第185話 新宿招集――二枚看板
翌日。
横浜第三支部での話を終えた剛志たちは、指定された時間に新宿ダンジョンの組合本部へ向かった。
場所が変わっただけで、空気は昨日よりさらに硬い。ロビーの人員が増え、出入りのチェックも目に見えて厳格化している。
「厳戒態勢って感じだな……」
臼杵が小さく呟く。
剛志は頷くしかない。昨日の緊急速報以降、支部のモニターに流れるニュースはずっと同じ話題で埋め尽くされている。
案内に従って通されたのは、組合本部の会議室だった。
長いテーブルと複数のモニター、壁際の警備員。今回の“作戦会議”のためとして用意された部屋だ。
そして、そこにはすでに先客がいた。
「……あ」
剛志が息を呑む。
テーブルの向こう側。
姿勢よく座り、こちらを見て立ち上がった青年がいる。
西園寺正義。
日本最強と呼ばれる探索者であり、組合の“顔”として対外の場にも何度も出ている人物だ。
「剛志くん。臼杵くん、それから宮本さん。今日は来てくれてありがとう」
柔らかい声だが、目は鋭い。
隣には彼のパーティーメンバーが揃っていた。
宮園麗華。静かな気品を纏った魔術師――賢者。
嵐山実。ヤンキー系イケメンだ。腕組みのままニヤッと笑う。
白峯真紀。ほんわかした雰囲気の回復職で、場に似合わないほど穏やかな微笑みを崩さない。
「噂のゴーレム使い、こないだぶりだな」
嵐山が軽く手を上げる。
「よろしくお願いします」
剛志が頭を下げると、臼杵も一礼した。
『本会議室の音声・映像ログは組合側で記録されます。会話内容の機密レベルは、最高区分に設定されているようです』
イチロイドの念話が落ち着いて届く。
「こっちも、いよいよ本番ってわけだな」
臼杵がぼそっと言った。
そこへ、扉が開く。
先頭で入ってきたのは町田桃花だった。今日も挨拶は最小限で、真っ直ぐ本題に入る。
「全員揃ったわね。――会長を呼ぶわ」
桃花が短く合図すると、さらに奥の扉が開いた。
現れたのは、威厳ある老人。
背筋は伸び、歩みは堂々としている。豪快な気配で空気が一段重くなる。
町田龍之介。
日本ダンジョン組合会長。
「おう。集まったな」
龍之介は席に着くなり、ぐっと前傾してテーブルを見渡した。
「ここ最近、世界は騒がしい。A.B.Y.S.Sの“建国”でな。だが、騒ぎだけで終わらせる気はねえ。日本の探索者を守り、動かし、勝つ。今回はそのための会議だ」
剛志は背筋を正す。
西園寺も同じように視線を上げた。
桃花が資料をモニターに映す。
そこには各国の動きが箇条書きで整理されていた。
「現状整理をするわ。攻撃を開始したのはアメリカ。ギデオンの出身国で、世論は“探索者は脅威”“国家が管理すべき”という方向に強いわね」
桃花は続ける。
「中国は逆。探索者は完全に国管轄。探索者=国家公務員という扱いね。今回の騒動を受けて“国際連携”を口にしているけど、実態は管理枠の拡張よ」
宮園が静かに口を開いた。
「つまり、同じ“対A.B.Y.S.S”でも、各国の目的は一致していない。協力の皮を被った主導権争いも起きてるってわけね」
西園寺が頷いた。
「まさにその通りだ。だからこそ我々日本は――組合として、“探索者ファースト”の立場を崩さないことが重要になる。僕はそう考える」
龍之介が笑う。
「お前さんら、話が早いな。わしらは探索者を“道具”にはしねえ。だが、外は違う。利用しようとする連中は必ず出る。そこでだ」
桃花が続ける。
「剛志くんたちのパーティーと、西園寺さんたちのパーティー。この二つを二枚看板として作戦を組む。ここまでは昨日も話した通りよ」
剛志は視線を西園寺へ向ける。
西園寺はまっすぐ受け止めた。
「俺たちは今までも対外折衝の経験がある。だから表の“顔”は引き受ける。だから――」
西園寺は一拍置く。
「剛志くんたちは引き続きレベル上げを進めてほしい。現状、剛志くんの戦力にはかなり期待している」
その発言を受け、剛志は真剣な面持ちで頷いた。
桃花も頷き、話を継ぐ。
「だから今日の議題は、昨日挙げた枠組みを“具体化”すること。公の仕事、国際連携、国内安全保障、調整役――全部を今日のこの会で決める」
剛志は少しだけ肩に力が入る。
戦闘ではなく運用の話だ。だが、これも戦いの一部だと理解している。だからこその緊張だった。
龍之介が指を一本立てた。
「まず“公の仕事”。これは最低限に絞る。必要なときだけ出るイメージだ」
桃花が補足する。
「具体例としては、共同声明への同席、ブリーフィング、必要なら会見。海外の視察団対応。あと国際合同チームの発足式典――こういう“場”は避けられないと考えて頂戴」
嵐山が肩をすくめた。
「式典とかマジで面倒くせえよな」
「でも、それを避けると“隠してる”と取られてしまうのよ」
宮園が淡々と補足する。
そこに白峯が穏やかに笑って加わった。
「誤解されるよりは、最低限の誠実さを見せたほうが安心よね。細かい調整は私たちが慣れているから、そこはリードするよ」
剛志が口を開く。
「もし俺たちが公の場に出るとしたら、何を話せばいいんですか? 政治の話は正直……」
桃花が即答した。
「政治の話は逆にしないで頂戴。“探索者の立場”だけを話すに絞りましょう。その方が墓穴を掘らずに済む。台本と段取りは組合で用意するわ」
西園寺が同意するように頷いた。
「僕たちが顔を出す目的は二つ。外には“日本の探索者は組合が守る”というメッセージを示すこと。内には“探索者は国家に従属しない、あくまで協力関係だ”と示すこと。この二つが主な目的だ」
龍之介が豪快に笑った。
その笑い声は、苦手な分野に引きずり出される緊張を一気にほどくような、妙な安心感を伴っていた。
「そういうこった。次は“国際連携”だ。ここは西園寺、お前らが主導しろ。剛志くんたちは必要な場だけでいい」
西園寺が頷く。
「合同チームの共通ルール作り――交戦規定、救助優先順位、撤退基準。あと共同訓練の設計。ルールがないと、味方同士で死にかねない」
剛志は眉をひそめた。
「味方同士で……?」
「海外は特に、探索者を“兵器”として扱う国もあるからね」
宮園が淡々と言う。
「命令系統が違えば現場は崩れる。毛色の違う連中に合わせやすいルールを最初に作らないと、逆にこちらが“向こうの都合”に飲み込まれる」
桃花が剛志へ視線を向ける。
「最後に国内安全保障。拉致、襲撃、情報漏洩。昨日も言ったけど、これからは今まで以上に“狙われる前提”になる。ここもルールを決める必要がある」
龍之介が頷いた。
「わしらはお前さんらを守る。だからこそ次だ」
桃花がモニターを切り替える。
「調整役を決める。基本は組合側が盾になる。その中心に、私と会長が立つ。外からの接触は組合で受け、あなたたちは必要な場だけに出る――これを徹底する。くどいようだけど、重要なルールよ」
その場にいた探索者たちは一様に頷いた。
この場で決めるべきことは多い。
だが、骨格はできた。次は――それを現実の運用に落とし込む作業だ。
龍之介が拳を軽くテーブルに置く。
「よし。ひとまず骨格は固まった。少し休憩を挟んで、“具体の運用”を全部詰めるとしよう。仕事の線引きも、盾の張り方も、全部だ」
西園寺が真っ直ぐに言う。
「岩井くん。今日からは、俺たちは“同じ戦線”で戦う同士だ。よろしく頼むよ」
剛志は小さく笑って頷いた。
「よろしくお願いします。足手纏いにならないように、強くなります」
そうして、少しの休憩を挟み、作戦会議は続くのだった
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