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死体の胃の中からラミネート片出てきた  作者: 土屋 拓真


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第五章 次の死体

 通知音は一度しか鳴らなかった。

 九条雅紀は端末を伏せたまま、しばらく手を伸ばさなかった。机の上には開いた図面と、閉じたままのクリアファイルと、途中まで書きかけたメモがある。照明は落としてあり、部屋の隅だけが薄く暗い。時間は深夜を過ぎていた。日付が変わってから来る連絡には、たいてい二種類しかない。誰かが本当に切羽詰まっているか、そう見せたいかだ。

 九条はようやく端末を取った。

 文面は短かった。短すぎるほどに短かった。

 閉鎖病棟の件で、もう一つ見せたいものがあります。

 先生なら分かると思って。

 それだけだった。

 図面の元データが見つかったとも、喉の件に心当たりがあるとも、具体的なことは何も書いていない。だが余計な言葉を削っているからこそ、気持ちが悪い。誰に向けた文なのかが、削った跡から見える。先生なら分かる。その距離感が、すでに九条の皮膚に触れていた。

 九条は返信しなかった。画面を閉じ、机の上の図面へ視線を戻した。四階北病棟。入口。観察窓。ベッド位置。最初の死体の喉と、そこへ向かう視線の順番。あの死体は、ここまで来いと言っていた。問いだけをぶら下げたまま、読む側を先へ引っ張る死体だった。なら次は、自分が返事を書く番だ。

 罠だとは分かった。

 分かったから行かない、という段階はもう過ぎていた。

 九条は椅子から立ち上がり、机の引き出しを開けた。奥にしまってあった細い防水袋を取り出し、指で感触を確かめる。別の引き出しからは、小さく折ったメモ用紙を出した。白紙ではない。昼間のうちに、必要最小限だけ書いてある。読む相手を限定するために、言葉は削ってあった。名前も、説明も、感情もない。順番だけがある。

 それを防水袋へ入れ、さらに別の小さなものと一緒に机の端へ置く。体内へ残すことを示唆するには十分で、外から見えないようにするには足りる大きさだった。何を入れるか、どう残すか、そこはもう決めてある。問題は生きて帰るかではない。帰れなかった場合に、何を残せるか。九条の思考はすでにそこへ移っていた。

 コートを取り、ポケットの中を確認する。財布、鍵、使い慣れたライト、薄い手袋。端末の設定画面を開き、昨日のまま閉じていた予約送信の欄を見た。宛先だけが先に入っている。本文はない。そこへ短い文を打ちかけて、やめた。いま書く言葉は、多すぎても少なすぎても駄目だ。まだ順番ではない。

 端末を閉じる。

 最初の死体の喉が頭に浮かんだ。飲ませた痕だけを残し、中身は空白だった。読ませるための空白。ならこちらは逆にする。外からは読めず、内側にだけ意味が残るように。最初の死体が読み手を選んだなら、自分の死体は読み切る相手を選ばなければならない。

 真壁なら読む。

 たとえ遅れても、必ず。

 九条は部屋を出る前に一度だけ振り返った。忘れ物の確認ではない。戻れない場合の景色として、最後に見ておくべきものがあるかを確かめるみたいな振り返りだった。だが部屋はいつも通りで、いつも通りすぎるほど静かだった。

 玄関の鍵をかけた音が、思ったより乾いて響いた。

     *

 朝、最初に違和感を覚えたのは、九条が来ていないという事実そのものではなかった。

 真壁彰が医務院からの連絡を受けた時点では、まだ仕事の延長で処理する余地があった。検案が長引いた、仮眠室で寝落ちた、別の搬送に付き合っている。九条雅紀という男には、普通の社会人として見れば若干問題のある時間感覚がある。だから不在だけなら、異常とは言い切れない。

 だが呼び出した瞬間、真壁の中で何かが引っかかった。

 鳴る。

 切れない。

 留守番電話にも落ちない。

 電源は入っている。どこかにはある。

 なのに九条が出ない。

 その組み合わせだけで、もう充分に嫌だった。

「もう一度全部当たれ。仮眠室も車も」

 電話口の職員に言うと、向こうは少し戸惑った。

『まだそこまでじゃ』

「いや、違う。まだじゃない。今すぐだ」

 真壁は自分でも、説明のつかない速度で声が硬くなっているのを感じていた。医務院の仮眠室、執務室、検案室の隅、車、いつもの自販機の脇、売店。九条が無意識に立ち寄る場所は限られている。誰よりもそれを知っているのに、どこにもいない。

 真壁はすぐに自分でも発信した。九条の番号へ。鳴る。出ない。切ってかけ直す。やはり同じだ。昨日の夜、あれだけ止めようとして止めきれなかったやりとりが、遅れて胸の奥へ戻ってきた。

 送る、と言った。飯を食ってけ、とも。家に寄れ、とも。あの時もっと強く言えたかもしれない。無理にでも止める方法はあったかもしれない。そういう後悔の芽はすぐに出かかったが、真壁はそれを押し込んだ。まだ現場が先だ。

「位置情報は」

 部下が駆け寄る。

「直近は不鮮明です。最後の確定が深夜で、それ以降が薄い」

「薄いって何だ」

「建物に入ったか、意図的に拾いにくいところへ」

 真壁は歯を食いしばった。こいつはこういう消え方をしない。連絡を無視するにしても、仕事先へ一言ぐらいは落とす。端末の電源を入れたまま、呼び出しだけを鳴らして消える。それは九条の無精ではなく、別の種類の意図か、あるいは意図を持つ暇もない状況だ。

「昨日の足取り、最初から洗い直せ」

「はい」

「医務院と自宅の間だけ見るな。途中で逸れてる線も全部拾え」

 真壁は言いながら、まだ事件化という言葉は口にしなかった。口にした瞬間、想定が固定される気がしたからだ。だが温度はもう通常ではない。部下や職員がまだ半歩遅いところにいるのが、妙に苛立たしい。

「鳴るならどこかにある。出ない理由が違う」

 その言葉は半分、自分に向けたものだった。口の中だけが乾いていることに、この時になってようやく気づいた。水を飲む気にはなれなかった。胸のあたりで呼吸が止まり気味なのに、頭だけは必要以上に冴えている。嫌な朝だった。

     *

 二階堂壮也が異変を察したのは、電話ではなく、流れの途切れ方からだった。

 九条に渡した資料は、昨夜のうちに開かれている。図面更新履歴の整理版。四階北病棟の欠落部分を拾ったもの。そのファイルへのアクセスは確認できた。だがその先が不自然に止まっていた。閲覧したなら、九条は大抵どこかに短い反応を残す。了解、助かる、後で聞く。たったそれだけでも落とす人間だ。なのに昨夜は、途中から一切ない。

 昨日の廊下での会話が、遅れて戻ってきた。

 何を読んだかは聞かない。

 代わりに何を決めた、と聞いた。

 九条は答えなかった。だが否定もしなかった。

「あいつ、昨日終わる準備じゃなくて、決める準備してた」

 声に出してから、二階堂はすぐ真壁へ電話した。

『どうした』

「九条、まだ出てない?」

『出てない』

「旧病院、当たって」

 向こうで息が止まる気配がした。

『根拠は』

「気のせいで片づける顔じゃなかった。あと資料の止まり方が変だ。あいつ、昨日の時点で旧病院を終点に置いてた感じがする」

『こっちもその線を見始めてる』

「だったら早い方がいい」

 真壁は返事を短く切った。二階堂は端末をしまいながら、嫌な確信が腹の底へ沈むのを感じていた。人の消え方には種類がある。九条の今朝の消え方は、事故や寝坊や仕事の延長ではない。順番を決めた人間の消え方だった。

     *

 足取りが旧病院へ収束していくのに、それほど時間はかからなかった。

 移動履歴、薄い位置情報、深夜帯の周辺防犯、搬入動線のごく短い影。どれも決定打ではない。だが重ねると、最後の線は旧都立中央病院の敷地へ向いていた。昨日の時点で真壁はその可能性を一度は捨てていた。捨てたというより、考えないようにしていた。戻るべき場所ではあるが、戻ってほしくない場所でもあったからだ。

 車を飛ばしながら、真壁は助手席の部下に言った。

「いたらまず確保だ」

 二階堂が別車両から無線で割り込んだ。

『“いたら”の言い方やめろ』

「じゃあ何て言う」

『……知らない』

 それで会話は切れた。短い沈黙だけが車内に残る。真壁はハンドルを握る手に力が入るのを感じた。まだ死んでいるとは考えたくない。だが、その想定を完全に排除できる段階も、もう過ぎている。

 旧病院の敷地に入ると、空気が変わった。廃院特有の、時間だけが残っている空気。最初の死体が置かれていた四階北病棟へ向かうのではないと分かったのは、現場担当の指示を聞いた瞬間だった。人影があったのは本棟の奥ではなく、搬送口側の管理通路。表には見せない動線。遺体や患者を、人目につけずに動かすために使われていた裏側だ。

 その一点だけで、真壁の背筋が冷えた。

 最初の死体は見られる場所にあった。こちらは違う。見つからないようにではなく、外からは読めないように置かれている。まだ顔を見てもいないのに、そんな予感だけが先に来る。

     *

 搬送口脇の古い保管通路は、昼でも暗かった。

 天井の蛍光灯は数本しか生きておらず、壁の塗装は湿気で浮き、床には古い台車の跡が幾重にも残っている。患者を表の廊下へ出さずに運ぶための道、あるいは遺体を視線の外で動かすための道。そういう性質の場所だった。病室とは違う。人を見せるためではなく、見せないために使われていた空間だ。

 規制線の向こうに横たわるものがあると分かった時、真壁は足を速めなかった。速めると、それだけで認めることになる気がしたからだ。

 最初に見えたのは顔じゃなかった。

 肩だった。

 細いのに、緊張だけがまだ残っているみたいな肩の線。

 その次に手。指。爪。

 そこまでで分かってしまった。

 分かってしまったから、逆に顔を見るのが遅れた。

 コートの裾、シャツの皺、体格。九条雅紀の身体だと知っている情報が、顔を見る前に次々と視界へ入る。仰向けに近いが、完全な仰臥ではない。上半身にわずかな角度があり、腕の置かれ方が妙に整っている。乱暴に崩された死体ではない。だから余計に嫌だった。

 違う、と思った。まだ顔を見ていない。肩が似ているだけだ。手の長さが近いだけだ。そういう打ち消しが、頭の中で短く何度も起きた。九条の名を呼ぼうとして、呼べなかった。音にした瞬間、それで終わる気がしたからだ。

 真壁はようやく顔を見た。

 九条だった。

 その認識は声にならなかった。喉の奥で一度詰まり、音にならないまま体の内側へ落ちた。呼吸が胸のところで止まり、息を吸っているのか吐いているのか分からなくなる。顔色は死体のそれで、目は閉じ切らず、表情はひどく静かだった。静かすぎて、生きている時の九条が仕事の合間に考え込んでいる顔に一瞬だけ近く見えたことが、真壁には耐え難かった。

 だが現場はそれを許さない。視線はすぐ腹部へ落ちる。

 刺創がある。致命傷に見える深さだが、過剰に裂かれてはいない。派手な壊し方ではない。むしろ最小限に要点だけを刺したような、冷たい一撃だった。周囲の血の広がりも、見せしめのような荒々しさはない。ここで殺したのか、運んだのか、その判断もまだ早い。ただ一つ、刺して終わりの現場には見えなかった。

 口元に目が行く。かすかな荒れ。口角の脇の乾き。顎下に、汚れが薄くこびりついている。血ではない。黒ずんだ茶色でもない。乾いた吐瀉か、胃液の混じったものが少しだけ流れた跡に見えた。

「……口元、押さえろ」

 真壁の声は、自分でも驚くほど低かった。

 衣服の前面にも、ごく少量の汚れがある。大量に吐いた痕ではない。床にも広がっていない。だから一見すると見落とす。だが近づけば分かる。何かが上がって、全部は出ず、少しだけ外へついたような痕だ。

 真壁は腹部へ視線を戻した。刺創の近く、あるいは少し離れた位置に、別方向の鈍い圧迫痕がある。打撲に近い。殴ったというより、押し込んだか、上から力をかけた感じだ。衣服の乱れは少ない。死後に大きく体位を変えたようにも見えない。なのに、刺し傷とは別の力が腹へ入っている。

 刺して終わりじゃない。

 死体に対して、まだ何かしている。

 何をした。

 問いだけが先に立つ。だが現場の表面は閉じていた。喉を見せつけた最初の死体と違って、こちらは見ろと言っていない。むしろ見えるものをひとつずつ閉じている。顔にも喉にも派手な異様さはない。腹部の刺創だけが、外側の答えとして置かれているように見える。それが逆に、嘘くさかった。

「真壁さん」

 鑑識が近づきかける。

「刺創だけ見るな。口元も腹も押さえろ」

「口元?」

「何かを出させたみたいに見える」

 言ってから、真壁自身がその言葉の重さに一瞬だけ引っかかった。出させた。何を。まだ分からない。だが腹の圧痕と、口元の荒れと、少量の胃液様痕が、別々ではない気がした。

 九条の指先は静かだった。爪の間には目立つ抵抗痕がない。争った形跡が皆無というわけではないが、死ぬ直前まで暴れていた死体には見えない。自分でどこかを守ることに力を使い、外へ向ける抵抗を削ったような、妙な静けさがある。

 真壁はそこでようやく、自分の呼吸が浅くなっていることに気づいた。背中の内側がじわじわ冷えている。だが泣くとか、崩れるとか、そういう段階には入れない。現場が先だ。九条が何を残したか、何を守ろうとしたか、それを読むまでは、感情に順番は回ってこない。

     *

 二階堂が現場へ着いたのは、規制線が固まり始めた頃だった。

 真壁は止めなかった。止める言葉が出なかったとも言える。二階堂は通路の入口で一度足を止め、数秒だけ何も言わずに死体を見た。顔ではなく、置かれ方を見る目だった。

 そのまま一歩踏み込んだところで、呼吸が浅く乱れた。吸う音ばかりが細く続き、吐く息がうまく出ていない。肩が目に見えて上下し、足元がわずかにずれた。

 真壁は反射的に腕を伸ばしかけた。

「おい、外――」

 言いかけた瞬間、二階堂がよろけた。通路脇の古い棚へ片手をつき、金属のきしむ音が小さく鳴る。指先に力が入りすぎて、白くなっていた。

 だが崩れたのはほんの数秒だった。

 二階堂は一度だけ強く息を吐き、乱れた呼吸を無理に押し戻すみたいに喉を鳴らした。目を閉じることもしない。もう一度死体を見た時には、そこにあったのは動揺ではなく、情報を切り分ける視線だった。

「……文法が違う」

 小さく言ってから、真壁の横へ来る。

「何だと」

「最初の死体は、喉を外へぶら下げてた。見る順番を先に決めてた」

 二階堂の声は、もう震えていなかった。ほんの数秒前まで棚に体重を預けていた人間とは思えないほど、音が平らだった。感傷的ではなく、むしろ感情を削りすぎていて、聞く側の胸にそのまま刺さる。

「これは違う。外から読ませる気がない」

 真壁は答えなかった。その言葉の意味を完全には掴み切れない。だが感覚としては分かる。最初の死体は問いを外へ垂らしていた。九条の死体は違う。外から拾えるものを、ひとつずつ閉じている。腹部、口元、少量の汚れ、そして整いすぎた体位。全部が何かの入口には見えるのに、そこから先が開かない。

「凶器は」

 二階堂が聞く。

「ない」

 真壁が言うと、二階堂は一度だけ目を伏せた。さっきの乱れを押し込めるみたいな、短い間だった。だが次に顔を上げた時には、もう広報課の人間の目になっていた。

「持ち去った、って感じか」

「……そこもしっくり来ない」

 現場に腹部刺創がある。ならまず凶器は犯人が持ち去ったと読む。それが普通だ。だがこの通路の空気と、血の付き方と、動線の取り方を見ていると、単純な証拠隠滅に見えない。持ち去ったというより、そこから消えた感じがする。現場にはないが、ないこと自体に説明がつきすぎない。

 真壁は通路の先と搬送口の方角を見た。逃走のためなら、もっと自然な経路がある。なのに、消え方が妙に中途半端だ。

 二階堂はもう棚から手を離していた。呼吸も戻っている。顔色だけが少し悪い。だが声には一切出ていない。さっきまで身体が拒否していたものを、そのまま仕事の枠へ押し込めたように、次の言葉だけを選んでいた。

     *

「ナイフ、出ました」

 報告が入ったのは、その少し後だった。

 現場から直線で十数メートル。ただし扉と曲がりを挟むため、視認では繋がらない位置。搬送口の外側へ抜ける途中の、半ば死角になった場所だった。鑑識写真を見た瞬間、真壁は眉をひそめた。

「なんでそこだ」

 逃げながら捨てた位置ではない。捨てるなら、もっと早い場所でも遅い場所でもいい。現場からまず遠ざけることを優先したみたいな位置に見える。だがその意図が、逃走なのか、証拠隠滅なのか、別の何かなのか、まだ読めない。

「初動は投棄で見ます」

 神明が言う。

「だろうな」

 真壁は答えたが、納得はしていなかった。投棄にしては座標が嫌だ。捨て方が中途半端で、そのくせ現場との関係だけは妙に強い。そこに置かれていた、ではなく、そこへまず遠ざけられたような違和感がある。

 少なくとも、犯人が単純に持ち去ったという読みでは足りない気がした。

「指紋、血痕、全部押さえろ」

「はい」

 写真の中のナイフは、無機質なほど普通の形をしていた。普通なのに、置かれた位置だけが普通ではない。そのずれが、現場全体のずれ方とよく似ていた。

     *

 規制線の外で、真壁はもう一度通路の奥を見た。

 九条の死体はそこにある。見つかった。だが現場で終わる死体には見えない。外から読める答えが少なすぎる。腹部刺創、口元のわずかな汚れ、凶器なし、離れた場所のナイフ。全部が情報として存在しているのに、それだけでは届かない。届かないようにされている。

 二階堂が隣で低く言った。

「最初の死体は、喉の空白を外へぶら下げてた」

 真壁は視線を動かさないまま聞く。

「九条のは違う。外から見えるものを閉じてる」

 その言葉が、妙にしっくり来た。

 なら答えはまだ身体の内側にある。

 読む場所は、ここじゃない。

 真壁は初めて、九条の死体が最初の死体に対する返事だと本能的に理解した。殺された被害者の身体であると同時に、死ぬ直前からすでに答えとして作られていた死体だ。刺されながらなお、何をどう残すかを考えていたのだとしたら、この静けさも、閉じ方も、全部が説明できる。

「刺して終わりじゃない」

 自分でも聞き取れないほど小さく言った。

 現場の空気は何も答えなかった。

 だが一つだけ、はっきりしていることがあった。

 この死体は、現場で終わる気がない。

 外からは読めない。

 読めるようにされていない。

 それでも九条が何かを残しているとしたら、次に開くのは解剖台の上だった。


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