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スノウとしての戦い

 露軸が何者か、知ってて「あの組織」の鉄砲玉やってたんか? それとも知らずにか?

 ……多分知らんかったんじゃろうな。


 そもそもあやつに名前なんかない。露軸なんて名前は最近の、限定的な名前じゃ。


 あやつは昔から居た。……昔いうても十年、二十年なんて話じゃなかよ?

 そうじゃのう…… 言い方を変えれば……

 『歴史の教科書に書いてある事件』の側には大体おったんちゃうん?


 例えば教科書に書いてある言葉で言うと……

 中国の後漢末期からの百年、あやつは村娘だの、旅の薬売りだのに姿を変えながら百年そこにおった。

 

 フランス軍がマスケット銃を持ってイギリスやイタリアに侵攻した時、

 ナポレオンがまだ貧乏貴族だった頃から、あやつは側におった。


 もちろん日本にもおったよ? 侍がいた頃なんかあやつメチャメチャ機嫌がよかった。

 

 世界的大恐慌から始まる一連の戦争が起きた時、あやつは世界中におった。

 

 最近じゃ、アフリカにもおったんちゃうんか? お前さんの側にもおったんと違うん?


 あやつが好きなのは、戦争の強い国と、戦争の弱い国。そして人間の死体じゃ。それも大量のな。

 人が大勢死ぬ……ちゃうか、理不尽に殺されるタイミングの時、あやつはそこにおる。

 お前らの言葉で言うところの、死神やら、疫病神に近いんじゃろかね?


 人間の死体をかき集めて、自分の家族を増やすのが好きなんじゃ。兎的やワシみたいのな。


 人間は放っておいてもいつかは死ぬ。当たり前じゃな。

 でも、争い事の側にしかおらんちゅうことは、やっぱり何か違うんじゃろうね。普通の死体と、殺された死体とでは。

 何が違うか? 知らんよ。

 

 重要なんは、最近は昔に比べてなかなかそういう機会が減ったっちゅうこつやな。イライラしてたんちゃうかな?

 

 そんなあやつが、何を思ってか日本に来た。そこを考えにゃならんよ? なぜか?

 ワシの説明、聞いてたらわかるよな?


 ……わからんか? 露軸はそもそも日本なんて小さい大陸、興味がないんじゃ。

 あやつが好きなのは大体、中東から西アジア。それかアフリカ大陸。

 それがなんで、日本に来たと思う?

 

 日本は戦争が強い国が? それとも弱い国か?

 

 ところで、ここ新宿駅に今、何人閉じ込められてると思う?

 

 数万はくだらん。

 なぜ、閉じ込められていると思う?

 

 ……まあ、聞いたって無駄じゃな。そろそろ、楽になってきた頃か? そのままよく寝るとええ。

 ……目が覚めたら、多分お前も、ワシらの家族じゃ。轍さんや。






 * * * * *



 撃たれた足が、焼けるように痛む。

 スノウは片膝をついたまま、吐息を繰り返す。肩で息をしている――それも長くは保たない。 フードの奥、睨みつける視線の先に、無言で佇む羅英龍。 拳銃を手にしたまま、一歩、また一歩と歩を進めてきた。

 その足音が、戦場の空気を切り裂く。

 

「立て。ここは戦場だぞ」

「……」


 スノウは無理やり、右足を引きずって立ち上がる。 足の裏が濡れている。感覚がない。血で滑るようにして、踏み締めが効かない。 だが――目だけは、死んでいなかった。

 

 羅英龍は、銃口を向けた。 先ほどと同じだ。殺気はない。だから読めない。 だが、スノウの体が、自然に傾いた。避けようとしたわけではない。ただ、倒れかけていた。

 バンッ!

 その弾丸は、耳元をかすめて壁に消える。 羅は目を細めた。

 頭を狙ったのか、それともわざと外したのか、どちらにもわからなかった。


 スノウはナイフを握り直した。 が、もはや距離がある。

 

「まるで死に急ぐような顔だな。しかし君の強さは強い生への執着からきている。混乱と矛盾の中で生きてきた日本人らしい戦い方だな」

「……喋んな!」



 次の瞬間、スノウが走った。 いや、走ろうとした。体がついてこない。右足を庇って、バランスが崩れる。


 バンッ! 

 今度は左腿を射抜かれた。

 いつの間に銃を構えたのかも、もはやわからなかった。

 スノウは、両足の制御を失った。


 左右の足から夥しい量の出血。そして痙攣。

 立っているのが、やっとだった。

 痛みとショックから、意識も朦朧とし始めている。

 それでも、目だけは羅を睨んでいた。

 自分の家族を奪い、自分の命まで脅かさんとする目の前の敵を、ただ睨んだ。


「いい目をしている。だが、滑稽だな」


「笑ってんじゃねえ!! ……その面で何人殺した?」


「喧嘩で勝てないと踏んだら口論か」


「何人殺した!? 」


「……いいだろう。確かに我々の手は汚れている。しかし、その全てが尊い犠牲だった。そうとしか言えない。

 これで満足かな? 主人公くん」


 銃口は、ゆっくりスノウの頭に向けられる。

 スノウは何度も足を動かそうとしたが、少しでも動けば倒れてしまう。

 スノウは、覚悟を決めて目を閉じた……。


「さようならだ。主人公くん」


「そうだ思い出したぜ。

 ……インポは治ったのかよ。ナルシストくん」


 その言葉が届いた羅は、銃口をスノウの心臓から、左の太ももに狙いを変えた。


バン! バン!!


 即死を与えず、一秒でも長く苦しめて殺すためだ。


 実はスノウはこれを狙っていた……。

 銃口が、心臓から外れたのを確認すると前屈みに倒れこんだ。

 

 物体が、バランスを崩して動く瞬間には、実は高いエネルギーが生まれる。

 躰道の教えである。


 ゴンッ!!

 鈍い音がした。 ナイフは、羅の腰に深く刺さっていた。

 スノウが倒れる瞬間に、ナイフを投げたのだった。 


「……貴様……」


「うわあああああ!!!!」


 スノウは歯を食いしばり、感覚のない両足を立たせた。

 よろよろと、5歩。 


 危険を察知した羅は、慌てて発砲する。


 バン! バン! 


 一発はスノウの腰、一発はスノウの肩を砕いた。

 そしてスノウが5歩目を踏み込むと、彼の手は羅の喉元にたどり着いた。

 

 スノウの手が強烈に羅の喉を締め上げる。

 羅は何度も引き金を引くが、発砲できない。

 弾切れ……いや詰まった……!? 

 羅は腰からナイフを取り出してスノウの腹を何度も刺した。


 しかしスノウはもはや、痛覚がないのか鬼の形相で羅を睨み続け、首を締め続ける。 


 そして、スノウの真っ赤な腕は、は羅の手からナイフを奪い……


「がああああ!!!」


 まるで獣の咆哮だった。

 奪ったナイフを、羅の下顎に突き刺した。


 死する獣の牙が、天敵の喉元まで届いた瞬間だった―――


「が……は……!!」


 二人して同時に地面に倒れ込む。

 虚な目で天井を見つめるスノウ、……菅原正人。

 胸元の十字架を手が探るが……見つからなかった。

 その代わり、反対側の手が血まみれで真っ赤なタバコを見つけた。

 火もつけず、口で咥える。


「母さん……あい……り……。…… ……んぺい。

 全部、終わったよ……」

 

 

 ……すると、いつの間にそこにいたのか、正人の顔を覗き込む『誰か』の姿があった。

 視界がほとんど機能しない正人にとって、『誰か』を認識することはもはやできない。


 しかし正人には、それが『誰か』わかった。


 正人はタバコを、ペッと口から吐き出し、『誰か』に向けて、掠れた、声にならない声で喋りかけた。


「……んの用だよ」


 すると『誰か』は、落ち着いた口調で応えた。


「今呼ばれた気がして」


「呼んでねえ。……今更」


「人質は? どこにいる?」


「……知らねえよ……地下じゃねえのか?」


 それを聞くと、『誰か』の足音が離れていった。


「おい……順平! 待てよ」


 正人が呼び止めると、『誰か』は立ち止まった。


「愛莉に……よろしく伝えてくれ」


「……最期くらい、『お兄ちゃん』らしい事言えよ」


「……おめえこそ最期くらい、『ありがとう』の一言でも返してみやがれバカヤロウ……」


 少しだけ鼻で笑ったような声が響いた。そして……


「ありがとう。正人にいちゃん」


 そして、『誰か』は、パアン……という光を放ち、消えてしまった。

 都会の真ん中、新宿駅の改札で、今度こそ正人は一人ぼっちになった。


 * * * * *



 一方で、出汁郎は人質がちが収容されている、西口地下にたどり着いた。

 すぐ近くで喧騒の声が聞こえる。罰天が、予想以上に健闘したようである。

 収容地帯の警備も手薄になっており、出汁郎は一人で一帯を制圧した。

 

「こっちですーーー!! 丸の内改札から逃げてくださいーーーー!!」


 出汁郎の声を合図に、人質たちは立ち上がった。


 あとは……轍が謎の少年をなんとかしてくれていれば、より安全度が高まるが……



 それでもこの地下一帯の人質たちはなんとか脱出できるだろう。と、出汁郎が思っていた瞬間である。


 タン!! タン!! タン!! ……



 背後からの発砲音がする。

 

 ……どうやら背中を撃ち抜かれたようだ。

 

 それは今まで轍が守っていてくれた背中だ。撃たれた時に、ようやくその大事さを痛感した。

 出汁郎はゆっくりと倒れた。

 門前には、再び両手を上げてしゃがみ込む人質たち。

 背後には……


「残念じゃったのう」


 先ほどの少年と、新青龍の兵士が銃を構えて立っていた……





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