いざ聖王国へ! モデルハウスは光り輝くブラック企業
その招待状は、やけに分厚く、やけに格式張っていた。
表紙は漆黒の厚紙に金箔押し。封筒には聖王国の紋章が輝き、差出人名も公式の筆致で書かれている。
中身を開くと、文字が整然と並び、読み進めるだけで威圧される。
『聖王国・国際建築会議 公式視察要請』
――要するに、こういうことだ。
サトウ「殴り込み、ですね。」
封書をゆっくり閉じながら、サトウは苦笑する。
サトウ「外交用語で言えば、ですけど。」
肩越しに城内の影を見渡す。
玉座の間の闇の中、ゼノンの黒い瞳が静かに光り、口元に薄く笑みを浮かべる。
ゼノン(ふふ……次の舞台は、向こうの現場か。)
同行者は三名。
まず、護衛という名の現場助手――ディアドラ。
彼女は胸を張り、腰にはツールベルトを巻き、サトウの後ろを忠実に守る。
目は真剣そのもので、時折周囲の警戒も怠らない。
ディアドラ「準備は整っております。現場での指示もお任せください。」
そして、目を輝かせるドワーフの親方・ガンツ。
肩幅の広い体格に、頑丈な革の作業着を纏い、手には小さなノートと筆を持つ。
ガンツ「いやぁ……他国の工法が気になるんだ。どんな材料を使い、どう施工してるか、全部見てやるぞ!」
サトウは軽く肩をすくめ、二人を見回した。
サトウ「……まあ、戦場は違えど、現場感覚で挑めば大丈夫です。」
廊下の窓から差し込む朝日が、三人の影を長く伸ばす。
遠くには、魔王城の赤い旗が風に揺れ、出発前の静かな興奮を彩っていた。
サトウは深く息を吸い込み、手にした招待状をぎゅっと握った。
サトウ「……聖王国、行きますか。」
ディアドラ「はい!」
ガンツ「任せとけ、俺たちの眼で欠陥を暴くぞ!」
三人の影が、廊下に揃って動き出す。
魔王城を背に、次なる“建築戦場”への旅路が、静かに始まった。
聖王国に到着し、入国ゲートをくぐった瞬間だった。
サトウの【ビルド・スキャン】が、警告音とともに真っ赤な表示を叩き出す。
画面が光り、数字とグラフが飛び跳ね、視界の端まで赤く染まる。
サトウ「……うわ、眩しっ!」
思わず手で目を覆い、頭を軽く振る。
目の奥に刺さる光が痛い――いや、これは痛いでは済まされない。
サトウ「何だこの街、目がチカチカするぞ……」
目の前に広がるのは、息を呑むほどの光景だった。
建物も、道路も、塔も、すべてが白一色――聖王国自慢の「聖光石」で統一されている。
その白さは、曇りの日でも輝き、晴天では太陽光を反射して目に突き刺さる。
美しい――確かに美しい。
だが、サトウは即座に眉をひそめる。
サトウ「これ、全方位が反射板じゃないですか。」
白い壁、白い塔、白い広場――街全体が、強烈な太陽光を反射する巨大な鏡のようだ。
建築技術としては素晴らしいが、住む人間には試練以外の何物でもない。
サトウ「夏場、照り返しで住民が蒸し焼きになりますよ。サングラスなしで住める街じゃない。」
頭上では太陽が容赦なく照りつけ、遠くの塔の壁面がまぶしく光る。
ディアドラが眉をひそめ、腕を組んで言った。
ディアドラ「……これ、完全に設計上の配慮ミスですね。」
ガンツは口元を覆い、唸り声を上げる。
ガンツ「うう……これは……現場で何を言われるか想像できんぞ……」
「聖なる光は、人々を導くのだ。」
案内役の男――大司教エージェント・バルバントは、胸を張り、威厳たっぷりに声を響かせた。
背筋を伸ばし、白いマントが肩でわずかに揺れる。
バルバント「影や闇は、心の迷いを生む。ゆえに我が国は、すべてを白で統一している!」
サトウは腕を組み、目を細める。
サトウ「……それ、住民の網膜を犠牲にしてません?」
強烈な太陽光が白い街並みに反射し、歩くたびに眩しさが襲う。
目を細めなければ前に進めないほどだ。
街を歩くうち、異変は次々と見えてきた。
ディアドラ「全部、同じ形ですね……」
視線を上げれば、並ぶ建物はすべて同じ高さ、同じ形、同じ窓。
どの角度から見ても、まるでコピーしたかのように均一で、個性も表情もない。
ディアドラ「同じ間取り、同じ高さ、同じ窓……」
サトウは頷き、低く吐き捨てる。
サトウ「画一的な建売住宅。住む人の生活? 完全に無視です。」
胸の奥で、建築士としての怒りがじわりと沸き上がる。
デザインも安全性も、すべては統制のために無理やり詰め込まれた結果に見える。
サトウ「これは家じゃない。勇者製造用のコンテナだ。」
ディアドラとガンツも、無言で頷く。
ガンツ「……これは、現場で設計者が泣きますね。」
視察先は、最新鋭の「勇者育成用マンション」。
真っ白な外観、完璧に直線の廊下、同一の部屋がずらりと並ぶ。
セキュリティは指紋認証、監視カメラ、移動式トラップまで完備され、外見は美しいが、人の生活や自由を考慮した形跡は一切ない。
サトウは目を細め、手帳を取り出す。
サトウ「……よし。設計的に欠陥がどこに隠れているか、解析開始だ。」
白く輝く建物の中に、勇者を“生産”するためだけに組み上げられた機械的な空間。
その冷たさと完璧さに、三人は息を飲んだ。
サトウ「……さて、ここからが本番だな。」
廊下を進む影は長く伸び、白の世界の中で黒い影が一つ、静かに、しかし確実に動き出した。
中に入った瞬間、サトウは思わず足を止めた。
廊下の隅で、小さな少年が肩を震わせ、嗚咽を漏らして泣いていたのだ。
白く光り輝く壁や床の無機質さとは裏腹に、その小さな存在が、異質な温かさを放っている。
サトウ「どうした?」
優しく声をかけると、少年は顔を歪めたまま答えた。
少年「……着替えが、取れない……」
サトウは周囲を見渡し、すぐに状況を理解した。
クローゼットの扉は外側からしか開かず、内側からは手が届かない設計になっている。
サトウ「……なるほど。」
彼の視線は、整然と並ぶ部屋の家具や収納に注がれる。
クローゼットはまるで宝箱型で、鍵がかかった箱のように壁に埋め込まれていた。
バルバントは胸を張り、誇らしげに説明する。
バルバント「勇者は、アイテムを“発見”する存在。日常から訓練なのだ!」
サトウのこめかみが、ぴくりと動く。
心の中で、建築士としての理性が怒りを上げる。
サトウ「つまりこの子、自分の服も自分で出せない?」
バルバント「……その通りだ。」
サトウは肩の力を抜き、低い声で吐き捨てる。
サトウ「それ、訓練じゃない。生活能力の破壊です。」
少年の嗚咽が、静かに廊下に響く。
サトウは小さく息をつき、壁や床の反射に目をやる。
完璧に整った部屋の裏で、生活の基本すら満たされない現実――それこそが、この“勇者育成マンション”の恐ろしい本質だった。
ディアドラは腕を組み、無言で頷く。
ガンツは顎に手を当て、唸り声を漏らす。
さらに街を進むと、サトウたちは別の問題に気づいた。
道端に置かれた壺――いや、壺というより薄い陶器の板のようだ。
見ただけで手に取るのを躊躇うほど、頼りなげで軽い。
サトウ「これ、何です?」
バルバントは胸を張り、誇らしげに答える。
バルバント「勇者が割るための壺だ。伝統だ!」
サトウの横で、ドワーフのガンツが興味本位で指先で触れる。
ガンツ「ほう……」
その瞬間――
パリンッ。
壺はまるでガラスのように、指先の圧力だけで粉々に割れた。
小さな破片が石畳に散り、かすかな衝撃音を立てる。
ガンツ「おっと」
次の瞬間、制服を着た警吏が駆け寄ってきた。
警吏「器物損壊だ! 罰金を払え!」
サトウは腕を組み、眉間に深い皺を寄せる。
サトウ「……子供が転んでも割れる壺を置いて?」
街の路地や広場を見渡す。
壺はあちこちに置かれ、誰が触っても簡単に壊れるよう設計されている。
まるで勇者訓練のためだけに置かれた罠のようだ。
サトウはゆっくりと吐き捨てるように言った。
サトウ「この街――住民のために作られてない。」
ディアドラは腕を組み、静かに頷く。
ディアドラ「すべては、勇者育成のため……」
ガンツは唸り声を漏らし、壊れた壺の破片を指で転がす。
ガンツ「いやぁ……ここまで徹底されてるとはな……」
白く輝く美しい街――だがその美しさの裏には、住民よりも“勇者”を優先した、完璧すぎる設計思想が隠されていた。
会議室――
白く輝く壁と整然と並んだ机の向こうで、大司教バルバントがついに牙を剥いた。
胸を張り、声を震わせる。
バルバント「我が国の建築は神の意志だ!魔国の野蛮な工法など不要!」
サトウは静かに立ち上がり、椅子の軋む音だけが会議室に響く。
周囲の者たちが息を呑む。
サトウ「神の意志かどうかは知りません。」
一歩、前へ踏み出す。
サトウ「でもこの建物、換気計画がゼロです。」
バルバントの瞳が一瞬、疑念に揺れる。
バルバント「なに……?」
サトウは冷静に続ける。
サトウ「聖なる光を閉じ込めすぎて、熱が逃げない。結果――」
サトウは壁を叩いた。
ボフッ
豪華な壁紙の裏から、真っ黒なカビ――魔素の淀みが噴き出した。
部屋に漂う独特の臭気に、参加者たちは咳き込む。
商人A「……うわっ!」
ディアドラは眉をひそめ、手で顔を覆う。
サトウは淡々と言う。
サトウ「ほら、見てください。見た目は白くても、中は腐ってる。」
そのままサトウはカタログを取り出し、開く。
ページをめくると、光が走るように部屋の中心に集まった。
サトウ「多機能遮熱フィルム。24時間換気システム。」
壁や天井に手をかざすと、光が走り、配管や換気ダクトが瞬時に配置される。
わずか数秒で、一室が即席で改修された。
壁の内部からは、黒カビの臭いが消え、空気が澄み渡る。
天井の照明が光を柔らかく反射し、室内は快適な温度に保たれる。
サトウは深呼吸し、壁を軽く叩いて確認する。
サトウ「これで、熱気も湿気も逃がせる。住民の健康は守れる。」
会議室の空気は一瞬で変わった。
バルバントは目を見開き、唇を震わせる。
バルバント「……そ、その光は……まさか……魔国の建築士が……」
サトウは無言でカタログを閉じ、手帳にメモを取る。
その冷静さが、聖王国の権威者たちを圧倒した。
ディアドラ「サトウ……またしても、現場で即時改修ですか。」
サトウは小さく肩をすくめる。
サトウ「現場で戦うのは、建築士の義務ですから。」
白く輝く会議室の一角で、魔国流の合理的建築術が、聖王国の“神の意志”に静かなる反撃を開始した。
数分後――
市民A「……涼しい」
市民B「目が、痛くない……」
ざわめきが、会議室や通路に広がる。
光の反射も、熱も、室内で適切に調整されており、訪れた人々は思わず笑みを漏らした。
その様子を見て、大司教バルバントの顔が歪む。
バルバント「異端だ……!この男は異端の建築士だ!」
聖王国は即座に国外追放を宣言。
だが、その日の夜――
宿の裏口に、ひっそりと人影が集まった。
若手建築士たちだ。
若手建築士A「……弟子にしてください。」
若手建築士B「本当の建築を、学びたいです。」
サトウは馬車に揺られながら、窓の外を見つめる。
遠くに広がる白一色の聖王国の街並みは、依然としてまぶしく輝いていた。
サトウ「……あの大司教」
ディアドラが隣で首をかしげる。
ディアドラ「何か?」
サトウは微かに口元を緩め、窓の反射を見つめながら言う。
サトウ「たぶん、裏でかなり中抜きしてます。」
馬車の揺れに合わせ、サトウの笑みがほんのりにじむ。
サトウ「次に来る時は――監査(ガサ入れ)の準備をしてきましょう。」
ディアドラは肩をすくめ、小さく笑う。
馬車の中、窓の外には月明かりに照らされた街並みが流れ、夜風が頬を撫でる。
魔国へと戻る道すがら、サトウの胸には次なる戦場への予感が静かに燃えていた。
不動産戦争は、もはや後戻りできない地点まで来ていた。
魔王城のリノベから始まった物語は、今や国境を越え、光と影の世界で新たな戦いへと進みつつあった。




