第23話 殿
今日と明日の二日間限定でスタートダッシュということで一日10話更新いたします。
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楽しんでいただけますと幸いです。
イレギュラーエンカウント。
それは、本来出てくるよりも浅い階層に強い魔物が出てきてしまうことを指す。
ダンジョンにおける探索者の死亡理由の一番であり、出てくる魔物はその階層に出てくる魔物の上位種であることが多い。
これの原理は詳しくはわかっておらず、意図も不明だ。ダンジョンが探索者を殺すために生み出しているという説と、ダンジョンが探索者を鍛えるために生み出している説。もしくは単なるゲームのバグのように発生しているのか。その真実ははっきりとはわかっていない。
分かっているのはダンジョンが魔物を生み出す際におそらく。一定の確率でその魔物の強さを一段階以上上げた状態で生み出してしまうことがあるということのみだ。
その確率はダンジョンの性質や、階層などでばらつきがあるようだが、大体0.1%で魔物がイレギュラーエンカウントとして出現するといわれている。
そのためこの階層みたいに4体魔物が一斉に出てくる場合は約0.4%の確率でイレギュラーエンカウントに出くわしてしまう計算になる。
こう見るとそれなりの頻度でイレギュラーエンカウントが発生しているのが分かる。
なのでイレギュラーエンカウントが発生した際の対処法などは広く認知されており、それが救援信号を送りとにかく逃げることだ。
しかし、イレギュラーエンカウントが発生するのは必ずしも一体とは限らない。確率はかなり低いが、一斉に四体がイレギュラーエンカウントということも可能性としてはあり得るのだ。
そんな、今横浜第3ダンジョンの第五階層で珍しい一パーティー内に二体のイレギュラーエンカウントが発生という事態が起こっていた。
本来ならゴブリンリーダー1体とゴブリン3体のところ、ゴブリンリーダーの上位種のゴブリンコマンダー1体と、ゴブリンの上位種のゴブリンソルジャー1体が生まれ、それに付き添う形でゴブリン二体のパーティーが生まれていたのだ。
本来ゴブリンソルジャーやゴブリンコマンダーはこのダンジョンで地下9階層に現れる魔物たちで、その中でもゴブリンコマンダーはボス部屋に現れる個体である。
そのような魔物に、初心者しかいないような地下五階層の探索者たちでは太刀打ちできないのは考えなくても分かる。
そんな危険極まりない魔物たちに出会ってしまったのが昨日剛志に出会った三人組の田中達だった。
「おい、あれってゴブリンじゃなくないか?なんか体つきもごついし、よく見れば短剣を持っているぞ」
そういって接近前に敵の異変に気付いたのは盗賊のジョブを持っている加藤だった。
その話を聞いて、イレギュラーエンカウントだと気づいた田中は、後退しながらスマホを取り出し、ダンジョン組合のアプリを起動し、地下五階層でイレギュラーエンカウントが発生していることを通知した。
そのまま後退を始めた田中達を見たゴブリンたちは、大きな叫び声を上げながら逃がすものかといったように追いかけてくる。
そのタイミングで田中達も全速力で走って逃げることになった。
そうしてにげること10数秒、田中達は前方にいるゴーレムに気づき、剛志に向かってイレギュラーエンカウントが発生していることを伝えたというのが今回の流れだった。
田中達は気づいていなかったが、この時後方にいたゴブリンリーダーが上位種のゴブリンコマンダーで、ゴブリンたちにバフスキルを使用しており、速度が普通のゴブリンたちよりも早かった。
そのため、あと少しでも遅かったら田中達は捕まってしまっており、逃げ切れることはなかっただろう。
イレギュラーエンカウント二体に出会うという運の悪さもあるが、そのエンカウントから逃げ切れるという豪運も持ち合わせている田中達は、今後大成するかもしれない。
そんな事とは露知らず、田中達から異常を知らされた剛志は、散らばっていたゴーレムたちに戻ってくるように伝えた。
ゴーレムたちとは離れていても簡単な命令は送ることができ、それが自分のところに戻ってくるという命令だ。
しかしなんとなくの位置はわかるものの、正確な位置まではわからないので、こちらからも迎えに走り、何とかイレギュラーエンカウントと対峙しているチーム以外を回収するのに時間がかかってしまった。
そして残りのゴーレムたちを回収した剛志はある選択を迫られる。
それはイレギュラーエンカウントと対峙しているゴーレムたちをあきらめるか、回収しに行くかということだ。
画面上はすでに映像も切れてしまっており、ゴーレムたちのステータスも確認したらHPが0になっている。やられていることは明白だ。
しかし、コアさえ回収できれば、ゴーレム再作成で復活させることが可能だ。
出来れば回収したいところだが、命には代えられない。そうして悩んだ挙句剛志は今回はあきらめることにした。
そうして今まさに逃げようとしたときに、第四グループがいた方角から田中達三人が走ってくるのが見えた。
すでにその姿は疲れ果てており、ギリギリだ。
そしてその後方に、今にも追いつきそうな速度で走っているゴブリンたちが見えたのだ。
まさに危機一髪といった状況。
まだ未成年である田中達を見殺しにするのも忍びなく、また剛志の戦力があれば最悪にげることは可能で、もしかすると倒すことも出来るかもしれないと思った剛志は、走ってくる田中達に対して大きな声で叫んだ。
「おい!はやく俺の後ろに逃げろ。そして息を整えた後はそのまま逃げるんだ。俺が殿をやってやる!」
そういって叫ぶ剛志に、田中は一瞬ためらったような表情を見せたが、
「ありがとうございます!」
そういって剛志の横を走り抜けた。
それに続いて同じく感謝の言葉を言いながら横を駆け抜けていく渡辺と加藤を見送った剛志は、ここが頑張りどころだと気合を新たにし、マジックバックにしまっていたゴーレムたちを展開するのだった。




