山岡からの着信
新宿駅西口で、『罰天』と『新青龍』が衝突した時、
出汁郎と轍は東中野駅にいた。
「向こうは逐次補給を受けられて、こちらの戦力は二人ー……、作戦も、補給の目処も、特に無しー……。これではテロと一緒です旗色は悪いですよーー」
「……地下にいる人間を避難させるだけでいいんだろ」
二人は、地下鉄に通ずる通路の脇に自然と目がいった。
ラーメン屋を始めた頃は、そういえばここで商売をしていた。
「轍さんーー……またラーメン屋に戻れるとしたらー……どうしますー?」
「……元々、我々に向いている商売ではなかった」
「ええまあーー。でもー……楽しかったなー……。
莉春もいてー……」
莉春の名前が出ると、二人とも黙ってしまった。
下階段を目の前に、二人はなかなか進もうとはしなかった。
なぜかはわからない。
これを降りたら、帰っては来れないのではないだろうか? そう思ったかもしれない。
出汁郎が、隣の気配の異質さに気がつき、轍の方を見た。
…… ……出汁郎は思わず頬が緩んだ。
そして、轍からのグータッチに応じ、階段を駆け下りたのだった。
* * * * *
都内ホテル。
リサも、母親も、テレビの前から離れられなくなってしまった。
食事も水も採ってない。
ニュースは、先ほどから同じような文言を繰り返している。それは、羅英雄がマスメディア向けに発表した内容で、
「シュウジ・ヤマオカ」の娘、「フウカ・ヤマオカ」と言う人物を組織の象徴のとすると言う内容のものであった。
マスコミもネットニュースもSNSも、こぞって「シュウジ・ヤマオカ」の正体を探り出した。
今や山岡は時の人だ。
リサのスマホにも、知らない番号から何度も着信があった。
もう、何も驚かないし、感情は動かない。むしろ、遠い他人の出来事のようにすら感じていた。
リサの悲劇の発端はどうしても山岡になる。だから記憶から抹消したい名前だった。
……しかし、山岡と向き合うことが、この事件と向き合うことになることをわかっていた。
テレビを消せば、不安も不満もシャットダウンできる気がしていた。
なのにその行為だけができない。リサと母親は、黙って画面の向こうを眺めていることしかできなかった。
* * * * *
東京メトロ丸ノ内線、中野坂上駅――線路内。 非常灯が断続的に点滅し、コンクリートの壁に影がうごめいていた。
「……静かすぎるな」
出汁郎が呟いた。 線路を挟んだ通路には、さびついた工事用ハシゴと電源ボックス。足音すら吸い込まれるような湿度の中、彼らは無言で進む。
その時だった。先行していた轍が右手を挙げ、静かに身を低くした。 薄暗がりの先、停止中の電車――その連結部の影が、不自然に動いた。
パッ、と閃光が弾けた。 閃光弾。 反射的に顔を背けた轍の視界が白に染まる。
「潜入がバレたか……!」
その直後、抑制されたサプレッサー音と共に銃弾が飛来。壁が砕け、火花が散る。 轍と出汁郎は、反射的に電車の下に滑り込んだ。
「距離二十……三十。新青龍、四人……バイザー付き、ヘルメットあり。 中距離支援一、火炎放射器が……オイ、珍しいの持ってんな」
出汁郎が呟きながら、愛銃の改造グロックを手に、ハンドサインで迂回を指示する。
轍は手榴弾を一本投げた。 爆風が生じると同時に、出汁郎は反対側からスライディングで突入し、至近距離で一人の敵の膝を撃ち抜いた。
「ッラァ!!」 轍は電車の影から飛び出し、敵の装備の隙間に拳銃を撃ち込んだ。 だがその時、背後から狙撃――
「轍!!」
銃声と同時に、轍の肩が弾け飛んだ。 血が噴き出す。だが彼は倒れない。振り返り、敵の位置を確認した。
「…… ……ぐ!」
肩を押さえつつ、壁に背を当て、呼吸を整える。 出汁郎が横に滑り込み、咄嗟に止血用の布を巻いた。
「轍さんーー……戦場で“無理はダメ”って習わなかったんですかーー……」
「うるさい、敵の数は少ない。……さっさと片付けるぞ」
轍が動こうとした瞬間、出汁郎が代わりに前へ出た。 その手には、**閃光音響複合弾**が握られていた。
ピンを引き抜くと同時に、轟音と閃光が狭い通路を満たす。 爆風で敵が体勢を崩した瞬間、出汁郎は一直線に突っ込んだ。 左右に撃ち込みながら、二人を瞬時に制圧。
最後の一人が反応する前に、轍が飛び出し、ナイフで手首を裂く。
「……通路、クリア」
轍は血を流しながら肩を回すが、顔をしかめる。
「……大丈夫ですかー?」
轍は、答えはせず曖昧にうなづいた。
出汁郎が先行し、轍が続く。 途中、停止中の車両を確認すると、中には怯えた顔の民間人が見えた。 轍は彼らの前で一瞬足を止め、目を細めた。
――そして、彼らは新宿駅の地下へと、血の匂いとともに進んでいった。
* * * * *
都内ホテル。
もう、何度目かもわからないスマホの着信音に、うんざりしていたリサであるが、
その発信元の名前を見て思わず血の気が引くような気分になった。
『山岡秀治』から着信が来ている。
リサは思わず立ち上がり、電話に出た。
「もしもし?……」
それは、山岡本人の声ではなかった。無機質な機械の声だった。
当然、こちらからのコミュニケーションには応じない。
一方的に、こう、告げてきた。
『バクゲキ が 始まる。 リサ 逃げろ』




