第111話 闇の大精霊
冷たい表情に変わり、醸し出す雰囲気も一変した鮫島をみて、剛志は悪寒に襲われた。
今まで剛志も少なくはない死線を潜り抜けており、その実力もすでに駆け出しを脱してトップ層に食い込み始めている。そんな剛志でもここまでどす黒い悪意を感じたことはなかったのだ。
A.B.Y.S.S.の連中に襲われたときも、剛志に向けられるのは、敵意はあっても悪意はなく、そこにはただ目的のための犯罪行為があっただけだ。
鮫島の感じに一番近いのは輪島に襲われたときかもしれない。ただ、あの時も彼からは怒りの感情が強く、ここまで冷静な悪意の感情を向けられたことはなかっただろう。なので剛志は鮫島という人間に対し、シンプルに恐怖を感じてしまっていた。
そして剛志の恐怖が現実のものとなったのか、鮫島の体からどす黒いオーラがあふれ出し、一瞬で辺りを飲み込んでしまった。
そのオーラに包まれ、軽いパニックになった剛志。反射で自身の周りにゴーレムを呼び出し、自身もマジックシリーズのゴーレムを纏うことでゴーレムの全身鎧で体を包み込む。
「【高速召喚】!」
新しく覚えた高速召喚のスキルによって、MPを消費する代わりに一瞬のうちにゴーレムの展開と鎧の装着を終えた剛志。視界もふさがり、今は周囲に飛んでいるマジックアイゴーレムを通して周りを確認している。
そうしたことで、先ほどまで感じていた悪寒や恐怖が和らいだ。いや、まったくと言っていいほど感じなくなった。そのことに違和感を感じた剛志。先ほどまで怖いくらいに大きく聞こえていた心臓の音が、今は静かなのだ。
そこで今までの流れから、ある可能性が剛志の頭に浮かぶ。精神攻撃だ。
鮫島は今までも万葉に対し、その思考を操るなどからめ手を多く使ってきていた男だ。それに今冷静に考えると、鮫島よりもA.B.Y.S.S.の謎の男の方がよっぽど恐ろしい。それなのに先ほどまでは鮫島のことを恐怖の象徴のように恐れていた。
ふと周りを見わたすと、皆一様に恐怖で固まっている。動けているのは剛志と組合長だけだ。その組合長も万全とは言えず、気力で何とかしているといった状態だ。
そこで剛志はこの状況を打破しないといけないと思い、そばに召喚していたビックシールドゴーレムにスキルを使用させる。
剛志からの指令を受信し、ビックシールドゴーレムが挑発のスキルを使用する。最近ではダンジョン内でよく使っている敵の攻撃対象を自身に向けるヘイト管理のスキルだ。
すると、先ほどまでの精神攻撃の対象がビックシールドゴーレムに変更され、一瞬皆の思考がクリーンになる。その瞬間すかさず組合長が近くにあった机を思いっきり叩き割った。
土煙が立ち上り、辺りに衝撃と木片が飛び散る結果となったその行為だが、大きな収穫を得る。この荒療治で皆の思考が完全に元に戻ったのだ。
「皆、奴は精神攻撃をしてきている。気をつけろ!」
そう短く指示を出す組合長。本人はただの老いぼれと言っていたが、まだまだ現役バリバリで戦えるみたいだ。
組合長の一撃と剛志のサポートもあって精神攻撃から逃れた剛志たちを見て、鮫島が笑っている。
「ああ、そんな簡単には行きませんか。せっかく不意を突いて終わらそうとしたというのに。まあいいでしょう。ここからが本番ってやつですね。」
そういい放つ鮫島に対し、内木が怒鳴りつける。
「鮫島!貴様本当に裏切っていたのか!なぜだ!」
「内木、そう怒るな。俺の目的はお前に話したのと変わってないよ。この組織のトップに立つことさ。でもこうなったら難しそうだね。ほかの目標を立てるとするよ。君はいつも正攻法で戦おうとするよね。意外なその真面目さ、見てて面白かったよ。またどこかで会おう」
そういうと鮫島は、自身の横にとてつもなく恐ろしい存在を召喚していた。その存在は出現するとすぐさま、周囲に対し禍々しいオーラを放ちながら、鮫島に対し苦言を呈する。
「ん?なんだ、ここは?…ああ、貴様か。ではなんだ、契約の履行を求めるということでいいんだな?全くなぜ貴様のような下等な生き物に縛られなくてはいけないのか…。」
「まあ、そういわないでよ。契約は契約でしょ。この契約を結んだのは君の不注意なんだから。」
「全く持って忌々しい。しかし、契約は契約だ。お前の望みを叶えてやろう。だが、これが終わったら貴様とも関係なくなる。それだけは嬉しいものよ」
そういうと、その恐ろしい存在は先ほどまで鮫島が放っていたのとは比べ物もならないほどの恐ろしいオーラを自身の体から解き放った。
見た目は約2mほどの悪魔のような存在。それが鮫島の召喚した存在なのだが、その体から黒い霧が吹きだし辺りを覆ってしまった。
「くそ!取り逃がすもんか!」
そういって、黒い霧の中に走りだそうとする内木。彼が横を通り抜けようとするところを腕をつかんで止めたのは組合長だった。
「内木君。今はそれどころではなくなってしまった。それに君が追っても命を落とすだけだ。後ろに下がっていなさい。」
「しかし!」
「いいから。はっきり言ってここでは君は足手まといだ。それに冷静になりなさい。こいつが暴れたら、多くの犠牲が生まれてしまう。それを防ぐのが先決だ」
そういいながらも視線は目の前の悪魔から離さない組合長。そして、内木は一瞬鮫島の方を睨みつけたが、そのあとは部屋を出ていった。
それについていくように出ていく虎之助と服部。彼らも内木と同じく後方支援に動くようだ。
そして現場には組合長、臼杵、剛志の三人だけが残る。何も打ち合わせをしていないが、戦えるのは自分たちだけだとどこかで理解しているのだろう。
内木たちが出て行ったあと、いまだに禍々しいオーラを放つ目の前の存在を見ながら、組合長に対し質問をする臼杵。
「組合長、あいつは何なんですか?知っている様子ですが。」
「ああ、私も直接見たことはほとんどないがね。奴はおそらく闇の大精霊の1柱だろうな。なぜ鮫島があれだけ強力な存在を使役できているのかは不明だが、おそらく契約のスキルで縛ったのだろう。奴らの目撃例のほとんどはダンジョンの90階層近くだ。要するに人類の中でも対抗できるのはほんの一握りの存在ってわけだ。」
「マジかよ。ダンジョンってあんなのも出るんですか…。」
そういってげんなりする臼杵。剛志はその横で90階層と聞きその実力を考え恐ろしくなった。
90階層ということは推奨レベル1500の領域だ。ここにいる人物で対抗できる存在ではない。
しかし、向こうも待ってはくれない。闇の大精霊が口を開く。
「貴様は、いつまでそこにいるのだ?別に巻き添えで死にたいなら構わんが。戦闘を開始したらあとは知らんぞ。」
「そうだね、じゃあそろそろお暇しようか。組合長、長い間お世話になりました。彼との契約は10分間代わりに戦ってもらうって内容なので、10分生き延びれば大丈夫ですよ。契約スキルの所持者なので、嘘は言いません。信じてもらうしかないですが...。では、またの機会に」
そう言って、鮫島は颯爽とその場から消えてしまった。
まさかの結末を迎えたこの事件。これから鮫島の言う通り10分間の生き残るための戦いが始まる。




