刺客
音声を聞いたリサは、心臓を鋭利な爪で鷲掴みされているような感覚だった。
最初に覚えたのは、強烈な悔しさだった。
自分を捨てて勝手に生きている男はバクゲキとやらを命じる立場にいるのであるか、
そうでなくてもバクゲキがあるのを『知っている』立場。
一方で、ただの小娘であるリサは、それを一方的に告げらるだけ。
コロナもテロも銃の蔓延も、現実はいつも自分の視界に映らない程遠い所で決められて、
ただの小娘はそれに従うだけ。
ただの小娘に世界が変えられるなんて傲ったりしない。でもどうしていつもこうなのだろう?
リサは目を閉じた。
そうだ。いつも逃げ回ってたいたからだ……。
リサは、電話を一度きり、
数ヶ月前までは毎日かけていた、山岡秀治の電話番号をコールした。
* * * * *
新宿駅地下通路。鉄骨剥き出しの天井から垂れ下がるケーブルが揺れていた。緊急灯の赤色が、コンクリートの壁を血に染めたように照らす。
出汁郎と轍は、背中合わせに構え、息を潜めていた。
「前方、十時方向に赤外線……三名ーーー」
「俺の左。……サプレッサー付き」
轍の声は低く、静かだった。肩に包帯を巻いたままだが、左手で短機関銃を抱えた姿勢に迷いはない。
突如、上空にパキンと乾いた音が走る。 出汁郎が天井の消火設備に向けて発砲。散った火花が、敵の一人のゴーグルに反射する。
「発見ッ……ッ!!」
声が響いたと同時に、出汁郎は姿勢を崩しながら斜め前方に滑り込み、二連射で膝と喉を撃ち抜いた。
轍は構えを変えず、飛び出してきた敵に低い姿勢で踏み込む。 一発、二発。ボディアーマーに弾かれた音が響くも、三発目が脇腹を抉った。
出汁郎が、倒れた敵の背後から迫る者に気づき、ショートバレルのグロックで即座に牽制射撃。跳弾が天井を撃ち、敵のヘルメットが吹き飛ぶ。
「五人、半分ー……」
「……出汁郎、弾薬は?」
「今ので使い切りましたーー。思ったより敵が硬くて。補給が見込めないのは地獄ですよーー。
轍さんは?」
「……慣れっこだ。良い現場に恵まれなくてな」
「野蛮だなあ」
そこへ、火炎放射器を抱えた大男が現れる。通路全体を熱が包む。
「伏せてー!!」
出汁郎が即座に閃光弾を投擲。爆音と閃光が爆ぜた瞬間、大男の足元に滑り込んだ轍が、ブーツで相手の膝を踏み砕き、ナイフで喉元を断つ。
「六人目ーー」
だが直後、残る兵士たちが連携して銃撃を開始。コンビニの廃店舗跡から、別方向からのクロスファイアが開始される。
出汁郎が歯を食いしばる。
「囲まれてますよーー……!!」
「見ればわかる!」
轍が咄嗟に手榴弾を通路中央に転がす。轟音と共に視界が煙で遮られる。 煙幕の中、出汁郎は腰に忍ばせていたナックルガードを装着。咄嗟に近づいてきた敵のアサルトライフルを肘で叩き落とし、顎にナックルを叩き込む。頭部が斜めに折れ、敵はそのまま倒れた。
轍は肩の負傷を庇いながらも、足で転がってきたマガジンを拾い、無造作に敵の胸元に連射を叩き込んだ。
――残り一人。
立て籠もるように、改札横の設備室に隠れた敵が一人。 出汁郎は合図を送り、轍がカバーに回る。
「電源ボックスを……いけますか?」
「……」
轍が肩の痛みを無視して、爆破キットを配置。
数秒後。
爆発音と共に設備室の扉が吹き飛び、中から飛び出してきた敵を、拳で黙らせた。
――沈黙。
通路に再び、音がなくなった。
「……通路、クリア……」
出汁郎は静かに呟いた。
息を切らす轍の肩から、止血布の赤い面積が広がっている。
「……大丈夫なんですかー?」
「……うるさい。進むぞ」
二人は、今しがた倒した兵士たちを乗り越え、足音を響かせながら地下の奥へと消えていった。 新宿の底で、なお続く戦いに、彼らはその身を投じてゆく。
そこに堂々とした足音と、拍手の音が響いた。
「お見事お見事ーーー」
轍と出汁郎は物陰に隠れる。
一方の相手は堂々と拍手をしながら歩いてきた。
浅黒い肌。小柄な背丈。子供にしか見えない外見。
「やるのう、お二人さん。特に最後の一撃がよかとよ。プロの拳やね」
男からは、緊張感というものがカケラもなかった。
「その頑張りに免じてここを通してやりたいねんけど、そうもいかんのじゃ。
すまんの。ワシは新宿駅から誰も出してはならんのじゃ」
轍は傍にいる出汁郎に小さく、声をかけた。
「……出汁郎、先にいけ……」
出汁郎は、はいとも、いいえとも言わずに轍を見た。
いつもなら戦場でこんなことはしない。だが、今回は違った。
それを見た轍は少しだけ声を荒げる。
「良いから行け!」
轍に背中を小突かれ、出汁郎は通路の奥へ消えた。
少年はそれを目で追うだけで何もしなかった。
「ワシと一対一でやるゆーの? はは。豪胆じゃのう。
ええで。せいぜい遊んだるけん」




