入隊試験を
夕食の湯気が、静かな食卓の上にゆらゆらと立ちのぼっていた。
エデンは箸を持ったまま、しばらく言葉を探していた。喉の奥に引っかかっているものを、どうやって外に出せばいいのか分からない。
父は新聞を畳み、母は味噌汁の椀を置く。
「……どうしたの?」
母の優しい声に、胸が少しだけ痛んだ。
逃げるなら今だ、と頭のどこかが囁く。
でも、それ以上に――進みたい、という気持ちが強かった。
エデンはゆっくり息を吸う。
「……俺、入隊試験を受けたい」
空気が止まった。
父の眉がわずかに動き、母の目が大きく開く。
「入隊って……あの、ECOの?」
エデンは頷いた。
「うん。正式な候補生の試験。来月あるんだ」
しばらく沈黙が続いた。時計の秒針の音が妙に大きく聞こえる。
父が口を開いた。
「……理由を聞かせてくれるか」
責める口調ではなかった。
ただ、本気かどうかを確かめる声だった。
エデンは視線を落とし、拳を握る。
「このままじゃ嫌なんだ」
言葉が、思ったよりもまっすぐ出てきた。
「守られてるだけなのが。何もできないのが。」
母の表情が揺れる。
あの日の記憶は、家族全員の中に残っている。
「俺、強くなりたい。ちゃんと戦える力がほしい」
父は腕を組み、じっとエデンを見つめた。
「……命の危険がある仕事だぞ」
「分かってる」
即答だった。
「それでも?」
母が静かに言う。
「怖くないの?」
エデンは少し考えてから、首を横に振った。
「怖いよ。でも……」
顔を上げる。
「怖いまま何もしない方が、もっと嫌だ」
再び沈黙。
やがて父が、ふっと息を吐いた。
「……いつから考えてた」
「ずっと。ちゃんと決めたのは最近だけど」
母は目を伏せ、少しだけ震える声で言った。
「無茶はしないって約束できる?」
「うん」
「帰ってくるって約束できる?」
その問いに、エデンは一瞬言葉を失った。
絶対なんて言えない。
でも――。
「……帰ってくる。必ず」
母はゆっくり頷いた。
父はしばらく黙っていたが、やがて低く言う。
「分かった」
エデンの心臓が跳ねる。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「本気でやるなら、中途半端は許さん。途中で投げ出すくらいなら最初から行くな」
エデンは強く頷いた。
「うん」
父は小さく笑う。
「……顔つきが変わったな」
母も、少しだけ微笑んだ。
「応援するわ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に溜まっていたものが一気にほどけた。
エデンは深く頭を下げる。
「ありがとう」
その夜、彼は初めて――
自分の未来に向かって一歩踏み出したのだった。




