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ダンジョン・リノベーター 〜住みにくい魔王城、改造します〜  作者: ラキラ
【新大陸・都市開発編】〜空飛ぶ城と、地図にない絶景分譲地〜

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20/32

聖域の防衛ライン:欠陥破壊と、一級建築士の逆密室

万博開催前夜――。


荒野を渡る夜風は、昼間の熱をすっかり奪い去り、金属の肌を舐めるように冷たく吹き抜けていた。

天穹には雲一つなく、無数の星々が零れ落ちそうなほど密集し、まるで世界そのものを見下ろす監視者のように瞬いている。


巨大なメインパビリオン。

昼間は祝祭の象徴として燦然と輝くその建造物も、今は闇に沈み、黒い巨獣の死骸のように静まり返っていた。

鋼と魔導ガラスで構成された外壁は月光を鈍く反射し、無言の圧力を周囲に放っている。


その威容の影――

人目につかぬ死角を縫うように、数体の影が音もなく滑り込んだ。


砂利を踏む音すら殺し、呼吸さえ抑えた動き。

彼らは荒野に紛れるための暗色装束に身を包み、顔の輪郭すら夜に溶け込ませている。


工作員A「……これさえ壊せば、平和会談は台無しだ。」


吐息に近い、低く押し殺した声。

その言葉には迷いも躊躇もなく、長年、破壊だけを仕事としてきた者特有の冷えた確信があった。


工作員B「各国の代表が集まる初日……混乱は最大になる。責任のなすりつけ合いで、戦争の火種は十分だ。」


短く頷きながら、工作員Bは腰の装置に手を伸ばす。

複雑な魔導回路が組み込まれた破壊用ユニット。

それを見つめる彼の瞳には、使命感という名の歪んだ高揚が宿っていた。


工作員C「警備は? 万博だぞ。さすがに厳重だろう。」


工作員A「問題ない。結界も警備動線も、事前に把握済みだ。」


そう言い切る声音には、慢心が混じっていた。

彼らは“見えている脅威”しか想定していない。

魔導兵、結界、巡回――そのすべてをすり抜ける算段は、すでに頭の中で完成していた。


――だが。


彼らは、まだ知らなかった。


巨大パビリオンの構造材そのものに組み込まれ、

地面に埋設された魔導ケーブルの一本一本に至るまで張り巡らされた、

サトウ設計・魔力感知センサーネットワークの存在を。


それは侵入者を“見張る”ものではない。

呼吸の揺らぎ、体温の微細な変化、

そして――悪意を伴う魔力の歪みそのものを、静かに拾い上げる装置だった。


床下、壁の内側、梁の奥――

人の目が決して届かぬ場所に、微かに発光する魔法回路が走っていた。


それは後付けの装置ではない。

石材の継ぎ目に溶け込み、鉄骨の内側に沿い、

まるで血管のように――建築そのものと一体化して脈動している。


空気の揺らぎ。

人が息を吸い、吐く、そのわずかな圧力差。


床を伝う微振動。

体重移動によって生じる、意識されることのない振れ。


魔力の、ほんの僅かな偏差。

本人ですら気づかぬ、感情と殺意に伴う歪み。


それらすべてが、

数値として瞬時に変換され、

“正常”という基準線から外れた瞬間――

即座に異常として浮かび上がる。


屋上。


高所特有の冷たい夜風が、コートの裾を揺らし、

遠くで荒野の砂が鳴く音がかすかに届く。


サトウは白いヘルメットを指先で少し押し上げ、

宙に展開された半透明のモニターへと視線を落とした。


幾何学的に分割された建物断面図。

その内部で、赤い点が規則正しく、しかし確かに明滅している。


侵入経路。

人数。

移動速度。

迷いのない足取り。


サトウ「……はい。不法侵入、検知。」


淡々とした声。

そこに驚きはない。

あるのは、設計通りに機能しているという静かな確信だけだ。


サトウ「建物の健康状態を常時モニタリングしていれば、こういうのは一発ですね。人間だって、異物が入ればすぐ“違和感”を覚えるでしょう?」


建築を、生き物のように語るその言葉。

サトウにとって、構造物とは単なる箱ではない。

環境を守り、使う者を選び、異常を拒む――ひとつの“存在”だった。


その横で、ディアドラは腕を組んだまま、夜空を仰いでいた。


月光を映す金色の瞳は冷え切り、

その横顔には、戦場で数え切れぬ夜を越えてきた者の緊張感が宿っている。


ディアドラ「見えない守りも、建築士の仕事の一部。」


低く、断定的な口調。

そこに感情はない。

ただ、当然の理として語っているだけだった。


ディアドラ「空間を“使わせる”前に、“守る”。……当然の話ね。」


彼女は視線をモニターへ戻し、赤い点の動きを正確に追う。


ディアドラ「侵入者は六。目的は中枢設備。動きに躊躇がない……プロね。」


サトウ「でしょうね。だからこそ――」


指先が、宙に浮かぶ操作パネルを軽く弾く。


サトウ「“人を止める罠”じゃなく、“建物が拒否する構造”にしてある。」


次の瞬間、

建物内部の通路構成が、静かに、しかし確実に変化を始めた。


ボゴォンッ!!

ズシンッ!!


暗闇を引き裂く轟音が、夜気を震わせた。

爆裂魔法が解き放たれ、柱の一角へと叩き込まれる。


瞬間、光と衝撃が炸裂し、

衝突点を中心に、衝撃波がリング状に広がった。


床を伝う振動。

骨を叩くような重低音。

空間を満たす、焦げた魔力と粉塵の匂い。


舞い上がった埃が、照明の残光を乱反射させ、

パビリオン内部は一瞬、視界を失う。


建物全体が――

わずかに、だが確かに軋んだ。


梁が唸り、

接合部が悲鳴を上げる。


だが。


屋上に立つサトウは、一切慌てなかった。


身体は微動だにせず、

ただモニターに流れ落ちる数値の列を一瞥する。


振動波形。

応力分布。

共振係数。


想定値――範囲内。


サトウ「異常振動、想定内。」


淡々と、現場監督の声。


サトウ「補強ジャッキ起動……ガンツ、下から支えられますか。」


指先が宙の操作盤をなぞると、

建物深部で低い駆動音が連鎖的に鳴り始める。


床下。

基礎部。


格納されていた魔導補強ジャッキが展開し、

地盤に向かって、力強く“踏ん張る”。


通信越しに、低く太い声が返ってきた。


ガンツ「……監督ゥ!」


少し呆れたようで、

だがどこか楽しそうな響き。


ガンツ「まったく、また力業を想定した設計ですかい!――だが、嫌いじゃねえ!」


直後、別回線が割り込む。


冷静で、感情の揺らぎが一切ない声。


ルル「監督。今の衝撃、保険適用範囲内です。」


モニターの片隅に、即座に試算結果が表示される。

破損率、修繕想定、予算影響。


すべて、緑。


ルル「想定荷重オーバーではありません。――修繕費、予算内で収まります。」


サトウ「了解です。ありがとうございます。」


感謝の言葉すら、業務連絡の延長線上。

そこには恐怖も、焦燥も存在しない。


そのやり取りを横で聞きながら、

ディアドラが小さく息を吐いた。


ディアドラ「……数字まで即答」


金色の瞳が、モニターの赤点と数値を交互に追う。


ディアドラ「本当に、敵に回したくないわね。」


爆裂魔法の余波は、なおもパビリオン内部を震わせている。

天井から、細かな粉塵がはらはらと落ちる。


だが――

致命的な崩壊音は、どこにも響かない。


柱は、砕けない。

床も、割れない。


代わりに、

建物全体が、まるで巨大な生き物のようにしなやかに揺れ、

衝撃を内部へ逃がし、

地面へと受け流していく。


それは、偶然ではない。

奇跡でもない。


――最初から、壊される前提で組まれた設計だった。


サトウはモニターから視線を外すことなく、

ただ静かに告げた。


サトウ「そこは免震ダンパーと、ハニカム構造パネルです。」


指先が動き、

断面図が拡大表示される。

六角形が連なった内部構造。

衝撃伝播ラインが、蜘蛛の巣のように分岐していく。


サトウ「衝撃を一点に集中させず、全体に分散する設計なので。――“壊す力”ほど、きれいに逃げていきます。」


その声は淡々としていて、

まるで天候を説明するかのようだった。


一方、現場。


工作員たちは、呆然と柱を見上げていた。


爆裂魔法が直撃したはずの箇所。

そこには、抉れた痕も、崩れ落ちた瓦礫もない。


あるのは、

わずかに歪み、

ゆっくりと元の形へ戻っていく外装パネルだけ。


工作員B「……え?」


声が、震える。


工作員B「消えた……?いや……吸収……されてる……?」


目を凝らしても、破壊の“結果”が見当たらない。

自分たちが放ったはずの破壊が、どこへ行ったのか――

理解できない。


工作員C「魔法が……」


掠れた声。


工作員C「建物に……いなされてる……!」


それは、防御ではない。

反射でも、無効化でもない。


――受け流し。


柔構造。


壊れないのではない。

壊れ方を、制御している。


力を正面から拒まない。

受け止め、ほどき、

全体へ散らして消す。


その思想を理解できず、

工作員たちの呼吸は乱れ、

足取りが、目に見えて鈍っていく。


破壊すれば崩れる。

それが、彼らの常識だった。


だが今、

その常識は、

静かに、音もなく――

踏み外されていた。


――そのとき。


侵入者たちの中から、

一人の男が、静かに前へ出た。


足取りに焦りはない。

呼吸も乱れていない。


元職人の魔導師。

破壊ではなく、構造を読む側にいた男――敵のリーダー。


彼の瞳に宿っていたのは、恐怖ではなかった。

冷えた、研ぎ澄まされた解析の目。


リーダー「……なるほど」


低く、納得を含んだ声。


リーダー「柔構造。衝撃分散。フェーズドダンパー……確かに、見事だ。」


ゆっくりと視線を走らせ、

梁、壁、床、接合部――

建築の“弱点になり得る箇所”を一つずつなぞっていく。


リーダー「だが――」


口角が、わずかに上がった。


リーダー「構造物に“完璧”はない。」


彼の視線が、

梁と壁の取り合いへと、ぴたりと定まる。


本来、応力が集中する――

いや、“集中するはずだと信じたくなる”一点。


リーダー「ここだ……!」


魔力が、彼の周囲に集束する。

空気が震え、

発動直前の圧が、空間を押し潰す。


リーダー「ここを一気に――」


――その瞬間。


ピタリ、と。


なぜか、彼の動きが止まった。


視界の端。

モニター越しではない。

まるで目の前にいるかのように、脳裏に焼き付く“顔”。


異様なほど、落ち着いた男の表情。


サトウ「そこですね。」


静かな声。

確信に満ちた声。


サトウ「あえて壊れることで、全体を守る――フェイルセーフ部位です。」


理解した瞬間、

リーダーの背筋を、冷たいものが走った。


次の瞬間――


カシャッ!!

バタンッ!!


乾いた、無機質な機械音。


“弱点”だと思われた壁が、

抵抗することなく――

設計通りに崩落した。


同時に。


天井。

床。

開口部。


あらゆる境界から、

防火シャッター――いや、魔導防壁が高速で降下する。


重く、鋭く、迷いなく。


一瞬で、

空間が切り取られた。


工作員たち「うわあああ!!」


混乱の叫び。


工作員たち「閉じ込められた!?」


逃げ場はない。

壁は厚く、

防壁は完全に独立した魔導回路で制御されている。


破壊するには、

“もう一棟分”の労力が必要だった。


屋上。


モニターを確認しながら、

ルルが淡々と告げる。


ルル「隔離完了。封鎖区画、追加費用ゼロ。」


一拍置いて、

わずかに声音が和らぐ。


ルル「……優秀です、監督。」


その横で、ディアドラは目を細め、

胸の内でそっと呟いた。


ディアドラ(……壊される前提で、守る設計)


赤点が、完全に静止しているのを見つめながら。


ディアドラ(もう完全に……“監督”の発想ね……)


館内放送。


柔らかく整えられた音声が、

隔離区画の天井スピーカーから、等間隔で流れ落ちる。


サトウ「その区画は高強度アラミド繊維で補強済みです。」


声は淡々としており、

そこに勝ち誇る響きは一切ない。


サトウ「ドラゴンの咆哮でも破れません。抵抗は無意味なので――投降を、推奨します。」


直後。


換気ダクトの奥で、

小さな制御音が鳴った。


無色透明の霧が、

ゆっくりと、しかし確実に流れ出す。


強力な睡眠香。

戦闘用ではない。

殺さない。壊さない。

“眠らせる”ためだけに調整された、安全域ぎりぎりの濃度。


工作員たち「……っ……」


抗おうとした者も、

壁を叩こうとした者も、

数秒と持たず――


工作員たち「……Zzz……」


次々と、床に崩れ落ちた。


叫びも、破壊音もない。

ただ、夜の静寂だけが、再び館内を満たす。


――そして、翌朝。


万博会場は、

何事もなかったかのように整っていた。


割れた床もない。

焦げた壁もない。

昨夜の出来事を示す痕跡は、どこにも残っていない。


朝日を浴び、

メインパビリオンは穏やかに輝いている。


魔王はゆっくりと歩き、

深く息を吸い込んだ。


魔王「ほう……」


低く、感心したような声。


魔王「落ち着くな。戦場より、よほど心が澄む」


その隣で、聖王が携えた計測具を確認する。

振動値。

魔力残留。

結界負荷。


すべてが、理想的な数値を示していた。


聖王「振動、魔力、結界値……すべて正常――」


視線を上げ、

はっきりと言い切る。


聖王「見事な施工だ。」


その言葉を受け、

サトウはヘルメットを胸に抱え、静かに一礼した。


サトウ「ありがとうございます。」


謙虚で、実務的な所作。


サトウ「守られていることに気づかれない――それが、いい建築ですから。」


防御を誇示しない。

威圧もしない。

ただ、そこに“安心”だけを置く。


その横で、腕を組んだディアドラが、ぼそりと呟く。


ディアドラ「……次は、植栽で死角を潰す?」


冗談めかした口調だが、

その内容は本気だった。


サトウは少し考え、頷く。


サトウ「ええ。監視されていると感じさせない方が、平和です。」


少し離れた場所。


算盤を弾きながら、

ルルが小さく頷いた。


ルル「その案、維持費も安いですね。」


一拍。


ルル「採用です。」


誰も知らない。

誰も気づかない。


夜も、

戦いも、

すべては、

何もなかったかのように終わった。


ここは、戦場ではない。


現場だ。


そして、この現場を支配しているのは――

剣でも、魔法でも、権力でもない。


一級建築士にして、現場監督。


佐藤健。

――その人だった。

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