平和の礎は「プレハブ」にあり? 万博会場の突貫工事!
ゴトン……。
魔導通信水晶が、重たい音を立てて卓上に転がった。
その中に刻まれていたのは――世界の流れを変える、一行の通達。
魔王と聖王、歴史的和平会談を決定。
舞台は両国国境の荒野。
会談に先立ち、「平和万博」を建設する。
沈黙が落ちる。
そこは草も乏しい、ただ風と砂だけが吹き荒れる不毛の地。
インフラ、皆無。
資材、皆無。
建設実績――当然、皆無。
サトウは腕を組み、眉間に深い皺を刻んだ。
建築士としての脳内で、瞬時に条件と制約が組み上がっていく。
サトウ「……普通に考えれば」
低く、現実を突きつけるように続ける。
サトウ「物理的に不可能です。」
空気が張り詰める。
だが次の瞬間、
サトウの視線が鋭く光った。
サトウ「……“普通なら”、ですが。」
口角が、わずかに上がる。
サトウ「システム建築なら――話は別です。」
提示された期限は、十四日間。
数万人を収容する展示パビリオン。
各国要人用の宿泊施設。
警備動線、避難計画、仮設インフラ一式。
――すべてを、荒野に“ゼロから”だ。
ガンツは、しばし言葉を失ったまま固まり、
次の瞬間、両腕を天に突き上げて叫んだ。
ガンツ「……十四日間!?監督ゥ!! それはもう建築じゃねえ!無理ゲーってやつじゃないですか!!」
荒野に、ドワーフの野太い声が響き渡る。
しかし。
サトウは、まるでいつもの現場朝礼のような顔で、
にこりと笑った。
サトウ「乾式プレハブです。」
軽く、しかし迷いなく言い切る。
サトウ「基礎、躯体、設備、全部モジュール化。組み立てるだけなら、時間は敵じゃありません。」
ガンツは目を見開き、
ごくりと喉を鳴らした。
ガンツ「……まさか……」
震える声で続ける。
ガンツ「最初から“解体前提”の万博、ですかい。」
サトウは頷く。
サトウ「ええ。平和のための建物ですから。」
穏やかに、だが強く。
サトウ「終わったら、きれいに片付く。それが、一番安全で、誠実です。」
現場に立ち並ぶ聖王国の石工たちは、揃って言葉を失っていた。
積み上げられているのは、
石でも、煉瓦でも、木材でもない。
冷たい光を反射する、無機質な――鉄板の箱。
石工は思わず、隣の仲間に囁く。
石工「……おい。あれが……建物、だって言うんじゃないだろうな」
別の石工が、信じられないという表情で首を振る。
石工「冗談だろ……。礎石も、アーチもないじゃないか……」
そのざわめきを、低く響く機械音が切り裂いた。
サトウは無言で【異世界マテリアル・カタログ】を開き、
指先で一項目を指定する。
――次の瞬間。
ゴォォォ……ン……!
砂煙を巻き上げながら、
大型クレーン車が荒野に実体化した。
油圧の唸り。
鋼鉄の腕が、ゆっくりと空へ伸びる。
そして――
ガンツの怒号が、現場を震わせる。
ガンツ「よぉし野郎ども!!安全確認! 声出せ!!プレハブ一棟目、いくぞォ!!」
ドワーフたちが、一斉に動いた。
ゴトゴト……!
鉄箱が吊り上げられ、
寸分違わぬ位置へと運ばれていく。
カチャン!
金属同士が噛み合う、乾いた音。
続けて――
ゴトゴト!
シュッ……カチャン!
まるで巨大な積み木を組み上げるかのように、
パビリオンの骨格が、恐ろしい速度で立ち上がっていく。
それを見守る者たちは、種族を超えて、息を呑んだ。
聖王国の魔法使いは、詠唱しかけたまま口を閉じる。
エルフは、信じられないものを見るように目を見開く。
オークは、手にした杭を打ち込むのを忘れて立ち尽くす。
誰かが、震える声で呟いた。
観衆「……まさか……」
言葉を探すように、続ける。
観衆「……これが……建物、になるのか……?」
荒野の上で、
石も、魔法も超えた“建築”が、形を成していく。
しかし――
順調に見えた建設現場に、致命的な異変が走った。
ズズ……ッ。
乾いた荒野の地面が、わずかに沈み込む。
誰かが気づいた瞬間、
メインパビリオンの床が、目に見えて傾き始めた。
作業員たちに、どよめきが広がる。
作業員「地下だ……!」
作業員「空洞があるぞ!」
急遽駆け寄った聖王国の魔法使いが、地面に手をつく。
魔法使い「土魔法で……固めます!――っ、だ、だめだ!地盤が脆すぎる、魔力が逃げる……強度が足りない!」
床は、なおもミシリと軋む。
このままでは、建てかけの会場が崩れる。
だが。
その中心で、サトウは一歩も動じなかった。
彼は静かに腕を組み、
わずかに沈む建物と地盤を見下ろす。
次の瞬間――
現場を切り裂く、凛とした声。
サトウ「大丈夫です。こういうのは……物理で解決します。」
周囲が、はっと息を呑む。
サトウは即座に【異世界マテリアル・カタログ】を展開し、
必要な項目を迷いなく指定した。
――薬液注入工法。
地下深く、
空洞と化した地層へと、魔法の樹脂を高圧で圧入。
さらに――
油圧ジャッキを同時展開。
ジャキン!
ガシャン!
金属音とともに、
巨大な建物が、ミリ単位で持ち上がっていく。
ギギ……ッ。
歪んでいた床が、
まるで何事もなかったかのように、水平へと戻っていく。
沈黙。
そして――
次第に、作業員たちの顔が、驚愕から安堵へと変わっていった。
ガンツは、額から流れる汗を乱暴に拭いながら、肩をすくめる。
ガンツ「……監督。また……とんでもねえ力技ですねぇ……」
その言葉に、サトウは口角を上げる。
いつもの現場の笑みだった。
サトウ「力技じゃありませんよ。科学と魔法――ちゃんと、融合させただけです。」
荒野の上に建つ、平和万博の会場。
それは今、
祈りではなく、施工で支えられていた。
万博会場建設において、
真にサトウたちを悩ませた問題は――
資材でも、工期でも、地盤でもなかった。
種族間の体型差。
人間を基準にした建築という概念そのものが、
この場所では、すでに通用しなかった。
巨人族のオークは、肩が天井に引っかかる。
妖精族は、ドアノブにすら手が届かない。
ドワーフは段差に苛立ち、
獣人は通路の幅に唸る。
その光景を前に、サトウは静かに息を吐いた。
――これは、設計の問題だ。
誰かを“例外”にする限り、平和は続かない。
まず導入されたのは、可変式建具。
カチャン。
近づく存在を感知し、
ドアが自動で高さと幅を変更する。
巨人のオークが屈まずに通り抜け、
次の瞬間、小さな妖精が羽を畳まずに滑り込む。
ドアは一切、文句を言わない。
ただ、必要なサイズになる。
次に整備されたのは、
最もトラブルが起きやすい場所――多種族共用トイレ。
床に立った瞬間、
利用者の体格・姿勢・生理構造を瞬時に判別。
便座の高さがせり上がり、あるいは沈み、
洗浄水圧や角度まで、最適解へと自動調整される。
誰もが、
「使わせてもらっている」のではなく、
「当然のように使える」空間。
最後に組み上げられたのは、
万博の象徴となる――プレハブ・スタジアム。
軽量鉄骨のフレームに、
強靭な膜構造を組み合わせた大空間。
支柱は最小限。
視界を遮らず、音を反響させすぎず、
それでいて、暴風にも耐える強度。
低コスト。
短納期。
高耐久。
理想だけを、現実に落とし込んだ形。
カチャン!
シュッ……
最後の設備が接続され、
システムが静かに稼働を開始する。
こうして――
すべての施設は完成した。
それは、
人間用でも、魔族用でもない。
異世界初の「多種族対応仕様」。
誰かを我慢させないための建築。
誰かを基準にしないための設計。
十四日後――。
かつて、風と砂しかなかった荒野に、
光が生まれていた。
夜の帳が下りると同時に、
万博会場全体が柔らかな照明に包まれる。
直線と曲線が調和した近代的な建築群。
空調は静かに唸り、通路はどこまでも滑らか。
段差はなく、視線は開け、
誰もが自然に歩ける動線が、会場全体を貫いていた。
それはまるで――
この世界に、最初から存在していたかのような風景。
メインパビリオンの中央で、
魔王と聖王が並んで歩いていた。
魔王は重厚な外套を揺らしながら、感嘆の息を漏らす。
魔王「……暑くも寒くもない。魔力を使っていないのに、この快適さとは……」
聖王もまた、床に視線を落とし、静かに頷く。
聖王「段差がなく、視界も広い。……争いを想定した城とは、思想が根本から違うな。」
二人の間に、
不思議な沈黙が流れる。
敵意ではない。
警戒でもない。
ただ、居心地の良さに言葉を失った沈黙だった。
その少し離れた場所――
サトウは、白いヘルメットを外し、深く息をつく。
ディアドラが差し出した、冷えた茶を受け取り、
一口、喉に流し込んだ。
冷たさが、身体の芯まで染み渡る。
サトウは、夜景を見上げながら、ぽつりと呟いた。
サトウ「……建物がちゃんとしていればですね」
一拍置いて、続ける。
サトウ「人は争うのを忘れて、快適さに夢中になれるんですよ」
それは、演説でも理念でもない。
現場で何度も見てきた、
彼なりの“実感”だった。
ディアドラは腕を組み、
その横顔をちらりと見て、小さく息を吐く。
どこか呆れた、
けれど、どこか誇らしげな声。
ディアドラ「……まったく。サトウは、ロマンがないのか、ありすぎるのか……」
そして、容赦なく現実を叩きつける。
ディアドラ「でも、まだ終わってませんよ?『撤去作業』の工程表――ちゃんと、覚えてますよね?」
サトウの肩が、わずかに跳ねた。
サトウ「……あ」
その瞬間。
ゴトン……。
どこかで、
重機のエンジンが、低く唸り始める音がした。
完成の喜びの裏で、
次の工程が、静かに、確実に迫ってくる。
そう――
建築において、
「完成」はゴールではない。
撤去もまた、立派な現場。
万博会場の夜景は、
今日も美しく輝いている。
そして同時に――
凸凹工務店の、次なる挑戦もまた、
音もなく、始まっていたのだった。




