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ダンジョン・リノベーター 〜住みにくい魔王城、改造します〜  作者: ラキラ
第3章:【星海開拓編】〜月面都市の気密性と、時をかける設計図〜

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大陸まるごと冷暖房:軌道塔(タワー)による気候操作(ウェザー・リノベ)

魔導軌道エレベーター――

世界を貫く垂直の背骨が完成してから、

異変は、音もなく広がっていった。


ある地域では、

雲が来ているはずなのに、雨だけが落ちない。

別の大陸では、

暦の上では夏を迎えているにもかかわらず、

氷河が、軋む音を立てながら前進を続けていた。


風向きが、合わない。

海流が、ズレている。

季節の“切り替え”が、どこかで引っかかっている。


人々はそれを「天罰」と呼んだ。

神を怒らせたのだ、と。


学者たちは「魔力循環の乱れ」と定義した。

観測値を並べ、原因不明の項目に赤字で印を付ける。


だが――

現場監督の目に、それはまったく別のものとして映っていた。


サトウは、

世界規模の気象マップと、

魔導軌道エレベーターの構造図を、

無言で重ね合わせる。


塔を中心に、

微細だが確実な“歪み”が、

同心円状に広がっていた。


サトウ「……気象のバグですね。」


ディアドラが、眉をひそめる。


ディアドラ「バグ……?」


軌道塔基部――現場指令室。


円形の室内は、低く唸る魔導演算装置の駆動音に満ちていた。

壁という壁が半透明の投影面となり、そこ一面に広がるのは、世界規模の気象図。


赤。

青。


あまりにも極端に、塗り分けられた色彩。

まるで世界そのものが、左右に引き裂かれたかのようだった。


サトウはヘルメットを脇に抱えたまま、投影図の前に立つ。

視線は揺れない。

感情の色も、声には乗らなかった。


サトウ「塔の建設で、上空の魔力流――いわゆるジェット気流が、物理的に切られました。」


彼の指先が伸びる。

光の中をなぞるように、空を巡っていたはずの流線を辿る。


だが、その線は――途中で、断ち切られていた。


サトウ「結果、熱が移動しない。暑い場所は過熱し、寒い場所は冷え切る。」


まるで施工不良を報告するような、淡々とした口調。

そこに危機感を煽る色はない。

あるのは、現場で起きている事実の列挙だけだ。


サトウ「気候の二極化です。」


言い切り。


その言葉の重さに、指令室の空気が一段、沈む。


ルルは無意識のうちに喉を鳴らしていた。

算盤を握る指が、わずかに硬くなる。


ルル「……部分的に雨を降らせるとか、そういう応急処置じゃ……」


希望的観測。

商人として、会計責任者として、

できるだけ“安く済む答え”を探した言葉だった。


だが――


サトウは、即座に首を振る。


迷いはない。

検討の余地すらない、という動き。


サトウ「追いつきません。これは部分補修じゃなく――全面改修が必要です。」


指令室の中央。

新たなホログラムが展開される。


それは、

地上から宇宙へと貫く、一本の柱。


魔導軌道エレベーター――軌道塔の全景。


サトウ「塔を、巨大な“ヒートポンプ”にします。」


一拍。


誰も、言葉を挟めない。

その発想が、あまりにも――重い。


サトウ「世界全体の熱収支を、こちらで管理する。」


その瞬間。

気象図の赤と青が、ゆっくりと動き始めた。


交わらなかった色が、

少しずつ、境界を溶かしながら混ざっていく。


まるで世界が、

この男の一言で――

新しい前提条件を書き換えられたかのように。


指令室に響くのは、

低く、規則正しい装置音。


それは、

世界規模の“改修工事”が、

今まさに始まろうとしている合図だった。


作戦は――前例がなかった。


誰もやったことのない、惑星規模の気象改修計画。


第一段階――《宇宙放射冷却》。


地上に滞留する余剰熱を、

軌道塔を縦貫する、超伝導化されたケーブルに託す。

ケーブルの先端は、真空の宇宙空間。

熱はそこで放たれ、光も音もなく、宇宙の虚空に溶けていく。


サトウは図面のホログラムを切り替え、

手元の端末で流量計算を確認しながら、淡々と説明した。


サトウ「……エアコンの室外機を、宇宙に設置するようなものです。」


微かに笑みを浮かべる。

だがその目には冗談の色はなく、完全に現場の合理性だけがあった。


サトウ「理屈自体は、家庭用と変わりません。ただ――スケールが違うだけです。」


次に、第二段階――《ドライミスト散布》。


中層圏に、無数の小型霧散布装置を展開。

魔法浄化された水が、霧状に世界を漂う。

乾ききった大地に、必要な量だけ、必要な場所だけ、降らせる。


サトウ「降水量、降雨タイミング、蒸発速度……全部、制御下に置きます。」


ディアドラは少しだけ息を呑む。

空を見上げる目に、数千キロ先まで伸びる塔と、霧の軌跡が映る。


ディアドラ「……人間が、世界の天候を設計する……?」


サトウは頷きもせず、端末の数値を睨みつける。


サトウ「神頼みの時代は、終わりました。世界の気温も、雨も、風も――すべて、現場の仕事です。」


ルルが、計算表に目を落としながら小さく息を吐く。


ルル「……これ、運用ミスしたら、全部の大陸が影響を受けますよね。」


サトウ「ええ。だから、完全に管理可能にしておく必要があります。」


指令室の空気は、静かだが重い。

外では軌道塔が微かに振動し、

世界規模の空調工事が、今まさに動き始めていた。


だが、世界は受動的ではなかった。


軌道塔の周囲――上空数千メートルに、

黒い積乱雲が、異常な速度で成長していく。

空気が歪む音。雷鳴の前触れ。


ディアドラの目が鋭く光る。

彼女の声が、低く震えた。


ディアドラ「気象精霊……!」


怒れる精霊たちが、雷と雨を伴い、作業領域へと踏み込んでくる。

一瞬、世界そのものが意思を持ち、口を開いたかのように感じられた。


「勝手に温度を変えるな」


――空が叫ぶ、そんな感覚だった。


ディアドラは、刃先を光らせる。

指令室の人工光に反射し、剣身が微かに青く輝く。


ディアドラ「排除する。被害が出る前に。」


だが、サトウは一歩前に出た。

落ち着き払った姿勢で、剣の刃先も見据えず、指を動かすだけ。


サトウ「不要です。」


ディアドラが、驚きと疑念を滲ませる。


ディアドラ「……交渉、ですか?」


サトウは首を振ることもなく、【異世界マテリアル・カタログ】を展開した。

空間に浮かぶのは、膨大な規模の装備群。


特大避雷針――

ギガ級蓄電ユニット――


サトウ「そのエネルギー、全部こちらで使わせてもらいます。」


光と雷が絡み合い、塔を中心に吸収される。

電光が迸るたび、世界規模の気象装置が微かに震えた。


そして奇妙な静けさが戻る。

雷は消え、積乱雲は徐々に小さくなり、塔の出力曲線はむしろ安定していった。


ディアドラは、肩の力を抜き、剣を鞘に戻す。

だが、目はまだ空に留まっていた。


ディアドラ「……本当に、制御できるのですね。」


サトウは、淡々と頷くだけだった。

世界の怒りすら、

現場の判断と装置に変換してしまう――

それが、彼のやり方だった。


全工程が完了した。


軌道塔の内部、各層に設置された魔導ファンが、静かな唸りを上げながら一斉に回転を始める。

その音は低く、規則正しく、まるで巨大な心臓が動き出したかのようだった。


空気が揺れる。

大陸規模の風が、ゆっくりと、だが確実に循環し始める。


砂漠の灼熱は、塔を通じて流れる冷気に包まれ、砂塵の舞い上がり方も穏やかになった。

雪原では、暖かい空気がじわりと押し寄せ、氷の表面に微かな輝きを取り戻させる。


――魔導対流サーキュレーション


サトウは指令室の前で、ホログラムの地球をなぞる。

赤道近くの空気が北へ、南へ、そして極地から再び赤道へ。

循環の線は、目で追えるほど鮮明に描かれる。


サトウ「予定通り……全域に均衡が戻りますね。」


ディアドラが、窓の外に目を向ける。

遠くの雲がゆっくりと形を変え、自然のリズムが再び取り戻されていく。

その表情には、緊張と達成感が入り混じった、静かな安堵が浮かぶ。


ルルは算盤を置き、タブレットに散布データを表示させる。

微細な魔石粉末が、軌道塔の先端から地球の上空へと舞い上がる様子が映し出される。


ルル「オゾン層の補強……想定通りですね。」


サトウは軽く頷き、ヘルメットのバイザー越しに世界を見上げる。

塔から降り注ぐ粉末が、青い大気に溶け込み、損耗していた層を静かに満たしていく。


サトウ「風も、温度も、オゾンも――全部、こちらの指示通りに動いています。」


塔の内部からは、微かな振動。

塔自体が、呼吸するかのように、全体の熱と魔力を循環させていた。


数週間後。


世界は、静かに――だが確実に、落ち着きを取り戻していた。


砂漠の砂は徐々に湿り、緑が芽吹く。

氷河は後退し、代わりに牧草地が広がる。

河川は穏やかに流れ、空気には乾いた熱ではなく、ほのかな湿気が混じっていた。


都市の屋上や畑では、人々が久しぶりの安定した気候を享受している。

作物は順調に成長し、食糧不足はほぼ一掃された。


ルルはタブレットを片手に、明るい笑みを浮かべた。


ルル「これで農業関連、一斉に跳ねますね。」


だが、サトウは表情を変えない。

遠く塔の基部を見つめるその瞳は、冷静そのもの。


サトウ「……快適すぎる環境は、人を鈍らせます。」


ルルは眉をひそめる。

確かに作物は増え、生活は楽になった。

だが、サトウの言う「鈍り」とは――甘えや慢心のことなのだろう。


サトウ「それに、世界が安定しすぎると――」


一拍置く。

空気がわずかに張り詰めた。


サトウ「眠っていた構造物が、目を覚ますことがある。」


指令室の窓越しに見える軌道塔は、青空を背景にそびえ立つ。

だが、その静けさの裏で、地球規模の「何か」が、潜在的に揺れ始めているような気配が漂っていた。


ディアドラは小さく息を飲む。

自然の秩序を管理した結果――

未知の反応が、必ず現れる。

それを、サトウは見越している。


サトウ「安心は、永遠ではありません。準備は常に必要です。」


塔を見上げる視線には、冷たくも熱い覚悟が宿っていた。


穏やかな風が、草原を撫でるように吹き抜ける地上。


鳥の声が軽やかに響き、陽光が塔の金属表面を照らす。

だが――その平穏の中で、塔の基部に異変があった。


いつの間にか、ひっそりと――

小さなハッチが出現していたのだ。


刻まれた古代文字。

深く刻印されたその文字列は、見る者に強い圧をかける。


――《解体禁止》。


サトウは静かに、だが深く息を吸い込む。

胸の奥で、現場としての直感が、微かにざわめく。


サトウ「……これは、定期点検じゃ済みませんね。」


指先をわずかに動かし、ハッチの文字をなぞる。

冷たい風が頬をかすめ、微かな警告のように、髪を揺らす。


軌道塔は、何も語らぬまま――

静かに、悠然と立ち続ける。


だがその内部には、

すでに次の“現場”が息を潜めている。


サトウは視線を上げ、塔の頂へと続く構造を見据える。

地上の安寧の裏で、物語はまだ終わってはいない。

次に動くのは――塔か、それとも世界か。


微かに、金属の軋む音。

それは、静寂の中でだけ聞こえる、未来からの呼び声だった。

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