表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

幸せを奪われたつもりになる人達

作者: P4rn0s
掲載日:2025/12/24

世の中には、自分が損しているわけでもないのに、

誰かが少し得をしただけで、まるで自分が奪われたかのように悔しがる人間がいる。


私はそういう人を前にすると、いつも不思議な気分になる。

自分の取り分は何ひとつ減っていない。

生活も、給料も、明日の予定も変わらない。

なのに、他人がちょっと優遇されたり、運良く得をしたりするだけで、

まるで世界のバランスが崩れたかのように怒り始める。


「不公平だよな」

彼らは決まってその言葉を使う。

でも、本当に不公平なのだろうか。

彼らが言っているのは、“自分が損をした世界”ではなく、

“自分以外が得をした世界”が許せないだけだ。


私は思う。

不公平を嫌っているんじゃない。

ただ、自分が中心じゃない状況に耐えられないだけだ。


職場でもそうだった。

同僚の誰かが表彰されたり、少しだけ多く仕事を任されたりすると、

途端にあからさまな不機嫌を見せる者がいる。

自分が褒められたわけでも、怒られたわけでもないのにだ。


私は彼らを横目に思う。

「得した人がいる」

それだけで、自分が損した気になってしまうのは、

心のどこかが常に“比較前提”で動いている証拠だ。


そして、比較だけで生きている人は、

自分の幸福を、自分の尺度で測ることができない。


他人が笑っていれば不安になり、

誰かが褒められれば嫉妬で固まり、

隣の人間が一歩前に出ただけで、なぜか自分が一歩後ろに下がったような錯覚に陥る。


だからヘイトが生まれる。

理由なんていらない。

ただ、自分が中心でいられない現実が気に食わないだけだ。


私は帰り道、街の灯りを見ながら思う。

誰かの“得”に動じない心こそ、

本当の意味で自分の人生を歩ける人間のものだ、と。


羨望も、嫉妬も、怒りも、

それ自体は人間らしい感情だ。

でも、それを他人にぶつけ始めた瞬間、

その感情の主体は自分ではなくなってしまう。


自分の幸せを他人任せにしたくない。

そんな小さな誇りだけを胸に、私は家までの道を歩き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ