解体か、再生か? 異世界最大プロジェクト、魔王城の完全竣工!
それは、誰にも見せられていなかった場所だった。
聖王国総本山――地下最深部。
分厚い扉を押し開けると、冷たい空気に混じる鉄と魔力の匂いが鼻を刺す。
光の届かぬ闇の中で、巨大な魔力炉が存在感を誇示していた。
無数のパイプが迷路のように絡まり合い、亀裂の入った金属は微かに歪み、床は踏むたびに沈み、いやなきしみを上げる。
振動が体に伝わり、胸の奥に、まるで世界の秘密を覗き込むような圧迫感が走った。
サトウは息を呑んだ。
両手を軽く握りしめ、足元の鉄の冷たさを感じながら、一歩ずつ前に進む。
サトウ「……これが……」
声がかすれて、自分でも驚くほど小さく出た。
目の前に広がる景色は、神聖でも清らかでもなく、ただ圧倒的で、忌々しいほどに生々しい。
サトウ「世界の心臓……か?」
低く重い沈黙の中、バルバントが顔を伏せる。
大司教エージェント・バルバント――聖王国の最前線で“光”を守る男の瞳にも、珍しく迷いが宿っていた。
バルバント「代々……ここから魔力を汲み上げてきた。聖なる光を維持するためにな。」
彼の声は震えてはいないが、背後の炉のきしむ音に飲まれるように、重みを帯びていた。
鉄の匂い、焼けた魔力の匂い、そして古びた油の匂いが混じり合う空間に、時間が凍り付いたように感じられた。
サトウはゆっくりと手を伸ばす。
パイプの冷たさが指先に伝わり、微かに振動する金属の感触が、まるでこの世界の“鼓動”を直に触れているかのようだった。
サトウ「これ……直せるんですか?」
バルバントは少し顔を上げ、深い影に沈む瞳をサトウに向けた。
その表情は、信頼と恐怖が入り混じる、まるで古い城壁に刻まれた裂け目のようだった。
バルバント「……壊すことも、再生することも、できるかもしれん。だが、世界が止まる覚悟がいる。」
サトウは息を整え、胸の奥で何かが熱くなるのを感じた。
視界の奥で、パイプの隙間から微かに光が漏れ、冷たくも力強い輝きを放っている。
それは、ただの炉ではない。未来を左右する巨大な存在そのものだった。
サトウ「……やります。」
言葉と同時に、決意の熱が全身を駆け抜ける。
鉄の床が微かに揺れ、パイプがきしむ音が、まるで応えるかのように響いた。
地下最深部の空気が、初めて生き物のように動いた瞬間だった。
サトウは即座に【ビルド・スキャン】を展開した。
掌から発せられる光が空間を満たし、金属のきしみや空気の微細な振動まで、詳細に解析する――魔法と科学の融合。
――レッドアラート。
画面に赤く浮かぶ文字列が、無機質に、しかし恐怖そのものを帯びて輝いた。
建物の警告ではない。
世界そのものに、生命の危機を告げる信号だった。
【金属疲労:限界超過】
【基礎沈下:進行中】
【耐用年数:超過】
サトウは目を見開いた。
指先の光が揺れ、スクリーンの情報が一瞬まぶしく跳ねる。
サトウ「……冗談だろ。」
声は震えていない。だが、その低い呟きに重みがあった。
胸の奥の理性と本能が同時に警告している――この世界は、もはや安定していない、と。
サトウ「世界が――寿命切れじゃないか。」
その瞬間、体の奥から冷たい衝撃が駆け上がった。
地下の床が軋み、パイプが悲鳴のように鳴く。
空気が振動し、壁の亀裂が微かに光を帯びる。
そして――
地上が、揺れた。
岩肌の山々がうねり、森がざわめき、遠くの町が小さく崩れ落ちる。
雷鳴のような轟音が地下まで届き、耳を震わせた。
空が、裂けた。
鋭い光が裂け目から突き出し、闇を切り裂く。
冷たい風が地下に吹き込み、パイプの蒸気を舞い上げる。
サトウは咄嗟に体を低くし、床に手をついた。
視界の端で、亀裂の奥に広がる光の奔流が、まるで世界そのものが溶け出すように揺れていた。
サトウ「く……こんなことが……!」
呟く声は、緊張で震える。
だが、その目には決意が宿っていた。
ここで諦めれば、世界は――いや、魔力炉の上に築かれた全てが崩壊する。
世界各地で、空間のひび割れが発生した。
青空を裂く亀裂から、異界の“バグ”が雨のように降り注ぎ、森や街、山々を奇怪に変形させていく。
魔王城も、聖王国も――例外ではなかった。
爆発音のような轟きが遠くから伝わり、瓦礫が舞い、建物の影が揺れる。
サトウは、地上に駆け戻ると同時に、体中の血が逆流するような焦りを吐き出した。
サトウ「戦ってる場合じゃない!」
その声は戦場の騒音を突き抜け、勇者も魔王も、兵士も民も、一瞬だけ足を止めた。
サトウは胸を張り、両陣営を睨みつける。
目に宿るのは、怒りでも恐怖でもない――絶対的な使命感だった。
サトウ「いいか! 勇者も魔王も、住む場所がなくなったら終わりだ!」
砂埃と瓦礫が舞う戦場で、サトウは大きく腕を振り上げた。
光も影も、魔力も剣も、すべてを一度止めさせるような圧力がそこにあった。
サトウ「今からここは――世界再生共同現場だ!」
静まり返る戦場。
空の裂け目が微かに光を漏らし、吹き荒れる風に、瓦礫が舞う。
その静寂は、これから起こる巨大な挑戦を予感させる重さを帯びていた。
そして――
魔王ゼノンが、剣をゆっくりと下ろした。
鋼の重みが土に落ち、響き渡る。
ゼノン「……従おう」
その一言に、戦場の空気が一瞬変わる。
恐怖でも威圧でもなく、信頼に近い何かが、凍りついた戦場に流れた。
勇者レオも、剣を握り直し、深く頷いた。
レオ「敵でも……現場では仲間だ。」
サトウは小さく頷き、すぐに指示を出す。
兵士も魔族も、勇者も魔王も――言葉よりも行動で理解し、手分けして瓦礫を取り除き、崩れかけた建物を支える。
突貫工事が、始まった。
地響きと魔力のうなり、金属と木材の軋む音が混ざり合い、戦場は一転して巨大な建設現場と化した。
だが誰もためらわない――全員の目には、再生という一点の希望だけが映っていた。
沈み続ける世界の土台に、魔王と聖王国の魔術師たちが肩を並べる。
大地は亀裂を広げ、足元の岩盤が微かに揺れ続ける中、二つの陣営の間に生まれたのは、戦場とは違う緊張感――共闘の緊張だ。
魔王ゼノン「重力魔法、最大出力!」
聖王国の大魔術師マリウス「世界を――ジャッキアップしろ!」
轟音と共に、地下深くの岩盤がわずかに持ち上がる。
砂塵と瓦礫が舞い、空間のひび割れからは異界の“バグ雨”が吹き込むが、二人の魔力が盾となり、建造物を一時的に支える。
空間の裂け目には、ディアドラと勇者レオが取り付いた。
片手に魔法具、片手に補修資材を握り、微動だにせず裂け目に向かう。
ディアドラ「これが……シーリング材?」
レオ「1ミリも残すな!隙間は、全部“劣化”の入口だ!」
指先で詰め込み、裂け目を封じる二人。
冷たい風と砂埃の中、集中の汗が頬を伝う。
まるで世界の皮膚を直接縫い合わせるかのような緊迫感が、二人の心臓を震わせた。
心臓部では――
ガンツ率いるドワーフ軍団が、汗だくで配管を引き抜いていた。
鉄の摩擦音、蒸気の吹き出す音、そして魔力が伝わる低い振動が、作業場を満たす。
ドワーフ隊長ガンツ「古い魔力パイプは全部撤去だ!」
部下「サトウのカタログのやつを寄越せ!」
手渡されたのは、磨き上げられたステンレス製の高圧配管。
光を反射して冷たく輝くそれは、まるで世界の血管そのもの。
次々と、古い血管が抜かれ、新しい血管に置き換えられていく。
鉄の冷たさが手に伝わり、魔力が管を通るたびに微かに震え、全員の胸に、再生の実感が流れた。
サトウ「よし……次だ。全員、手を休めるな!」
地鳴りの中、誰も疲れを見せず、ただ前に進む。
だが――それでも、崩壊は止まらなかった。
空は裂け、地は揺れ、裂け目から雨のように降り注ぐ異界の“バグ”は止まる気配がない。
サトウは重く息を吸い込み、歯を食いしばった。
サトウ「……足りない。」
両手で端末を握りしめ、画面を静かに開く。
表示された残ポイントは――ゼロ目前。
冷たい光が顔を照らし、汗まみれの額を滑り落ちる。
サトウ「根本的な……管理システムが」
言葉を飲み込み、沈黙の中で端末を操作する指先に、全世界を救う責任の重みが伝わる。
そして、静寂を破るように、決断の声を発した。
サトウ「……全部、使うか。」
カタログが振動し、光を放つ。
金属と魔力の匂いが混ざり、空気が一瞬だけ震える。
そして――
召喚されたのは、もはや“物”ではなかった。
【全自動・世界メンテナンス・システム】
巨大な装置が空間に浮かび、光と魔力の粒子が渦を巻く。
建物が傷つけば、自動で修復し、歪みが出れば即座に補正する。
住人の感情、ストレス、活動量まで感知し、空調・照明・魔力供給を最適化する――まるで世界そのものが生き物のように反応するシステム。
――地球のスマートシティ技術を、概念レベルまで昇華させた存在。
ディアドラ「世界を……管理する?」
誰かの声が震え混じりに空間に響く。
だが、サトウは首を横に振った。
サトウ「違う。」
目に力を込め、光の渦を見つめる。
口調は静かだが、その言葉に全ての現場が息を飲む。
サトウ「長持ちさせるんだ。」
光が周囲に拡散し、破損した建物や裂けた地面、崩れかけた魔力炉の断片までを包み込む。
魔王も勇者も、ディアドラも、ドワーフも――誰もその光を遮れない。
世界の血管、土台、空間――すべてが、新たな秩序に染まり始めた瞬間だった。
そして、微かに――だが確実に、崩壊の進行が止まる。
サトウは、魔力炉――世界の心臓へとゆっくり歩み寄った。
轟く地鳴りも、舞い上がる瓦礫も、雨のように降る異界のバグも、すべて遠くに押しやったかのように、足音だけが響く。
手にしていたのは、一枚の金属板。
重みが手に伝わり、冷たくも凛とした光を放つ。
――竣工プレート。
サトウは深く息を吸い込み、魔力炉の中心部に向かって打ち込む。
金属が床に触れる瞬間、空気が一瞬凍ったように静止する。
サトウ「XXXX年竣工 設計施工:凸凹工務店」
その文字を刻んだ瞬間、全身を貫く衝撃が走った。
地鳴りが止み、振動が消え、世界の揺れが、確実に、音もなく止まった。
空の裂け目は、静かに光を帯び、やがて美しいステンドグラスのような補強跡へと変わる。
光と魔力の粒子が織りなす虹色の模様は、世界が生まれ変わった証。
誰もが息を呑み、言葉を忘れた。
魔王ゼノンは剣を握ったまま立ち尽くす。
勇者レオも、目を丸くして空を見上げる。
ディアドラも、頬の汗をぬぐいながら、信じられないように視線を巡らせた。
サトウは、微かに笑った。
手のひらに残る竣工プレートの冷たさが、全ての努力と戦いを噛み締めさせる。
サトウ「……これで、長く……持つ。」
世界は静かに呼吸を取り戻し、建物は再び揺れず、空間は完全に安定した。
戦場だった場所は、いつしか世界再生の現場となり――新たな秩序と安心が芽吹き始めたのだった。
――引き渡しの日。
世界は、静かに、しかし確実に平和を取り戻していた。
空は青く澄み、裂け目の跡は美しいステンドグラスの光を透かすように輝き、街は再生の息吹で満ちていた。
聖王国と魔国は、もはや剣を交える敵対関係ではなくなった。
両陣営は、武力ではなく、建築技術や街づくりのセンスで競い合う――新たな形の平和が、そこにあった。
そして――サトウの前に、現代へ帰るためのゲートが、静かに開いた。
光の渦が、未来へ続く道を示している。
サトウ「……終わった、か」
胸の奥がほっと熱くなる。
世界を救った――というより、再生させた手応えが、指先まで伝わる。
その背中に、元気な声が飛んだ。
ディアドラ「サトウ!」
振り返ると、ディアドラが腕組みをしながら少し不満そうに立っていた。
その目は期待と苛立ちが混ざった、あの「現場監督の隣にいなさいよ」目線だ。
ディアドラ「次の現場――私の隣の契約が、まだ済んでいないぞ!」
サトウは苦笑し、肩をすくめる。
だが次の声が、さらに追い打ちをかけた。
魔王ゼノン「サトウ!」
振り返ると、魔王まで慌てて叫んでいる。
ゼノン「次は城の庭にゴルフ場を――」
サトウは頭をかき、視線を空にやる。
この平和の中でも、仕事は尽きない――それが彼の宿命らしい。
サトウ「……帰れそうにないな、これ。」
ディアドラとゼノンが目を輝かせて頷く。
だが、サトウは肩の力を抜き、微笑んだ。
世界を再生した男の、少しだけ疲れた、しかし確かな笑み。
――こうして、凸凹工務店の異世界プロジェクトは幕を閉じた……のだが、
現場監督・サトウの冒険は、まだまだ終わらないらしい。
数年後。
魔王城は、世界一の観光リゾート兼、建築の聖地となっていた。
城壁には人々の笑い声が響き、庭園には魔法の噴水が煌めく。
かつての戦場は観光客でにぎわい、異界の“バグ”もすっかり街の演出の一部となっていた。
その城の一角、工事現場のような騒音の中に、ひとりの男がいた。
ヘルメットを脱ぎ、少し日焼けした顔で図面を広げる。
年輪のような疲れはあるが、その瞳は確かな輝きを失っていない。
サトウ「……よし。」
軽く肩を伸ばし、空を仰ぐ。
青空に浮かぶ雲は、過去に裂けた空の傷跡すらも隠すかのように、穏やかに流れていた。
サトウ「次は――月に別荘でも建てますか。」
ディアドラが即答する。
ディアドラ「見積もり、承ります!」
サトウ「納期は?」
ディアドラは腕組みし、満面の笑みで答えた。
ディアドラ「……永遠ですね、サトウ!」
サトウは苦笑しつつも、胸の奥で、何かが満たされるのを感じた。
安全第一、笑顔第二――かつての戦場で学んだ理念が、今や世界の隅々まで生きている。
――こうして、異世界最大プロジェクトは、完全竣工した。
工事現場の喧騒も、笑い声も、光と魔力の煌めきも、
すべてが「建築」という名の奇跡に包まれた世界の証人となったのだった。
しかし、サトウの胸には、まだ微かに期待がくすぶっていた。
――世界は、完全ではない。
新しい依頼、新しい建設現場、新しい異界の問題――
次の工事現場は、さらに手ごわい相手が待っている予感があった。
サトウ「……さて、そろそろ次の現場に行きますか。」
空に向かって指をさすサトウの瞳は、好奇心と覚悟に満ちていた。
――異世界建築士・サトウの冒険は、まだ始まったばかりだ。
第1章完結です。ここまで読んでくださり、ありがとうございます。次回から第2章になります。まだまだサトウの物語は続きます。どうぞ変わっていく異世界を見ていてください。
もし「続きが気になる」「面白い」と思っていただけましたら、評価欄からポイントを入れて応援いただけると、執筆の大きな励みになります。 感想やブクマも心よりお待ちしております!




