偽りの魔王城:黄金の槌の「コピー&ペースト」大公害
ゴゴゴゴ……。
地鳴りのような低音が、聖王国辺境の空気を震わせた。
かつて幾度も剣と魔法が交錯し、今は豊穣の大地へと変わった戦場跡の平原。その肥沃な黒土の中心から、異様な気配が立ち上っていく。
空気が歪み、陽光が揺らぐ。
まるで現実そのものが、何かを拒絶するかのように。
やがて霧が晴れた瞬間――
そこに現れたのは、一つの巨大な建造物だった。
それは、
サトウが設計し、欠陥だらけだった構造を一つひとつ是正し、断熱、排水、動線、耐震に至るまで完璧に仕上げたはずの――魔王城。
否。
正確には「魔王城と、瓜二つの城」だった。
外壁のライン。
塔の配置。
城門の意匠に至るまで、寸分違わぬシルエット。
だが、見た瞬間に分かる。
それは“正しくない”。
サトウは眉をひそめ、無意識のうちに歯を噛み締めていた。
建築士としての直感が、強烈な違和感を警告音のように鳴らしている。
サトウ「……また何かやらかしたのは誰だ?」
その声は低く、静かだったが、確実に苛立ちを含んでいた。
隣に立つディアドラは、ゆっくりと空を見上げていた。
冷静さを保とうとしているのが分かる。しかし、その指先はわずかに震えている。
ディアドラ「サトウ……あれ、コピー城です。本物の魔王城を、そのまま貼り付けたみたい……」
言葉の端が、かすかに揺れた。
魔王軍にとって、魔王城は単なる拠点ではない。誇りであり、象徴であり、命綱だ。
その“誇り”が、粗雑に複製されている。
――真相は、すぐに判明した。
かつてサトウに設計力の差を見せつけられ、完全敗北を喫した御用達ギルド『黄金の槌』。
その親方が、禁忌指定された魔導書に手を出したのだ。
記されていたのは、
《設計のコピー&ペースト》。
構造理解も、思想も、現場経験も不要。
見た目だけを丸ごと複製し、貴族向けに“量産型魔王城”として売り捌く――愚かで、危険極まりない禁術。
サトウは深く、重く息を吐いた。
その吐息には、呆れと怒り、そして建築士としての確信が滲んでいる。
サトウ「外見だけ真似しても、中身が伴わなければ、それは巨大な『粗大ゴミ』ですよ。」
彼の視線は、偽物の城を冷ややかに射抜いていた。
断熱も排水も、構造計算も無視された建造物が、どんな末路を辿るか――
それを一番よく知っているのは、他ならぬサトウ自身だった。
ピカピカッ……。
空を引き裂くような閃光が走り、遅れて腹の底に響く轟音が鳴り渡る。
ゴォォォ……。
コピー城の周囲で、常軌を逸した魔力の嵐が渦を巻いていた。
紫と黒が混ざり合った瘴気のような魔力が、突風となって平原を蹂躙する。草木は一瞬で色を失い、瑞々しかった大地はひび割れ、灰色へと変色していった。
生命が、拒絶されている。
サトウは城を見据えたまま、無言で観察を続けていた。
視線は外壁、塔の接合部、基礎周辺へと次々に移り、脳内では設計図が高速で組み立て直されていく。
やがて、彼は短く結論を吐き出した。
――サトウの診断。
第一。
構造的ミスマッチ。
魔力配線の思想を理解せず、見た目だけを接続している。
本来なら循環するはずの魔力が各所で滞留し、逆流し、衝突しているのが分かる。結果、至るところで魔力ショートが発生し、城そのものが巨大な不安定炉と化していた。
第二。
安かろう悪かろうの建材。
基礎部分に使われているのは、「魔法で見せかけただけの砂岩」。
表面強度だけを誤魔化した粗悪品だ。城の重量に耐えられるはずもなく、すでに地盤ごと沈下が始まっている。
サトウは、ゆっくりと息を吐いた。
これは事故ではない。必然だ。
ディアドラは肩をすくめ、冗談めかした仕草を取ろうとしたが、声は隠しきれない深刻さを帯びていた。
ディアドラ「サトウ……これ、放置するとどうなります?」
サトウは眉間に深く皺を刻み、視線を城の“足元”へと落とす。
地面が、わずかに――だが確実に――動いていた。
サトウ「……歩き出しますね。」
その瞬間だった。
ドゴォォォ……ッ!
地響きが爆発するように広がり、次いで耳障りな破砕音が連鎖する。
ガラガラッ!
基礎が崩れ、城の一部が沈み込む。
だが、完全な崩壊には至らない。歪んだ魔力が、破損した構造を無理やり“支え”、不自然な形で全体を持ち上げてしまったのだ。
城が――動いた。
まるで意思を持つゴーレムのように、塔が軋み、外壁が関節のようにずれながら、巨大な一歩を踏み出す。
制御はない。
目的もない。
あるのは、暴走した魔力が“安定”を求めて彷徨う、本能だけ。
コピー城は進路上の村々を無慈悲になぎ倒しながら、一直線に向きを変えた。
その先にあるのは――
本物の魔王城。
ディアドラは息を呑み、サトウを見た。
サトウは、すでに工具袋に手をかけていた。
その目には、怒りと、そして建築士としての使命感が、静かに燃えていた。
サトウ「……現場対応だな」
巨大な“欠陥建築”との戦いが、今、始まろうとしていた。
親方は顔面蒼白のまま、崩れかけたコピー城を見上げていた。
魔力嵐に巻き上げられた外套が激しくはためき、足元の地面は今にも割れそうに震えている。
彼は喉が裂けるほどの声で叫んだ。
親方「誰か止めてくれぇええ!」
その必死の叫びとは対照的に、サトウは一歩も動かず、その場で腕を組んでいた。
冷静すぎるほど冷静な視線で、暴走する城全体を眺めている。
そこにあるのは怒鳴り返す感情ではない。
職人として、自分の仕事を汚されたことへの、静かな憤りだった。
サトウ「……呆れますね。自分の設計思想を汚す偽物を、私が解体します。」
その言葉を合図に、空間が切り替わる。
――凸凹工務店・無敵プラン、展開。
サトウの背後に、無数の半透明な設計図が展開された。
塔の高さ、壁厚、柱配置、魔力流路――すべてが数値化され、瞬時に再計算されていく。
――凸凹工務店・無敵プラン。
それは、サトウが異世界に来てから編み上げた、
「戦闘用魔法」でも「英雄の必殺技」でもない。
“現場対応最終手段”だった。
本来、建築とは壊さず、守り、長く使わせるための技術だ。
だが現実の現場では、
崩壊寸前の構造物、暴走する魔力設備、
放置すれば被害が拡大する“危険物件”が存在する。
無敵プランとは、
そうした取り返しのつかない現場に対し、
・構造解析
・魔力流路の可視化
・固有振動数と重心位置の即時計算
・周囲被害ゼロを前提とした解体・誘導・制御
これらを一瞬で組み上げ、
「最小の破壊で、最大の安全を確保する」ための総合工法である。
力押しはしない。
奇跡も祈らない。
あるのは――
知識、経験、そして現場を預かる者の覚悟だけ。
ディアドラは、このプランが展開される瞬間のサトウの目を知っている。
冗談めかした口調とは裏腹に、
その瞳はいつも、誰よりも真剣だ。
第一工程。
共振現象の利用。
城の固有振動数を割り出し、構造的に最も重要な“かなめ”となる柱を特定。
そこへ、あえて微細な振動を与える。
一撃ではない。揺さぶりでもない。
「合ってしまった」振動だけが、内部から構造を破壊していく。
ゴゴゴゴ……。
城全体が、不快な呻きを上げるように震え始めた。
第二工程。
重心移動の罠。
サトウの合図と同時に、空間から巨大なキャタピラー車が召喚される。
履帯が大地を噛み、地面を削りながら前進。片側の基礎へとワイヤーを打ち込み、容赦なく引き抜いた。
重心がずれる。
城が、よろめく。
倒壊方向は、あらかじめ計算済みだ。
周囲に被害の出ない、完全な空き地へ。
ゴゴゴゴ……!
バキッ!
内部の“かなめ”が砕け、支えを失った城が、ゆっくりと、しかし確実に傾いていく。
ガラガラッ!
轟音と共に、コピー城は計算通りの角度で崩れ落ちた。
瓦礫は内側へと畳まれるように倒れ、周囲の村や大地に、余計な被害は一切及ばない。
土煙が舞い上がり、やがて静寂が戻る。
サトウは腕を解き、崩壊した瓦礫の山を見下ろした。
その表情には、達成感と、わずかな満足が滲んでいる。
サトウ「建物は、壊すのも建てるのも、知識があれば安全にできます。」
ドサッ……。
最後に残っていた塔の一部が崩れ落ち、完全な沈黙が訪れた。
コピー城は、跡形もなく瓦礫へと還る。
枯れかけていた大地には、ゆっくりと魔力嵐が収まり、再び風が草原を撫で始めた。
平原に、平和が戻ったのだった。
捕らえられた『黄金の槌』の面々は、両手を拘束され、うなだれたまま列を成して連行されていった。
その判決は、前例のないものだった。
――今後百年。
刑罰は「ドブ掃除リフォーム」。
下水、排水路、詰まりきった魔力溝。
彼らは二度と“見た目だけの建築”に関われぬよう、世界の裏側を支える仕事に従事させられることになる。
静かに、しかし確実に――
報いは下された。
だが、その直後だった。
大地の奥深くから、遅れてやってきた“余波”が、世界を叩いた。
ゴン……。
一瞬、足元が沈むような感覚。
続いて、地平線の向こうまで走る、鈍い振動。
パキ……ッ。
乾いた音とともに、平原の地面に細い亀裂が走る。
それは一本では終わらず、蜘蛛の巣のように広がり、世界そのものが悲鳴を上げているかのようだった。
魔王ゼノンは、深く刻まれた亀裂を睨み据え、低く唸るように口を開く。
その声には、王としての重みと、隠しきれぬ警戒が滲んでいた。
魔王ゼノン「サトウよ、偽物の尻拭いは終わった。だが、今の衝撃で世界の土台が軋んでいるぞ。」
サトウは小さく息を吐き、額に手を当てる。
軽口とは裏腹に、その瞳はすでに“現場”を見ていた。
サトウ「……ついに、家じゃなくて『世界そのもの』の基礎改修が必要になりましたか。」
彼の視線は、地割れの奥――
見えないはずの、地脈と世界構造の歪みを捉えている。
その横で、ディアドラが思わず小さく息を呑んだ。
冗談では済まされないスケールを、言葉の端々から理解してしまったのだ。
ディアドラ「……サトウ、次は、世界規模ですか……?」
サトウは一瞬だけ沈黙し、次いで口元を歪めた。
それは、不敵で、どこか楽しげな――現場人間特有の笑みだった。
サトウ「はい、凸凹工務店の真価を見せるときですね。」
その言葉に、ゼノンは目を細め、ディアドラは背筋を正す。
誰もが理解していた。
これは、これまでの戦いとは違う。
敵は魔物でも、城でもない。
――世界そのものだ。
ゴォォォ……。
地の底から、再び低い鳴動が響き始める。
それは破壊の前兆ではない。
“改修を待つ現場”の、呼び声だった。
世界の土台を改修する。
前代未聞の工事が、静かに、しかし確実に動き出す。




