第4話 王太子様と一緒!
「では、行こうか」
ほ、ほんとに来たぁぁ!
……って、アタフタしてる場合じゃないぃ!
と、とにかく、手を、差し出された手を取らないとっ! 失礼になるぅぅ! 偉い人のご厚意を無下にしてはならないのだ。それは命の危機につながる。
そ、そろーっと指先を近づけて、ちょこっと手を触れて……。
あああ! だいじょうぶ? 大丈夫なやつ?
これはこれで、無礼な!とか言われない? へーき?
「――うむ」
王太子様はなんとなく満足そうにうなずいて、ぼくの手をぎゅっ。
よ、よかったぁ、大丈夫だったぁ……ほっ。
まさかぁ、ほんとに次の日、王太子様が約束通り、ぼくを迎えに来てくれるなんてぇ……。
本気で王宮探索につきあってくれるらしい。
え!? 王太子様なのに? ぼくを? 探索にぃ?
少し離れたところから、お留守番組の侍女さんが「あぁ、サファさまがお部屋の外に!」「王太子様とお出掛けなさるなんて!」と、ざわざわしている。
わかるぅ。いや、前半はわかんないけど。
「いってきまぁす!」
「気をつけていってらっしゃいませぇぇ!」
振り返って手を振ると、お留守番組の侍女さんたちが、まるで魔王退治の冒険でも行くような盛大なお見送りをしてくれる。
「そなた――」
「はい!」
なんでしょう! なにか間違えましたか! あ、もうちょっと遠慮したほうがよかった? 手、触ったのダメでした?
「見たいところはあるか? 庭園、大広間、図書館、美術館、保管庫――」
「うわわ、行けるところがたくさんある! すごい!」
「執務室や謁見の間などでなければ、だいたい案内できるが」
「すごい! さすが王太子様! けんりょくがすごい!」
「う、うむ……権力、ということはないが。権限は持っている」
「すごい。カッコいい!」
「そ、そうか」
王太子様の手がちょっと勢いよくぶんぶんする。握られてるぼくの手も一緒にぶんぶんされる。
「ぼく、ぜんぶ見たい!」
あ、お言葉遣い失敗!
「いろいろ見たいです!」
「そうか。では、一度には無理だが、少しずつあちこち案内することにしよう」
「わーーい!」
あ、また失敗した。あと、興奮してうっかりぴょんぴょんしてた。
「あの、うれしいですっ! ありがとうございます!」
「うむ。――しかし」
え、なんですか? 言葉遣い失敗2回の罪の件でなにか……?
「そのようにかしこまらなくていい。気楽に話せ」
えぇっ? まさかの逆ぅ?
「はい! わかりました! がんばります!」
「……まぁ、おいおいでいいか」
***
「うわぁぁぁぁ! すごい、たくさん!」
眼の前に壮大な光景! さすがにジタバタが押さえられない。
「気に入ったか。ここは世界中から選り抜きの絵画や美術品が収集、展示されている」
「すごいたくさんの、金ピカのタイル!」
「……そっちか」
「壁も床も金ピカですごい! 天井もキラキラで……それにおっきな絵! あれ、どうやって描いたんですか? はしごですか?」
王宮内のどでかい美術館のどでかい展示室の中は、壁も床も天井も金箔をはったようなキラキラで、そのうえ、天井には大きな絵が描かれていて、なんかすごい。
「いい質問だ」
王太子様はにこっとしてぼくの肩にちょん、と触れた。
わ、笑った! これは……これは多分、ダメじゃないやつ! すごい! 安心。今日は今のところ、命は大丈夫そうかもしれない、かも。
「あの絵は天井に描いたわけではないのだ」
「えっ……天井にあるのに!」
「ああ。まず下で描いて、それを天井に張ったのだ」
「あーー! なるほど! すごい! かしこい!」
「うむ。天井に直接描くのでは、骨が折れるからな」
「たしかに! ずっと上むいて絵を描いてたら、首のほね、ポッキリですね。あぶない」
「……あぁ、そうだな」
あれ、なんか王太子様の顔がやさしいけど、なんかこう……生温かい感じがする。なんで。
「あのあの、これ、どれくらいあるんですか?」
「それはどちらのことか? 絵画や彫刻のことか? それとも金のパネルのことか?」
「あの、金ピカ……と絵も、です!」
あぶないあぶない。すっかりキラキラの金ピカに気を取られて絵のことを忘れるところだった。
「金のパネルはこの部屋全体で2500くらいだったか。美術品の方は館全体で1000ほどだ」
「すごい!」
どうやって1000とか2500とか数えたんだろう。いち、に、さん、よん――ってやっても、今日中に数え終わるのかな? 数えた人すごくがんばった。えらい。
「少し美術品を見て回ろうか。きっとなにかそなたの気に入るものもあるだろう」
「はいっ!」
王太子様に手を引かれて、ドキドキでごー!だ。
***
「ふぁぁぁぁ……」
「これが気に入ったか」
金ピカの大きな展示室の先の白い展示室の途中で足がピタッと止まっちゃった。だって、もう、うっとりなんだもん。
「はい。ふわふわでかわいい……」
「そうだな。白いやわらかな毛がよく表現されている」
ふわふわの白いうさぎが野原で遊ぶ小さな絵が、ぼくの目を放してくれない。だってふわふわですごく平和そう。このうさぎには危険がなさそうだし、この絵は平和そうでしかない。
「ぴょん、ってしそう」
「うむ。生き生きとして今にも動き出しそうだ」
「赤いおめめ、キラキラで宝石みたい」
「素朴で可愛らしい絵だな。気に入った絵があってよかった」
「うさちゃん、かわいいなぁ……」
「うさぎが好きか?」
「はい! ふわふわでかわいいのはとても好きです」
ギザギザとか硬いのとかより、ずっといい。さわっても怪我はしなさそうだし、痛くもなさそう。
「さわったらどんな感じかなぁ。やわらかいのかなぁ」
「そうだな。ふわふわで柔らかく、温かいはずだ」
「いいなぁ。さわってみたいなぁ……」
「……うむ。そなたには美術品より動物のほうが良かったか」
「あ! 美術品もいいと思います!」
しまった! せっかく王太子様が案内してくれたのに、絵じゃなくて絵の中のうさぎに夢中になってしまった! これはもしかして、不敬罪? どどどどうしよう!?
「よい。そなたの年であれば、美術品より動物に関心を持つのは当然であろう」
王太子様はニコニコでぼくの頭をなでてくれた。
「はわわ」
すごい。王太子様やさしい!
「しかし困ったな」
「え?」
でも、王太子様はなでなでをやめて、急に難しそうな顔になってしまった。
ど、どうした? きんきゅーじたい? え、ぼくやっぱりなにかダメなことした感じですか? ううう、心当たりが……結構ある。どうしよう!
「どうしたものか」
な、なんですか? できれば早く言ってください!
「王宮内には動物は連れてこれないのだ」
「えっ」
ピタッと動きが止まる。
「すまないな。だから、動物を飼うこともできない」
「え……」
そんな、え……?
王太子様、困ってたのって……うさぎが飼えないから?
ぼくがうさぎ触ってみたいって、かわいいって言ったからなの……?
「ほら、そんな顔をするな」
王太子様は、眉をぎゅっと下げて、またぼくをゆっくりなでなでしてくれる。
「そんな、だって……」
「……そんなに飼いたいか? それなら――」
「ちがいますっ!」
ぼくは思わず王太子様にがば、と抱きついていた。
「サファ……?」
戸惑いまくった声が頭の上から聞こえる。しまったかもしれない。正直、不敬罪とかは忘れてしまっていた。
「どうしたのだ?」
「あの、で……でんかが! ぼく、ぼくがうさぎって言ったから、飼えないってしんぱ……心配してくれっ……う、うれしぃ……うううっ……くて……ぐすっ、ううう」
あわわ、どうしよう。気持ちがなんかわーーってなって、なに言ってるかぜんぜんわからなくなっちゃった。
「……ふふ、そうかそうか」
「ううっ……あじがとう……ございましゅぅ」
王太子様がますますやさしくなでなでぎゅっとしてくれるから、ぼくは安心と安心と安心で、ぐしゃぐしゃに泣いてしまった。
「構わない。……そなたは、いい子だな」
「……!」
いい子! いい子って言われたぞ! しかも、王太子様に! ここの偉い人に! これは、ぼくの、命がちょっと無事そうな雰囲気!
「いい子、ですか? ぼく」
「ああ、とてもいい子だ」
「えへへ……」
ぼくは、ほっとして、王太子様にすがりついた。
そして、王太子様の超高級なお衣装をべしょべしょにしたことに気づき、そっと青ざめた。
***
「うさたんかわいーかったなぁ」
夜、すべすべのパジャマを着せられて、ぼくが5人はゆっくり眠れそうなベッドにうつぶせ。昼間のことを、ほよーんと思い出す。
大きな展示室は壁も床も本物の金が貼り付けられていて、ピカピカのキラキラで、天井にはおっきな絵があって。羽の生えた小さな天使たちがやさしい顔で、まるで天国に誘うようにこっちへ手を伸ばしていて――
「…………」
ぼくはちょっとだけ、夢の中で思い出した原作のぼくの悲惨な終わりを思い出して、ゾワッとなった。
「うぅぅ……」
悲しい。あんなにきれーな絵なのに、ぼくは見るたびにお話の中のぼくの死に際を思い出すのかもしれない。
ぼく、かわいそう。
これはきっと、トラウマってやつ。まだ体験したわけじゃないのに、5才でトラウマ持ちになるのしんどすぎる。
「うぅぅぅ……ぐすぐす」
楽しいお昼の王宮探索とかわいいうさぎの絵を思い出していただけのはずなのに、いつのまにか悲しくなって、目の端っこがじわじわ濡れてきちゃう。
「まぁ……お可哀想に……」
「そんなにうさぎが飼えないのが悲しかったのですね」
「なにか私たちにできることはないかしら?」
「そうですわね……」
侍女さんたちが、向こうでなんだかザワザワしている。
ダメダメ、目がべしょべしょになってるの見られたら、心配させちゃうかも。
ぼくはすべすべのパジャマの袖でゴシゴシして、するんとベッドの中に潜り込んだ。
だいじょうぶだいじょうぶ。
王太子様はめちゃめちゃにやさしかったし、侍女さんたちもよくしてくれる。
今のところ嫌われそうなことはなさそうだし、このままいろんな人と仲良しになれば、例の事件のときも、誰かお話を聞いてくれるかもしれない。
ぼくがなにも悪いコトしてないよ、って信じてくれる人ができるかもしれない。
お話のぼくと、今のぼくは違うんだ。いい子でいればきっと、冤罪とか処刑とか、そんな未来はこない……かもしれない。
……くるかもしれないけど。
「しくしくしく……」
ぼくはまた心配になって、べしょべしょになりながら目を閉じた。




