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残酷な幸せ  作者: 桜井莉螺
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「はぁ」

「佐知、ため息つかない」

安宅かくて心地よい春の匂いがする日、私はため息をついてばかりいた。

なんで今日はこんなに晴れているんだろう、むかつく。

いつもは春の匂いにいい気持ちになるのに、満開の桜が綺麗だと言って心を満たすのに、

今日は見ていたくない。むしろ心が削れる気持ちだ。

「行きたくない…」

「何言ってるのよ初日から。ほら行くよ。」

お母さんは私の荷物を持って私の手首を掴んで外に出て、私をお母さんの白くて丸っこい車に詰め込まれた。

私が今日から通う高校は家から車で四十分くらいかかる。

耐えられる気がしなかったし、実際耐えられなかった。出発して五分、私は行きたくなさと緊張と車酔いですぐにでも吐きそうになっていた。

窓開けたら少しは変わると思い窓を開ける。

「やめてよー。花粉が入る」

「お母さんの可愛がってるこの車ドロドロで酸っぱい臭いにしてもいいなら閉めるけど」

「う、開けっ放しでお願いします」

あと35分耐えられるだろうか。


ほんとは、高校なんか行かないでフリーターにでもなるつもりだった。

中学の三者面談のときにそう言ったら母親に

「そんなこと言ってあんたニートになりそうだからだめ。それに職場だってああいうことがないとは限らないのよ。おばさんて生き物は怖いのよ」

と言い、教師は

「中卒はこれから生きるのにかなりのメリットになる。やりたいこともできないかもしれないし、高校は出とけ。」

と事務的で感情のない声で言った。

その後も、高校は行かない、行けの攻防があったけど結局私は知り合いのいないちょっと遠い高校に進学することになった。


そう思い返しているおうちに吐き気もおさまって、しばらくしたら聞きたくない言葉が降ってきた。

「そろそろ着くよ」

「うん」

とうとう始まってしまうんだ。楽しい高校生活が送れたらいいな、なんて絶対ないようなことを考えながら車から降りた。

「じゃあまたね、お母さん、体育館行ってる」

「はーい。ねぇお母さん、帰っちゃだめ?」

ぺちんと優しく叩かれ、お母さんは何も言わずに体育館のほうへ歩き出してしまったので仕方なく

「一年生はここで上履きに履き替えてくださーい」

とちょっと小太りで声の高い可愛らしい顔をした先生が叫んでいるほうへ歩き出した。

「あら、君新入生?何年何組?」

「えっと、一年二組です」

「じゃあ昇降口上がって三階右側奥ね」

「あ、はい」

「私数学担当している三井ひかるっていいます。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

そう言ってから昇降口に入り上履きというかスリッパみたいなそれに履き替えて階段を上がった。

なんだか古いのか新しいのか分からない校舎だった。ぱっと見た感じ綺麗で新しそうだけど、床とか見るとビニール床が破けて盛り上がってるとことかあった。階段の手すりのペンキはところどころ剥がれてたりしている。校舎に入るのは初めてではないのだけど、単願でさっさと入試を終わらせてしまったから記憶が薄れていた。きっとその時も同じことを思ったんだろうな。

三階まで上がって右側、A3くらいの板に一年三組と丁寧に書かれた模造紙が丁寧に張られていてすぐわかるようになっていた。おかげで私はそこから動けなくなってしまった。あそこに行ったらきっと地獄が始まる。

「一年三組の子?」

「わっ」

「わっごめんいきなり声かけて」

私がびっくりしてこの子もびっくりしたみたいだった。振り返ってみるとたれ目の可愛らしい大きな目をして黒いさらさらな長い髪をまとってすっきり整った顔を微笑ませわたしをじっと見ていた。

「あ、大丈夫」

「一年三組の子だよね?私も三組で、石井由佳っていいます。よろしくね」

「私橋本佐知です、よろしくお願いします」

「やだ、なんで敬語なの?同い年なんだからそんなのいらないよ?」

大人しく笑う石井由佳ちゃんはすごく可愛らしくって大人っぽくてわたしは私はいいなぁと思った。こんなに可愛く笑えたら人生違っていたかな、もっとも私の顔じゃ絶対無理なんだけど。なんて考えて自分が嫌になった。なにも特徴がない小さい目、ほくろとそばかすのある肌、くせっ毛の髪、社交性ゼロの内気な性格、彼女がとことん羨ましくなった。

「いつまでここにいるの?早く教室入ろうよ」

ぼーっとそんなことを考えていたら不意に言われたのでへんな汗かいてきてしまってけど

「うん」

と答えてちょっと小走りで教室に向かう石井由佳の後を追いかけて教室の中に入った。入ってしまった。

「あ、由佳おかえり」

縦横六つずつ並んだ机の窓際の三番目の席に座っていた女の子がこっちに向かって手を振りながら言った。

「ん、ただいま」

「あれ、その子も三組?」

「うん、さっき階段のところであったから一緒に来たの」

「橋本佐知です、よろしくお願いします」

「宮本利香だよ、よろしくってなんで敬語なの?」

「なんとなく…?」

宮内利香ちゃん、片方に可愛いピン止めをしたボブヘアーがすごくよく似合う女の子だった。

「あ、橋本さんの席隣の列の後ろから二番目だと思うよ」

「ありがとう、宮内さん」

親切な人だなぁ。そんなこと思いながらじゃあまたなんて言い合って自分の席に向かっている時ガラッと勢いよく教室のドアが開いて大柄な私は体育教師だ感むんむん四十くらいの男の人と小柄で制服着たらこの中紛れ込めるんじゃないかってくらいの二十五くらいの童顔な女の人が入ってきて

「おらみんな席つけ」

なんて初日から怖い顔で乱暴な言葉を体育教師が発したのでわたしはちょっとびびって急いで席に着いた。

「新入生のみんなおはよう。俺はこのクラスの担任岡元浩太国語を教えている。よろしくな」

国語かよ!ってすごい突っ込みたくなった。絶対体育でしょこの人。

「私は副担任の松下春美です。英語を教えています。よろしくお願いします」

「じゃあ今日の入学式の流れとその後のことを話す」

その話を流し聞きしながらやだな帰りたいなと考えていた。

「…だ。わかったか?じゃあ移動するぞ」

みんながそれぞれに席を立ち移動し始めると石井さんと宮内さんが私の席に来て

「一緒に行こう?」

と誘ってくれたので二人と一緒に行くことになった。

体育館は上履きを靴に履き替えて外に一回出て、バスの停まる丸いロータリーを抜けて暫く歩いたところにある。

「なんでわざわざ外に出なきゃいけないんだろうね、変なつくりだよねー」

石井さんはあの可愛い笑顔で話しかけてくれる。

「それは思った。めんどくさいよね」

「あーこの学校の校長もやっぱ話長いかなー?」

「由佳ね、中学の時校長の話長すぎて耐えられなくて途中で逃げ出そうとしたの」

「えっ」

「すぐに出入り口に立ってた先生に捕まってたけど。馬鹿だよね」

「言うな!笑うな!馬鹿言うな!ずっと立ちっぱでじっとしてるなんて私には無理だもん。あのままいたら発狂してたね」

「発狂とかあり得ないし。そのあと職員室呼ばれてさらにストレス抱えてきたじゃん」

「笑いすぎ!てかそれ以上言うな!」

「だって逃げるって」

「あ、佐知まで笑ってるし」

「えっ」

自分でも気付かなかった。不器用に作り笑いしかできない私の顔が自然に笑顔になって声をあげて笑ってた。

そのあとも笑いあいながら話してたらあっという間に体育館についていた。笑うってなんて幸せなんだろう。

靴を脱いで入学前に買わされた校章の入った白い袋に入れながら体育館の中に入って行った。

去年あたりに創立何年かの記念に建て替えた校舎とは違う真新しい広々とした体育館には規則的に並べられたパイプ椅子があった。後ろのほうのパイプ椅子には正装した大人が並んで座り隣の人と話をしていた。その中にはお母さんもいて楽しそうに話をしていた。お母さんは私の母親のくせにかなり社交的で明るい。なんでその遺伝子くれなかったのお母さん。そんな私の視線を感じたのかお母さんが後ろを振り向いて手を振ってきた。

「あれ、お母さん?」と石井さん

「うんそうだよ」

「優しそうだね、いいなぁ」

「そうかな」

そんな会話をしていたらいきなりばーんとシンバルの音が響いて私の体がとび跳ねたのを見て石井さんがからかうように

「橋本さんってびびりでしょ」

って言ってきたので私はあわてて

「そんなことないよ」

と返した。

それから吹奏楽の綺麗な演奏が始まり、さっき話しこんでいた大人たちも吹奏楽部のいる舞台右下にを見て聞き入っていた。

「ねぇやっぱ橋本さんびびりでしょ」

「違うってばー」

「私も見たよ。橋本さんびくってなってるの」と宮本さん

「びびりじゃないよー」

きゃっきゃ話している私たちにぱしんぱしんぱしんとリズムよく誰かにはたかれてみんなして振り向いたら担任が怖い顔して立っていた。

「はやく席に行って座らないかお前ら」

「はーい」

わたしたちは気だるく返事をして席に行こうとしたら私だけ橋本と呼びとめられ、体育教師は似合わない笑顔を浮かべ

「良かったな」

と言ってくれた。

この先生は全部知ってるらしかった。


入学式は滞りなく行われてだけど二十分オーバーで終わった。

オーバーした理由は紛れもなくあれで、石井さんは機嫌を悪くしたようなため息交じりの声で

「あーもう、校長話長すぎ!」

と愚痴りながら靴を履いていた。

「確かに長かった。周りの先生もそわそわしてたし、あれのせいで他の人が話短くする羽目になってたきがするよ」

宮内さんもため息交じりに言った時、どんっと石井さんに誰かがぶつかった。

「あ、ごめんなさい」

ミディアムの茶色がかった髪のメガネをした女の子が慌てて謝った。

「大丈夫だよ」

微笑みながら石井さんが言ったので安心したようにちょっとお辞儀をして小走りに去って行ったあと急に真顔になった石井さんが

「あの子誰?」

と聞いてきたのでわたしは少し考えて思い出して

「私の斜め後ろの…確か山田さんだった。名前わかんないや」

と答えた。答えてしまった。

「ふぅん」

なにかを企んでいるような笑みを浮かべて彼女の去ったほうを見た。それを見て意を組んだのか宮内さんも同じような顔をしてにやにやしていた。

嫌な予感がした。

「ねぇちょっとちょっかい出さない?」

やっぱり。やっぱりだ。

私は絶望に近い落胆を感じながら、このクラスのターゲットは私じゃないことに安心を憶えてもいた。そんな自分に吐き気がした。

                 □

教室の一番後ろの窓際が私の席。

二つ前の席に三人かたまってきゃっきゃと話している三人組を見て、なんで女って群がるかな、とか考えてた。

それが口に出てたのか、隣の席の女の子が

「ん?なぁに?」

読んでいた小説から顔をあげてと聞いてきた。

「なんでもない。それ何読んでるの?」

「これねぇ、人間失格だよ。やっぱ昔の小説は難しい」

「私、それ好きだよ。確かに難しいけどね。本読むの好きなの?」

私は群がるのは嫌いだけどやっぱり友達と言うのは欲しいもので、これは友達作るチャンスと思った。私の不完全な一匹狼ぶりには自分でも嫌気がさす。

その子は本が好きで何でも読むと言ったので本についての話でいい感じに盛り上がって話が出来たので初日から上々に友達作りが出来たなぁなんて自分なりに関心していたらあの三人組が近付いてきた。一人は何かのペットボトルを持って。

「ねぇ、名前なんていうの?私石井由佳」

「私宮内利香だよ、ほら佐知も」

後ろでうつむいていた女の子が気まずそうに

「橋本佐知です」

と言った。

「私は山田あかね」

「あかねちゃんかぁ、よろしく。ところでのど乾いてない?」と石井さん。

「え、いやべつに…ひゃっ」

石井さんの振りあげた右手から私の頭に冷たい薄茶色の液体がしゅわしゅわ音を立てて私のまだ真新しく体に馴染んでいない制服と体を濡らした。びっくりしている私を見て満足げに笑っている二人をにらんだ。

「何にらんでるの?のど、かわいてたんでしょ?コーラあげる」

私は無言でこれもまた真新しい藍色のジャージとパンダのハンドタオルを取り出し教室を出て行った。

ドアを開けてすぐ、このクラスの担任岡本がびっくりした顔で私を見下ろし、

「お前、なんで濡れてる?なにがあった」

と驚きと怒りが混ざった声で言ってきた。

「コーラのペットボトルのキャップ閉めずに歩いてた女の子に男の子がぶつかって転びそうになった目の前が私の席で、私座ってたんで頭からかぶっちゃったんです」

と筋の通っているのかいないのかわからないざっぱな理由を言って先生の言葉を待たずにトイレへ逃げた。

さっさと着替えを済まして教室に戻ると、あの二人はにやにやと不気味な笑みを浮かべてこっちを見ていて、一人は泣きそうな目で私を見た。その視線を感じながら私は席に着き、思った。泣きたいのはこっちだ。

「じゃぁ、明日から早速通常授業が始まる。教科書とか忘れ物ないように。以上。今日はこれで終わりにする」

先生がそう言ったと同時くらいにみんなが帰り支度をはじめ、帰りだすころあの三人が私のとこへ来た。来んなよ。

「あかねちゃん、一緒に帰ろう?」

石井とやらは満面の笑みで言ってきたから、私は当然嫌だと答えた。石井は舌打ちをしてつまらなさそうに私をにらんできたり宮内が宜しくない笑顔を向けてきたので、顔をひきつらせたあの隣の子が

「山田さん、私と帰る約束してるの。ごめんね。行こう、山田さん」

と助け舟を出してきて、その場から離れることが出来た。

                      ■

私は今まで感じたことのない罪悪感と安堵感で泣きたくなっていた。私は、私は加害者になってしまった。


被害者と加害者、それが私たちの出会いであり残酷な幸せに蝕まれていく始まりだった。


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