第58話 宮本万葉
今日一日で本章の復興と本業編最終話まで更新しちゃいます!
更新時間は12時から一時間おきになります。
ストックはまだありますが、そのうち尽きるため、今日の一斉投降を終えるとしばらくは通常の更新ペースに戻ると思いますのでご了承ください。
今まさに輪島を倒し、九死に一生を得たと思った次の瞬間に命を失いかけ、また救われた剛志は、一気に押し寄せた自身の経験のない出来事により、軽いパニック状態に陥っていた。
「え、え、何が……」
そうつぶやく剛志に対し、一瞬睨みつけた万葉は、
「守るのが大変になるから動かないでね。それと、余計なこともしないで」
と、ぴしゃりと言い放った。
それに対し、すでに満身創痍の剛志は「わかりました」と頷くのが精一杯だった。
剛志がうなずくのを確認した万葉は、視線を謎の男に戻す。
「あなた誰? どこの探索者? 見ない顔だけど」
そう言って思案顔をする万葉。もともと整った顔立ちなので、少し頭を傾けながら考え込む姿は絵画のような美しさがあるが、それも彼女の手に刀がなければの話だろう。
そんな万葉の問いに、謎の男は答える。
「俺か? 俺はA.B.Y.S.S.の諜報担当だ。名前はシークレットで頼むよ。裏方なもんでね」
と、ふざけた態度で挑発するように答えた。それに対して万葉はあまり興味なさそうに、
「へぇ、そう。まあいいわ。とりあえず手足の一本か二本切り落として、動けなくしてから聞き出せばいいだけだしね」
と言って、刀を構える。
「うへぇ、やっぱあんた頭おかしいよ。なんでそんなことを当たり前みたいに言えるのさ。剛志君もそう思うよね?」
いきなり剛志に話しかけてきた謎の男。それに対し剛志が一瞬たじろいだのを合図にするように、万葉と謎の男はいっせいに動き出した。
謎の男が剛志めがけてナイフを投げると、そのナイフを空中で真っ二つにしてしまう万葉。
その投げナイフは陽動なのか、切られたことを一切気にせず左右に揺さぶるような不思議なステップで万葉を翻弄する男。この間の攻防はすでに剛志の認識速度を超えているため、影が動いているくらいにしか剛志は理解できていない。
さっきのバーサーカーモードの輪島に比べても、ほとんど違いの見られないスピードでの攻防に剛志がついていけなくなってきた頃、戦いは大きく動いた。
「【影分身】」
男がスキルを発動させると、男の姿がぶれ、そこから全く同じ見た目の男が数十人現れた。諜報部員というだけあり、忍者のようなスキルだ。
男の数が増えたことで、剛志を守るのが難しいと感じた万葉は、剛志の近くに戻ってきて、刀を鞘に戻し抜刀の構えになった。
「【抜刀術】【絶対領域】」
何やらかっこいい名前のスキルを発動した万葉が、目を閉じて刀に意識を集中したところに、複数に増えた男が一斉に攻撃を仕掛けてきた。
各々がいろいろなスキルを使用しながら攻撃を仕掛けてきており、剛志の目には攻撃が壁になって迫ってくるように見える。そんな波状攻撃に対し、万葉は刀を抜刀した。
刀が何度も当たってるのだろう。連続した金属音が鳴り響いたかと思うと、剛志の目の前で万葉が刀を鞘に戻すカチッという音が聞こえた。
その後も同じような抜刀術特有の“待ち”の姿勢の万葉に対して、剛志の周りには切られて煙のように消えていく男の影分身が広がる。
あの一瞬で攻撃範囲のすべての影分身を破壊したのだろう。そのとてつもない技量と技に息をのむ剛志を尻目に、万葉はいまだに集中状態だ。
辺りに広がっていた煙が風によって薄くなり、周囲の景色が見えるようになったころ、遠くの方で人々が走る音が聞こえてくる。
そしてそのまま何も起きず静かな現場に、剛志のよく知る町田所長や上白根さんといったダンジョン職員が走りながら現れた。
「おい、剛志君。大丈夫か!」
開口一番、剛志の身を案じる町田所長。所長はそのまま数メートル離れたところにある輪島の死体と、この場の惨状を確認すると、万葉に話しかけた。
「宮本さん、この現状を教えていただけますか?」
そう聞く町田所長に対し、万葉は「逃げたか……」とだけつぶやいた後に、状況を話し出した。
「ええ、そうですね。そういう契約ですので説明します。まずここにいる輪島という男が、何らかのアイテムを使い暴走状態で岩井さんを襲っていました。そこで岩井さんが反撃を行い、何とか輪島を倒したところに、伏兵の男が襲ってきたので助太刀に入ったという状況ですね。伏兵の男には今、逃げられたところです」
そう簡潔に説明した。
それを聞いた町田所長は、周囲の職員に一帯の警戒を指示し、剛志と万葉を連れて本部テントに戻ることにした。
町田所長に連れられる形で本部テントに入った剛志は、そこで何とか言葉を発することができた。
「町田所長、この一連の出来事を説明いただけますか?」
そう聞く剛志に、町田所長はうなずき話し出した。
要約すると以下のようになる。
まず、剛志がとてつもない速さでダンジョンの壁を仕上げていくのを確認した段階で、剛志の命が狙われると確信した町田所長は、強力な護衛を本部に依頼した。
そこで派遣されたのが宮本万葉である。
そして宮本万葉もその際に、別で二つの依頼を受けていた。
それが「剛志がどちらサイドなのかを見極めること」と「剛志を襲ってくる刺客をとらえること」だ。
「どちらサイド」とは、A.B.Y.S.S.側かそうでないかを指し、先日の一件以降、A.B.Y.S.S.が接触してきた際に、寝返るかどうかを確かめるということだった。
それもあって万葉は、剛志に見つからないところから護衛を行っており、剛志が襲われた際もギリギリまで助けに来なかったのだ。
また、剛志が壁を異常なまでの速さで作成しているのを確認した万葉は、剛志が狙われるのはほぼ確実だと考え、その際の刺客はかなりの腕利きだと予想していた。
そのため輪島が失敗しているのを見た際に、まだ本命がいると思い、しばらく隠れていたのだ。
結局刺客の捕獲はできなかったが、ひとまず依頼を達成した万葉は、今後も剛志が壁を作り終えるまでの間、護衛として残ることになった。
今まで知らなかった裏の事情なども軽く聞いた剛志は、すごいことが起きているのだなと感じるとともに、まさか自分が命を狙われることになっているとは思いもしなかった自身の認識の甘さを深く反省した。
先日の一件以来、剛志のいる世界は大きく変わってしまっていることを、再認識する必要があるようだ。
「それにしても、あなた本当にアマチュアね。ここ一日ちょっと見させてもらったけど、いつでも襲えたわよ。認識が甘すぎるのよ。なんでそんな考えでここまで来れてるのかが不思議なくらい」
そう言い、冷たいが事実を教えてくれる万葉。耳の痛い現実だが、対策を何も考えていなかった自分がいかに無知だったのかを痛感した剛志は、その言葉をしかと受け止め、次のように提案した。
「確かにそうですね。反論の余地もありません。宮本さん、あなたを日本最強の探索者だと見込んでお願いがあります。俺に対人での心得と戦い方を教えてください」
「え、いやよ。めんどくさい。それにあなたゴーレム使いでしょ。あなたが対人戦闘を学んでどうするのよ。まあ、心得くらいなら教えてもいいか。いつまでもこのままじゃ守るのも一苦労みたいだし」
そう言って、ひとまず心得だけでも教えてくれることになった。
まずは明日からにしようということになり、その日は本部テントで眠ることになった剛志だったが、興奮状態だったため、眠るのに少し時間がかかってしまうのだった。
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