最強の防衛設備? 勇者の心を折る「全自動オートロック」
その日、魔王城の空気は、やけに張りつめていた。
石造りの城壁は薄い霧に覆われ、風が渦巻くたびに冷たい金属音が鳴る。
空気には鉄の匂いと、古城特有の湿った石の匂いが混ざり、胸の奥をぞわりと刺激した。
見張りの男が、肩越しに遠くを見据える。
水平線の向こう、白い旗がひらめき、鎧が太陽の光を反射する。
整然と進む数千の兵の列は、まるで城へ押し寄せる白い波のようだった。
見張り「……来たぞ。」
先頭には、聖王国の紋章を掲げた使者が、堂々と立っていた。
拡声魔法の波動が城内に響き渡る。
使者「宣告する! 魔王城は、不法建築かつ建築確認申請の提出なき違法建造物である! よって本日をもって――是正指導(物理)を開始する!」
玉座に座る魔王ゼノンの膝が、微かに震えた。
重々しいシャンデリアの光が彼の額の汗を照らし、威厳ある黒衣をわずかに弱々しく見せる。
ゼノン「つ、ついに来たか……。サトウ! 最新のバリケードを! いや、トラップでもいい! とにかく城門を固めてくれ!」
だが、城の片隅でカタログ端末を操作するサトウは、天気でも予報しているかのように落ち着き払っていた。
薄暗い操作室の中で、端末の青白い光が彼の顔を静かに照らす。
サトウ「バリケード? いえ、魔王様。」
ゼノンは耳を疑い、目を丸くした。
サトウ「時代はスマートホームです。そもそも――」
彼は指を鳴らす。ピッ――静まり返った城内に響いた音とともに、城門の巨大な鉄扉が機械的な動作音を立てて閉まる。
サトウ「アポ無し訪問は、インターホンで門前払いです。」
その微笑は、優しさというより、冷徹な業務連絡のようだった。
サトウの指は止まらず、端末を操作し続ける。
城内には、もはや戦いの気配よりも、“スマート防衛の静けさ”が漂っていた。
数分後。
魔王城・正門は、もはや「要塞」と呼ぶにはあまりにもスマートすぎる姿をしていた。
古びた石造りの門は跡形もなく、そこに鎮座していたのは――巨大なスクリーン付きの最新型インターホン。
金属の冷たさに混じる青白い光が、霧の立ち込める城前を妖しく照らす。
門の前に整列する聖騎士団の顔が、城内のモニターにズラリと映し出される。
それぞれの鎧が光を反射し、目を細めて画面を覗き込む姿は、まるで見慣れない魔物を観察するかのようだった。
サトウ『……はい、どちら様ですか?』
モニター越しに響く声は、冷静沈着そのもの。
威圧も殺気もなく、ただ“事務的な業務連絡”のような落ち着きがあった。
サトウ『ご用件をどうぞ。』
聖騎士団「なっ……!」
隊列がざわつく。
目の前にいるはずの相手がいないのに、見えぬ城内から声が響く違和感。
勇者たちは、思わず言葉を失った。
騎士A「われわれは、聖王国の――」
サトウ『あ、営業なら結構です。今、リフォームで忙しいので。』
騎士B「待て! 我々は執行機関だ!」
サトウ『では、身分証をカメラにどうぞ。顔認証と照合します。』
ピコン――カメラが閃き、赤い光が一瞬で騎士の顔をなぞる。
サトウ『……該当データ、なし。はい、不審者です。』
騎士C「不審者!?」
次の瞬間、門前の地面に赤い光のラインが走る。
レーザー式・赤外線センサー。
空気がビリビリと震え、まるで見えない刃が敷かれたかのようだ。
騎士Dが、思わず一歩踏み出す。
――ピロリロリ~ン!!
警報音が城下町にけたたましく響き渡る。
住民の家の屋根が小さく揺れ、犬が吠え、鳥が一斉に飛び立った。
騎士A「うわっ!?」
騎士B「な、なんだこの音は!」
サトウ『防犯システム作動中です。近隣住民のご迷惑になりますので、お静かに。』
聖騎士団は完全に混乱した。
誇り高き精鋭たちも、全自動オートロックの前では、ただの訪問者と同じ扱い。
焦りと困惑で体を動かせず、門前に立ちすくむばかりだった。
ゼノンは玉座の上から見下ろし、内心でほくそ笑む。
ゼノン「……フフフ。これぞ、我が城の“最強の防衛設備”……勇者の鼻を折る、全自動オートロックよ……」
霧の中、青白い光が城門を妖しく照らす。
その光景は、まるで戦場ではなく――最新鋭スマートホームのショールームのようだった。
そこへ。
白銀の鎧が、一歩前に踏み出す。
金属が光を反射し、風のような音を立てる。
勇者レオ・ブライト――聖王国の誇る光の剣士だ。
レオ「俺が行く! 魔法などに頼らず、この剣で正義を示す!」
陽光を受けた聖剣が、まばゆい光を放つ。
周囲の騎士たちは息を飲み、目の前の壁――最新鋭インターホンと全自動門扉――に立ち向かう勇姿を見守った。
しかし、その勇ましさも、まだ序章に過ぎなかった。
サトウ『あ、お客様』
城内から響く声は、妙に親切で、まるで案内係のそれだった。
サトウ『そこを傷つけるとですね――火災報知器が作動します。』
レオ「火災……?」
疑問が頭をよぎった瞬間、聖剣が門を叩く。
――ゴォォォッ!!
天井から、大量の白い粉末が降り注ぐ。
舞い散る粉塵は、まるで雪の嵐。視界は一瞬にして真っ白に染まった。
レオ「ぐあっ!? 視界が……!」
騎士たちも咳き込み、手探りで足元を確認するしかなかった。
粉塵は消火用の大理石粉末。
床にぶつかる音さえ、白い幕に吸い込まれて消えていく。
聖なる光をまとった勇者の剣が――遮られ、無力化されたかのように見えた。
サトウ『……あ、さらに追い打ちしますね。』
ギィ……と、城門が静かに開く音。
薄暗い廊下に、小さな無数の影が滑るように走る。
騎士A「なっ!?」
騎士B「足元が!?」
――ルンバ(魔改造型)。
改造された掃除機型兵器は、執拗に足首を狙う。
転ぶ者、ぶつかる者、踏まれる者――隊列は瞬く間に崩壊し、無秩序の渦に巻き込まれた。
金属がぶつかる音、咳き込み、悲鳴、足をすくめる音――それらが混ざり合い、まるで地獄絵図のように廊下を満たす。
サトウは端末を操作しながら、淡々と状況を見守る。
城内に響く機械音と騎士たちの悲鳴は、もはや“防犯効果の証”でしかなかった。
サトウは、拡声器を手に取った。
城内の静寂が一瞬で張りつめ、空気がピンと硬直する。
サトウ「はい、注目ー!」
騎士たちは動きを止め、咳き込みながらも粉塵にまみれた自分たちを見下ろすしかなかった。
胸の高鳴りと威厳は、いつの間にか混乱と羞恥に塗り替えられている。
サトウ「不法侵入未遂! 器物損壊未遂! 近隣住民への騒音公害!
聖王国の皆さん、自分たちのコンプライアンス、どうなってます?」
その声は淡々としているのに、重みがあった。
赤いレーザー光と白い粉塵の下、誇り高き勇者たちも、ただの不審者にしか見えない。
サトウ「違約金と損害賠償の請求書、教会宛てに送っておきますね。」
沈黙が城内を覆う。
ルンバたちの小さな機械音だけが、粉塵に紛れて不気味に響く。
その空気の中で、誰かが小さく呟いた。
騎士C「……俺たち……正義じゃなくて……」
騎士D「……ただの、不審者……?」
士気は音を立てて崩れ落ち、騎士たちの肩は力なく落ちる。
城内の冷たい照明が、粉塵に混ざる赤いレーザーを照らす中、ルンバたちは無邪気に床を掃き回る。
勇者たちの威厳は、もはや微塵も残っていなかった。
数分後。
城門の前には、粉まみれになった聖騎士団の背中が並んでいた。
白銀の鎧は灰色に染まり、誇り高き聖王国の象徴であるはずの旗も、粉塵で霞んでいる。
馬の蹄が石畳を蹴る音がかすかに響き、やがて隊列は城門から離れていった。
粉塵の舞い上がる中、誇り高き騎士たちの勇姿は、もはやただの疲れた群れにしか見えなかった。
城内。
ゼノンは、玉座の前にへなへなと腰を下ろした。
膝に手を置き、深く息をつく。
冷たい石床に触れる指先に、緊張の余韻がまだ残っていた。
ゼノン「……勝った。剣も、魔法も使わずに……」
城内の空気には、戦いの痕跡ではなく、粉塵の香りと微かな機械音だけが漂う。
壁際では、サトウが肩をすくめながら端末を片付けていた。
淡々とした動作だが、その背中からは確かな自信と冷静さが滲む。
サトウ「防犯の基本です。」
ゼノンは半ば呆れ、半ば感心したように視線をサトウに向ける。
玉座の陰で、魔王の口元がわずかに上がった。
勝利の味は、戦うことで得るものばかりではない――初めて感じる、静かで安心できる安堵。
粉塵の舞う城内に、短い静寂が訪れる。
外では、撤退する騎士たちの慌ただしい足音が遠ざかる。
その音は、魔王城が再び静寂と秩序を取り戻したことを告げていた。
ゼノン「……これが、最強の防衛設備か……サトウよ。」
サトウは無言で頷き、肩越しに軽く微笑む。
その微笑には、言葉以上の意味があった――守るべき城を戦わずして守り切った、自信と誇り。
――その夜。
廊下の明かりは、月光と淡いランプの光だけで、静かに長い影を落としていた。
その影は、魔王ゼノンだった。
玉座の間の熱気も戦いのざわめきも消え、城は深い静寂に包まれている。
ゼノン「……あれ?」
手を伸ばし、指紋認証パネルに触れる。
だが、無情にも赤いランプが点滅する。
ゼノン「指紋が……通らぬ……」
昼間、書類の整理で指を切っていたことを思い出し、軽く唇を噛む。
困惑と悔しさが入り混じった表情で、廊下に立ち尽くす。
ゼノン「サトウ……?」
サトウの声は、端末の奥から淡々と、しかし確実に響いた。
サトウ「防犯レベル、最大にしてますから。」
その言葉に、ゼノンは仕方なく諦め、廊下に敷かれた毛布にくるまった。
冷たい石床に包まれながらも、なんとなく安心できる暖かさがある。
深い息をつき、ようやく眠りについた。
その様子を見守っていたディアドラは、小さく呟く。
ディアドラ「……サトウ殿の防犯は、剣よりも鋭い……」
彼女は手元の防犯ブザーを握り、首から大事そうに下げた。
小さな機械だが、城の安全を守る力がぎゅっと詰まっていることを知っている。
魔王城は、今日も――平和だった。
粉塵もレーザーも、ルンバの襲撃も、すべては過去の出来事。
城内に漂う静寂は、守られた者たちの安心感で満たされていた。
ゼノン(……これなら、明日も平和に過ごせそうだな。)
サトウは、淡い笑みを浮かべながら、今日も城のシステムを静かに監視していた。
守る――それが、戦わずしてできる魔王城の新しい形。




