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ダンジョン・リノベーター 〜住みにくい魔王城、改造します〜  作者: ラキラ
【新大陸・都市開発編】〜空飛ぶ城と、地図にない絶景分譲地〜

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17/28

その見積もり、盛りすぎです! 聖王国の甘い罠と住宅診断(インスペクション)

ゴトン……。


鈍い音を立てて、重厚な封筒がサトウの机の上に落ちた。

凸凹工務店の事務室は、午後の柔らかな光に満たされている。高窓から差し込む陽光が、図面や定規の金属部分を淡く照らし、静かな時間が流れていた――その空気を破るには、あまりに不穏な存在感だった。


封筒は分厚く、ずしりと重い。

赤黒い封蝋には、聖王国の名だたる貴族家の紋章が、これでもかと重ね押しされている。まるで「逃げ場はない」と主張するかのように。


サトウは眉をひそめ、椅子にもたれかかった。


サトウ「……連名ですか。嫌な予感しかしないな。」


その声には、現場で数え切れない修羅場をくぐってきた者特有の警戒が滲んでいた。


隣で腕を組んでいたガンツが、鼻で笑う。


ガンツ「へぇ。封蝋が多い依頼は、だいたいロクなもんじゃねぇ。“責任を薄めて、要求だけは盛る”って相場が決まってる。」


サトウは返事の代わりに、封蝋をナイフで切った。

ぱきり、と乾いた音がして、封筒の口が開く。


中から滑り出てきたのは――紙、紙、紙。


机の上に広げられた契約書案は、ざっと見ただけでも三十枚を超えていた。

細かすぎる条文。注釈の注釈。別紙参照の連鎖。

そして、やけに丁寧な文字で書かれた支払い条件。


サトウの視線が、自然と険しくなる。


サトウ「工期短縮の違約金、追加工事の解釈、分割払いの条件……ずいぶん“工夫”されてますね。」


一見すれば、礼儀正しく、法的にも整っている。

だが、長年設計図と契約書に挟まれて生きてきたサトウには分かる。

これは――「誠実そうに見える罠」だ。


その時だった。


「その契約書、三割ほど“踏み倒し用”ですね。」


低く、よく通る声が、机の下から聞こえた。


ガンツ「うおっ!?」


反射的に斧の柄に手を伸ばしかけるガンツ。


サトウ「……下、誰かいます?」


二人が視線を落とした瞬間。


ぬっと、影がせり上がった。


机の縁から現れたのは、小さな小さな人影。

お団子状にまとめた髪、顔の半分を占める丸眼鏡。

小人族の少女が、まるで最初からそこにいたかのような顔で、無遠慮に書類を覗き込んでいた。


ルル「小人族会計監査院・臨時顧問。ルルです。」


きっぱりと名乗る声には、年齢に似合わぬ落ち着きがある。


サトウは一瞬言葉を失い、それからゆっくりと息を吐いた。


サトウ「……どうして、ここに?」


ルルは視線を契約書から外さず、淡々と答える。


ルル「この依頼書に署名している貴族の一人が、“工事完了後に仕様変更を主張し、支払いを渋る”常習犯ですから。」


その一言で、空気が変わった。


ルルは懐から算盤を取り出し、机の上にトン、と置く。


パチ。

パチ、パチ、パチ……。


乾いた音が、やけに大きく響く。

凸凹工務店の事務室の温度が、目に見えないほど下がった気がした。


ルル「この条項。“聖堂の美観維持のため、追加修繕を無償で求めることができる”――要するに、永久無償労働です。」


言葉は静かだが、容赦がない。


ガンツが顔をしかめ、唸る。


ガンツ「……えげつねぇ話だ。」


サトウは、何も言わなかった。


自分が読み切れていなかった部分。

数字と文言の奥に、確かに仕込まれていた悪意。

それを、今さらながらはっきりと突きつけられたからだ。


サトウは、ゆっくりとルルの方を見た。


サトウ「……修正案、お願いできますか。」


その声には、悔しさと同時に、確かな信頼が滲んでいた。


ルルはようやく顔を上げ、にやりと笑う。


ルル「ええ。“彼らが文句を言えない形”で、完璧に。」


算盤が、再び鳴った。


その夜――。


凸凹工務店の事務室には、ランプの淡い光だけが灯っていた。

窓の外では、魔界特有の赤みを帯びた月が雲間から顔を覗かせ、石造りの床に長い影を落としている。


机に向かうルルの背中は、小柄ながら微動だにしない。

丸眼鏡の奥で、視線が紙面を鋭く走る。


パチ。

パチパチ……。


算盤の音が、夜の静寂を刻むように響いていた。


条文は削られ、書き換えられ、再構築される。

一文ごとに、逃げ道が塞がれていく。

貴族たちが好んで使う曖昧な言い回しは、すべて数値と条件に分解され、容赦なく明文化された。


やがて――。


ルルは最後の一行に署名欄を設け、ペンを置いた。


机の上に並んだ契約書は、もはや「提案」ではない。

それは、完成した構造物だった。


・支払いは工期ごとの分割前払い

・追加工事はすべて再契約必須

・未払い時、魔導的拘束を即時発動


――一切の逃げ道がない。


サトウは腕を組み、その内容をじっと見つめていた。


サトウ「……これはもう、建築じゃなくて要塞ですね。」


ルルは当然のように頷く。


ルル「契約は防御壁です。穴があれば、必ず突かれますから。」


ガンツが低く笑った。


ガンツ「はは……こりゃ、相手の心が先に折れるな。」


その夜、ランプの火が消えるまで、

契約書は一文字たりとも揺るがなかった。


翌日。


謁見の間には、重苦しい空気が漂っていた。

長いテーブルの向こう側に並ぶのは、聖王国の貴族たち。

豪奢な衣装に身を包んでいるが、その表情は揃って硬い。


彼らの前に置かれた契約書は、昨日までとは別物だった。


紙をめくる音が、やけに大きく響く。


貴族A「な、なぜ……こちらに、こんなにも不利な条件が……!」


声は上ずり、指先がわずかに震えている。


その向かいで、ルルは背筋を伸ばしたまま、冷静に答えた。


ルル「不利ではありません。“適正”です。」


眼鏡の奥の瞳が、静かに貴族たちを射抜く。


ルル「前払いは、工期短縮の保証。再契約は、仕様変更の透明化。拘束条項は――未払い防止措置。」


一人の貴族が喉を鳴らし、別の者は視線を逸らす。

反論の言葉は、誰の口からも出てこなかった。


それ以上の説明は、必要なかった。


沈黙が落ちる。

豪奢な広間に、時計の針の音だけが響く。


やがて――。


貴族たちは、互いに顔を見合わせ、ゆっくりと頷いた。


ペンが動く。

署名が並ぶ。


全会一致。


契約は、承認された。


工事終了後――。


夕暮れの現場には、すでに喧騒はなかった。

石材の粉塵も落ち着き、組み上げられた聖堂の壁は、夕陽を受けて静かに輝いている。

風が吹き抜け、足場のロープがかすかに鳴った。


サトウは、革袋を一つ取り出した。

中には、約束された報酬が過不足なく収められている。


サトウはそれを、ルルの前に差し出した。


サトウ「あなたがいなければ、確実に赤字でした。……報酬です。」


感謝と、ほんの少しの反省が混じった声だった。


しかし――。


ルルは、受け取らなかった。


両手で算盤を抱えたまま、一歩も動かない。


ルル「不要です。これは“業務”ですから。」


きっぱりとした言い切りに、ガンツが目を丸くする。


サトウ「では……これからも?」


その問いに、ほんの一拍。


ルルは眼鏡の奥から、サトウを見上げた。

夕陽がレンズに反射し、その表情は少しだけ読みにくい。


ルル「あなたは、数字を軽視しすぎです。」


サトウは苦笑し、肩をすくめた。


サトウ「……返す言葉もありません。」


ルルは小さく息をつき、視線を一度だけ聖堂へ向ける。


ルル「ですが」


算盤を抱え直し、静かに、しかし確かな声音で続けた。


ルル「あなたの建物は、人を生かす。ならば私は、あなたの仕事が“潰れない”ようにします。」


その言葉は、契約書よりも重かった。


ガンツ「おお……!」


思わず漏れた感嘆の声が、夕暮れに溶ける。


ルルは淡々と続ける。


ルル「経理、契約、交渉。すべて引き受けます。」


サトウは一瞬だけ目を閉じ、それから深く頭を下げた。


サトウ「……お願いします。ルルさん。」


短い言葉に、最大限の信頼が込められていた。


こうして――。


凸凹工務店に、

図面と現場を暴走させない、

最強の“ブレーキ役”が加わった。


それから、しばらく後――。


再び、凸凹工務店に、見覚えのある封蝋付きの書簡が届いた。

今度は、聖王国の貴族家の単独名義。だが、紙質も文面も、どこか腰が低い。


サトウは目を通し、静かに息をついた。


貴族A「サトウ殿。我が国の聖堂が老朽化しておりましてな。ぜひ、その技術で――」


サトウ「承知しました。では、現場を拝見しましょう。」


即答だった。

現場を見なければ、何も始まらない。それがサトウの流儀だ。


現地。


王都の中心にそびえる巨大な聖堂。

だが、その威容の前には、不釣り合いな木製の看板が立てられていた。


【改修中】


足場が組まれ、石材が積まれ、すでに別の業者が忙しなく動いている。

金属音と怒号が響き、現場はどこか落ち着きがない。


サトウは、じっと看板を見上げた。


サトウ「……あの看板」


視線の先。


腕を組み、現場を見下ろすように立つ男がいた。

派手な装飾の上着、誇張された身振り。

聖王国御用達ギルド《黄金のゴールド・ハンマー》の親方だ。


親方「見ろ、この壁を!」


彼は白く輝く外壁を叩き、誇らしげに叫ぶ。


親方「聖水で仕上げた白大理石だ!お前のコンクリートとは、格が違う!」


これ以上ないほどのドヤ顔だった。


サトウは表情を変えない。

ただ、静かに目を細める。


次の瞬間――。


サトウの視界が切り替わった。


建築聖眼ビルド・スキャン】発動。


外壁の向こう。

石の裏。

柱、梁、基礎――すべての構造が、透過情報として流れ込んでくる。


サトウ「……表面だけですね。」


淡々とした声が、現場に落ちた。


サトウ「古い柱の上に、薄く石を貼っただけ。耐震補強は、ほぼゼロです。」


親方「な、何を言う!」


親方の声が裏返る。


親方「見た目は完璧だろうが!」


その瞬間。


サトウの手元で、魔導具が起動した。


赤外線サーモグラフィー。

探傷機。


ピコピコ……。


機械音とともに、壁面に投影された映像が変化する。

内部の空洞。

構造材に広がる黒い影――湿気と腐食、そして黒カビ。


ざわり、と貴族たちが息を呑む。


サトウは視線を外さず、はっきりと言った。


サトウ「表面を綺麗にするのは“掃除”です。建物の寿命を延ばすのが、“リフォーム”ですよ。」


沈黙。


数秒後、誰かが小さく頷いた。


貴族たち「……なるほど。」


理解の声が、連鎖する。


親方「な……なにぃぃっ!?」


親方の叫びだけが、現場に虚しく響いた。


サトウは、感情を交えず、

ただ“正解”だけを示した。


手元の資料を広げ、淡々と指を走らせる。


サトウ「真の改修案です。」


静まり返った現場に、要点が落とされる。


・炭素繊維シート補強

・免震ダンパー

・石材硬化薬+改質剤


貴族たちが、息を呑む。


サトウ「既存構造は活かします。ただし、力の流れを組み替える。“壊さずに、強くする”方法です。」


合図とともに、ガンツが魔導噴霧器を構えた。


シュッ……。

シュッ……。


細かな霧が石材に降りかかる。


次の瞬間。


白大理石の表面が、ぎゅっと引き締まり、

鈍く、しかし確かな光を放った。


まるで、内部から力が宿ったかのように。


ガンツ「効いてますぜ、監督ゥ!」


その声に応えるように、

石を叩いた音が変わる。

軽さが消え、重く、締まった音。


貴族たち「おおおおっ!」


歓声が上がる。


一方――。


親方「う、うわあああ……!」


《黄金の槌》の親方は、膝から崩れ落ちた。

自分の“見た目だけの仕事”が、完全に否定された瞬間だった。


その後は早かった。


《黄金の槌》は、過去の不正と虚偽施工が洗い出され、

詐欺罪でギルドから追放。


貴族たちは、ようやく理解する。


――見栄より、安全。

――信仰より、構造。


サトウは報酬袋を受け取り、

そのままルルに手渡した。


サトウ「管理、お願いします。」


ルルは中身を一瞥し、即座に判断する。


ルル「次の公共事業の準備金ですね。承知しました。」


一切の無駄がない。


一方その頃――。


親方は宿の布団に倒れ込み、

天井を見つめたまま動けずにいた。


ガンツが、その肩を軽く叩く。


ガンツ「監督……完全に心が折れてますな。ですが、気持ちのいい現場だ!」


サトウは、聖堂を見上げ、

ほんの少しだけ口角を上げた。


サトウ「……次は、あの人のギルド事務所、雨漏り直してあげましょうか。」


ガンツ「監督……それはさすがに性格悪い!」


乾いた笑いが、現場に広がる。


やがて――。


聖堂の鐘が、静かに鳴った。


それは祈りの音であり、

同時に、“信頼が積み上がった証”でもあった。

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