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ダンジョン・リノベーター 〜住みにくい魔王城、改造します〜  作者: ラキラ
【魔王城再建編】 〜一級建築士の劇的ビフォーアフター〜

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裸の付き合いは種族を超える? 魔王城大浴場リノベーション

魔王城の重厚な扉を押し開けた瞬間、サトウは反射的に鼻をつまんだ。


空気は濃密で、獣の汗と腐敗した何かの臭気が混じり合い、まるで地獄の入口に迷い込んだかのように肺を締め付ける。壁には古ぼけた旗が垂れ下がり、窓から差し込む薄明かりさえも、この悪臭を薄めるには力不足だった。


目を凝らすと、玉座にどっしりと座る魔王ゼノン。その周囲には、筋骨隆々のオーク、骨が透けたリッチ、夜の闇に溶ける吸血鬼――重臣たちが威厳を放っている。しかしその光景は、サトウの鼻腔に漂う地獄の匂いのせいか、どこか滑稽に映った。


サトウ「……魔王様。失礼ですが」


言葉を切り出すタイミングを計り、一拍置いてからはっきりと口にする。


サトウ「この部屋、獣臭と腐敗臭が混ざって、地獄です。」


その瞬間、重臣たちの間にざわめきが走る。


オーク「な、なんだと人間!」

リッチ「我らの威厳ある体臭を侮辱するか!」


しかし、玉座の魔王ゼノンは腕を組んだまま低く唸るだけだった。怒りも嘲りもない、その目はただ――正直さを求めていた。


ゼノン「……正直に言え。最近、城の中が……くさいか?」


サトウは迷わず頷いた。背筋を伸ばし、真剣に目を見開く。


サトウ「原因は明確です。魔王軍には――風呂がありません。」


「ふ、風呂?」


オークが胸を張り、声を荒げる。


オーク「我らは泥浴びで十分だ!」


リッチは骨を軋ませ、呻き声を漏らす。


リッチ「洗うと……バラバラになる……」


吸血鬼はマントを押さえ、微かに身をすくめる。


吸血鬼「血液の汚れが……落ちないのだ……」


サトウは小さく息を吐き、無言で霧状の消臭剤を会議室に散布する。白い霧がゆっくり空気に溶け込み、わずかに悪臭を抑えたものの――焼け石に水であることは明白だった。


サトウ「応急処置は限界です。現場の疲れを癒やすのは、酒でも略奪でもありません。」


重苦しい沈黙の中、サトウは胸を張り、静かに、しかし確信を持って断言する。


サトウ「大浴場です。」


その言葉が空気に落ちると、会議室の時間が一瞬止まったかのように静まり返った。悪臭以上に、魔王たちの常識を揺るがす衝撃――それは誰もが予想していなかった改革の幕開けだった。


城の地下深く――

忘れ去られた溶岩溜まりが、今回の現場だった。


赤黒く光る溶岩が、無機質な岩肌を赤く照らし出す。湯気のように立ち上る蒸気は、硫黄と熱の匂いを運び、息を吸うだけで肌がじりじりと焼けそうだった。ここに大浴場を作る――普通の人間なら無謀としか言いようがない。しかし、サトウの目は冷静だった。


サトウ「熱源は申し分ないですが……」


言い終わるや否や、火竜――サラマンダー――が気まぐれに火を吹いた。溶岩の表面に水を注ぐと、一瞬で沸騰し、白い蒸気が猛烈に立ち上る。


サトウ「やめろ! これは風呂だ! 煮込みじゃない!」


熱気に押され、汗が額を伝う。それでもサトウは火竜の前に踏み出し、腕を組む。胸の奥で、火竜の扱いに悩む建設現場の職人魂がうずいた。


サトウ「いいか。一定の温度を保つのも、プロの仕事だ。」


火竜「……プロ……?」


サトウは眉をひそめ、炎に包まれたその巨大な顔を真剣に見上げながら続けた。


サトウ「お前の火力、ムラがある」


火竜の目がまん丸に見開かれ、周囲の蒸気の中で炎が小刻みに揺れた。


火竜「ムラ……だと……!?」


サトウは口元に微かな笑みを浮かべ、手元の水温計を指でなぞりながら冷静に説く。


サトウ「ムラがあると、風呂の水温も安定しない。お前の火力に合わせて水を注ぐ技術も、プロとして必須だ」


火竜の体から噴き上がる蒸気が、まるで驚きと混乱の感情を表しているかのように巻き上がった。


火竜「……プロ……それは……俺、プロになれる……のか……?」


サトウは一歩前に出て、炎と蒸気に囲まれた火竜の肩に手を置く。


サトウ「もちろんだ。種族も火力も関係ない。大切なのは……仕事を極める心意気だ。」


さらに問題だったのは、水質だった。


魔力の濃度が極端すぎて、そのまま入れば肌が青く変色する――まさに魔界温泉の“洗礼”。安易に浸かれば、入浴者は魔力中毒に陥る危険性を秘めていた。


サトウ「魔力中毒です。」


その一言に、会議室での威厳も、地下の熱気も関係なく、現場の理論と経験が優先される。表情ひとつ変えず、サトウは瞬く間に作業を開始した。


まずは【自動温度管理システム】を設置し、火竜の火力を精密にコントロール。次に【セラミックろ過装置】を導入し、魔力濃度を安全なレベルにまで下げる。水流と温度、魔力のバランス――すべてを計算し、調整する。


やがて蒸気が穏やかに立ち上り、濁っていた湯の色は深みのある青から、ほんのり透明感のある温泉色へと変化する。


火竜は首をかしげ、初めて自分の炎が“人のために役立つ”ことを理解したように見えた。目が輝き、胸を少し誇らしげに張る。


サトウ「よし、これで“人が入れる魔界温泉”完成だ。」


湯気の向こうで、火竜はちょっと恥ずかしそうに、しかし確かに胸を張った。まるで、自分の存在意義を認められたかのような表情だ。


サトウも深く息を吸い込み、ほっと一息つく。

魔王城の地下――ここに、人間も魔物も安心して入れる温泉を作る日が来るとは、誰が想像しただろうか。


地下の蒸気と硫黄の匂い、火竜の微かな熱気、そして青から温泉色に変わった湯……すべてが、現場の奇跡を静かに物語っていた。


数日後――


魔王城地下に、異様で、しかしどこか贅沢な光景が広がった。

もはや、ここはただの溶岩溜まりではない。


魔界式スーパー銭湯――


赤黒く光る岩肌、湯気が立ちこめる蒸気、そしてほのかな硫黄の香り。すべてが、魔族たちのために徹底的に設計されていた。


空を飛べる種族向けには、断崖に面したインフィニティ風露天風呂が用意されている。蒸気に包まれながら、眼下に広がる溶岩湖と遠くの森を見渡すことができる設計だ。翼を広げたままでも余裕で湯に浸かれるよう、浴槽は空中に固定された特殊な浮遊台が支えていた。


アンデッド用には、骨が浮かんだり流されたりしない「骨専用ネット」付き薬湯がある。骨の長さや形に合わせて仕切りが細かく配置され、全ての骨が安全に、そしてゆったりと浸かれる。魔力濃度や薬湯の成分も完璧に調整され、アンデッド特有の繊細な体質に合わせて作られていた。


リッチは、骨を沈めるようにして湯に浸かり、静かに、しかし感謝の意を込めて呟いた。


リッチ「……助かる……」


その声に、周囲の蒸気がほんの少し揺れる。

火竜は隅で、胸を張って炎を抑えつつも、少し照れたように目を細める。自分の火が、こうして誰かの安心や癒やしにつながるとは――想像もしなかった瞬間だった。


空を飛ぶ魔族たちが露天風呂の端で翼を乾かし、アンデッドたちが薬湯で骨をゆったりと揺らす。

魔王城地下――かつて地獄のようだった空間は、今や笑い声と湯気、そして不思議な安らぎに包まれていた。


そして、魔王軍全員の目を惹く目玉――それは、サウナと水風呂だった。


炎属性の魔族が熱波師となり、サウナ室に灼熱の風を送り込む。ロウリュの熱気が、木の壁や床を揺らすように充満し、呼吸するたびに身体の奥まで熱が染み渡る。


炎魔族「ロウリュ、いくぞ!」

ミノタウロス「くっ……!」

ケンタウロス「耐えろ……!」


普段なら戦場で即座に武器を取り、敵を討つはずの二人――ミノタウロスとケンタウロスが、肩を並べて汗を流していた。戦の荒々しさは影を潜め、ただ熱と蒸気が全身を包む。


ミノタウロス「……水風呂、少し冷たすぎないか?」

ケンタウロス「いや……このくらいが……来る……」


限界まで蒸された身体を抱え、二人は水風呂へと飛び込む。冷たい水が全身を包み込み、皮膚が縮み、血流が一気に跳ねる。


蒸気と冷気の狭間で、世界が一瞬静止したかのような錯覚に陥る。戦場で鍛えられた筋肉も、誇り高い種族の誇りも――水に沈む心地よさに溶かされていく。


ミノタウロス「……はぁ……」


言葉少なに吐き出すため息は、戦場での緊張や敵対心をゆっくりとかき消していた。


しばしの沈黙のあと、ミノタウロスがゆっくりと手を差し出す。


ミノタウロス「……悪くなかった。」

ケンタウロス「……ああ。」


こうして、裸の和平交渉は成立した。

湯気の向こう、地下の熱と水と蒸気に包まれた空間で――敵同士だった者たちが、裸のまま心を通わせる瞬間が、静かに、しかし確かに刻まれたのだった。


風呂上がり――


蒸気で湿った髪を乾かしながら、魔界式スーパー銭湯の住人たちは冷蔵ショーケースの前に集まった。中には、鮮やかな色彩を放つ見たこともない飲み物が並んでいる。宝石のように光る瓶、微かに泡立つ液体――魔界のセンスが光る品揃えだ。


サトウが取り出したのは「果実乳」――濃厚な甘みと、ほんのりした酸味が絶妙に混ざった、魔界特製のフルーツミルク。


オーク「甘い……!」

リッチ「冷たい……!」

吸血鬼「こんな飲み物、初めて……!」


種族の壁を超えて、全員が一様に感動の声を上げた。

口に広がる透明な液体は、蒸気と疲労で鈍っていた感覚を、一瞬で研ぎ澄まし、体の隅々まで心地よさを運ぶ。


その様子を、黄金の浴槽に肩まで浸かる魔王ゼノンが静かに眺めていた。

湯面には、アヒル型の浮き具がぷかぷかと揺れ、微かな水音を立てている。戦場で見せる冷徹な威厳とはまるで違い、目元にはわずかな柔らかさが浮かんでいた。


ゼノン「……サトウ」


サトウ「はい。」


ゼノンは湯に手を差し入れ、黄金の光を反射させながら浮き具をそっと押す。その仕草には、普段の玉座での圧倒的な力を忘れたかのような、穏やかな空気が漂っていた。


ゼノン「戦いよりも、この湯船の方が……平和に近い気がする。」


サトウは少し驚いた顔をしつつ、しかし静かに頷いた。

普段は論理と効率で動く彼も、この瞬間ばかりは、言葉では言い表せない幸福感に包まれていた。


湯気と笑い声、そして甘い果実乳の香りが混ざり合う魔界スーパー銭湯――

そこでは種族も力関係も、戦争も関係なく、奇妙で柔らかな“平和”が静かに流れていた。


その頃――


蒸気が立ち込める魔界スーパー銭湯の中に、不審な影があった。


レオ(魔王城の偵察のはずが……なんだこの匂い……)


勇者レオだった。

肩には緊張と警戒心がこわばり、剣の柄に手をかけている。しかし、鼻をつまみたくなる異様な臭気に眉をひそめ、思わず息を止める。


気づけば、彼は浴場の中に迷い込んでいた。


そして、背後から低く、落ち着いた声がかかった。


サトウ「あ、ちょうどいい。」


振り向く間もなく、サトウは前に一歩踏み出し、手には泡立ったタオルを持っていた。


サトウ「背中、流しますよ。だいぶ汚れ……罪業、溜まってますね。」


レオ「え、ちょ――」


ゴシゴシ、ゴシゴシ――

タオルが背中を往復するたび、剣を握る力が少しずつ抜けていく。湯気で視界が霞み、剣の存在すら遠く感じられた。

戦場で見せる緊張も、敵を前にした覚悟も、泡と蒸気の中では徐々に薄れていく。


レオ「……っ」


数分後――

勇者は脱衣所の椅子に腰を下ろし、虚ろな目をしている。全身から疲労と安堵が滲み出し、まるで戦場の自分が泡の中に溶けて消えてしまったかのようだった。


レオ「俺……もう……聖王国に帰りたくない……」


サトウはタオルを肩にかけ、柔らかい笑みを浮かべる。


サトウ「まずは、ゆっくり休みましょう。」


勇者の胸に、初めて戦場では味わえない静けさが流れ込む。

湯気と静寂、そして淡い果実乳の香りが混ざる空間――

ここでは魔王も勇者も、ただ「人として疲れを癒す瞬間」しか存在していなかった。


レオの肩から力が抜け、剣は膝の上に置かれたまま。泡に包まれた蒸気の向こうで、サトウは静かに彼を見守る。

外の戦争も、王国も、魔王城も――すべて忘れた、束の間の安らぎ。

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