第30話 これは未来の…光っ!
「う、うぅぅーーーん」
王宮の図書館。
いつもの低くて見やすい絵本の店じゃなくて、高い高い本棚の通路。
ぐぬぬ……、眉と眉がくっつくくらい、みけんにふか~いシワを寄ってる自覚ありぃ。
ぶ厚い本がぎっしりな高い本棚は、どこまでもどこまでも並んでいて、ここ迷路だっけ?って気持ちになる。
しかもシーーンとして、誰もいない。侍女さんたちも、ちょっと向こうで待っててって言ってるから、本の迷路で一人ぼっちな気分だ。
「どぉしよぉぉぉ……」
目の前の棚には、
『労働市場と賃金』『貴族領における職能制度』『民間職業の成り立ちと実態』
「む……むずそおぉ……」
い、いや。あきらめたらダメ。ちゃんと読んでみよう。
よし! ええっとぉ――
『労働市場と賃金』
『賃金体系の構造的変化は、労働供給の弾力性と産業別資本投資の相関関係によって形成される。特に貴族領の労働市場は、領主の経済政策の介入により計画経済的な性質を帯びることが多く、市場の需給均衡に歪みを――』
「ちょ、ちょっとまってぇ!」
な、なんてなんて? なんて言ってる? あの、文字は読めるんだけどぉ、いっこも頭に入ってこないぃぃ。
いやいや、がんばろ? もうちょっと頑張ってみよ?
ちょっと別の部分を読んでみたら、きっと――
『農業部門における労働集約型の生産構造と職人層の技能資本蓄積の非対称性は、賃金分布の二極化を促進し、結果として労働者間の経済的流動性を制約――』
「あーー! もう、やめやめ!!」
本をパタンと閉じてさっと本棚に戻す。
「よ、よし。つぎいこうつぎ」
【貴族領における職能制度】
『封建的統治構造において、職能制度は社会的ヒエラルキーの維持を目的とし、労働力の流動性を抑制する機構として機能する。職業は世襲を原則とし、資産と技能の蓄積を前提とする職業継承モデルが――』
「えーっと……」
うん、なんていうかこれは、ほら……。
「この本はそんなにひつようじゃないかな、うん。つぎいこう」
そうそう、そうだよね。うん、そうしよう。
「よぉぉーし、次はぁ……この本!」
どれどれ――
【民間職業の成り立ちと実態】
『貴族統治下における職業分類から外れる民間職業は、都市部の交易拠点を中心に発展した。』
「ま、まぁ……これくらならぁ、ギリ?」
だいじょうぶ、がんばれるよぼく。
「ええと、それで……?」
『その経済的基盤は職業組合による規制と市場原理の相互作用によって形成され、ギルド的な組織運営が一般的な形態として確立されている。』
「…………」
『しかし、商業資本の流動性に依存する側面が強く、特定の市場環境の変化が直ちに職業構造へ影響を及ぼし得る。特に市場外経済――規制対象外の商取引や非合法活動――』
「だー、もう! なしナシNASHI!」
目がぐるんぐるんしてきたぁ……。
絶対これ、5才がよむ本じゃないぃぃ。
っていうか。前世の15才のぼく人格を全面に押し出しても、あんまり理解できる気がしない。
よいしょ、とりあえず本を戻して、っと。
「はぁぁぁぁ……」
そりゃあ出ちゃうよ、ため息も。
「お仕事さがしすら、むずむずにむずかしぃ……」
ちょっとだけ、くじけそう。
こんなんじゃあ、将来のお仕事を見つけることもできないぃぃ。
「はぁぁ……とりあえず、絵本みよ」
お仕事探し、やめるわけじゃない。いったん絵本とか読んで、気持ちを落ち着かせようかなって。
「えほんは、えっとぉ……」
ささっと逃げ出すみたいに本棚の迷路からはなれて、いつもの絵本の棚に向かう。
「なんかぁ、おもしろそうな絵本はぁないかなぁ~」
絵本は表紙が楽しいし、どれもおもしろそぉぉ。いつかぜーんぶ読みたいなぁ。
「あれぇ? このへんのは、ちゃんと見たことなかったなぁぁ? どんなのがあるんだろ」
低い絵本の棚の裏側のにあったのは、少し変わった表紙の本。
「ええっと……『まほうのお仕事ずかん』?」
思わず手にとってみたけど、魔法のお仕事って……なんだろぉ?
本棚の上には「おしごとのほん」と書いてある。
「ふぇ? おしごとについて書いてる絵本があるのぉ?」
あらためてその棚をじっくり見てみると、
「わ、いろいろある!」
『召喚士~伝説の生き物と友だちになる~』
『ワクワク冒険者のおしごと』
『魔法道具ってどんなもの?』
魔法のおしごとに召喚士に冒険者に、魔法道具……?
「なにぃ、これ? かくぅのおしごとぉ?」
「サファさま? 気に入った絵本がありましたか?」
声が出ちゃったのを聞きつけて、侍女さんが来てくれる。
「あーうん。これぇ、なんの本?」
ぼくが、これこれ、と指すと、侍女さん――たぶんアンが、ああこれですか、とうなずく。
「これは、お仕事について書いた絵本ですね」
「えっ、ほんとにあるおしごとぉなの?」
「ええ、そうですわ。この棚にあるのは全部そのようですね」
「え」
「こちらが、魔術師や魔法騎士についての本。こちらが召喚士、こちらは冒険者。こちらの本は、魔法道具やその職人について書かれた本のようですわね」
「えっとぉ……」
魔術師? 召喚士? 冒険者? いったいなにを言って――
「あーー!」
そっか! この世界には、魔法があるんだった!
「まほうどうぐ、ってあのぉ、お部屋を温めたりぃ、冷やしたりぃ、服をきれいにしたりぃ、そういう道具のことぉ?」
「ええ、よくごぞんじですね。そのとおりですわ」
そう! この世界には一応魔法がある。科学技術かな?って思ったりするところが魔法で動いていたりして、前世で科学慣れしてたぼくは、まだちょっと区別がつけにくかったりする。
派手にどーーん、っていう魔法も当然あるけど、ほら、ペガサスみたいなお馬の馬車みたいな。でもぉ、基本的にさりげなく道具になって生活に溶け込んでるからぁ、よくわからない。なので実は、ちょっと忘れてた。
「そっかぁぁ、まほうのおしごとがあるんだぁ。すごいねえ」
「このこ゚本、かりていきましょうか?」
「う、うん。今日はこれにするー」
だいじょうぶだよね? 将来のお仕事探しのために借りたーなんて、思わないよね? まさかね?
***
「ふぇぇぇぇ、すっごぉぉぉい!」
お部屋に帰ったぼく、絵本からはなれられない。
こっち見て、あっち見て、またこっちに戻って……。
だってほんとに、ほんとのほんとにすんごいんだもん!
「こぉぉんなおしごと、あるのぉぉ!?」
魔術師に、魔法騎士、魔道具職人。
それに、冒険者に召喚士!
魔法で炎や水を出したり、魔法の道具を使ったり、幻獣を呼び出したり!
「お水や火がなくて困ってるところや、暑くて困ってるところにいって、たすけてあげられるんだぁ。これはぁ……大助かりなやつ!」
絵本によるとぉ、魔術師さんは他にも――
「ええっ、まじゅつしさんってぇ、水とか火だけじゃぁなくて、お花とかちょうちょも出せるの!? すごいっ!」
光を出したり、物を動かしたり……これはぁ、夢が広がっちゃうぅぅ!
「お花だせるのいいなぁ……いつもおへやにぃ、すきなお花かざれるねぇ」
パラ、とページをめくると、見渡す限りのお花に埋め尽くされた舞台や、幻想的な光の演出に照らされた演劇の舞台の絵。
「ふぁぁぁぁ! なぁにこれぇ! たのしそぉぉぉ!」
パーティお花でいっぱいにしたり、お祭りをお花で飾ったり、演劇や舞台で特別な演出をしたり。
「きゃーー、そんなおしごとできたらぁ、毎日ゆめみたいになりそうっ!」
いいなぁぁ……ぼくも、将来、そんなおしごとしてみたいぃぃなぁぁ!
「魔法騎士さんも、かぁぁっこいいよなぁぁ……」
剣や鎧や馬を魔法で強くして、警備をしたり悪人を捕まえたり、大きな獣を退治したりする。
「こわいひととか捕まえに行くのはこわいけどぉ……ちょっとだけ、あこがれちゃうよなぁ」
騎士の修行と、魔法の修行の両方やらないとだよねぇ? だいぶ大変そぉぉ。きっと魔法騎士さんってエリートだなー。
「でもでも、町でひっそりやれるお仕事っていったら、魔法道具の職人さんかなぁ」
一番目立たなさそうなのはこれだ。町外れの小さな工房でひっそりコツコツ魔法道具を作って、必要な人に売って生活するの、いいかもぉ……。
いや、でも、やっぱり魔術師さんも絶対いいよなぁぁぁ……。
魔法って、どうやって使うのかなぁ?
やっぱりこう、かぁっこいい杖にピカピカ光る鉱石とかはめて、むずかしい呪文とかを唱えて……。
はぁぁぁ、ぼくも魔法つかってみたい!
「うーーん、絵本には、どうやって魔法を使うのかは、書いてないなぁ……?」
――よし! 明日また図書館に行って、詳しい本を探してみよう!
あ! もちろん、今度はぼくでも読めそうなやつね。




