不変の完工:世界再開発計画を差し止めろ!
ドゴゴゴ……!
地脈の奥底が、完全に割れた。
轟音とともに隆起した大地は、まるで世界の内臓を引きずり出すかのように裂け、
その深淵から“それ”は姿を現す。
巨大な定規。
巨大なコンパス。
直線と円弧だけで構成された、あまりにも無機質な輪郭。
感情も装飾も排した、純粋な幾何学の集合体――
それこそが、崩壊神だった。
彼の一歩ごとに、地脈が軋み、法則が揺らぐ。
測量器具は武器ではない。
世界を「測り」「切り捨てる」ための、執行装置だ。
崩壊神は、ゆっくりと首を巡らせる。
その視線が聖域全体をなぞるだけで、空間の歪みが数値のように浮かび上がった。
崩壊神「この世界は築数万年。地脈の配管は詰まり、構造は限界だ……私はすべてをスクラップ&ビルドし、新世界を造る!」
宣告だった。
怒りでも、憎悪でもない。
ただの“判断”。
その声が響いた瞬間、聖王は思わず一歩、後ずさる。
顔から血の気が引き、手にしていた杖がわずかに震えた。
聖王「そんな……私たちの世界が……!」
視線の先にあるのは、
民の暮らす都市、
積み重ねてきた歴史、
祈りと争いと和解のすべて。
それらが、設計図の余白として切り捨てられようとしている。
魔王は歯を食いしばり、拳を強く握り締めた。
指先が白くなるほどの力。
背後に広がる魔界の景色が、脳裏をよぎる。
魔王「我々の城も、都市も、ただの瓦礫に……!」
それは恐怖ではない。
守るべきものを失うことへの、純粋な怒りだった。
崩壊神は、二人の声に一切反応しない。
定規をゆっくりと地面に当て、
コンパスで円を描く。
その軌跡の先にあるのは――
「次に壊すべき範囲」。
世界は今、
再設計の対象として、冷酷に測られていた。
だが――
その場でただ一人、サトウだけが動じていなかった。
崩壊神の威圧に、誰もが息を呑む中。
彼はむしろ、現場に入ったときと同じ所作で、ヘルメットの縁を指で軽く叩く。
カン、と乾いた音が響き、思考が切り替わる合図となった。
サトウは腰を落とし、静かに図面を広げる。
風に煽られても、紙は揺れない。
彼の手が押さえているのは、設計図ではなく――この世界そのものだった。
そして、にやりと笑う。
それは挑発ではない。
無理難題を前にしたときだけ浮かぶ、建築士の笑みだ。
サトウ「待ってください。勝手に更地にするのは反対です。」
その一言で、空気が変わった。
崩壊神の巨大な影が落ちる中、
人間一人の声が、はっきりと通った。
サトウはゆっくりと顔を上げ、
幾何学の巨人を真正面から見据える。
恐怖はない。
あるのは、設計思想への確信だけ。
サトウ「この世界には、住人たちが積み重ねてきた増改築の歴史があります。それを無視した新築なんて――ただの“冷たい箱”でしかありません。」
その言葉は、
剣でも魔法でもなかった。
だが確かに、
崩壊神の論理に、ひびを入れた。
世界は、最初から完成品ではなかった。
失敗し、直し、足し、守り、
住み続けることで形を変えてきた“現役の建築物”だ。
サトウの背後で、誰かが息を呑む。
聖王も、魔王も、
そして精霊たちでさえ――
初めて「別の答え」が存在することに気づいた。
崩壊神の持つ定規が、わずかに止まる。
コンパスの先が、空中で揺れた。
測るだけの存在に、
「住む」という概念はなかった。
サトウは、崩壊神が掲げる
「完璧な新世界」の設計図へと視線を向けた。
次の瞬間、彼の前方に淡い光が走る。
【建築聖眼】が起動し、設計情報が強制的に解析されていく。
空中に展開されたのは、青白く輝く巨大な図面。
寸分の狂いもない直線、完璧な円弧。
理論上は、非の打ちどころがない――はずだった。
だが。
ピッ。
ピッ。
ピッ―――。
無機質な警告音とともに、
図面の各所に赤い警告表示が次々と灯っていく。
致命的。
要修正。
長期耐久性:低。
サトウはその光景を前に、ため息まじりに指を走らせた。
神の設計図を、まるで新人の図面をチェックするかのように。
サトウ「……神様。この設計、バリアフリーがまったく考慮されていませんね。」
その言葉に、空気が凍りつく。
崩壊神はわずかに身じろぎし、
巨大な定規を持つ腕を止めた。
崩壊神「なに……?」
サトウは構わず、別の箇所を示す。
赤い警告が、新たに点灯する。
サトウ「それに、この通気計画、300年で確実にカビだらけになります。湿気が抜けない。結露も逃げない。メンテナンス動線も最悪だ。」
数字と構造が、冷酷に事実を語る。
完璧なはずの神の設計が、
「住み続ける」という視点を完全に欠いていることを。
ディアドラは思わず一歩、サトウに近づく。
眉をひそめ、声を潜めた。
ディアドラ「サトウ……さすがに神様を怒らせるのでは……」
サトウは一瞬だけ振り返り、
口角をわずかに上げた。
それは、覚悟を決めた現場の顔だった。
サトウ「怒らせるのは構いません。現場の知恵を上回る計算なんて――神にだって、無理ですから。」
その言葉と同時に、
さらに赤い警告が灯る。
動線の矛盾。
将来改修不可。
住民ストレス値:臨界。
次々と突きつけられる矛盾。
修正指示が重なり、
“神の設計”は、真っ赤に赤入れされていく。
完璧だったはずの新世界は、
今や――
「机上でしか成立しない建物」へと変貌していた。
崩壊神のコンパスが、
初めてわずかに震える。
ドゴォォン!!
天地を叩き割るような轟音とともに、
崩壊神が怒りに吼えた。
幾何学の巨体が軋み、
巨大な定規とコンパスが融合するように変形する。
それはもはや測量器ではない。
世界を終わらせるための――崩壊の槌。
振り下ろされた瞬間、
空間そのものが割れ、衝撃波が津波のように押し寄せた。
地脈が悲鳴を上げ、配管が耐久限界を迎えかける。
だが。
サトウは一歩も引かなかった。
反射的に【異世界マテリアル・カタログ】を開き、
指を走らせ、選択を確定する。
その動きに迷いはない。
サトウ「壊すのは一瞬です。でも、直しながら住み続けるのは――永遠だ。」
次の瞬間、空間が歪み、
柱と地脈の間に巨大な構造体が出現した。
召喚されたのは、
人智を超えたサイズの制振ダンパー。
衝撃波が直撃する。
だが――爆散しない。
ゴォォ……ッ!!
鈍く、深い音を立て、
ダンパーは衝撃を受け止め、分散し、逃がしていく。
地脈は守られ、
魔導配管は一本たりとも破断しなかった。
破壊神の力は、
“壊せない構造”の前で、意味を失った。
サトウは崩壊神を真正面から見据える。
拳を握り、声を張り上げる。
それは宣戦布告であり、未来への設計宣言だった。
サトウ「凸凹工務店が、この世界を『神の手伝い不要』の――長期優良惑星にしてやります!」
その言葉とともに、
補強された柱が、静かに、しかし力強く輝きを放つ。
破壊ではなく、更新。
終わりではなく、住み続けるための未来。
崩壊神の影が、
初めて後退する。
世界は今、
壊される対象ではなく、
守られ、直され、使い続けられる構造物として――
新しい時代へと踏み出そうとしていた。
サトウは、これまで共に現場を駆け抜けてきた仲間たちへと視線を向けた。
魔族。
エルフ。
ドワーフ。
そして人間。
種族も立場も違う。
だが今この瞬間、彼らは同じ図面を見て、同じ未来を支えようとしていた。
サトウの合図とともに、世界規模の工事が動き出す。
空に、地に、海に――
巨大な魔導ネットワークが展開され、世界全体を覆っていく。
それは支配ではない。
監視でもない。
維持管理のための、神経網だった。
まず行われたのは、全地脈のバイパス工事。
詰まり、劣化し、限界を迎えていた旧地脈は、
一斉に新設された配管網へと切り替えられる。
魔導流体は滑らかに流れ、
世界の血流は、再び健全さを取り戻した。
続いて、構造補強の最終工程。
前に補強した四本の地脈柱を起点に、
補強梁と制振構造が次々と接続されていく。
縦と横、力と力が噛み合い、
世界はまるで――
「ボックスラーメン構造」のように、一体化していった。
局所ではなく、全体で支える。
一部が傷ついても、即座に荷重を分散する。
壊れにくく、直しやすい――
住み続けるための世界。
光に包まれた空間の中で、
崩壊神はその様子を静かに見つめていた。
もはや怒りはない。
測量のための定規も、裁定のためのコンパスも、
その手にはなかった。
崩壊神「……今の住人に、これほどの保守管理能力があるとは……」
それは敗北の言葉ではない。
評価だった。
次の瞬間、
崩壊神の身体は光へと還り、
静かに、音もなく消えていく。
スクラップ&ビルドの時代は、終わった。
残された世界は、揺れない。
崩れない。
そして――
直し続けられる。
空は澄み、
大地は安定し、
季節は正しく巡る。
世界は救われ、
平和が訪れた。
だがそれは、
「何もしなくていい平和」ではない。
定期点検があり、
補修があり、
次の世代へ引き継がれていく平和だ。
サトウは深く息をつき、ヘルメットの位置を指で直した。
張り詰めていた肩の力が、ようやく抜けていく。
サトウ「ふぅ……これで世界の基礎は、当面安泰ですね。」
見渡す限り、安定した大地。
正しく巡る季節。
補強された柱が、静かに世界を支えている。
ディアドラもまた、小さく息を吐いた。
戦場を駆け抜けた後のような疲労と、
それでも前を向く覚悟が、表情に滲んでいる。
ディアドラ「……でも、まだまだやることは多そうです。」
その言葉が終わった――
まさに、その時だった。
遠くから、慌ただしい足音が響いてくる。
息を切らし、書類束を抱えたルルが、全力で駆け寄ってきた。
ルル「監督!大変です!月にひびが入ったって、兎たちから連絡が!」
一瞬、場が静まり返る。
サトウは何も言わず、ゆっくりと空を見上げた。
青空の向こうに浮かぶ、白い天体。
彼は目を細め、その輪郭を“構造物”として捉える。
その瞳が、きらりと光った。
サトウ「月か……高所作業手当、多めに請求しておいてくれ。」
一切の躊躇なし。
あまりにも自然な受注姿勢だった。
ルルは即座に算盤を止め、首を横に振る。
ルル「無理です」
サトウ「えっ」
その瞬間。
ギュオォォ……!
空間が歪み、
超長距離転移用の魔導ゲートが、轟音とともに展開される。
視界の向こうには、地球を飛び越え、
巨大な月面が迫っていた。
世界を救ったばかりの現場監督に、
休憩時間は存在しない。
地脈の次は、衛星。
基礎工事の次は、天体補修。
こうして――
地球を飛び越え、
月への突貫工事が――
今、始まろうとしていた。
第2章完結です。ここまで読んでくださり、ありがとうございます。次回から第3章になります。世界を建築し、次はついに宇宙へ!サトウの物語はまだまだ終わりません!
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