろめいた。

「何すんのよ!」

 私は、おもいっきりワタルを睨みつけた。

「うわぁ、サッちん、キバの女王様みたいだな! 変身するのか!」

「はぁ? 何それ!」

「知んないの? ティアラは、怒りの実を食べるとキバの女王になって無敵なんだぞ!」

(なんだかよくわからないけど、どうもプリンセスティアラのゲームで、アイテムをたべると変身するってこと?)


「ティアラ! アタック!」

 そういうと、私の脳天にチョップを当ててきた。

「いたい! やったわね!」

(ああ、うざい! この手の子供は苦手だわ、ここは、これで挽回できるかしら)

 私は、思いっきりワタルの背後から抱きしめた。そして、ちっちゃな身体を持ち上げた。

「サ、サッちん……な、なんだよ」

「スクイーズ! クラッシュ!」

 そういうと、思いっきり腕でワタルの身体を締め上げた。

「うわわ、サッちん、痛いーっ」

 ちっちゃなワタルは、足をバタつかせている。

「ふんっ」

 ワタルを地面におろすと、ワタルは、フラフラしていきなり地面に倒れこんでしまった。


「あら! ワタル!」

「どうしよ! サエちゃん、ワタルくん、死んじゃったの?」

「そんなことないよ!」

「だって、動かなくなっちゃったよ」

 そういうとナツミは、ポロポロ泣き出した。

 私は、ワタルの口と、首筋に手を当てた。呼吸もしているし、脈もある。失神しているだけのようだ。

(子供って、こんなに簡単に気を失っちゃうの? こまったわ)


 私は、ワタルを何度か揺り動かすと、ワタルが目を開けた。

「あ、目あけた!」

 ナツミは、よかったとはしゃいでいる。

「だいじょうぶ? ちょっとやりすぎちゃった。ゴメンね。ワタル」

 そういうと、ワタルがニッコリ微笑んだ。


「サエコさん、会えましたね」

「え?」


 礼拝堂へ向かうバスでは、ワタルは静かに窓の外を眺めていた。

 ナツミが心配そうにヒソヒソと私に話しかけてきた。

「ワタルくん、いつもとちがうね、なんだか、大人の人みたい」

「そうだね、おかしいね」

「いつもは、はしゃいで先生に怒られるのに、今日はいい子だし」

 私は、じっとワタルを見つめていた。

(「サエコさん、会えましたね」……さっきまでサッちんて呼んでいたのが、サエコさん?)


 バスが止まって私とナツミが礼拝堂に向かおうとしたところで、ワタルがそっと私の肩を叩いた。

「サエコさん、ちょっと話があるんだけど」

 ナツミがびっくりしてワタルをみた。

「ねぇ、いつもはサッちんって呼んでるのに、なんでサエコさんなの?」

 ワタルは、びっくりした顔をして、ちっちゃな声で言い直した。

「サッちん、ちょっと話があるんだけどいいかな」

「うん、じゃナツミ、あとでいくから先にいってて」

「じゃね!」

 ナツミが礼拝堂に向かうと、ワタルは手首のブレスレットを見せた。


「あ! ブレスレット」

(ということは、新システムを利用している?)

「すいません、僕は、研究所で担当していたワタルです」

「研究所?」

「メガネの新システムを担当していた……」

「え! あの先生?」

 ワタルは少し照れながらうつむいた。

「実は、いろいろ不具合がありまして、困ったことになっています」

 私は、体のちっちゃなワタルが、大人びた言葉を話しているギャップがおかしくて思わず笑ってしまった。

 ワタルは、ちょっとムッとした顔をして話を続けた。

「笑い事じゃないんですよ、システム起動時にトラブルがあり、サエコさんのプログラムは誕生から28歳まで全ての記憶がターゲットになっています」

「え! 28年分の記憶をすべてみることになるの?」

 私は、生まれた頃から記憶が再現された意味を理解した。

「それって、すごいじゃない!」

「それが、28年分というと、現実には7日間も新システムにとどまることになって、飲まず食わずで7日間ということになり、身体が非常に危険な状態になります」

「え……」

「とりあえず、カプセルに穴をあけて点滴を打って対処はしましたが、体力を維持できるかわかりません」

「うーん……」

「とりあえず、今の状況をご理解いただけましたか?」

「わかったわ」

「それでは、ここまででいったんシステムから離脱をしていただきたいのですが、残念ながら新システムではまだ、赤ボタンでの離脱ができません」

「で?」


「強制的にシステムを停止しますので、そのことだけ認識していただきたいのです」

「でも、私、高校時代に、確認しておきたいことがあるのよ」

「システムを見直してから再度、アクセスしてはいかがでしょう?」

「でも、それには、まだ数週間かかってしまうんでしょ?」

「まぁ、そうですね……」

 私は、決断した。

「こうしましょう! 高校卒業までこのまま続けさせてちょうだい、もちろん、現実に私の身体が危険だと判断したら強制的にシステムを停止してもかまわないわ」

「でも、それでは、どんな影響がでるかわかりませんよ」

「いいじゃない、それだって実験データの一つになるんだし、それも覚悟の上だから」

「しかし……」

「文書かなにかで残さないとダメなんていわないでよ! 私がそういっているんだから」

「うーん」

 ちっちゃなワタルは腕を組み、考え込んでいる。

「私、この世界が好きなのよ、いろいろ面白いことがわかって楽しいのよ」


 しばらく沈黙が続いたが、ワタルは、了承してくれた。

「その代わりといっちゃなんですが、私は幼稚園卒園までこちらで確認をして離脱しますので」

「それは、かまわないけど、そんな態度じゃだめね、わたしのことはサッちんて呼んで、もっと子供らしくしてくれないと」

「子供らしく……ですか」

 私は、ワタルに向かって攻撃をした。

「ティアラ! アタック!」

「う……」

「もっとテンションあげて、反応しないと! 子供なんだから!」

「が、がんばってみます」

「私の記憶の中なんだから、ちゃんと演技してもらわないと台無しなんだから!」

「わ、わかりました」

 そういうとちっちゃなワタルは苦笑いをした。


 幼稚園は、実に楽しい毎日だった。

 毎朝、ナツミとワタルと私は、一緒に幼稚園にでかけたが、どうしてもワタルの印象が薄い。ワタルの横顔をみながら、私は思い出そうと努力したが、どうもピンとこないのがもどかしかった。

 幼稚園では、お遊戯の時間は、みんな真剣に身体を動かしているし、お弁当の時間も仲良くみんなで食べた。

 そして何よりも楽しいのは、お遊びの時間だった。絵本を読んでもいいし、お絵かき、あやとり、折り紙、ゴム段で遊ぶのはなんとも懐かしい。何度か遊んでいるうちに感も取り戻せてきた。一方の男の子は、外でサッカーや、大きな積み木を積み上げては壊していたりしていた。


 そんなある日、事件がおきた。

 私がお絵かきをしていると、高く積まれた大きなツミキタワーが、ゆっくり私のほうへ倒れてきたのだ。

「サエちゃんあぶない!」

 ナツミの声に私が顔を上げると、ツミキが落ちてきていた。そのとき、近くにいたワタルがサッと私に覆いかぶさり、ツミキを防いでくれたのだ。ちっちゃな身体のワタルに、次々大きなツミキがバラバラと当たり私とワタルは積み木に押し潰された。

 そしてツミキタワーが倒れきったとき、私が見たのは、血だらけのワタルの顔だった。

(大変! なんで血がでたの? って 思い出した! 私の髪留めが額に刺さったんだ!)

「ワタル!」

 ワタルの額がパックリ切れてジワジワと血が出ている。

「ナツミ! 先生呼んできて!」

 私は、そういうと、ポケットにあったハンカチを取り出して傷口に当てようとした。

「あ!」

 ワタルは、驚いたように私を見つめ、私の腕を押さえた。

「そのハンカチは、大事にしてたやつだろ、汚れちゃうからいいよ」

「なに、言ってるの、そんなもの、また買ってもらえばいいじゃない!」

 ワタルは、痛みをこらえて涙目になっている。

 私は、パックリ開いた傷口をハンカチでしっかり押さえた。

 先生が飛んでくると、ワタルは、近くの病院に連れて行かれた。


 ワタルが病院から帰ってきたのは夕方近かった。

 私とナツミは、ずっとワタルのカバンをもったまま待っていた。ナツミは待ちくたびれたのか、私に寄りかかって寝てしまっていた。


(「そのハンカチは、たしか大事にしてたやつ、汚れちゃうからいいよ」って……)

 私は何度もそのフレーズを繰り返した。どうしてそんなことをワタルが話したんだろう。

(あの時、私、どうしてたんだっけ……)

 私は、何度もツミキの倒れてくるシーンと、ワタルが頭から血を流しているシーンとを、繰り返し頭の中で再現してみた。


「あ、思い出した!」

 あの時、手にしていたのは、海外のお土産でパパからもらった大判のハンカチだったんだ。そして、そのハンカチをワタルの額に当てるのを躊躇していたのだ。さらに、ワタルの血がまるで汚いもののように、血だらけのワタルを残して自分だけそそくさと手を洗いに行っていた……。


 私は、愕然とした。

 確かに、小さな頃は親からもらったものは宝物だったのかもしれない。でも、今考えてみれば、そんなことよりも私をかばってくれたワタルを心配してきちんと手当てするのが当然のことだ。

(私ってなんなの! 自分本位で全然機転のきかない女の子だったの?)

「はぁ……」

 私は窓の外を見つめながら、ため息をついた。


「サッちん、男の勲章もらったぞー!」

 ワタルが先生につれられて帰ってきた。

「あんまり、暴れると傷口ひらいちゃうから、おとなしくしておこーね」

 先生がワタルの頭を撫ぜている。

「3針も縫ったんだぜ!」

 そんな話をするとナツミが心配そうにワタルを見つめた。

「ワタルくん、痛そう……」

「痛くないもんね」

 私は、ワタルに近づいてじっと見つめた。

「な、なんだよ、サッちん」

「ワタル、ありがとう、私のためにゴメンね」

「え? べ、べつに……」

 そういうと、顔を真っ赤にして私からカバンを奪いとると走り出した。

「ワタルくん、走っちゃダメでしょ!」

 ナツミの声が響く。私もナツミもワタルの後を追いかけ、お迎えのバスに乗り込んだのだった。


~~


 プシュー。カプセルが開いた。

 エリカはあわててカプセルに近づいた。

「ワタル兄さん、大丈夫?」

「いやぁ、おどろいたよ」

 ワタルはカプセルから出ると嬉しそうに笑った。

「なんだか、サッちんから、僕の幼稚園時代に負ったトラウマを消してもらったよ」

「サッちん?」

「ああ、僕が幼稚園時代にサエコさんをそう呼んでいたんだよ」

 ワタルは、ニコニコすると前髪を上げて額を出した。そこには薄っすらと傷跡が見える。

「ああ、それって幼稚園のときの怪我なんでしょう?」

「そう、僕は、ずっとこの傷口が嫌で嫌でたまらなかったんだ、なんか汚いものって感じてずっと隠していたんだよ」

 ワタルはエリカを見つめて話をつづけた。

「でも、今日からは、この傷跡は僕の誇りになったよ」

「どういうこと?」

「この傷は、サッちんとの事故が原因だったんだけど、一人傷ついて馬鹿をみたと思っていたんだ」

 ワタルは、端末を確認しながら話を続けた。

「でも、今回の彼女の記憶の中で、この傷は、彼女を守れたことに自分の中で大きな誇りになったんだよ」

 そういいながらエリカに微笑んだ。

「そういえば、サエコ様はどうなったの?」

「懸命に説得をしたんだけど、彼女自身、どうしてもシステムに残りたいというんだよ」

「そんなに、残りたいってなにか訳があるのかしら」

「ともかく、高校時代の3年間にこだわりがあるみたいだ」

「高校時代の3年?」

「ともかく、定期的に彼女の記憶の中に介入して、モニタリングしたほうがいいかもしれないな」

「協力者を探すって事?」

「そうだね、小学校、中学校、高校時代の彼女の名簿を調べて、彼女の身近にいて連絡が取れる人をさがそう」

「検索してみます!」

 そういうと、エリカは、急いで端末に向かうと検索を始めた。


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