#5チャレンジ #6アクシデント
秘密の想い出 ~サエコの場合~ トラキチ3
【初稿】20140323(連載3)
~チャレンジ~
私は、いつものとおりサロンへやってきた。
受付を済ませると、エリカがやってくるのを待っていたのだが、姿がみえない。時間には正確なエリカのことだ、何かあったのかと心配をしていると、スタッフルームの扉が勢いよく開き、エリカが飛び出してきた。
「サエコ様、申し訳ありません、打ち合わせが長引いてしまいまして、ご迷惑をおかけしました」
「だいじょうぶ? なんか顔色悪そうだけど」
「あ、すみません、ご心配にはおよびません、ところで、サエコ様にお願いがあるのですが……」
そういうと、エリカが困ったようにうつむいた。
「え? お願い? 何かしら?」
「実は、当社では新しいシステムを開発しておりまして、そのテストモニタを募集……」
私は、エリカの話をさえぎるように話をした。
「へぇ、新しいシステムっていうと、今まで以上にスゴイものなの?」
「あ、はい、そうなんです」
エリカは、私の顔を見つめ、不安そうにタブレット端末を差し出した。
V.L.R.P.(バーチャルライフリバイバルプラン)
エリカが、画面をタップすると概要説明図がでてきた。
「バーチャルツアー同様、架空世界でのいろいろな体験ができるのですが、その世界というのが、ご自身の記憶の中のイメージで構成されているのです……」
「え?」
「つまり、自分の記憶の中を体験することができることになります」
「って、子供の頃の記憶の世界を体験できるってことなの?」
「そういうことです!」
私は、身を乗り出した。
エリカは、真剣なまなざしで私を見つめると続けた。
「ただ、そこでの体験から、現実世界が変わるわけではございません、あくまでも、ご自身の過去における判断や行動を再現しているだけです」
「要するに、過去の自分の判断や行動を再確認して自分で納得するってことでしょう?」
「あ、そうです! そういうことです」
「ぜひ、やってみたいわ!」
私が、勢い良く答えると、エリカの顔が明るくなった。
「あ、ありがとうございます、実は、担当の研究員が待機しているのですが、本日、お打ち合わせする時間はございますか?」
「もちろん、今からでも」
「はい、では、こちらへお進みいただけますか」
エリカは、立ち上がると、スタッフルームの扉を開けた。
ピンク色の扉をあけると、黒ぶちセルロイドメガネの男が私を待っていた。
「カゲヤマサエコさんですか?」
「はい、サエコでいいですよ、カゲヤマって呼ばれるのは好きじゃないので」
男は、私を見ると驚いたような顔をして、あわてて目をそらした。
「あ、なにか?」
「あ、いえ、失礼しました、ではサエコさん……」
男は、壁に映し出されたスライドを指差して説明を始めた。
「では改めて、新システムのテストモニタについてお話をしますね」
「さきほど、少し聞きましたが、自分の過去を再度体験できるってことでしょ」
「そうです……ただ、バーチャルツアーとちがって、こちらで事前にプログラムされた作り物ではなく、自分の記憶のイメージなので、忘れていたことや、あえて見たくない、聞きたくないことも見たり聞いたりしなくてはなりません、それと、あまりにリアルに世界を再現するので、システム内にいることを忘れてしまう可能性もあり、現実と架空世界の区別がつかなくなってしまう恐れがあるのです」
「まぁ、自分のことは大方わかっているし、私自身確かめておきたいこともあるから、いい機会だとおもうのよ」
「唯一、バーチャルツアーでも身につけていただいているそのブレスレットの表示だけが頼りです」
私は、ブレスレットの液晶画面に表示されている「R」を見つめた。
「その『R』は、RealityのRです、システム内では数字がカウントされていることはご存知ですよね」
「現実時間でのツアー残り秒数が表示されるんですよね、これを60で割ればシステム内の日数になる」
「そうです、ざっくりシステム内での1日が現実では1分なので60の表示、1ヶ月が30分で1800、1年が6時間で21600の表示になります」
「まぁ、いつも3ヶ月のツアーに出かけていたから5400からカウントダウンしていたわね」
男は、スライドを消すと、私には目を合わさず話をした。
「ところで、これから60分ほどお時間はありますか?」
「大丈夫よ」
「それでは、サエコさんの記憶をシステムに読み込ませます、通常のツアーと同様に様々なイメージがでてきますのでお楽しみください」
「様々なイメージ?」
「ええ、記憶の中にあるイメージをフィードバックさせて表示をしますが、一部システムが記憶を補完していきます」
「補完?」
「人間の記憶は、良く出来ていて、効率的に欠落しているんですよ、なのでいくらかシステム側で補完させる必要があります」
「そういうものなのね」
サエコは、改めて男を観察した。
年齢は自分とおなじくらいだろう。なかなか整った顔立ちだが、なぜか前髪をおろしている。これでは少し幼く見えてしまうが、紳士的な対応には好感がもてる。
「ところで、先生は独身?」
男は、驚いた様子で私をチラリと見た。
「は? まぁ、研究所勤めですし、あまり女性とも接点がないので、独身です」
そういうと顔を真っ赤にしてうつむいた。
私は、あまりにシャイな男におもわず笑ってしまった。
「だって、サロンには綺麗な女子スタッフがたくさんいるじゃない、私の担当のエリカなんか、かわいいわよ」
「エリカは……僕の妹です」
そういうと男は、さらに顔を赤くしてうつむいてしまった。
「これはおどろいた! お兄さんも頑張らないと」
男の眉間にシワがより、少しムッとした表情をしたので、私は、これ以上、からかうのはやめることにした。
~~
男の指示で、デバイスに新システムのケーブルをつなげ、カプセルに横になった。
いつものとおり、あたりが暗くなり、海岸に打ち寄せる波の音が聞こえてくる。そして徐々に明るくなり、真昼の誰もいない海岸線の砂浜の上に腰をおろしていた。海辺の爽やかな風が頬にあたり、髪の毛が揺れる。
私はブレスレットのカウンターをみつめた。数字は3600と表示がされている。
現実には60分のプログラムといっていたので、この世界では2ヶ月間滞在できることになる。
私は、ゆっくりと立ち上がると服についた砂をはらった。
しばらく、海岸線にそって歩いてみる。砂の感覚がなんとも気持ちがいい。暑すぎず、寒すぎず、ちょうど良い陽気だ。
1時間ほど歩いただろうか、遠くに白い家がポツンとみえた。私は、ワクワクしながら、その白い家に向かって歩き出した。
「あら、どなた?」
私が、その家に近づくと、中から声がした。
「すみません、よろしかったら、水を1杯いただけないかしら」
別段、喉が渇いているわけではないけれど、おしゃべりのきっかけがほしかったので機転を効かせてみた。
「どうぞ! 扉はあいてるから、おはいりなさい」
「では、失礼しま……」
私は絶句してしまった。
そこには、自分の母の若い姿があったのだ。そして、部屋の中は、子供の頃に暮らしていた部屋そのものだったのだ。
実際、私の母は健在だが、すっかりボケてしまい、今では、養護施設の世話になっている。その母の面影もチラリとみえる。
「なんだ、サエコじゃない? 驚いた顔しちゃって」
「え? 私のことわかるの? それにこの部屋、懐かしいわ」
「何、馬鹿なこといってるの」
私は、微笑んだ。この「何、馬鹿なこといってるの」というフレーズは母の口癖なのだ。
母は、グラスに水をくんで私に渡してくれた。
「サエコ、いったいどこへいってたの?」
「ちょっと、遠いところで仕事をしていたのよ」
「でも、やっぱりウチが一番でしょう?」
「そうね」
嬉しそうに話をする母の姿を、私はじっくりと観察をした。お気に入りの白いブラウスに青いフレアスカートをはいている。ポニーテールにした頭は、ちょっと古めかしいが、かわいらしい。
(この風貌どこかで、見たような気が……そうだ、この格好は、昔のアルバムにある写真とそっくり!)
私は、母もその写真が気に入っていて窓際に飾っていたのを思い出した。
私は、部屋を見まわした。
しかし、懐かしい。整理整頓がされ、木製の人形が本棚に置いてあるのを見つけた。
「あ、このお人形……、くるみ割り人形かしら」
「さわっちゃだめよ」
「はいはい」
おもわず、笑ってしまった。この人形は、私も大好きで、よくこの人形でこっそり遊んでいた。ただ、母はとても大事にしていたようで、私が勝手に人形にさわると、よく叱られていたのを思い出す。
私は、ソファーにすわると、若かりし母と、お茶をのみながら、いろいろとおしゃべりをした。こんなに長く、母と話をしたのは、何年ぶりだろうか。
若い母は、テキパキと家事をこなし、私もいろいろと手伝った。一緒に料理を作ったり、掃除洗濯をするのも楽しい。
あっというまに一日が過ぎ去ってしまう。
不自然といえば、母は、28歳の私の姿をちっとも驚くことはないが、私のことをいつも子供扱いにしていたことぐらいだろうか。
どれだけ経っただろう。楽しい日々を送り、すっかり、母との生活にも慣れたころ、突然、ブレスレットがブルブルと震えた。
すっかり忘れていたブレスレットのカウンターをみると10の表示がされている。1日がカウンターで60なので、10といえば1日の6分の1、つまりあと4時間しかシステムに滞在ができない。
「あ、私、また仕事で出かけなくちゃならなくなったわ」
私は、作りかけのスープの味見をしながら、母に告げた。
「残念ね、父さんも来月には帰ってくると思うんだけど、また、いつでも帰ってきなさいよ」
「本当は、仕事行きたくはないんだけど」
母は、料理の手をやすめて私向かって話した。
「何、馬鹿なこといってるの」
母の得意の口癖だ。
「あはは、そうよね……」
私は、笑いながら、なぜか涙がこみ上げてきた。そんな私を母が見て話した。
「あら、スープ、そんなに辛くしちゃったの?」
私は、まばたきをして涙をごまかしながら答えた。
「だいじょうぶ、ちょっと、熱かっただけだから……」
夕食を一緒に食べると、懐かしい母のスープの味がする。
スープを口に含むたびに涙があふれてしまうのをごまかすのは大変だったが、母は、ニコニコしながら私の仕事のことについて話しかけてくれたのがせめてもの救いだった。
食事を終えて、母に別れをつげると、月明かりの浜辺を一人歩いた。
後ろは振り返らなかった。というより、振り返れなかった。私は涙が頬をつたわりポロポロと砂浜に落ちていたのだ。
ブレスレットがまたブルブル震え、カウンターが2となった。
私は、深く深呼吸をすると、涙をぬぐい、ブレスレットの赤いボタンを押した。
~~
「はい、おつかれさまでした」
男の声がした。
プシューとカプセルが開く。
私が、目を真っ赤にしているのに気が付いたのか、男が心配そうに私を見ている。
「大丈夫ですか? 気分悪くなりました?」
「大丈夫よ! とてもリアルで驚いちゃったわ」
「今回は、サエコさんの記憶を可能な限り引き出させていただきました、もちろん、プライベートなこともありますから、データはきちんと管理します」
「それにしても、母のイメージだけど……」
私が、話し始めると、男があわてて口を開いた。
「ああ、引き出した記憶の断片から自動的に再構成されていますが、いかがでしたか?」
「あまりにそっくりで驚いちゃった、それに口癖もそのままだし……」
男は、私の答えに満足したのか、ニコニコ微笑んでいる。
「今回は、まだ古いシステムにデータを組み込んだだけですが、新システムでは、さらに驚くことになりますよ」
男は、スケジュールを確認しながら私に話をした。
「それでは、今から6時間程度で、テストモニタが可能な状態となるのですが……」
「うん? ですが……?」
「実は、このサロンは、機器のメンテナンス作業が予定されていて、約2週間の間、閉鎖されることになっています」
「え? 二週間も?残念ね……すごく期待していたのに」
「まぁ、研究所のほうへおいでいただければ、機器の準備で1週間後にはテストモニタは可能になりますけれど……」
申し訳なさそうに、男が私をみて話した。
「なんだ、それなら研究所へ伺うわ!」
私は、おもわず即答してしまった。いままでのバーチャルツアー以上に、記憶の世界に浸れるのは楽しいと感じていた。できることなら、早く体験したいが自分自身の仕事場での作業が一区切りつくには、あと4,5日はかかるだろう。丁度1週間であれば、いろいろな準備もできそうだと判断したのだ。
「わかりました」
「ところで、具体的にどのくらいの期間を再現することができるのかしら?」
「そうですね、テストモニタの際には、ご希望の時代を選択できますが、最大でも3年間、つまり現実には18時間のツアーが限界となりますね、それにブレスレットの赤・青ボタンはまだ実装されていないので使えません」
「最大で3年間……!」
「でも、今回はバーチャルツアー同様の3ヶ月分、つまり現実には90分のルアーを検討しています」
男は説明していたが、こんな機会はなかなかない。
私は、高校時代の3年間ということで希望を出すことにした。当然、男は驚いて反対をしたが、自己責任でかまわないと書面を書くことを条件に、なんとか了解を引き出すことができた。
~アクシデント~
ついに、約束の日がやってきた。
私は、この日の為に、自分の記憶と高校時代日記がわりに記録していたブログ、そして卒業アルバム等を何度も確認した。そして、高校3年間で自分が確認したいポイントを次の3つにまで絞り込んだ。
・ツヨシは、文化祭の晩、告白したのはなぜか?
・ツヨシの手紙の意味は?
・ナツミが卒業式の日、怒っていたのはなぜか?
私は、気合をいれて研究所に向かった。
研究所は、森に囲まれた中にあった。タクシーを飛ばし、やって来たのだが、運転手もこの場所は初めてだと驚いていた。
門前でタクシーを降りると、研究所の建物がチラリと見えた。
門を入ると、建物の全貌が見えてきたが、窓らしきものはほとんどなく、なんとも異様な雰囲気だ。
研究所の入り口にはゲートがあり、例のメガネの男が待っていてくれた。
「ようこそ、ここまで足を運んでいただいてすみません」
「とんでもない、おまたせしました、ではこちらへ」
男は、ゲートで手続きを取り、私を建物の中に案内してくれた。
研究室は、地下5階にあった。いくつもの扉をICカードで通過した先に、いつものサロンとそっくりの部屋が用意されている。
ただ、カプセルのヨコに端末が設置され、コントロールボックスがむき出しのまま設置されていた。
「では、こちらに着替えていただいて、カプセルの前でお待ちください」
「はいはい、いつものとおりね」
そういうと男は部屋を出ていった。私は、さっと着替えて待った。ところが、5分、10分たっても男が現れない。
「カプセルの前でっていったわよね」
私はカプセルに近づいてみた。するとコントロールボックスには、現時点の時間が表示され、そのほかに記憶を再現する始点と経過年数を入れるようになっている。
「とりあえず、セットしておいてあげようかしら」
ダイヤルを回し、始点と経過年数をセットしておくことにした。
すでに15分を経過している。部屋の扉は内側から開かず、しかたなく、私は、カプセルの中に入りデバイスにケーブルを接続すると横になって待つことにした。ここ数日、自分のブログやらアルバムを徹夜で見ていたこともあり、あっという間に睡魔に襲われた。
しばらくすると、部屋に誰かの足音が聞こえたような気がしたが、私はそのまま暗闇の中に身をゆだねた。
~~
ワタルは、サエコに着替えを支持したあと、最終確認をしていた。事前に希望が出された高校時代の3年間で、きちんとコンピュータが補完しているのかを確認していた。
「まずいな、この3ヶ月だけ充分な補完がされていない」
ワタルは、急いでシステムを組み直したが、30分も時間がたっていた。
あわてて、部屋にもどるとサエコの姿がみえない。
「この部屋の外には出れないだろうし……どこだ?」
ワタルは、念のためコントロールボックスのリセットボタンを押し、あとは、サエコの希望する日を入力するだけの状態にした。
コントロールボックスの始点は、サエコが生まれた日に書き換えられ、経過年数は28年とセットされている。そのときだった、カプセルの中から物音が聞こえた。
カプセルの中からの物音に、驚いたワタルは、プログラム始動ボタンに振れてしまった。
プシューとカプセルは自動的に閉まり、プログラムが稼動しはじめた。
ワタルは、あわててシステム停止ボタンを押した。しかし、モニタには、『プログラム作動中につき停止不可能』との表示がされるだけだった。
「なんで停止しないんだ、カプセルが無人なら停止するはずなんだが……まさか」
ワタルは、カプセルの中を見て呆然となった。サエコがカプセルに横になっているではないか。
あわてて、コントロールボックスの設定を再確認した。
始点はサエコの生まれた日。
経過年数は、現在までの28年間。
「なんてことだ、彼女の全記憶の再生プログラムが稼動してしまった」
もちろん、いままでこんな長時間のテストモニタの記録はないし、まして全ての記憶を再生させたための影響は計り知れない。
おまけに、このシステムでは、ブレスレットの赤(離脱)と青(早送り)機能は実装はされていない。
「単純に考えても仮装空間の1ヶ月は30分、1年で6時間、4年で1日、28年だと7日間だ!」
ワタルは真っ青になった。
「たいへんだ!」
システムの中では、水も食事も取ることができない。人間は、水を飲まなければ3日で脱水状態になり生命が危ういことになる。
カプセルの一部を破壊してでも、脱水状態にならないように水分と栄養を補給しなければならないのだ。
ワタルは頭を抱えた。