#1プロローグ #2失意
秘密の想い出 ~サエコの場合~ トラキチ3
【3稿】20140321(連載1)
【初稿】20140320(連載1)
~プロローグ~
日曜日の朝早く、ベットから飛び起きると、クシャクシャの髪の毛を気にすることもなく、私はゲーム機の電源を入れた。
華やかなプリンセスティアラのオープニングタイトルとテーマ曲が流れると、ドキドキ胸がときめく。私は、小さな手でコントローラをギュッと握りしめた。
「サエコ、おまえ、こんな朝からゲームやってるのかい?」
「うん! このゲームすごいんだよ! お姫さまも剣をもって戦うんだ!」
私は、興奮しながらパパに話をした。
「お姫さま? お姫様は、剣で戦ったりしないよ」
「だって、ほんとだもん! あ、やられちゃった!」
私は何の躊躇もしないでリセットボタンを押し、直前にセーブしていたところからゲームを再開した。
「なんだ、一度でもやられちゃったら、すぐにやり直すのかい?」
「だって、ココでやられちゃったら、ライフが減っちゃうもん!」
私が説明すると、パパは必ず、首を横に振る。
「いいか、サエコ、現実はリセットボタンなんてものはないんだぞ、それに途中でセーブもできないんだ、だから、しっかり自分で正しく素早く判断しなくてはダメだよ」
これがパパの口癖だった。
また、家族でレストランに行ったときもそうだった。
華やかな写真いっぱいのメニューから自分の食べたいものを選んでいると、パパが尋ねてくる。
「サエコは、何にするんだい?」
私は、食べ物には好き嫌いがない子供だったので、おいしそうな料理を選ぶのに人一倍時間がかかった。
「うーん、ハンバーグ……かな、やっぱりカレーもいいし……、でもでも……」
私が迷ってしばらくすると、パパのカウントダウンがはじまる。
「10、9、8、7……」
このカウントダウンがはじまったら、時間内にメニューを選らびきらないと、パパがおすすめメニューを決めてしまう。
「えっとぉ、えっとぉ、じゃ……」
その度に焦ってしまう。
いつだったか、美味しそうなナポリタンスパゲティを選ぶつもりが、すぐ横にあるザルソバを指差してしまったことがあった。パパがメニューを片付けると私は悲しくなって泣きべそをかいていたが、パパは笑いながら、ちゃんとナポリタンスパゲティを注文してくれたことがあった。
「いいかい、サエコ、何事も判断はすばやく的確にやらないとダメだぞ」
と、ここでもパパの口癖が登場するのだった。
(自分の置かれた状況を察知し、自分で正しいと思うことを素早く判断し行動すること)
私は小さな頭で、一生懸命考えた。そしてついに発見したのだ。
それは、朝のテレビで流れる「今日の占い」を参考にすればいいということだった。
なにしろ、本日のラッキーカラー、ナンバー、フード、プレイス、スポーツ……を紹介してくれているのだから、何か迷ったらこれで判断すれば、ラッキー間違いなしというわけだ。
また、誕生日プレゼントや、サンタさんにお願いするクリスマスプレゼントについても、事前に「ほしいものリスト」を作ってみた。こうしておけば、いつでも自分が欲しいものをアレコレと迷わず伝えられるし、「なんでもいい」なんて曖昧な答えをしなくてもよい。
やがて、学校へ行くようになると、常に自分が判断しなければならない事態を予測し、事前にそれを考えることが習慣となった。
中学時代には「段取りのサエコ」とアダ名で呼ばれ、高校時代には、生徒会長を引き受けるまでになっていた。
~失意~
今日も終電になってしまった。
「はぁ……」
私は、暗く寒いホームの上で電車を待ちながら、白い息が暗闇に溶け込んでいくのを見ていた。こんな夜には、華やかで勇壮なクラッシック音楽がいい。コートのポケットからヘッドフォンステレオをとりだし、かじかんだ指を動かして、お気に入りのチャイコフスキーの交響曲第五番を選曲した。
重々しいクラリネットの音色が聞こえ、徐々に音が重なり合っていく……そして優雅なワルツの旋律があらわれると、胸が高まり、自然と身体も旋律に合わせて揺れ動いた。
しばらくするとホームに終電車がすべりこんできた。ドアが開くとウンザリするほどの混雑。私は背中から身体を車内に押し込みながら乗り込む。
息苦しいが問題はない。なぜなら、目をつぶればそこはコンサートホールになるからだ。つり革につかまり、私は、しばし演奏会を楽しんだ。
激しく熱く演奏が続く。そして、第四楽章の荘厳なフィナーレを迎えると、丁度、最寄り駅に到着した。乗客が降り、私もその流れに身をまかせた。
興奮冷めやらぬ私は、駅前のコンビニに立ち寄ると缶ビールを買いこみ家路を急いだ。
「ただいま……」
子供の頃からの習慣で声をかける。もちろん、真っ暗な部屋からは、なんの返事もない。
部屋の明りをつけ、ビールをテーブルに置いた。
「はぁ……」
私は、ため息をつくと、コートをソファーに投げ出した。
「いつまで、こんな生活してるんだろう」
最近、めっきり独り言が増えてきた。
洗面台でクレンジングクリームを使い顔をマッサージすると熱いシャワーを浴びる。
ふと、浴室の鏡に映る女性と目が合った。そこには、到底28歳とは思えない疲れきった女性がこちらを見つめていた。
「ひどい顔……」
そういうと、シャワーを鏡に当ててその女性を泡の中に消した。
そして、ほのかに薔薇の匂いがする湯船に浸かる。シャボンが弾け優しく私を包んでくれる。身体をマッサージしながら、一日の疲れを癒した。
「私、今年中に、結婚なんてできるのかなぁ……」
ため息をつくと、大きく息を吐いた。
お風呂からあがると白いバスローブに身を包む。そして、濡れた髪の毛にバスタオルを巻いて、机の上に無造作においてある郵便物を確認した。
宅配ビザなどのチラシに混ざって、白い可愛い封筒が届いている。封筒を裏返して差出人を確認すると、ツヨシとナツミの連名だった。
「やっぱり……本当に結婚するんだ」
私は、深くため息をつくと、缶ビールをあけて一口飲んだ。そして、この前の日曜日の事を思い出した。
~~
「え! サエコ! あんた彼氏いないの?」
中学・高校と一緒のアイコは、店中に聞こえるような大きな声をあげた。
「ちょっと、やめてよ!」
「ゴメン、『段取りのサエコ』って呼ばれたあんたのことだから、さっさといい男みつけて、もう結婚間近なのかとおもってた」
「別にいいじゃない、あんな優柔不断な生き物と一緒にいる必要なんかないじゃない」
「優柔不断な生き物?」
「そう、仕事場でも、『あ、コレどうしましょう?』とかいちいち聞いてくるのよ」
「だって、あんたの部下なんでしょ? 聞くのは当然じゃないの?」
私は、アイコに呆れるように手のひらをかえした。
「私だったら、『コレは、こうしますが、よろしいでしょうか?』って、まず自分の考えを先に伝えるわよ」
「まぁ、そりゃその方がいいけど……」
「でしょ、だから、男はみんな優柔不断で、なんでも自分で決められないのよ」
私がキッパリと話をすると、アイコは、少しうんざりした顔をした。
「だと思う……」
どうも私の悪いクセで、どこかスイッチが入ってしまうと言い過ぎる傾向がある。アイコの表情から察すると、またやらかしてしまったようだ。
(いけない、落ち着かなくちゃ)
私は、カップに注がれたキリマンジェロの香りを楽しみ、口に含んだ。
アイコは、アイスコーヒーにガムシロップを注ぎ入れ、ストローでグルグルかき回している。
と、突然、いきなりアイコが大げさに手を叩いて話し始めた。
「そうだ! サエコ知ってる? あんたの副会長だったツヨシくんとナツミちゃん、結婚するんだってよ」
「え!」
私は、持っていたコーヒーカップを落としそうになった。
「ナツミって? あの泣き虫のナツミ?」
「そう、私もびっくりしちゃってさー」
「そういえば、ナツミってサエコと幼稚園からいっしょだったんでしょ!」
「そうだけど……高校の卒業式で大喧嘩してから、ぜんぜん連絡してないわ」
「ああ、ひどかったね、あの喧嘩は……」
卒業式の日、式が終わって教室に戻るとナツミは私の頬を思いっきり平手打ちしてきた。そして泣きながら私のことを「サエコは何もわかっていない!」と叫んで罵られたのだ。そのあとは取っ組み合いの喧嘩になり、先生からこっぴどく怒られたことがあった。
「私は今でも、なんでナツミが怒っていたのか理解に苦しむんだけどね」
「うーん、ナツミもちょっと天然なところあるからね」
アイコは、腕組みして考え込んだ。
「私にもわかんない」
「でも本当にツヨシと?」
「うーん、あの二人占いでも相性抜群らしい……でも意外! ナツミってそんなに積極的だっけ?」
「占い? 相性抜群……?」
私は、子供の頃から毎朝テレビで占いを見るのが日課だった。ラッキーカラーでその日の靴下の色もきめていたし、社会人になってからも、ラッキーランチに天丼とでれば、電車に乗ってでも天丼を食べに行くほどだ。
そんな私は、両親からの勧めで、20歳の誕生日に有名な占い師に自分の婚期を占ってもらったことがある。すると「あなたは間違いなく、28歳に婚期が訪れ、相手は昔からの知り合いでしょう」とお墨付きをもらっていたのだ。
当時、占い師の話を聞いて、私は、高校時代に自分に告白してくれたツヨシが相手と固く信じていた。そして、数多くの男性からのお誘いがあっても全て断り、28歳の結婚のために、いろんな段取りまで準備して進めていたのだ。
「ウソ!……そんなのウソ!」
私は思わず大きな声を出してしまった。隣に座っていたカップルが驚いたようにコチラを見ている。
アイコが、隣のカップルに頭を下げると、私を睨んで言った。
「ちょっと落ち着いてよ! あのさ、私だって最初はそう思ったんだけどね……」
アイコが、ペラペラとナツミの話をしていたが、私の耳には入らない。
「ちょっと、サエコ、聞いてるの?」
アイコが、私の目の前で手を振るのが見える。
「アイコ、酒飲みにいこう!」
アイコは、腕時計をチラリとみて、呆れ顔になった。
「あんたね、まだ昼過ぎ3時だよ」
「いいから、今日は私のオゴリだから、ちょっと付き合ってよ」
私は、喫茶店からアイコを引きずり出すと、午後3時から開店している居酒屋に飛び込んだ。
~~
生ビールをグビグビと飲むと、私はついつい大声をだした。
「やだやだ! 私、アイツの為にいろいろ段取りしたのに! バカみたい!」
「アイツ? ちょっと、アイコ、飲むピッチ早すぎよ」
「いいのよ、ツヨシのバカ」
「え? あんたツヨシのこと好きだったの?」
アイコが、私の顔覗き込み、不思議そうに見ている。
私は、キンキンに冷えている2杯目の生ビールもグビグビと飲み干した。
「好きだったというより、ツヨシが告白してきたのに……どういうことよ!」
「え? サエコってツヨシから告白されてたの?」
「それなのに……」
「ちょ、ちょっとまって?」
アイコは、私とツヨシのツーショットを思い浮かべているようだった。
「でもあんたツヨシと付き合ってたっけ?」
「付き合ってない!」
「はぁ? 何言ってるの? ぜんぜん訳わかんないですけどー」
「もう、察しが悪いわね、アイコは……」
そういうと、3杯目のビールを一口飲み、アイコに説明をすることにした。
私は、高校2年生の時に生徒会長に就任した。そして副会長には、抜群の行動力があると定評のツヨシと、幼馴染のナツミを抜擢した。ツヨシは、ともかく体力があるし、ナツミは、私の暴走を抑えてくれる唯一の人物。だからこそ、気兼ねなく思いっきりパワー全開で生徒会を引っ張ることができた。
私は、出来る限りのことをし、ツヨシとナツミも懸命に私をサポートしてくれた。おかげで、体育祭、文化祭はじめ様々なイベントは、完璧だったし、創立以来の大成功だと校長先生からもお褒めの言葉までいただいたのだ。
「でね、文化祭が終わってから、生徒会で反省会したんだけど、その帰りにツヨシが告白してきたのよ」
「おー、いいじゃない! 青春してたんだ! で? で?」
アイコは、身を乗り出した。
「で、私は『ツヨシくん、あなたの気持ちは嬉しいけれど……段取りがなっていないわ! もう一度、やりなおし!』って答えたのよ」
「へ?」
「だって、段取りがなっていないんだもん」
「段取り? ちょっとまって、サエコおかしくない?」
「普通、告白するときは、こんな薄汚れた生徒会室じゃなくて、校庭の大きな木の下とか、体育館裏のベンチとかでしょ」
「ちょっとまってくれる! あんた、頭おかしいんじゃないの? そんなこと問題じゃないじゃない!」
「何いってんの! アイコ! それって重要じゃない!」
アイコは、呆れて口をぽかんとあけた。
「まぁいいや、で? その後、ツヨシはどうしたわけ?」
「2、3日してからツヨシから手紙をもらっただけ……」
「手紙? それってなんて書いてあったの?」
「手紙には『出なおしてくるから、それまで待ってて欲しい』って書いてあった」
「出直してくるって、書いてあったの?」
「で、ずっと待ってたのに……信じらんない」
アイコは、ため息をついた。
「私がツヨシだったら、告白した時のあんたの返事でドン引きしちゃうね」
「なんで?」
「わかってないの? 告白するってすごいエネルギーいるし、それを、あんた、自分の理想の告白シーンと違うからって告白を突っぱねたのよ! バカじゃないの」
「う……ん、そんなこと……わかっているけど……私、嫌なのよ、段取り通りでないと」
「それ、病気だから! まったく呆れちゃう」
そういうと、サエコは、生ビール3杯目を飲みきった。
その後も、冷酒を3合ほど飲み、すっかり出来上がってしまった。
「ざけんなーツヨシ! おまえなんかこっちからお断りだー」
「サエコ、もうあきらめなさいよ、あんたが悪いんでしょう」
「うっさい! 私は悪くないー!」
「もういいから! サエコ、帰るよ」
結局、この日も終電で、ヘロヘロの日曜日となってしまったのだ。
~~
「バカみたい……」
私は、ツヨシとナツミの結婚式の招待状をゴミ箱に叩き捨てた。
「ふぅ……」
誰もいない暗い部屋で私はため息をついた。
「バカみたい……」
なぜだか、涙があふれてきた。
私は、缶ビールを飲み干し、台所で缶をすすぐと、両手で缶を思いっきり潰しゴミ箱に投げ捨てた。
「まったく、やってらんないわ」
ソファーに脱ぎっぱなしだったコートをハンガーにかけた。そしてヘッドフォンステレオを取り出そうポケットの中に手をいれると、1枚のチラシが入っているのに気がついた。
「うん? バーチャルツアー……ああ、あのときのチラシだわ」
昼間、信号待ちで、チラシ配りの女の子から『おおよそ90分のリラクゼーション睡眠で3ヶ月分の体験ができるツアーをためしてみませんか』と手渡されたチラシだった。そのときは、チラシにも目もくれなかったが、まとまった休暇を取ることすらできない私には、たった90分で3ヶ月分のツアーが楽しめるというのは魅力がある。
さっそく、私は、パソコンを立ち上げ、紹介されているウェブページを見てみることにした。するとクチコミはどれも賞賛されている。しかもお値段もリーズナブルで、今の仕事場にも近い。
「最近、休暇もとっていないし、会社の帰りにいってみようかしら」
とたんに、私は、ワクワクしはじめた。