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散るものたちへ

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 なぜ宇宙で爆発が起こるのか?

 科学を学び始めてから、宇宙ものの作品を見ると首をかしげたくなるかもしれない。

 宇宙には空気がない。燃えるものもなければ、音が伝わることもない。なのに、ああも轟音を伴う爆発が起きるとは、どういうこっちゃ? とね。

 ひとつ、お利口になったと自信を持てるかもしれないが、その現象に忠実に作ったとて、それが作品として派手か? 見栄えがいいのか? となると別問題だろう。


 ハードでリアリティをめちゃくちゃ追求しています! とか喧伝している作品やジャンルでもない限り、そこは目をつむるというか「ああ、この作品はこういうノリなのね」と、あえてノッてあげたほうが楽しめたりする。

 まさに空気を読むというかね。力が強くて、頭がいい自負があったところで、それを振り回したり、病原体をまき散らしたりするのは、怪訝そうな目で見られても仕方ない。

 そして燃やすための材料は、空気中の酸素以外に存在する恐れもある。我々は「空気」へより気を配った方がいいかもね。

 先生の以前の話なのだが、聞いてみないかい?


 ものが燃える仕組みについて、ちょろっとおさらいだ。

 火を出すための要素は、酸素以外にも熱さと燃えるものが求められる。そこで高速の反応が起こることで、光や熱が周囲へ発せられることで燃焼と名付けられているわけ。

 高速の、激しい反応。

 我々がその目で、程度を超えたものと認めた証だ。しかし、我々がよく分からないうちの高速で激しい反応も、また燃焼といえるのではないだろうか。


 先生が小さいころ、寝起きや疲れがたまったとき、しばしば目の前で星が飛ぶときがあった。

 みんなは実際に、このような現象にあったことはあるかい? 脳や視神経など、大量に酸素が必要とされる器官へ、十分に酸素が供給されない場合にこのような現象が起こりえるという。

 人間の身体はデリケートだ。ちょっと異常があれば、その危険信号を発してくれることは多々あるが、知識がないとそのサインを正確に受け取ることは難しい。


 素で血管が浮き出て見えてしまうくらい色白で、ひょろひょろしていた先生は、特になんともなくとも誰かに体調を心配されたよ。あまりに多いから、うっとおしく思っていたくらいだ。

 だから、多少のことは自分で治さないと、余計に口を出される。

 そう信じる先生は、例の星が散る症状に襲われたときも、安静にしていればじきにおさまることも経験から学び、特に誰も相談することはなかった。親の手をわずらわせることなく、ひとりで勝手に治していくのが平常運転となっていたんだ。

 だから普段なら、火の粉を思わせるような細かな形や光を放つばかりの、それらの中に、カメムシを思わせる形の光が混じっても、最初はさほど気にせずにいたんだ。


 散る星たちは、時間を経た安静によって止まるもので、それまでは仮にまばたきをしても消えることはなかった。だから、そのカメムシに似た光がとどまり続けるのも、おかしいこととは思えなかったんだ。

 しかし、ほかの星たちは視界がとらえる虚空のいずこから出し抜けにあらわれ、またほんのり消えていくのに対し、かのカメムシはいつも視界の端から、ぬっと顔を出す。

 あたかも、よそからそのまま地続きにやってきた、といわんばかりだ。カメムシは長くはとどまることができない星たちの中を、あるいは縫って、あるいは重なるのもかまわず蛇行を繰り返しながら横切っていく。

 そうして、ほかの星たちが見えなくなるのに合わせ、自らもまた静かに姿を消してしまうんだ。あたりを見回しても、姿は確認できないし、やはりあのカメムシもどきも散る星の一部では、と考えていたんだが。


「あれ? お前、顔の横の血管が一本見えなくなっていないか?」


 始終、顔を合わせている父親が、ある日にこのようなことを言ってきた。

 年中無休の色白具合を知っている人間でなければ、まずわかる見込みもないが、そこまで指摘するのはいささかマニアックすぎないだろうか……。


 などと突っ込みたくなるが、事実、父は疑われると自分の正当性を突きつけることに、躍起になるお方。

 数か月前に撮ったホームビデオ越しに、当時の私の顔色を映したうえで、その横顔のカットで停止、ほおのまん中あたりを指したんだ。

 青紫色の静脈が一本。ほかの見える血管の中でも、ひときわ濃い色合いもちだ。その浮き出具合は頬からあご、その下の首筋を通り、シャツの襟の中へ隠れていってしまう。

 しかし、今の先生の顔からは例の血管が、すっかり失せてしまっているんだ。

 使われなくなった血管は、やがて細まり機能しなくなっていく恐れは聞いたことがあった。しかし、端っこのものならともかく、この目立つ部分が埋もれるケースもあるのだろうか。


 気になった私と父は、例の血管の残り部分が首筋に浮かんでいるのを見つけ、服も脱ぎながらそのあとを追った。

 実際に体の中でどのようにつながっているかは分からないが、少なくとも浮き出ている箇所は、左腕の手のひらまで続いていたんだ。

 いったい血管がどのようになっているのか。なぜ見えなくなってしまったのか。

 その答えは、思ったよりも早く知れるようになったよ。



 あの星が散るとき、例の虫が現れるときだ。

 いつもに増して色濃く虫が出現したとき、先生は首筋から手のひらにかけてが、にわかに熱を帯びるのを感じたのさ。

 先に父と確かめた部分を、袖をまくりながら確かめてみる。星の散る視界の中、その青紫色の血管は、いつもよりずっと濃く盛り上がってきていたんだ。

 肌越しに指で触れてみたが、まるで沸騰中のヤカンへ触れてしまったかのように熱い。反射的に指を逃がしてしまった。どうして、こうも肌が無事なまま、内部に血管が存在できるのか分からないほどに。


 それとともに、血管は短くなっていく。

 首に近いところからじょじょに熱は引いていくのだけど、その引いたところからは、先ほどまであった血管が失われていくんだ。

 今回の虫は、なかなか消えない。より色合いを増しながら、いつまでも視界の中を行ったり来たりしている。それは興味ある遊具やゲームコーナーから動こうとしない、子供の所作を思わせたよ。

 熱はやがて先生の腕を下っていき、とうとう青紫の血管が完全に見えなくなってしまったとき。あのカメムシもまた、ぱっと姿を消してしまった。

 それから星が散ることはまれにあったものの、例の虫が姿を現すことはもう二度となかったんだ。

 先生の身体の中の血管、いや今となっては本当にそうだったかは分からないが、あれはかの虫が散る星の中で存在するための燃料だったのかもしれないな。

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