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奇跡

 小野山リサは、この数分間の間に何度も同じ電話番号をCALLしていた。

 『あの日』以来、つながったためしもないこの番号。

 聞こえたためしもない、山岡秀治の声。

 今回も、どうせ繋がらない。わかっている。わかっているのだけれども、どうしてもすがりついていた。

 

 いつもの自分なら、とっくに諦めて一人で泣いているだろうに……

 なんだか今回は、簡単にやめてはいけない気がしたのだ。

 

 なぜなら、山岡が、耳を貸す可能性がある人間は、自分だけだからだ。


 武器も持たない、生きる知恵もないリサの、たった一つの勇気がこれだった。

 心拍は、とっくにフルマラソンを走った時と同じくらいにまで上がっている。

 枯れることのない涙を流しながら、ひたすら、ひたすら……

 秀治が電話に出るまで、番号をかけ続けている……。

 

 でも奇跡なんて、そうそう起こるものではないのだ。それもこの二十年間で、吐くほどわかっていることだ。

 奇跡は起きない。肝心な時こそ起きない。

 闇の中でひとりぼっち、助けを求めて叫ぶ時に、誰も応えてはくれない。

 リサの耳に、虚しい呼び出し音のみが響く……




 * * * * *



 奇跡は起きない。肝心な時こそ起きない。


「動かないでもらえまっかーーー!!」


 孫の号令と共に、両脇の新青龍構成員が天井に銃を乱射する。

 数万の人質たちはまた、怯えて座り込むが、

我慢の限界に達した一人の中年男性が、内ポケットに隠していた小型拳銃を構えて孫に向けて発砲した。弾は、大きく外れた。


「ふふ……。勇気あるのう」


 孫は、ゆっくりと、発砲した男性に近づいた。

 そして傍で銃を構える兵士たちを、手で制し……


「的はしっかり狙わなあかんよ。ほれ、この距離なら当たるじゃろう。撃ってみい」


 孫は自分の頭を指差す。

 怯え切った男は、再び発砲した。


 今度は、孫の顔、目の近くに直撃した。


 若干上に反った孫は、ゆっくりと首を元の位置に戻し、笑って見せた。

 その顔には、傷ひとつついていなかった。


「満足でっか? 満足したら座ってもらえまっか?」


 中年男性は観念して、ゆっくりと着席した。


「もうあと……五分とかで『全部終わり』じゃ。ワシが手にかけるまでもなか。

 それよりか『最期』くらい、穏やかな時間、過ごしまへんか? 祈るもよろしい。 電話もかけたらええ。 その場から動かなければ、何したって許しますさかい。

 さ、自由時間じゃ」


 孫がとても大きな声で、しかし穏やかな口調で、人質たちに話しかけている時だった。


 人間の声とは思えない、どちらかというと故障した機械のような声を発して、巨大な男が地下から現れた。

 ……轍である。


 構成員たちは発砲するが、轍は怯まない。肩の肉が、腿の肉が、腹の肉がはじけても構成員の一人の首に手を巻きつけ、地面に叩きつけ、

銃を奪ってもう一人の構成員を排除した。


「しつこいのう」


 しかし、轍の気力はそこで尽き、地面に倒れ込む。

 ……そして、その場でモンスターのような大きい声を空に向かって吐いた。


「があああああ!!! があああああああああ!!!」


 それは、まるで、群れから逸れた狼の遠吠え。

 罠にかかった獣が、吊るされながらも叫ぶ最期の絶叫。

 いったい傷だらけの体の、どこにそんな体力が残っているのか……。

 

 孫はむしろ、哀れな目で、叫ぶ轍を見るしかなかった……。



 * * * * *



 かちゃ……


 唐突に、電話がつながった。


「!!」


 ……しかし、山岡の声はしない。

 向こう側の音が何もしないあたり、本当に聞いているのかもわからなかった。

 それでもリサは、一つ一つ、祈るように、言葉を紡ぎ出した。


「秀治さん……? リサです」


「…… ……」


「聞こえてるのかわからない。でも聞いてほしい。

 私は、ここを離れません。もう、逃げるのは、やめました。

 新宿駅に、あなたが消さなければならない人なんかいません。

 隠さなきゃならないものも、ありません」


「……」


「フウカ・ヤマオカさんのことも、私にはわかりません。

 ……わかりたくもありません。でも、あなたがそんなにしてまで、殺さなきゃならない人は、新宿には居ません」


「…… ……」


「だから秀治さん。聞いてるかわからないけれど……

 爆撃をやめてください。秀治さんだからできることです。多くの人間を、救う判断をしてください」


 震えながらも、一言一句、はっきりと言い切った。


 ブツン。 …… ツー・ ツー・ ツー・………

 

 そこで電話は切れた。



 * * * * *


 奇跡は起きない。肝心な時ほど起きない……のだが……


『その時』の情景は、聖書の中の物語。もしくは中世の絵画のような情景だった。

 言い換えれば、まさに『奇跡』のような情景だったと、あの場にいた人間の一人が回想している。


 パアン!! という光が、西口の地下に灯る。

 光の元は、青年だった。

 穏やかな顔だったとされる。


「……兎的?」


「轍さんの声が、聞こえた気がしてここがわかったんだ……」


「お前……今更なんの用じゃ」


「ミサイルが一基、こっちに飛んできてる。空中で起爆させれば、被害は少なく済む」


「ミサイルをここに落とすのが、露軸の命令じゃろうが」


「命令に逆らったって、契約離反とやらで……

 地獄で炎に一生焼かれるだけだ。もう慣れたよ。焼かれるなんてことは」


「裏切りかあ!? トマト!!」


 孫の掌底が青年を貫く。しかし青年はびくりともせず、孫の腕をそのまま掴んだ。

 光が、孫に流れ込んでいく。


「離せ!! 自分が何をしてるかわかっとるんか!?」


「『よく』わかってるよ」


 青年は、孫の腕を掴んだまま、腕を天井に翳すと地下の天井が、空の青い天井に変わり……

 そのまま青年と孫が、天高く飛んでいったとされる。


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