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ダンジョン・リノベーター 〜住みにくい魔王城、改造します〜  作者: ラキラ
第3章:【星海開拓編】〜月面都市の気密性と、時をかける設計図〜

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静かなる崩壊:月面都市の減圧パニック

月面拠点。

白いレゴリスの大地に仮設された、簡素なプレハブ事務所。


サトウはいつものように、折り畳み式の机の上で簡易ドリッパーをセットしていた。

ポットから注がれた湯は、低重力の影響でどこか名残惜しそうに流れ落ち、湯気は細い糸のように、ゆっくりと天井へ昇っていく。


コーヒーの香りが、密閉された空間に静かに満ちていった。


この一杯が、現場終わりの区切り。

それが、サトウにとっての小さな儀式だった。


――その瞬間。


コトリ、と置かれたカップの表面に、

同心円状の微細な波紋が走った。


……ちゃぷ。


ほんの一瞬。

だが、はっきりと“揺れた”。


石を落としたわけでもない。

誰かが歩いた振動でもない。

月面特有の低重力では、こんな波紋は自然に起きない。


サトウの手が、空中で止まる。


サトウ「……おかしいな。」


独り言のように呟き、視線だけで周囲を確認する。


魔法障壁――正常。

ドーム内気圧――安定。

重力制御フィールド――誤差なし。


壁際の計器群は、どれも無言で「問題なし」を主張していた。


だが。


背筋を、冷たいものがなぞる。


図面にも数値にも表れない、

現場監督として積み上げてきた“勘”が、はっきりと警鐘を鳴らしていた。


サトウは、そっとカップに指を触れ、再び揺れが来ないか確かめる。


……来ない。


それが、余計に悪かった。


サトウ「この揺れ……」


言葉を選ぶように、低く続ける。


サトウ「外部衝撃じゃない。隕石でも、設備稼働でもない。」


一拍。


サトウ「――中だ。建物の“内側”が、悲鳴を上げてる。」


完成したはずの月面都市。

設計通り、理論通りに動いているはずの構造物。


それでも起きた、原因不明の“さざ波”。


サトウは迷わなかった。


その場で踵を返し、壁際に掛けていたヘルメットを手に取る。

顎紐を締める動作に、もう日常の緩さはない。


サトウ「……休憩は後だな。」


コーヒーは、手つかずのまま机に残された。


プレハブの扉が開き、

静かな月面の光が差し込む。


サトウは足早に歩き出す。

目的地は一つ――


月面都市ドーム・管理中枢。


完成した建物が、理由もなく音を立てることはない。

それを知っているからこそ、彼は急いだ。


月面都市を覆う巨大なルナ・クリスタル・ドームは、外見上はあまりにも完璧だった。

月光を透過する透明度。

外圧と内圧を釣り合わせる張力。

循環する魔力の流れも、脈拍のように安定している。


――少なくとも、表示上は。


管理中枢の制御室。

壁一面に浮かぶホログラムが、正常を示す青色で統一されている中、サトウだけが視線を落とさなかった。


彼は数値を“読む”のではなく、数値の裏側を追っていた。


サトウは、ゆっくりと息を吐く。


サトウ「……来てるな。」


指先で、振動ログの極微細なブレを拡大する。


サトウ「高次元の査察信号だ。しかも、ドーム表面じゃない。建材そのものを、内側から揺らしてる。」


制御室の空気が、わずかに張り詰めた。


管理魔導師が眉をひそめ、即座に反論する。


魔導師「ですが、現時点で構造異常は検知されていません。仮に共振が起きても、魔法を重ね掛けすれば――」


その言葉を、低く鋭い声が断ち切った。


サトウ「やめろ!」


一瞬。

制御室が、完全な静寂に包まれる。


誰もが息を止めた。

サトウの声には、現場でしか出ない重みがあった。


サトウはゆっくりと振り返り、魔導師を見据える。


サトウ「それは治療じゃない。」


一歩、制御卓に近づく。


サトウ「延命だ。」


彼の指が端末を操作し、解析結果がホログラムとして空中に展開された。


赤色で強調された警告表示。


【金属疲労(疲労破壊)】

魔法硬化された高強度素材が、

高次元からの周期的微振動に晒され、

分子結合レベルで緩み始めている。


サトウは淡々と説明する。


サトウ「硬い素材ほど、逃げ場がない。耐えられる回数を超えた瞬間、壊れ方は一気だ。」


次の表示が重なる。


【水素脆化】

魔法燃料由来の水素が、

支持フレーム内部へ侵入。

結晶格子を破壊し、靱性を低下させている。


制御室の誰かが、喉を鳴らした。


サトウは、魔力循環図を指で叩く。


サトウ「ここに、さらに魔力を流せばどうなる?」


間。


サトウ「分子は“粘る”前に切れる。静かに、音もなく……」


視線を上げ、言い切る。


サトウ「――圧壊だ。」


ドーム全体が、雪崩のように崩れる未来図が、誰の脳裏にも浮かんだ。


そして――

最悪は、音もなく訪れた。


月面都市を覆うルナ・クリスタル・ドーム。

その内側、光を反射する透明な曲面の一角に、違和感が走る。


最初は、錯覚のようなものだった。


髪の毛よりも、さらに細い。

一本の“線”。


それは、まるでガラスの表面に描かれた、ためらい傷のように静かに伸びていた。


誰も、気づかなかった。


真空に近い月面では、

空気が漏れる音は存在しない。

悲鳴も、破裂音もない。


だが――。


管理中枢の片隅で、

気圧計の針が、ほんのわずかに沈んだ。


サトウの視線が、一瞬で跳ね上がる。


サトウ「……来た。」


次の瞬間だった。


住民Aが、胸元を押さえ、ふらりとよろめく。


住民A「……あれ……息が……」


空気が、薄い。

いや――抜けている。


一人が膝をつき、

それを支えようとした隣人も、次の瞬間には崩れ落ちた。


低重力のため、倒れる動きはゆっくりだ。

だが、それがかえって異様だった。

まるで、スローモーションで命が削られていく。


ディアドラが、即座に転移する。


ディアドラ「下がってください!」


剣を投げ捨て、素手でドーム内壁に駆け寄る。

亀裂の走る箇所に、手を押し当てた。


だが――


ディアドラ「……っ!?」


掌越しに伝わる感触が、変わった。


広がっている。


彼女の指の先から、

亀裂が、枝分かれするように伸びていく。


まるで、見えない蜘蛛が、

透明な糸で巣を張っているかのように。


ディアドラ「広がって……!?」


押さえた“一点”の周囲で、

二本、三本と、細い線が生まれる。


それは破壊ではない。

増殖だった。


管理魔導師が、震える声で叫ぶ。


魔導師「シ、シールド魔法を――!」


サトウ「やるな!!」


即座に、鋭い制止。


サトウはモニターを睨み、歯を食いしばる。


サトウ「今それを重ねたら、応力が集中する!一気に逝くぞ!」


亀裂の中心部。

そこは、すでに“限界”を越えた材料だった。


魔法硬化で粘りを失った結晶。

水素脆化で靱性を奪われたフレーム。


壊れないふりをしていた建材が、

ついに嘘をつく瞬間。


サトウは、即座に指示を飛ばす。


サトウ「ディアドラ!押さえるな、離れろ!そこはもう“死んだ部材”だ!」


ディアドラ「ですが、このままでは――!」


サトウ「分かってる!」


彼はヘルメット越しに、空間を睨んだ。


サトウ「……だから、今から“生かす”。」


月面都市の上空で、

透明なドームは、静かに、確実に――崩れ始めていた。


サトウは、周囲の混乱とは対照的に、淡々とカタログを展開した。

慌ただしく点滅する警告灯、荒くなる住民たちの呼吸音。

だが彼の指先だけは、一切の迷いなく、次のページを呼び出す。


現場が崩れかけたときほど、必要なのは冷静さだ。

それを知っている者の動きだった。


サトウ「非破壊検査、開始。」


短く、しかし断定的な声。

次の瞬間、空間に魔法陣と機械的なホログラムが重なり合い、

最新式の超音波探傷器――フェーズドアレイ方式が召喚される。


無数の超音波がドーム内部へと放たれ、

本来は見ることのできない内部構造が、モニター上で“色”を持って浮かび上がった。

健全な部分は冷色、損傷部は警告色。

ドームの内側に走る、無数の応力の流れが可視化されていく。


サトウは、その中の一点を見逃さなかった。


サトウ「……ここだ。」


彼の視線が、鋭く一点を射抜く。


サトウ「クラックの先端。見かけは小さいが……全部、見えてる。」


それは、破壊の“始点”。

気づかなければ、確実に全体へと広がる致命点だった。


サトウは間髪入れず、指示を飛ばす。


【ストップホール施工】

亀裂の先端に、意図的な小孔が穿たれていく。

それは傷を広げる行為ではない。

応力を逃がし、破壊の連鎖を断ち切るための、計算された一手。


続いて、別の資材が展開される。


【真空対応ケミカルアンカー】

魔法による補強ではない。

化学反応そのものを利用した、純粋な物理拘束。

魔力変動にも、高次元干渉にも左右されない“現実の楔”。


さらに――


【炭素繊維補強シート】


軽く、強靭で、しなやか。

それがドームの内側から、まるで巨大な手で抱き締めるかのように貼り込まれていく。

局所補修ではない。

構造全体を“縛り”、力を分散させるための総合補強だった。


数秒。

いや、永遠にも感じられた一瞬の後――。


圧力計の針が、止まった。


下がり続けていた数値が、ぴたりと安定域に収まる。


制御室に、遅れて音が戻る。

人々が、ようやく息を吸い込む音。

誰かが、小さく嗚咽を漏らした。


九死に一生。

誰もがそう思った。


だが――。


サトウだけは、まだ終わっていないことを知っていた。


彼のタブレットが、無機質な振動と共に光る。

そこに表示されたのは、感情の欠片もない文字列。


『査察結果:耐久性不足』

『この程度の微振動で破綻する構造は、恒久居住に不適』

『次工程:――査察官、直接現場確認を実施』


サトウは、しばらくその画面を見つめ――

そして、そっと閉じた。


ドームの外。

漆黒の宇宙空間を背景に、影が降り立つ。


巨大な“測定尺”を携えた、無機質な存在。

それは敵意でも善意でもなく、ただ基準そのものとして、月面に立っていた。


サトウは、静かな月の大地を見据える。


サトウ「……上等だ。」


声には、恐れはない。

むしろ、現場を預かる者としての覚悟が滲んでいた。


サトウ「今度は、現場で話をしよう。」


静寂に包まれた月面で、

次なる検査――そして真の勝負の幕が、静かに上がろうとしていた。

執筆の原動力は、読者の皆様からの反応です! 画面下の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にしていただけるだけで、作者のやる気が跳ね上がります。少しでも楽しんでいただけたなら、ぜひ評価・応援をよろしくお願いします!

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