第40話 融資
地下25階層での戦闘の後、自らの自力を付けるために何度も同じ階層で戦闘を続けた剛志は、ある程度自身の戦闘スタイルを確立しつつ今の状況に満足していた。
戦闘スタイルの確立という課題はそんな一朝一夕で身につくものではなく時間をかけるものだということを理解している剛志は、これからも努力をしていくということと、その努力が目に見えて結果になるこのダンジョン探索に完全にはまってしまっているのだ。
そんなこんなでダンジョンの地上に帰ってきた剛志は、いつものようにダンジョン支部で上白根さんにドロップアイテムを換金していた。いつもなら軽く今日のことを話した後に、ちょっとの雑談をはさんで買取をしてもらい帰るだけのやり取りなのだが、その日は少し違った。
「剛志様、本日この後少しお時間ございますでしょうか?」
そう聞かれた剛志は少し驚きながらも平気だということを伝えた。そうすると上白根さんが続けて要件を話し出した。
「よかったです。そうしましたら、この後上の支部長室へ来てくださいませんか?支部長からお話があるようです。」
「支部長って言えば確か町田さんでしたっけ?ここに来てすぐ話しただけでそれ以来合うこともありませんでしたけど、用事って何でしょう?」
そう聞く剛志に、「詳しいことは町田から」とだけ言い剛志を案内する上白根さん。
支部長室は前回剛志が案内された応接室のような部屋ではなく、よくドラマなんかで見る偉い人の部屋みたいな場所だった。場所は三階建てのダンジョン支部の最上階にあり、奥のガラスからダンジョンの階段が見える見晴らしのいい部屋だった。
そして部屋に入るとそこには以前紹介された支部長の町田がいた。
「おお、来たか剛志君。君の活躍は上白根から聞いているよ!Dtubeもたまに見ているけど君の配信は面白みがないね。淡々と流れ作業のような配信で、あれじゃ人気が出ないんじゃないか?」
剛志と出会い頭でぶしつけな話をしてくる町田所長。それに対しああ確かこういう人だったなと思いだしている最中の剛志は当たり障りのない返事をする。
「いや、見てくれているんですね。ありがとうございます。でもあれはもともと人気になるための物ではなく、俺自身のレベル上げのためなので、あまり面白くしていく予定はないですね」
「ああ、聞いているよ。面白い論文もあったもんだね。君のケースは特殊だからあまり考えてもいなかったけど一つ勉強になったよ。でもせっかくやるんだったら人気になった方が面白いじゃないか。私たちも宣伝になるしね。まあメリットだけではなくデメリットもあることだから無理強いはできないけどね…」
「デメリット?」
「うん?聞いてないのか?探索者って生き物はダンジョンの中ではかなりの戦闘力を誇るがダンジョンを離れてしまうとステータスが百分の一になるだろ。つまりどんなに超人的な強さを持っていてもダンジョン外では簡単に命を落としかねないということだ。たまに有名になったダンジョン配信者がダンジョン外で襲われるという事件もあるし、何ならよその国の諜報機関が命を狙うという都市伝説もある。気を付けることに越したことはないんだよ。特に君は自身の戦闘力はかなり低いからね」
そういって有名になることのデメリットを教えてくれた町田所長。そういえば上白根さんからもそういったことを言われたなと思った剛志は案内してくれていた彼の方を見ると、小さくうなずいたのですでに聞いていたみたいだ。
「ああ、上白根さんから聞いたことありました。まあでも町田さんが言っていたように私の配信は面白くないので大丈夫でしょう」
そういってあまり気に留めていない剛志に対し町田所長は、真剣なまなざしでつづけた。
「いや、しっかりと気を付けた方が良いぞ。確かに今はまだ知れ渡っていないが、君の戦闘スタイルはかなり異質だ。一人でそれこそ軍隊を作れる。そういう面ではほかのトップ探索者たちにも引けを取らないポテンシャルを持っていると言えよう。その上本体が弱いということは狙ってくださいと言っているようなものだ。しっかりと注意してくれ。」
そこまで言われるとさすがの剛志も真面目にとらえてへらへらできなくなった。
そんなピリついた空気を変えるように明るい口調で町田所長は話し始めた。
「いや、少し脅かしすぎたかな。まあ少し意識してほしいというだけだ。そんな事を言ったそばからで申し訳ないんだが、今回の要件を話そう。ぜひ君に今度開催されるダンジョン協会主催のパーティーに参加してくれないかという話だ。うちの支部で一番の稼ぎ頭の君にほかの人との顔合わせもかねて紹介させてほしいという感じだな。もし飲んでくれたらうちとしてもほかの支部に対してアピールできるし、君はこの横浜第三ダンジョンの唾付きだと言えるからね。君にとってもほかの探索者との人脈を広げるのはいい話だと思うのだけど、どうかね?」
そんな話を急にされ、剛志は驚いてしまった。かなりオープンに裏の目的なんかも話してくれた町田所長の真面目さも驚く要因の一つだったが一番驚いたのは別のことだった。
「え!?俺が一番の稼ぎ頭なんですか?確かにかなり稼げてはいますけど、まだまだ駆け出しですよ!」
そう驚く剛志に対し、町田所長は笑いながら続ける。
「確かに君はかなり駆け出しの部類だろうけど、あんな大量にドロップアイテムを持ってくるのは君くらいだよ。それに最近はうちの支部もあまり強い探索者が居なくて困っていたというのもあるけどね。おそらく今このダンジョンで一番稼いでいるのは君じゃないかな。稼働日数で考えると確実に一番だね」
そういわれ驚いた剛志だった。今の剛志は平均の日の稼ぎは100万ほどだった。最近は欲しいものがかなり高額だということもあり、節約してお金をためていたが、確かに言われてみたらかなり多いかもしれない。仮に365日毎日働くと年収3億を超える計算だ。
「なるほど、かなりびっくりしました。俺ってそんな立ち位置だったんですね。」
「なんだ、気づいていなかったのかい?十分稼いでいるだろうに。まあこちらも十分稼がせてもらっているからお互い様だがね。なんか贅沢したりはしないのかい?」
「確かにかなり稼げるようになったんですけど、今魔石変換機を買うために資金をためていて、あまりお金を使っていないんですよね」
そういう剛志、それを聞いて町田所長は実におもしろそうに話しだした。
「魔石変換機?それかなり面白いな!確かに君のスタイルだとかなり使い勝手のいいアイテムだね。にしてもあのアイテムはかなり高額なのもあるが、そもそも一般に売っていないだろ。オークションなんかではあるかもだけど運の要素が強いな。参考にだけど今いくらくらい溜まっているんだ?」
「今でやっと2000万いかないくらいですね。」
「すごいじゃないか、かなり貯めたね。う~ん、そうなると…よし!これは投資ということで君に残りの資金を融資しよう。今回のパーティーにうちの支部の探索者だってことで出てくれたらって条件付きだけどね。まあ若干の政治的な性質もあるけど基本的にはうちと持ちつ持たれつで行きましょうってだけだ。そうしたらお金の融資とアイテムの販売先のあたりを付けてあげるよ!」
町田所長はいきなり融資の話を剛志にしたが、これは案外剛志にとっても悪い話ではない。活動場所は元々ここ横浜第三ダンジョンで続ける予定だったし、あまり仲間のいない剛志が職員さんとのコネを持っておくことは後々重要になると思われる。
そもそも剛志自身、自由に行きたいという気持ちがそこまで強いほうではなく、長いものには巻かれるというのも悪くないと思うタイプなので、冷静に考えるとかなり好条件の取引の様だ。
「いいんですか?ただの副業サラリーマンですよ私。そんな一個人に融資なんてあると思っていなかったです」
「確かにそこら辺のよくわからん奴ならこんな話はないな、でも君はうちの稼ぎ頭だしうちとしても大事にしたいと思っている。それに君が強くなってより稼いでくれるようになったら、うちもより稼げるということだからね。これからもうちの専属でいてくれればいいだけだよ」
そしてその日は急遽決まった融資の件と、パーティーへの参加を約束した剛志は町田所長と上白根さんともろもろの手続きを済ませ、その日は帰ることになった。
パーティーは一か月後の様で、特に準備は必要ないと言われた。しいて言うならしっかりとしたスーツで来てくれというだけだった。
かしこまったパーティーに参加したことのない剛志は、今から緊張しているが、いいスーツを用意してくれる仕立て屋さんも紹介してもらったため、そこでお任せで行こうと思っている。
その他決まったことはまとめて明日上白根さんから説明があるようだ。
そのまま家に帰った剛志はまだ落ち着かない頭を何とか落ち着かせようと、自室でゴーレム異空庫の起動練習をし、脳みそを疲弊させてから眠りについた。
やはりダンジョンの外では起動することのなかったゴーレム異空庫だが、もう少しで開きそうな気がする剛志は、また今度やってみようと思うのだった。




