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ダンジョン・リノベーター 〜住みにくい魔王城、改造します〜  作者: ラキラ
第3章:【星海開拓編】〜月面都市の気密性と、時をかける設計図〜

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時をかける隠し階段:設計者の「遊び心」を探せ

軌道塔の地下深部。

世界の鼓動そのものが眠る場所――世界保守管理室。


無機質な床は黒曜石のように光を吸い、天井から垂れ下がる魔導結晶が、静かな呼吸のように淡く明滅していた。

空気はひどく澄んでいるのに、どこか重い。

ここが「世界の裏側」であることを、否応なく理解させる圧があった。


サトウの前に浮かぶのは、地下探索でスキャンした古代の設計図。

それは紙ではなく、淡い光を帯びたホログラムとして空中に展開され、無数の線と数式が立体的に絡み合っている。


サトウはゆっくりとヘルメットを外した。

留め具が外れる乾いた音が、やけに大きく響く。


サトウは指先を伸ばし、仮想スクリーンをなぞる。

次の瞬間、彼の持つ【異世界マテリアル・カタログ】と同期した最新式CADが起動し、神代の設計図を現代建築基準で再構築し始めた。


線が、走る。

重なり合い、補正され、再定義されていく。


荷重分散。

応力計算。

魔力循環効率。


どれもが――異常なほど完璧だった。


サトウは思わず息を吐く。


サトウ「……すごいな。」


誤差は、限りなくゼロ。

人間が積み上げてきた経験則や安全率という概念すら、最初から不要だったかのような設計思想。

これは“祈り”や“奇跡”ではない。

純粋な技術の結晶だ。


だが――。


サトウの視線が、主塔の断面図、その中心軸付近で止まった。


ほんの、わずか。

紙一枚にも満たないズレ。


サトウ「……0.5ミリか。」


独り言のように呟き、拡大表示をかける。

数字が跳ね上がり、誤差が可視化される。


素人なら、まず気づかない。

魔導士でも、設計士でも、おそらく見逃す。

だが――。


何千という現場を見てきた男の目は、そこに引っかかった。


サトウ「精度を信仰してる設計で、こんなミスは出ない。」


失敗ではない。

計算ミスでも、経年劣化でもない。


意図して残された違和感。


サトウは顎に手を当て、少しだけ口角を上げた。


サトウ「……点検口だな。」


指先でズレの周囲をなぞると、補助構造のラインが浮かび上がる。

外部からは決して見えない位置。

だが、構造を理解する者なら、必ず辿り着く導線。


サトウ「しかも、後世の職人向けか。」


誰かが、未来を想定していた。

神ではない。

世界の管理者でもない。


同じ現場に立つ“職人”を信じた設計者。


サトウは、思わず小さく笑った。


サトウ「……遊び心のある同業者が、いたらしい。」


ホログラムの光が揺らめく。

それはまるで、何万年も前の誰かが、

「気づいたな」と言っているかのようだった。


現場は、軌道塔の中腹。

雲海を見下ろす展望デッキ。


遥か下では、白い雲がゆっくりと流れ、時折その切れ間から大陸の輪郭が覗く。

風は高所特有の冷たさを帯び、金属と魔力の匂いを含んで吹き抜けていた。


本来なら、歓声とシャッター音に満ちているはずの場所だ。

だがこの日は違う。


立ち入り制限の魔導結界が張られ、観光客の姿はない。

代わりに並んでいるのは、作業着とヘルメットに身を包んだ一団――サトウと、その生徒たちだった。


サトウはデッキ中央に立ち、ケースを開く。

中から取り出したのは、現代技術と魔導工学が融合した点検機材。


サトウは順に、生徒たちへ手渡していく。


サトウ「サーモグラフィ。打診棒。今日は仕上げじゃない。“壁裏”を見る。」


軽い口調とは裏腹に、その声には現場特有の緊張感が宿っていた。


三人の生徒の表情が、自然と引き締まる。

これは訓練ではない。

世界の中枢構造に手を入れる、本番の点検だ。


サトウは壁面に視線を向けたまま、続ける。


サトウ「いいか。仕上げ材は嘘をつく。だが構造は嘘をつかない。」


壁面は美しかった。

均一で、傷一つなく、神代の威厳を感じさせる装飾が施されている。


だが――それは、あくまで“表”だ。


サトウ「信じるのは、音と温度だ。」


その言葉に、ミリが一度小さく息を整え、魔力制御を絞る。

無駄な干渉を抑え、純粋な測定に集中するための所作。


ミリはサーモグラフィを起動した。


淡い光のスクリーンに、壁面の温度分布が映し出される。

ほぼ均一な色調。

だが――。


ミリの眉が、わずかに動いた。


ミリ「……監督。ここ、空気層があります。」


指し示された位置。

そこだけ、周囲よりほんの僅かに冷たい影が滲んでいた。


次の瞬間、カイトが一歩前に出る。

緊張を隠しきれないまま、それでも迷いなく打診棒を構えた。


カイトは、そっと壁に当てる。


コン。


もう一度。


コン。


そして――。


――コン、コン。


音が、違った。

詰まった鈍音ではない。

明らかに、奥行きを含んだ反響。


カイトの喉が、ごくりと鳴る。


カイト「……あります。裏です。」


言い切った声は震えていない。

確信があった。


サトウは、その様子を静かに見届けてから、頷いた。


サトウ「当たり。」


一歩前に出て、壁に手を置く。

冷たい感触の向こうに、確かに“空間”がある。


サトウ「ここが“裏口”だ。」


雲海の向こうで、風が唸る。

誰にも知られず、誰にも見せるためではなく――

未来の職人のためだけに残された入口。


隠しハッチが開いた瞬間。


世界が、止まった。


風が凍り、雲が固まり、生徒たちの瞬きすら空中で固定される。


――時間凍結。


その中で、サトウだけが歩いた。


サトウ「……やっぱりな。親切すぎる入口には、だいたい罠がある。」


腰のポーチから、小さな懐中時計を取り出す。

定点観測用の魔導クロック。


サトウ「ズレてるなら、直すだけだ。」


サトウの視界では、時間が“面”として歪んでいた。


彼はしゃがみ込み、パテを盛るような動きで術式を引く。


サトウ「床と同じだ。高いとこを削って、低いとこを埋める。」


魔力が流れ、時間の凹凸が均される。


――カチリ。


世界が、再起動した。


ミリ「……い、今のって……?」


サトウ「時間のレベリング。内装屋の基本だろ。」


その先にあったのは、

時空の狭間に佇む、小さな設計事務所だった。


壁も天井も曖昧で、窓の外には星とも魔力ともつかぬ光がゆっくり流れている。

だが室内だけは、妙に“現場臭い”。


木の机。

角が丸くなるまで使い込まれた椅子。

無造作に積まれた図面の束。

芯の短くなった鉛筆、摩耗した定規、刃こぼれしたノミ。


――世界の根幹を設計した場所とは思えないほど、質素だった。


そこに、淡い人影が立っている。


実体はない。

だが、輪郭だけははっきりと“職人”だった。


古代の一級建築士の遺念。


古代の建築家は、サトウを見て、ゆっくりと息を吐く。


古代の建築家「……やはり来たか。後の世の現場監督。」


その声には、敵意も威圧もなかった。

あるのは、長い時間を越えてようやく辿り着いた相手を見つけた、静かな納得。


サトウは、一歩進み、深く頭を下げた。


サトウ「勝手に図面を覗きました。でも……見なかったことには、できなかった。」


言い訳はしない。

ただ、現場に立つ者としての事実だけを述べる。


建築家は、それを聞いて、肩をすくめるように苦笑した。


古代の建築家「神は効率を好む。壊して建て直す方が、早いからな。」


机の上に視線を落とす。

そこには、完璧な世界設計図の束。


古代の建築家「だが、あれは“運用”を知らん。住む者の癖も、積み重なる疲労も、想定外だ。」


そして、机の引き出しを開く。


静かに置かれたのは、二つの遺産。


――世界修正パッチのソースコード。

――増築許可証。


どちらも、神の設計思想から見れば“異物”。

だが、現場を知る者にとっては、何より価値のあるものだった。


古代の建築家「だが、俺たちは違う。住み継ぐ側の人間だ。」


淡い目が、真っ直ぐにサトウを射抜く。


古代の建築家「壊さず、直し続ける。それが仕事だろ?」


問いではない。

確認だ。


サトウは、一瞬も迷わず頷いた。


サトウ「……はい。現場は、最後まで面倒を見るものです。」


その言葉に、建築家は満足そうに目を細めた。


古代の建築家「そうだ。だから、ここに“裏口”を残した。」


微かな笑み。


古代の建築家「後は任せた。一級建築士。」


次の瞬間、その姿は光に溶けるように薄れ――

図面の紙が、ふわりと一枚、机に落ちた。


そこには、小さな走り書き。


『現場判断、最優先』


サトウはそれを拾い上げ、静かに呟く。


サトウ「……了解です。」


事務所は、音もなく消えた。


地上へ戻ったサトウの手には、一本の水平器があった。

古びている。

傷も多い。

だが――狂いは、一切ない。


黄金の水平器。


神代の道具にありがちな威圧感はなく、

ただ“長く使われてきた工具”の静かな重みだけがあった。


サトウは、それを腰に差し、通信魔法を開く。


空間に、簡潔な回線が走る。


サトウ「全生徒、全スタッフへ」


一瞬の沈黙。

現場が、息を潜める。


サトウ「これより、この世界の――」


一拍、置く。


サトウ「所有権変更登記と、永久修繕工事を開始する。」


どよめきは、起きなかった。

誰一人、冗談だとは思わなかったからだ。


風が、吹き抜ける。

草原を揺らし、都市の屋根を撫で、軌道塔の外装を鳴らす。


サトウは、ゆっくりと空を見上げた。


雲のさらに上。

星のさらに奥。


現実の空間とは位相の違う場所に、

さらに高次元の“設計局”が、うっすらと輪郭を現している。


完璧な幾何学。

無駄のない秩序。

感情を排した、美しすぎる構造。


――神の職場。


サトウは、苦笑する。


サトウ「……さて」


腰の水平器に、軽く触れる。


サトウ「次は、設計変更の承認だな。」


恐れはない。

怒りもない。


あるのはただ、

現場を見てしまった者の、当然の次工程。


背後で、生徒たちがヘルメットを被り直す音が重なる。

誰も言葉を発さない。

だが全員が、理解していた。


これは戦いではない。

反逆でもない。


――是正工事だ。


壊さず、直し、住み継ぐための。


その日。

世界は初めて、「完成品」ではなく

「保守対象物件」として扱われた。


そして。


――職人の現場は、まだ終わらない。

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