魔王城オープンハウス! 勇者ギルドは「内見」を阻止したい
魔王城の離職率が――ゼロになった。
城内の廊下を歩く兵士たちは、どこか晴れやかな表情で、かつてのような疲労や不満の影はない。壁の石材も、以前より光沢を帯びて見える。窓から差し込む陽光が、赤い絨毯を照らし、金属の鎧が静かに反射する。
その静寂を破ったのは、城内の中央塔、玉座の間からの報告だった。
兵士「魔王様!採用窓口に、志願者が列を成しています!」
玉座に座る魔王ゼノンは、ゆっくりと上半身を前に乗り出した。その黒いマントが背もたれを撫で、闇色の瞳がちらりと輝く。
ゼノン「……志願者?魔王軍に、か?」
その声は低く、しかし確かな興味を帯びていた。
玉座の足元に置かれた書類や古い巻物が、かすかに紙擦れの音を立てる。
サトウは冷静に書類をめくりながら、淡々と状況を整理した。
サトウ「大浴場、個室改修、適切な労働時間。そりゃ来ますよ」
言葉には抑制があるものの、手元の書類をめくる指先は確信に満ちていた。城の設計図、労働条件表、食堂の改善計画――どれも完璧だった。
ゼノンの瞳が、わずかに怪しく光る。闇をたたえた瞳の奥に、世界征服者特有の好奇心が覗く。
ゼノン「ならば――この素晴らしさを、世界に知らしめよう。」
その瞬間、玉座の間に微かな風が吹き抜け、古い旗が揺れる。サトウは軽く眉をひそめた。
サトウ「……嫌な予感がします。」
ゼノンはその不安を無視するかのように、玉座に深く座り直し、マントの裾を整える。
ゼノン「我が国の資産価値を爆上げするのだ!」
そうして、誰もが首をかしげつつも、笑顔でうなずくしかない決定が下された。
サトウの心中には、戦場よりも緊張感のある“別の戦い”の予感がちらついていた。
こうして開催が決定した――
『第一回・魔王城リノベーション完成披露見学会(軽食付き)』
サトウ「え、内見会ですか?」
サトウは頭を抱え、額に皺を寄せた。
サトウ「掃除と養生、めちゃくちゃ大変ですよ?」
指先には城の設計図、肩には養生用のロールシートがまだかかっている想像が浮かぶ。
普段なら泥だらけの現場で泣き言を言うこともなかったが――
今は、魔王城全体を完璧に仕上げなければならないという現実が、ずっしりと重くのしかかる。
――そして、城門が開く日。
魔王城の前に立つと、サトウは思わず息を呑んだ。
視界に飛び込んできたのは、異様な光景だった。
城の石壁は、朝日に照らされて輝く。黒い影が消え、赤い旗も風に揺れ、以前の“恐怖の象徴”とはほど遠い光景になっている。
城門の前には、近隣諸国の王族や貴族、商人たちが招待状を握りしめ、恐る恐る立ちすくんでいた。
光沢のある靴が石畳に鳴らす小さな音、紙を握る手の震え、城を見上げる目の緊張――すべてが、緊迫した空気を漂わせる。
貴族A「……魔王城、こんなに明るかったか?」
商人B「血の匂いがしない……?」
長年、恐怖と噂に包まれていた城が、まるで別世界のように変貌している。
サトウは思わず肩をすくめた。
サトウ「……いや、これを掃除するのは俺か……」
そのとき、城門が――音もなく、静かに開いた。
鉄の重みを感じさせず、まるで生き物のように両翼が左右に広がる。
門の奥から差し込む光が、城内の大理石の床に反射してきらめき、見学者たちの目に驚きと期待を映し出す。
その瞬間、魔王ゼノンが玉座の間から現れ、マントを翻して笑みを浮かべた。
ゼノン「さあ、我が城の魅力を、思う存分堪能するがよい!」
招待客たちは一斉に足を踏み出し、石畳を渡る音が城内に響く。
サトウはため息交じりに、養生シートをもう一度確認した。
サトウ「……やっぱり、大変だ……」
サトウ「いらっしゃいませー!」
メガホンを片手に、サトウは城門前に立つ。
城門の影から差し込む朝日が、マントや石壁を金色に照らす。
足元の赤絨毯を踏む招待客たちの視線を意識しつつ、サトウは胸を張り、大声を張り上げた。
サトウ「本日は『住める魔王城』へようこそ!」
城内からは、清掃の完了した大広間の床が光を反射し、壁の装飾や豪華なシャンデリアがきらめく。
普段なら恐怖の象徴だった鎧や武器も、整然と並べられ“展示品”のように見える。
招待客たちは目を丸くし、口々に感嘆の声を漏らす。
貴族C「なんて……整っているのかしら。」
商人D「これが魔王城……信じられん……」
しかし、遠く離れた聖王国では――
勇者ギルド会議室の空気は、鉛のように重く、殺気立っていた。
部屋の壁には地図や城の図面が貼り出され、書類の山がテーブルを覆う。
勇者ギルド員A「これは洗脳工作だ!」
勇者ギルド員B「快適さで人心を掌握するつもりだ!」
怒号と緊張が入り混じり、空気は震えていた。
窓の外には、聖王国の朝日が差し込むが、その光も会議室の中の険悪さを薄めることはできない。
その場に送り込まれたのは、変装した勇者レオ。
彼の鎧は薄い布で覆われ、手には普通の旅行者のような鞄を携えていた。
レオは静かに拳を握り、目を鋭く光らせる。
レオ「俺が内部から欠陥を暴いてくる。」
――数時間後。
城内の廊下は、朝日が差し込んだ石窓の隙間から柔らかい光が射し込み、壁の装飾がきらりと輝いていた。
長い廊下の床に立つレオは、無意識に足元を確かめるように踏みしめた。
レオ「……暖かい?」
床はひんやりするはずの石材なのに、ほのかに体温を吸い込むような柔らかな熱を帯びていた。
魔王城の“恐怖”とは程遠い、異様な居心地の良さがそこにはあった。
その瞬間、廊下の奥から元気な声が響く。
サトウ「こちら、最新の床暖房を完備した待機室です!」
声の主は、胸を張り、腕を振り上げて案内しているサトウ。
長年の建築現場で鍛えた自信に満ちた笑顔は、城の威圧感を完全に打ち消していた。
サトウ「侵入してきた勇者も、ここで10分待てば戦意を喪失して寝てしまいます!」
レオは目を丸くし、思わず後ずさる。
目の前に広がる待機室は、豪華なラグ、ふかふかのソファ、温かい床、そして微かに香るアロマ――まるで高級リゾートのようだ。
レオ「おい! それ欠陥じゃないのか!?」
言葉に怒気が混じるが、体は正直だった。
10分どころか、一歩踏み入れただけで眠気と安心感が襲い、戦意を削がれる感覚が手に取るようにわかる。
レオは慌てて背筋を伸ばし、必死に気を奮い立たせる。
次に案内されたのは、魔王城の居住区。
廊下の奥の扉を開けると、柔らかな光が差し込み、木目の床や落ち着いた色調の壁紙が目に入った。
城内とは思えないほど整然としており、まるで高級マンションのモデルルームのようだ。
その先頭に一歩前に出たのは、ディアドラ。
背筋をぴんと伸ばし、手を軽く広げて笑みを浮かべる。
ディアドラ「こちらの壁紙は、返り血が目立たず、水拭きで落ちる撥水クロスを使用しております。」
言葉と同時に、完璧な営業スマイルが浮かぶ。
その表情には、魔族らしい冷酷さのかけらもなく、純粋に“見せるためのプロ”の気配だけがある。
商人たちはざわめき、口々に小声を漏らす。
商人A「……魔族が、営業を?」
商人B「こんなに丁寧に、城の壁紙を説明するなんて……」
ディアドラは次の説明に移る。
ディアドラ「家具配置は『生活動線』を重視。夜中に非常召集があっても、足をぶつけません。」
言葉通り、廊下の角や机の配置は無駄がなく、動線は自然に整えられている。
小さな子どもや老兵でもつまずかないように配慮され、実用性と快適性が完璧に両立されていた。
レオは目を丸くし、唖然としたまま言葉を漏らす。
レオ「……俺の故郷の宿より住みやすい……」
内心、戦うために来たはずの城が、なぜか居心地良すぎる空間になっている現実に、戦意が揺らぐ。
視線を巡らせれば、商人や貴族たちも目を輝かせ、メモを取り出す者までいる。
完全に“内見会”のペースに巻き込まれているのは、間違いなくレオだった。
厨房では、さらなる事件が静かに――いや、猛烈に――起きていた。
トロールの料理長が、筋肉隆々の腕で最新式のコンベクションオーブンから肉を取り出す。
オーブンの扉が開くと、ジュウジュウと音を立てて湯気が立ち上り、香ばしい匂いが厨房の隅々まで漂った。
トロール料理長「魔界牛のローストです。」
その瞬間、香りはまるで催眠術のように、城内の全員の理性を溶かしていく。
商人や貴族の眉間には、抗えぬ食欲の痕跡が浮かび、唾を飲む音があちこちから聞こえた。
商人A「……うまい。」
商人B「王宮の食事より……」
手が止まらず、震える手でナイフとフォークを握り直す。
皆が完食する頃には、聖王国の威厳も理性も、もはや食欲の前には無力だった。
その光景に焦ったのは、城内を潜入していた勇者レオだ。
レオ「くそ……何か欠陥を……!」
必死に欠陥を探そうと、壁の一部を指差す。
レオ「ハッ!この隠し通路、入り口がバレバレだ!防犯意識が低い!」
しかし、サトウはすぐさま足を止めず、手元のタブレットをちらりと見て即答した。
サトウ「あ、そこですか?」
サトウ「それ、お掃除ロボットの充電ポートです。」
レオ「なっ」
サトウはさらに笑みを浮かべ、城内の構造を軽やかに説明する。
サトウ「隠し通路は、あっちの鏡の裏。指紋認証付きですよ。」
レオは唇を震わせ、言葉を失った。
頭の中で何度も考えを巡らせるが、合理的すぎる設計と、魔王城リノベーションの完成度に抗えない。
レオ「……どうして、こんなに完璧なんだ……」
厨房からは、再び魔界牛の香ばしい香りが漂い、戦意を奪われた招待客たちの笑顔がちらりと映る。
まさに、戦場ではなく“生活空間”そのものが、勇者を圧倒する武器となっていた。
レオは拳を握りしめる。
レオ「……まだ、諦めない……欠陥を、絶対に……!」
最後の悪あがき――
勇者レオは、決意の表情を浮かべ、廊下を勢いよく駆け抜けた。
石畳の床を蹴る音が、長い廊下に反響する。
風を切るような音と、鎧の軋む音が混ざり、まるで戦場に飛び出すかのような迫力だった。
レオ「せめて、この扉を――」
勢いよく手を伸ばしたその瞬間――
ウィン。ガシャン。
センサー式自動ドアが、まるで狙っていたかのように完璧なタイミングで閉じる。
指先が届く直前で、扉は重厚な音を立てて閉まり、廊下に静寂が戻った。
レオ「くっ……!魔法も使わず、私の動きを予測して……!」
床に膝をつき、荒い息を吐く。
全身が力を抜けない緊張で震える。
しかし、心の中では悟っていた――
レオ「もう、この城には抗えない……」
その背後で、サトウは穏やかに微笑み、ディアドラは誇らしげに胸を張る。
ゼノンは玉座の影から、暗い闇に浮かぶ黒い瞳でじっと見守り、静かに笑んだ。
ゼノン(ふふふ……これぞ、魔王城の真の力……戦わずして、心を奪う。)
内見会は――大成功だった。
参加者たちは口々に感嘆の声を漏らす。
貴族A「魔王城は、恐ろしい場所ではない。」
商人B「世界で最も、住みたい城だ。」
王族C「これほど居心地の良い城は、他にあるまい。」
城門の外では、招待客たちが笑顔で談笑し、写真を撮る姿が見える。
赤絨毯の上には、足元に敷かれた光沢のある石畳が、光を反射して輝いていた。
その噂は、やがて聖王国まで届いた。
大司教エージェント・バルバントは、分厚い書類の束を握り潰した。
その手には、白い紙の感触ではなく、怒りと焦燥の熱が伝わってくるようだった。
バルバント「……快適さで、負けるなど」
歯を食いしばり、唇を震わせる。
目の前の書類には、魔王城のリノベーション完成披露見学会の詳細や、参加者たちの絶賛コメントが並んでいた。
バルバント「我が聖王国の住宅ローンに、悪影響が出るではないか……」
天井から差し込む蝋燭の光が、硬い表情に影を落とす。
その夜、王国中に不穏な空気が漂い、都市の喧騒が普段よりも重く感じられた。
――その頃、遠く離れた魔王城では。
サトウの机の上に、一通の封書が届いた。
赤い封蝋には、聖王国の公式印が押されている。
サトウは封を切る前に、ゆっくりと深く溜息をついた。
サトウ「……来ましたね。」
封書の中には、こう書かれていた。
『聖王国・公式建築視察依頼』
魔王城の玉座の間では、ゼノンが楽しげに笑う。
ゼノン「次は、向こうの現場か。」
その笑みは、勝利を知る者の余裕に満ちていた。
サトウは書類を手に、軽く肩をすくめる。
サトウ「……やれやれ、また設計士として戦場に赴くか。」
窓の外には、月明かりが城壁を照らす。
城内は静かに、しかし次なる“現場戦争”の気配に満ちていた。




