シン・ニンニクラーメン
昼過ぎ。中野坂上。
屋台ラーメン「角屋」前で、割烹着の丸メガネと八重歯男、そしてまん丸の少女が、湯気を囲んでいる。
「……うーーんーー生臭い」
「うん。台湾じゃこんなの人に食わせないアルな。これは犬の餌アル。犬に謝れ」
「…… ……」
相変わらず丸メガネが湯気で曇っているので、その表情は読み取りづらいが、
少女に辛辣な言葉をかけられてちょっと落ち込んでいる雰囲気がある。
八重歯が、いつもの目の笑ってない笑顔のまま二口目を啜る。
「これーーはーー煮干しですかー?」
丸メガネは頷く。
「うん。生臭く、オイリーで、味がない。これは、ラーメンであるにもかかわらずーー
イギリス料理の味がするんですよねーー。
不思議な感覚です」
八重歯にも言われてしまい、丸眼鏡は坊主頭をポリポリと指で掻いた。
「うん。なんでもっと醤油入れない? まだ出汁郎さんが作ったものの方がマシあるな」
「あーー莉春。轍さんは醤油が御法度なんだーー」
「…… ……はあ!? 私たち作てるの醤油ラーメン! それで醤油ダメなの意味わからない!」
「うんーーー、轍さんが何かにつけて新メニュー作ろうとするのは、醤油ラーメンを振る舞いたくないから……なんだよねーーー」
丸眼鏡は恥ずかしそうに頷いた。
「なんで!?」
莉春、と言う少女に詰められて、轍さんと呼ばれた丸眼鏡の割烹着男は、おどおどしながら口を開いた。
「……体に……悪いから……」
「……は?」
「轍さんはーー、ラーメンは健康食だと言う偶像にーー取り憑かれてるんだーーー」
「…………はああああああ!? ラーメン美味しいの体に悪いから! そんなこともわからないでラーメン屋やってるアルか!
中国人皆悪魔! ラーメンで世界を乗っ取ろうとしてるアル! それがわからないならラーメン屋なんてヤメロ!!」
おそらく最年少であろう莉春に言葉で叩きのめされ、轍は頭を掻くのみだった。
「なんでーーカタクチイワシにしたのーー?」
「伊吹いりこだともっと匂いが……」
「後ーー後からくる昆布の出汁がーー煮干しのラストノートの奥で暴れてますねーー。
……そもそも……この麺はーーー?」
「……ニンニクの芽」
「ですよねーーー。まさか、植物性の麺とは、徹底してますけどーー太過ぎますよねーー。流石に」
「エグい! マズイすぎある!! これは食への冒涜アルよ! 流石に中国人かわいそうある!!」
「でも……体には……」
「轍さんーー。ナシで」
八重歯の男が笑顔のままで却下を告げた。
「でも……でも……」
「今までいろんなラーメン食ってきたアルけど、麺が『ボリ・ボリ』言うラーメンは初めてアルな」
そう言われながらも、轍はうろうろして、紙コップに水筒の中の濁った液体を注いだ。
「これには……多分あうんだよ……」
「それはーーー?」
「……煮干しの、出汁」
「おっとっと」
すると、八重歯男のスマートフォンが鳴った。
「ん?本店?…… ……はい角屋の出汁郎ですーー。はいーー。あ、はいー。はいー。」
電話をしながら、八重歯の出汁郎が離れていく。
残された轍は、寂しそうに紙コップの中の、出汁を飲んで、新作のラーメンを無表情で食べた。
「美味しいアルか?」
莉春が隣の席で話しかける。
轍は、ニンニクの芽をゴリゴリ咀嚼しながら、頷いた。
「舌がおかしいんじゃないあるか?」
ややあって、出汁郎が戻ってくる。
「なんかーー本店が来るってーー」
「誰がくるアルか?」
「トマト君とーー、露軸さんーー」
轍の箸が、ピタっと止まった。
「今?? なんで?? ここにアルか?」
「うんーー。轍さん、その麺、露軸さんに食べさせてみなよーー」
すると、止まっていた轍の箸が慌ててズルズルボリボリと、ニンニク芽麺を口に運んだ。