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衝突

 西新宿の裏路地に、やかましいエンジンの咆哮が悲鳴をあげている。

 そこには、三百人を超える男女が、ぞろぞろと集結していた。 刺繍入りの特攻服、軍靴に編み上げブーツ……どれも古臭くて、昭和で止まったようなファッションである。 だが、目が違う。 全員の目が、血走っていた。

 その服の背中には――『罰』の一文字。 腕章にも、手製の旗にも、でかでかと同じ字が書かれている。 この場にいる者たちは、誰一人として「正義」など信じていない。 ただ、“罰”を下す権利が、自分たちにはある――そう信じていた。

「整列しろや、コラァ!!」

 怒鳴ったのは、スキンヘッドの構成員。 他にも、ピンクの長髪にサングラス、鋲ジャンを着た女、坊主頭に刺青のある少年―― まるで見世物小屋のような連中だが、手にはショットガン、サブマシンガン、改造拳銃と、物騒な火器をそれぞれ抱えている。

 その列の最後尾から、スローモーションのように歩いてくる男がいた。 白いパーカーのフードを深く被り、ポケットに手を突っ込んで歩くその男――菅原正人。今の名はスノウ。 虚ろな目に、決意の色はなかった。 だが、歩くたびに、足元の地面が軋んだように感じた。 それだけで、周囲は静まり返る。

「きてくれるって信じてましたよ。若旦那」

 青パーカーが隣で囁く。

 それに対し、スノウは反応を返さなかった。

 ただ黙って……猫背に目的地に向かって歩き出した。

 『罰天』のメンバーは歓声をあげて彼の後に続く。


「テメェらァ!! 新宿に死に場所作りに行くぞゴラァァァ!!」

「戦争上等だコラァ!! 殺せッ!! 殺してでも取り返せ!!」

「ぶち殺せええええええええ!!!!」

 怒号と笑い声と号泣が混じり合う。 ヤクザとも暴走族ともつかない集団は、一斉に西新宿を出発した。

 全員、命を捨てに行く顔をしていた。

 ――殴り込み先は、新宿駅西口。 そこでは、新青龍が完全武装で要塞を築いている。 一般人を“人間の盾”に使って、地下全域を制圧している。 その真っ只中へ、命知らずの罰天が突っ込んでいくのだ。

 だが、彼らは迷わなかった。 ――なぜなら、誰も帰ってくるつもりなどなかったからだ。

 スノウは、パーカーのフードを外し、空を見上げた。 東京の夜は、相変わらず空が見えない。

 真っ白で、あの時の空の色と同じだ。


「……」


 スノウは、胸元の十字架にキスをして、天に向けて中指を立てた。


 ……大きな矛盾を孕むこの行為だが、これが今のスノウの素直な気持ちだった。

 

 一瞬、空気が凍る。

 そして、仲間たちに何の号令もかけず、そのまま歩き出した。


 * * * * *


「……もしもし」


『露軸さんですかーーー?』


「出汁郎じゃない。元気してるの?」


『そんなわけないじゃないですかーー。新宿駅のあれ、姫さんでしょー?』


「さあ……彼が何をしたのか、私にはわからないわ」


『そんな言葉で騙せるとでも思ってるんですかーー?

 全部露軸さんの指示だったって、こっちはわかってるんでーー』


「出汁郎、怒ってる?」


『怒ってますよーー。一言声かけてくれてもよかったのにーー勝手にはじめるからー。

 だから僕たちもー、勝手にやらせていただきますーー。

 露軸さんに付き合ってー第二次薔薇戦争なんて御免被りますからーー』


「……」


『露軸さんーーー。何考えてるんですかーー?』


「私が考えてることは、ずっと変わらないよ。

 出汁郎も『ウチの子』になることを考えて頂戴」


『…… ……露軸さん』


「なあに?」


『………ファーーッキューーー』


 そして電話が切れた。




 * * * * *



 バリケード、コンクリートブロック、銃座、そして至る所に配置された新青龍の武装部隊。 彼らは黒い防弾装備に身を包み、まるで国際テロ対策部隊のような動きで、罰天の行進を迎え撃つ。

 新宿駅西口。

 罰天の暴徒が放つ最初の銃弾が、 “第二次薔薇戦争”の開戦を告げた。


「他来了……!他真的来了!!」 新青龍側、通信ヘッドセット越しの声が混線する。

 西口通路から突入してきた罰天の隊列は、銃撃が降り注ぐ中でも怯まず突き進んでいた。 命知らずの暴走列車。防弾チョッキもない若者たちが、己の信念と怒声だけで壁を突破してくる。

 サブマシンガンの雨、閃光弾、催涙ガス…… だが罰天は、咳き込みながらも突っ込んでいく。 スキンヘッドが突撃し、サングラスの女が血まみれになりながらナイフを振り回している。 頭がおかしい。だが、彼らは止まらない、止まれなかった。


 群衆の真ん中。 スノウ(白パーカー)は、相変わらず手ぶらのまま、歩いていた。

 仲間たちが銃を構える中、彼だけがポケットに手を突っ込み、険しい顔のまま視線すら動かさない。 一人、弾丸の中を進む。

 前方から、新青龍の兵士が二人、ショットガンを構えて迫る。

 ――スノウは静かに動いた。

 右足が滑るように一歩、地を擦る。 同時に上体が沈む。 次の瞬間、左肘で相手の顎を打ち抜いた。

 骨が砕ける音。 もう一人の兵士が引き金を引くが、すでにスノウの姿はそこにいない。

 背後から、後頭部に指先で一撃。

 ただそれだけで兵士は意識を刈り取られ、崩れ落ちた。


 スノウを見た新青龍兵士が何かを叫ぶ。

 だが、叫んだ時にはもう遅い。

 スノウは、機関銃の引き金に指を引っかけるようにして軸をずらし、腕ごとその兵士を投げ飛ばす。 空中で体勢を崩した兵士の顔面に、スノウのバックハンドブローが入る。 歯が飛んだ。

 躰道の回転蹴りで一人、システマの捌きで一人、空手の裏拳で一人。

 スノウの体術は舞のように洗練されていたが、一つ一つの動作に強い恨みと激しい悲しみがこもっていた。 血と泥と硝煙の中に、白いパーカーの影だけが異様に映える。


「若旦那が抜けてるぞオオオオオ!!」

 罰天の兵士たちが歓声を上げる。

「若旦那の進む道を開けろオオオオ!!」

 スノウが通った道を、罰天が押し上げる。 こいつらは、文字通りただの暴走族だ。

 スノウ同じ、テロで家族を失った行き場のない者が殆どだ。

 死体の山を超えながら、戦線は徐々に駅構内へと侵入していく。


 地上出口が見えたとき、スノウは一瞬、足を止めた。

 この先に、敵の本陣がある。 次こそ、今度こそ最後の戦いであるとスノウは直感した。


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