第二次新宿薔薇戦争
死んだと思っていた弟が、目の前に現れた時、沸いた感情は喜びというよりも、
どうしてこいつが『立って歩いている』んだろう? というものだった。
たしかに、頭を撃ち抜かれており、その様はまるで潰れたトマトみたいだった。
それが、何事もなかったかのように、むしろ前より元気になって戻ってきたのだ。
正直、喜びよりも不気味さが勝ってしまった。
……それで、自分が弟の事を本心ではどう思っていたのか、その断片を知ることになってしまい、そんな自分にも嫌気がさした。
弟の前に立つ、自分のことまで嫌いになってしまった。
「紹介するよ。愛莉さんだ」
弟に手を引かれてやってきた女性は、自分の元妻だった。
なんでそんな人を紹介されなければならないのか、ますますわからなかった。
「兄貴、僕ね、結婚するんだ。この人と」
と言われた時、混乱の渦中に陥った。
元妻は幸せそうに、自分にお辞儀をし、弟に手を引かれて、とおく、とおくへ去っていく。
自分は何も言えず、ただ置いてかれてしまう。
窒息するかという息苦しさの中で、絞り出した言葉は……
「待ってくれ!!!」
白パーカー、本名菅原正人は、自室のソファーでそう叫び、自分の声で目が覚めた。
またこの夢か……。
「だいじょうぶ?」
部屋が明るい。どうやら灯りをつけっぱなしで寝てしまったようだ。
ぼんやりとした視界に、こちらを覗き込む顔がある。
……妻だ。いや、『元』妻だ。
「ああ……。すまん。
……寝てなかったのか?」
「『寝る』必要ないから」
愛莉は笑った。
ここ数日は、こんな奇妙な『同居生活』をしている。
失われたはずの、結婚生活……といえば多少は聞こえがいいが、こんなものはただの『ままごと』だと、正人は自覚していた。
それでも、それにすがりたかった……。
最近は、罰天の事務所にも通っていない。
愛莉と二人で日がなぼんやりしている。
ついでに教会にも通っていない。通えば……愛莉が成仏してしまうのではないかと思って。
霞んだ視界を手で拭って、正人は愛莉に話しかけた。
「なあ……、愛莉は……いつまでここにいてくれるんだ?」
そう聞かれると、愛莉は困ったように笑った。
「いつまでがいい?」
その、八文字ほどの言葉が、この関係も永遠なんてものではないんだなと正人に思わせた。
そりゃあそうだろう。と、思わなくもなかった。
* * * * *
リサの方は、都内のホテルに母親とカンズメ状態だった。
笹塚の家にはもう二週間ほど帰れていない。
莉春の葬儀だって、満足に執り行えていない。
母親はあれからどこかぼんやりとしていて、外に出ようとしなかった。
父親とは再会できた。彼が一人で勝手に笹塚の家に帰ろうとする度に大喧嘩になる。
時間ばかりが過ぎていくような気がして、リサの方も、何もしていないのに疲弊しきっていた。
何度も、海底トンネルの夢を見た。行ったこともないトンネルだ。そしてそれは地上に繋がっていない。ひたすら景色の変わらない場所を歩き続け、
多分戻っても地上には戻れなくて、行き倒れるまで歩くしかない。そんな夢だった。
そのての夢は今朝も見て、変わらない部屋の景色と窓の外を眺めてため息をついた。
朝と言っても、今が十一時なのか正午なのかもわからなかった。
「おはよう」
おそらくソファーにいるのであろう母親に声をかけると、
「おはよう」と返ってきた。
気の抜けた声だ。
リサはため息をついてテレビのリモコンをつける。
画面には、新宿駅が映っていた。
武装した男たちが大勢、駅を歩いている。
西口地下には、一般人と思しき人間が大量に並ばされて座らされていた。傍には銃を持った男たちが大勢立っている。
一体何が起きてるんだろう……? リサは嫌な予感がしていると、画面には男が映った。
見覚えのある男だ……。莉春を、撃った男だ。
画面に向けて、何かを叫んでいる。
「我々は、日本の心臓部に我々の国を置くことになった。
数時間後には我々と志を共にする同志たちもやってくるだろう。
主張が受け入れられない場合、ここにいる数千の人間の命も我々の手で粛清することになる。
これはテロではない。これは、宣戦布告と受け取っていただきたい」
「何これ……テロじゃない! 自衛隊は何をやってるのよ!」
リサの母は、テレビをつけて数秒でヒステリーになっていった。
リサの心配は……別のところにあった。
「ママ……パパと連絡はついた?」
「え?」
リサは青い顔をして、何度も父親に連絡をしたが、一向に繋がらない。
ラインの既読もつかない。
嫌な予感に心拍が強まる。呼吸が浅くなり、のぼせてしまいそうになる。
視線も泳いでしまい、つい、母親の方を見ると、口を大きく開けたまま固まっていた。
……テレビに映っているものを見た。
新宿駅の地下で頭を押さえて座らされ、並ばされていえる人間たちの中に、とても見覚えのある父親のスーツ姿が映っていた。
* * * * *
「んだよこれ……」
正人も、新青龍が新宿駅を占拠した内容のニュースを見ていた。
すぐに正人の方にも連絡が来た。
『スノウ、生きてます?』
「うるせえ……」
『映像見てますか?』
「見てるよ。それがなんだよ。俺にはもう関係ねー……」
『そうはいきませんよスノウ。いいえ、若旦那。
兵隊たちが、あなたの命令を待ってますよ』
正人は机を殴った。
自分を縛り付ける全てのものが忌々しく感じた。
「ほっといてくれよ……俺は……もういいんだよ……」
『それは無責任すぎやしませんか? みんな、若旦那について行って、怪我したり死んだりしてるんです。
私が許しても、他の組のものがどう思うか……』
「うるせえよ!! 」
『ボクは黙りませんよ? 嫌ならさっさと中国人を追い出してください』
電話は一方的に切られた。
正人は頭を掻きむしり、何度も机を殴った。
「……だいじょうぶ?」
少し離れたところで、愛莉が聞いてきた。
「……また俺から愛莉を奪うんだってさ。はは……俺がはじめた喧嘩じゃねえのによ……」
正人の手は震えている。その手に、愛莉の手が重なった。
「奪われるものなんて、何もないよ」




