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ダンジョン・リノベーター 〜住みにくい魔王城、改造します〜  作者: ラキラ
第3章:【星海開拓編】〜月面都市の気密性と、時をかける設計図〜

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一級建築士、月へ:真空のひび割れと気密の掟

魔導ロケットの着工は、

あまりにも静かに――しかし、誰の目にも明らかな異常事態として始まった。


祝砲はない。

ファンファーレも、開会宣言も存在しない。


ただ、聖王国の広大な平原に設けられた仮設区画に、

重機と魔導器具が淡々と配置され、

結界杭が一本、また一本と打ち込まれていく。


空気だけが、張り詰めていた。


それは、やがて聖王国の空を裂くことになる――

巨大な多段式構造物。


白と黒の耐熱外装に覆われ、

各段ごとに異なる魔導刻印が刻まれた異形の塔は、

遠目には「建築物」にしか見えない。


だが、その正体を知る者は少ない。


凸凹工務店特製。

《多段式魔導ロケット》。


それは城塞でも、塔でも、兵器でもない。

――世界そのものを、外へ押し出すための建造物だった。


中核を成すのは、

聖王国が数百年をかけて完成させた、最高位の飛行魔法陣。

本来であれば、都市一つを浮遊させることすら可能な代物だ。


しかし、それだけでは足りない。


そこに組み合わされたのは、

ドワーフ技師団が誇る推進工法と耐圧フレーム。


魔力ではなく、

圧力と構造で「前へ進む」ための技術。


理論上、両者は――決して噛み合わない。


魔法陣は「浮かぶ」ためのもの。

推進工法は「押し出す」ためのもの。


干渉すれば、暴走。

最悪の場合、起動した瞬間に構造崩壊。


それを――

設計図の上で、

ほぼ強引に融合させてみせた男がいる。


理屈ではない。

奇跡でもない。


「建てられるかどうか」ではなく、

「どう建てれば、壊れないか」を突き詰めた結果だった。


世界初。


誰も成功例を持たない。

誰も責任を取れない。


そして、おそらく――

次はない。


このロケットが失敗すれば、

再挑戦のための資材も、魔力も、政治的信用も残らない。


それでも、着工は止まらなかった。


静かに。

淡々と。

しかし確実に――世界の常識を踏み越える一歩として。


地上では、聖王国の役人たちが、

揃って口を開けたまま、それを見上げていた。


視界いっぱいにそびえ立つのは、

城壁でも、大聖堂でもない。

建築という言葉の延長線上にありながら、

決定的に用途が異なる巨大構造物。


白い外殻に走る魔導刻印が、

陽光を反射して淡く瞬き、

そのたびに空気が、微かに震える。


役人A「……普通、城を直してる工務店が、月に行きますか?」


あまりにも素朴で、

あまりにも切実な疑問だった。


誰も笑わない。

誰も即答できない。


その問いに答えるかのように――

いや、答える気すらないという態度で。


発射台の最上部。

防護結界と足場に囲まれた制御区画で、

サトウは淡々と計測端末を操作していた。


視線が追うのは、

空でも、月でもない。


魔法陣の出力値。

推進用魔晶石の配置誤差。

外殻パネル同士の接合部――

“許容ギリギリ”で保たれた、致命的になり得る隙間。


風が吹く。

ロケットの外装が、低く唸る。


だがサトウの指先は迷わない。


サトウ「……数値、全部規定内ですね。」


その声音は、

完成検査の結果を読み上げる現場監督そのものだった。


驚きも、感動も、

歴史的瞬間への高揚すら、そこにはない。


役人B「ほ、本当に……行かれるのですか……?」


サトウは端末から視線を外さず、

ほんの一瞬だけ、発射台の下――

地上に集まる人々を見下ろした。


サトウ「問題が“現場”にあるなら、行かない理由はありません。」


それは英雄の宣言ではない。

覚悟の言葉ですらない。


ただの、仕事の判断だった。


次の瞬間。


ゴォォォ……と、

大地の奥底を震わせるような重低音が轟く。


魔法陣が起動し、

推進用魔晶石が一斉に輝度を上げる。


ゆっくりと。

しかし、逃げ場なく。


巨大なロケットは、

重力を引き剥がすように上昇を開始した。


土埃が舞い上がり、

結界が悲鳴を上げ、

人々は反射的に目を細める。


それでも――

その視線は、誰一人として逸らせなかった。


その行き先は、

雲の上。

青空の、さらに向こう。


空の――

向こう側。


サトウが身に着けているのは、

いわゆる“宇宙服”ではなかった。


軽量化された布製スーツでも、

英雄的な意匠が施された特注装備でもない。


【異世界マテリアル・カタログ】から召喚されたのは、

本来――深海作業用として設計された大気圧潜水服。


それをベースに、

現場判断で再設計し、

魔導補強と構造変更を積み重ねた代物。


正式名称。

《宇宙作業用・環境耐性スーツ》。


名称だけ聞けば万能に聞こえるが、

その実態は、徹底して無骨だった。


内部は常圧。

人が最も判断を誤らない環境を維持するため、

無理な減圧設計は切り捨てられている。


外殻は、

ドワーフ製の硬質合金フレームに、

魔力伝導層を幾重にも重ねた多層構造。


衝撃。

温度差。

魔力嵐。

そして――真空。


すべてを「壊れない方向」で受け止めるための設計だった。


軽快さは、ない。

動きは鈍重。

見た目も、決して格好良くはない。


だが――

壊れない。


それだけが、絶対条件だった。


サトウはスーツの内側で、

最後のチェックを終え、

手袋越しに指を軽く握り込む。


感触は鈍い。

だが、確かな抵抗が返ってくる。


サトウ「真空だろうが深海だろうが、敵は“圧力差”です。」


声は落ち着いている。

緊張を煽るでも、気負うでもない。


サトウ「そこ、変わりませんから」


それは誰に向けた言葉でもなく、

自分自身への最終確認のようでもあった。


次の瞬間――


視界が、一瞬、白く弾けた。


魔法陣の輝度が臨界を超え、

外界との境界が、感覚ごと引き剥がされる。


重力が、消える。


振動が、途切れる。


――月面着陸。


衝撃は、ほとんどなかった。


減速噴射が終わり、

船体を包んでいた振動がすっと消えると、

世界から音という概念が抜け落ちたかのような静寂が訪れる。


噴煙がゆっくりと晴れていく。


そこに広がっていたのは、

生命の気配を一切持たない、灰色の大地。


起伏は緩やかで、

岩肌は鋭く、

影だけが、やけにくっきりと地面に落ちている。


空は、黒い。

雲も、風も、空気もない。


サトウはハッチを開き、

スーツの重さを確かめるように体を前へ出した。


慎重に。

確実に。


一歩。


月の砂――

細かく砕かれた岩の集合体、レゴリスの上へ、

ゆっくりと足を下ろす。


ふわり、と舞い上がる灰色の粒子。


だが、想像していたほど沈まない。


サトウは足裏の感覚と、

スーツ内に表示される数値を同時に追った。


サトウ「……沈み込み三ミリ以下」


声が、やけに大きく聞こえる。


サトウ「支持力、問題なし。締め固まってる。」


軽く、足踏みする。


コツン、と。

鈍い反発が、足裏に返ってくる。


数値、安定。

地盤、良好。


月面は――

現場として、成立していた。


サトウは一度、周囲を見渡す。


灰色の大地。

黒い空。

遠くに浮かぶ、青い星。


誰もいない。

責任を押し付ける相手も、

判断を委ねる上司もいない。


ここにいるのは、

現場と、構造物と、そして自分だけ。


サトウ「じゃあ……着工しましょう。」


それは人類史的快挙の宣言でも、

宇宙開発の第一声でもなかった。


いつもの現場で、

いつもの作業を始めるための合図だった。


月面都市ルナ・パレスは、

――美しかった。


月の地平線に沿って、

巨大な水晶ドームが幾重にも連なり、

その一つ一つが、淡い光を内側から放っている。


透明な外殻の奥には、

瑞々しい緑。

静かに揺れる水面。

白亜の建築群が、整然と配置されていた。


空も、風もないはずの月面で、

そこだけが「生きている」ように見える。


魔法で作られた、理想郷。

争いも、老朽も、想定されていない世界。


――外から見なければ。


サトウはドームの基部に立ち、

水晶外殻に視線を走らせていた。


光の反射角。

魔力の流れ。

表面に走る、わずかな歪み。


一般人なら、

「演出」や「意匠」だと見過ごす違和感を、

彼は一瞬で拾い上げる。


サトウ「……ひび、入ってますね。」


抑揚のない声。


だが、その一言で、

背後にいたディアドラとガンツの空気が、

はっきりと変わった。


ディアドラは息を呑み、

ガンツは無意識に拳を握り締める。


視線を向けると、

ドーム各所に、気泡のような細かな亀裂が走っていた。


表面だけ。

今は、まだ。


致命的ではない。

即座に崩壊する兆候もない。


だが――

確実に、進行している。


魔法で形作られた完璧な都市が、

月という異常環境の中で、

静かに、音もなく悲鳴を上げていた。


サトウは、

水晶ドームに手を当てる。


冷たい。

そして、薄い。


サトウ「熱膨張、完全に読み違えてます。」


即断だった。


迷いも、言い淀みもない。

長年、崩れかけの現場を見続けてきた者だけが出せる、

確信の声。


サトウは端末を操作し、

月面の環境データを表示させる。


サトウ「昼は約百二十度。夜はマイナス百七十度。」


淡々と、

まるで天気予報を読み上げるかのように。


サトウ「毎日これを食らって、素材が無傷なわけないでしょう。」


水晶ドームの表面に走る、

微細な亀裂が脳裏に重なる。


伸びて。

縮んで。

それを、何百回、何千回と繰り返す。


魔法で作られた素材であっても、

物質である以上、例外はない。


指を滑らせ、次のデータ。


サトウ「放射線もアウトです・」


その言葉に、

ディアドラの表情が強張る。


サトウ「魔法障壁じゃ、宇宙線は止まらない。分子レベルで、もう劣化が始まってる。」


見えない破壊。

気づいた時には、手遅れになる類の欠陥。


この都市は、美しい。

だが――

長く使う前提で作られていない。


サトウは一歩近づき、

水晶の壁に視線を向けたまま言葉を続ける。


サトウ「どんなに空気を作れても――」


軽く、

本当に軽く。


コツ、と水晶壁を叩く。


鈍く、乾いた音。


サトウ「気密がザルなら、水汲みは一生終わりません。」


沈黙が落ちる。


理想郷として設計された月面都市は、

この瞬間、

現場の前提条件を満たしていない建築物へと姿を変えた。


作業の最中――

それは、前触れもなく鳴り響いた。


甲高く、無機質な警報音。

月面都市ルナ・パレス全域に張り巡らされた監視系が、

一斉に危険を告げる。


《警告。流星群接近》

《予測軌道、ドーム直撃》


淡々とした音声が、

事態の深刻さを逆に強調していた。


黒い宇宙に、

無数の光が走る。


流星。

それも、偶発的な一つや二つではない。


月面へ、

雨のように降り注ぐ軌道群。


ディアドラが、即座に一歩前へ出た。

魔力が高まり、

その背後に、迎撃用の魔法陣が浮かび上がる。


ディアドラ「迎撃する。破壊なら――」


言い切る前に、

鋭い声が割り込んだ。


サトウ「ダメです!」


間髪入れず。

躊躇は一切ない。


サトウは即座に【異世界マテリアル・カタログ】を展開する。


空間が歪み、

次々と召喚される資材。


巨大な防舷材。

本来は港湾施設で船体を守るための、

衝撃吸収特化構造物。


さらに――

空中に網目状に展開される、電磁防護ネット。


都市全体を包み込むように、

柔らかく、しかし確実に配置されていく。


サトウ「跳ね返すと、衝撃が全部、構造に入ります!」


迎撃。

破壊。

それは“敵”には有効だ。


だが、相手は自然現象。

そして守るべきものは、

すでに劣化の進んだ水晶ドーム。


流星が、突入する。


白熱した光が防護ネットに触れ、

次の瞬間――

衝撃は、鋭い爆発ではなく、

鈍く、粘るような揺れへと変換された。


防舷材がたわみ、

ネットが振動を受け止め、

力は細かく、細かく分散されていく。


破壊音は、ない。


ただ、

“受け止めた”という感触だけが残った。


サトウ「受けて、分散して、殺す。」


その言葉は、

建築現場で何度も繰り返されてきた原則だった。


サトウ「それが、守るってことです。」


沈黙。


ディアドラは、

展開しかけた魔法陣をゆっくりと消す。


一瞬だけ、

何かを噛み締めるように目を伏せ――

そして、小さく頷いた。


ディアドラ「……了解。」


魔法で“消す”守りと、

構造で“耐える”守り。


月面都市ルナ・パレスは、

今この瞬間、

後者を選び取った。


真空。

無重力。


その二つが揃った環境での――

外壁補修作業。


常識的に考えれば、

狂気の沙汰だ。


だが今、

月面都市ルナ・パレスの外周では、

それが淡々と進められていた。


サトウ、ガンツ、ディアドラ。

三人は、それぞれのスーツを命綱一本でドームに繋ぎ、

ゆっくりと外周を回っていく。


足場は、ない。

支点も、限られている。


一度、力を入れすぎれば、

簡単に弾き飛ばされる。


だからこそ、

動きは慎重に。

呼吸は、一定に。


施工内容は、三点。


第一。

伸縮目地――

エキスパンション・ジョイントの新設。


昼夜で三百度近く変化する温度差を、

構造そのものに逃がすための“遊び”。


力で耐えるのではなく、

動くことを前提にした設計だ。


第二。

自己修復型シーリング材。


微細な亀裂が生じた瞬間、

内部の反応層が作動し、

自ら埋まっていく高機能素材。


完璧ではない。

だが、劣化速度を劇的に落とす。


第三。

多層遮熱シート――

MLIマルチ・レイヤー・インシュレーション


薄膜を幾重にも重ね、

熱と放射線を反射・分散する。


宇宙船では常識。

だが、建築物に貼るのは前例がない。


ガンツは防舷材に体を預けながら、

ドーム外壁を眺めて苦笑した。


ガンツ「宇宙規模の……コーキング工事だな。」


通信越しでも、

その声には呆れと誇りが混じっている。


サトウは作業を止めず、

エキスパンション材を正確に押し込みながら答えた。


サトウ「ええ。」


一拍、置いて。


サトウ「一番、確実ですから。」


派手さはない。

奇跡も、魔法的解決もない。


だが――

建物を長く使うために必要なのは、

いつだって、こういう地味な仕事だ。


黒い宇宙を背景に、

三人は静かに、確実に、

月面都市の“寿命”を延ばしていく。


すべての施工が終わったとき――

漏れていた酸素は、確かに止まっていた。


警報は沈黙し、

数値は安定域へと戻る。


月面都市ルナ・パレスを包んでいた、

見えない“焦り”のようなものが、

ゆっくりと引いていく。


月の民――

ラビット族の都市に、

静かな呼吸が戻った。


ドーム内部では、

誰かが深く息を吸い、

誰かがようやく肩の力を抜く。


それは歓声でも、祝祭でもない。

ただ、「生きられる」という実感。


サトウは月の丘の上に、

ごく簡素なプレハブを設置した。


断熱、気密、最低限の居住設備。

飾り気はない。

だが、無駄もない。


――凸凹工務店・月面出張所。


仮設。

それで十分だった。


窓の外には、

黒い宇宙に浮かぶ、青い星。


雲も、大気もない視界の先で、

地球は静かに光っている。


サトウはその光を見つめながら、

ぽつりと呟いた。


サトウ「……遠いですね。」


距離としては、確かに遠い。

重力も、空気も、常識も違う。


少しだけ、間を置いて。


サトウ「でも、ちゃんと繋がってる“現場”だ。」


地球だろうが、

魔界だろうが、

月面だろうが。


壊れかけた場所があり、

そこに人が住むなら――

やることは変わらない。


月面に、

静かな朝が来ていた。


太陽が地平線の向こうから顔を出し、

長い影が、丘の斜面をゆっくりと伸びていく。


今日もまた、

世界で一番遠い現場が、

当たり前の顔をして動き出す。


――凸凹工務店は、

今日も通常営業だった。

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