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『本店』


 結局、『本店』が来るまでに轍の作った新作ラーメンは、主に轍の胃のなかに処分された。


 昼過ぎに、屋台ラーメン「角屋」の近くまで『それ』はやってきた。

 空色の1トントラックで、荷台には『ひさし』が付いており、そこには『マーマ・クレープ』と書いてある。

 若い男性と女性、それから背の低い少女三人が乗っており、クレープ屋は角屋の屋台に横付けした。


 角屋の前で、轍が会釈している。


 クレープ屋が停車してからは、誰も車から出てこなかったが、しばらくして運転席から若い男が降りてきた。


「…… ……あ、轍……さん。ご無沙汰してます。本店です」


 背がヒョロっと高く、爽やかな優男といった印象の男性が、爽やかな笑顔で、爽やかに挨拶をしてきた。

 轍がもう一度会釈する。


「あれ…… 出汁郎さんと莉春ちゃんは……」


 轍は、右を見て、左を見て、あわあわして、もう一度男に会釈をした。


「あ、いいんですいいんです。でも、轍さん一人って珍しいですね」


 男性にそう言われると、轍は頭を掻いてもじもじしだした。


 ややあって、クレープ屋のトラックからもう一人出てきた。

 パッと見、背の低い少女のように見えるが目が座っており、実際の年齢がわからない。


 少女は、轍の元まで歩いて行き、


「出汁郎は?」


 と、無表情に聞いてきた。


「あ……いまいないみたいです……」


「なんで? 行くって伝えたのに?」


「そうですね……どうしますか?」


「待つよ」


 少女は、怒るでも呆れるでもなく、淡々と惰性で答えると、『角屋』の方まで歩き、椅子に座った。

 轍が、水筒から、濁った煮干しのスープを紙コップに注いで、少女にそ……っと出した。


「? なにこれ」


 少女はやはり表情を崩さずに、まるで壁でも見るかのように轍を見た。


「…… ……」


 轍は少女の眼力にやられ、なにも返せなかった。


「…… 兎的とまと。兎的」


「は、はい……」


 少女に呼ばれ、後の優男が走ってくる。


「轍からあなたにって」


「ええ? 本当ですか?」


 轍は頭を掻きながら頷いた。


「いただきまーす…… ……え、美味しいですけど。優しい味です。これ『角屋』の新作ですか?

 え、絶対やるべきですよ轍さん!! これ流行ります! 僕は好きです!!」


 兎的にそう言われると、轍は初めて嬉しそうに頷いた。

 と、そこに中野坂上駅から……


「あーーどうもすいませんーーー」


 買い物袋を両手に持った、出汁郎と莉春がやってきた。


「すいませーーーんーー。せっかくきていただいてもウチにはお茶もなくてーーー」


 すると、『ガタン』と、音を立てて少女が立ち上がった。


「出汁郎ーーーー!!!」


「わ! わあーー」


 少女は、出汁郎に飛びつき、彼の胸のシャツにしがみついた。

 さっきまで死んでた目に火が宿ったようだ。


「どうして私を待たせるの? 元気してた? 結婚する? うちの子になる?」


「あ、あのー……みな見てますのでー……」


 少女は周りを見渡し、ひとまず落ち着いた。

 まるで地中から出た瞬間に踏み潰されてしまったカブトムシの幼虫のように、

周囲の人間はなんとも言えない感情になった。

 唯一、莉春だけが口を尖らせていた。

 

「取り乱しました。仕事の話で来ました」


「なんでしょう」


「出汁郎くんを本部に引き抜きます」


「えー……」


「ちょっと待つアル!! こっちは二人で回せって言うことアルか!?」


 莉春が上司に臆さず意見すると、それに対しても少女は無感情で答えた。


「代わりに、本部からはこの兎的を派遣します。ラーメンの作り方は昨日仕込んどきました」


 すると、今まで威勢が良かった莉春も突然黙ってしまった。

 兎的と呼ばれた男性は、うつむき気味で答えた。


「は……はい……そういうわけでして……しばらく厄介になり……」


「嫌ですねー」


 出汁郎が割って入る。いつもの笑顔に戻っていた。


「……嫌とは?」


「僕はー……他にもコネクションがありますのでー、

 あまりラーメン屋を動きたくないのと、

 本部とは良い意味で距離をとっておきたいのでー。

 クレープも楽しそうですがー……」


「これは最後的な移動だよ? 出汁郎。

 ……

 『罰天』が当面、ターゲットになりそうな状況で角屋は、屋台以外の仕事が増えると思います。

 今、出汁郎を罰天との抗争で失うわけにはいきません」


「お気遣いありがとうございますー。

 私はー、いざとなったら逃げますのでー」


「……どうしても断る?」


「はいー」


 出汁郎からの返事を聞き届けると、少女は振り返ってクレープ屋のトラックにスタスタと歩いて行ってしまった。


「いくわよ。……またフラれちゃった」


 兎的だけまだ、残っている。彼は、出汁郎に一度会釈をして、


「すいません。出汁郎さん……本当に大丈夫ですか?」


「うんー大丈夫ー。ラーメン屋台なんてオシャレじゃない職業を、兎的くんに押し付けられないからねえ」


「出汁郎さん……! 僕も心配です。有事の際本店だって助けに行けるか……」


 兎的は小声で絞り出すように訴える。

 すると、出汁郎の後から、轍と莉春が近づいてくる。


「……すいません。轍さんを疑ってるわけじゃないんです。もちろん、莉春ちゃんも……」


「いいのいいのー。それに、兎的くんだってクレープ屋を離れたくないでしょ?」


「……?」


 兎的は俯いていた顔を上げる。大きい瞳が出汁郎を捉える。


「なんのことです?」


「そうじゃないかって思っただけー」


 今度は兎的は顔が真っ赤になった。


「あ……じゃあ、失礼します。何かあったら本部に知らせてください」


 兎的は会釈して、クレープ屋のトラックに去っていった。

 トラックが去っていく。


「兎的くんも大変だー」


「出汁郎さん、そろそろ開店時間アル」


「うんー」


 残された三人は、『角屋』に戻っていった。


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