第115話 絶望の中で見えた希望
十分間耐えきれば生き残れる。そう考えていた剛志たちだが現実はより残酷だ。十分経った後も、剛志に対し興味を持った闇の大精霊はその場にとどまり暴れている。
この結果からわかるのは、現状剛志が勝つ勝ち筋は完全になくなったということだ。それに大精霊が帰らないのなら、この八王子ダンジョンにいる人間すべてが危険にさらされる。
要するに鮫島はとてつもない災害を残して去ったということだ。
剛志の身代わりの数もすでに半分を切っており、このままではそう長くはもつことはできない。まさに絶体絶命だ。
「そんな…耐えても無駄だってのか。」
そんな弱気な発言が剛志から出たが、それを誰も怒れないだろう。それだけ剛志は頑張ったし、その結果がこれだと弱音の一つでも吐きたくなるに決まっている。
しかし、弱音を吐いたところで状況は何一つ変わらない。ここにあるのは触れるもの皆の命を奪い去る凶悪な怪物が剛志のことを狙っているという事実のみだ。
すると、剛志の横に立っていた臼杵が剛志を元気づけるように話しかける。
「剛志、お前の頑張りは無駄じゃないはずだ。この状況、組合長は予想していた。今もそれの対処のためにあらかじめ動いている。詳しい内容は聞けていないから何とも言えないけどな。だから組合長の作戦がうまくいくまでもう少し頑張ろうぜ」
「え、本当?それ本当なの?」
「ああ、本当だ。俺も手伝う。もう少しだけ頑張るぞ」
そういう臼杵だったが、内心では少し違った。
組合長のことは信頼しているが、あったのは今回がほとんど初めてくらいの薄い関係値だ。そんな組合長の口約束を馬鹿正直に信頼しきることは臼杵にはできなかった。
もしかしたら嘘を言って逃げたのかもしれない。もしかしたら作戦が失敗して助けてくれないかもしれない。そんなネガティブな考えが頭の中を駆け巡るがそれを口にすることはできない。なぜならその瞬間に剛志の心は完全に折れてしまう気がしたからだ。
完全な絶望の中、少しの希望を見つけ、何とかそれにすがることで立ち上がっているのが今の剛志の状態だ。なのでここは無理にでも楽観的なふるまいをするべきだと思ったのだ。
一方剛志も、完全に絶望だけではなく希望が見えたことによって気持ちが完全に折れずにすんでいた。横にいる臼杵の存在がとても心強く、臼杵と一緒なら何とかなるんじゃないかとさえ思えてきた。
「わかった、臼杵。一緒に頑張ろう。もう正直ここは俺に任せてって言えるほどの元気はのこっていないけど、君となら何とかなる気がしてきた。」
そういって何とか気持ちを取り戻した剛志が、臼杵の隣に立ったのを見て、それまで静観していた闇の大精霊が話し出す。
「なんだか、そのやり取りさっきもみたな。正直飽きてきた。その男は何度殺しても殺せないから楽しいが、一点だけ気に食わん。なぜいつも折れた気持ちが戻るのだ。それも全て、もう一人のお前のせいだろ。まずはお前から殺してやる」
そういって闇の大精霊の目標が剛志から臼杵に代わってしまった。
これはまずい。そう感じた剛志だが、速さが全く足りない。スローモーションのなか臼杵に近づく大精霊の表情までくっきりと見えている剛志だが、体が反応するには遅すぎるのだ。
臼杵は剛志とは異なり、身代わりみたいな便利なものはない。そのうえ、普段の探索階層からするとこの闇の大精霊なんかは太刀打ちできる相手ではない。
剛志の頭の中には胸を貫かれそのまま絶命する臼杵のイメージがくっきりと見えてしまった。
そしてそのイメージになぞるように猛スピードで臼杵に接近した大精霊の右腕が、臼杵の胸を貫いた。
「臼杵!」
そう叫ぶ剛志。目の前には臼杵の体を腕で貫いた姿勢の大精霊と貫かれた臼杵がいる。
しかし、なんだか大精霊の表情がおかしい。
「ん?なんだ、この感触は。冷たい?」
そうつぶやいた、次の瞬間。臼杵の体が白い雪に変わりだす。
「雪分身ってやつよ。剛志、何も身代わりを作れるのはお前だけじゃないんだぜ、まぁ俺のはダメージを肩代わりするみたいな便利品ではなく、あらかじめ作っておいた雪分身と入れ替わっただけで、お前のとは違うがな。組合長からこの展開の予想を聞かされた段階で仕込んでいたんだ。悪いな、こいつは本体じゃないんだ」
そういいながらサラサラの雪になって消えてしまう臼杵。それを聞いた剛志は安堵の気持ちでいっぱいだ。
「別にいいよ。でも死んだかと思ったじゃないか。俺にも言っておいてよ」
そういって臼杵を少し責める剛志。しかしその返事は聞こえてこない。雪分身はいなくなってしまったからだ。
しかし、すぐさま剛志と大精霊の間に猛吹雪の壁が生まれる。以前剛志が襲われた際に、敵を逃がさないよう臼杵が使った魔法だ。
すぐさま、大精霊が中から攻撃をしているのが地面の揺れからわかる。すると剛志の横で雪が盛り上がっていき、臼杵の形になり色もつき話し出した。
「剛志。悪いな。でもこの壁もそう長くはもたねぇ。それにおそらく最初に使われた小さなブラックホールを打たれたか貫通しちまう。とりあえずここを離れようぜ」
そう臼杵に指示され、その場を離れようとする剛志。しかし、剛志が壁に背中を向けたタイミングで闇の大精霊が壁をぶち破って出てきてしまった。
「マジかよ!早すぎるだろ!」
堪らずそのような暴言を吐き出す臼杵。しかし、大精霊はその臼杵を全く見ないで剛志に話しかける。
「どこへ行こうとしているんだね?お前はここで私に殺されるのが運命なのだよ。お前に選べるのはどこまで耐えるかどうかだけだ。」
その圧倒的存在感。さっきまでの恐怖。その両方を思い出してしまった剛志は、その場から動けなくなってしまった。
この精神を蝕む戦い方が、闇の大精霊の所以なのだろう。そして、この化け物を止められるものはここには存在しない。今までは。
「全く、お前らはいつもそういう気色の悪い事ばっか言うのな。そんなキモイ二択なんかどっちもいやに決まってるだろ。」
いつの間には剛志の隣に立っていた男が、闇の大精霊に対し反論をぶつける。
その人物を見た瞬間、剛志は見たことがあるこの男の存在に今度こそ助かったと確信した。
「本当にそうだね。やっぱり言葉は交わせても、どこまで行っても魔物だ。俺たちとは相いれない存在なのだろう。」
「全く、あんたたちさすがに足が速すぎ。追いつくこっちの身にもなって頂戴。」
「剛志さんでしたっけ?大丈夫ですか?私たちが来たからにはもう安心ですよ」
剛志の周りに立っているこの四人組は、以前クーデターの日に剛志も見たことのある人たちだ。
通称勇者と仲間たちと揶揄される日本最強のパーティー。その四人が剛志を大精霊から守るように立っているのだ。
「何とか間に合ったようだね。向こうに行ったら内木君がすでに手はずを整えてくれた。私は強権を使用するだけだったよ。」
剛志が後ろを振り向くと、組合長がそういいながらこちらに笑いかけてきた。
組合長の策とは、闇の大精霊に対抗しうる日本最強の四人組をこの場に召集するというものだったのだろう。そしてそれは成功したのだ。
それを理解した剛志は、もう戦わなくていいんだと思い、腰が抜けてしまった。
ここからは剛志の出番ではない。剛志はもう十分戦ったのだから。




