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凶弾


 白パーカーは、轍がリサの母親を抱え、去っていくのを目の端で確認した。

  

 住宅街のアスファルトは、

 昨夜の雨が乾ききらず、路面がまだじっとりと濡れている。 角を曲がると、瓦屋根の一部が崩れ、路上には薬莢が転がり、そこかしこで爆ぜた跡が残っていた。 その真ん中で、二人の男が向かい合っていた。

 沈 澄光――かつて「デルタの影」と恐れられた元特殊部隊員。 白パーカー――その名も素性も不明。その風貌から、敵味方問わず“ユーレイ”と呼ばれる暴力の擬人化。

 沈は片手にベレッタM9A3を、もう片方にはククリナイフを下げていた。 白パーカーは、二本目の煙草に火をつけ、片手をポケットに突っ込んでいる。

「退け」

 沈が静かに言った。

「これは戦争だ。お前らのやってる『ごっこ遊び』とは違う」


 白パーカーは思わず笑った。

「流暢な日本語をどうも。でも全く響かんねえ。お前らは誇り高きチャイニーズのはずなのに、持ってるのはアメリカ製のオモチャ。

 俺は余裕で丸腰だ。どっちが『ごっこ遊び』かな?」


  吐いた煙が風に流れた次の瞬間、彼の姿が霞む。

 先に動いたのは沈だった。 足元の瓦礫を踏み鳴らし、銃口を低く構えて駆け、一発。二発。

 だが、白パーカーはそれを身体を横に滑らせてかわす。まるで重力が失われたような身のこなしである。

 彼の口から吐かれる靄のような煙にむけ、五発発砲。

 沈は的確に胴を狙って撃つが、白パーカーの軌道は読みづらい。 まるで殺気を感じない手脚の動きが、リズムではなく「間」で動いている。撃たれる直前に“そこからいなくなる”。

 さらに五発。白パーカーには掠りもしない。

 そして沈が銃弾を打ち尽くしたのを確認して、白パーカーは笑った。


「つまんねえな。タバコ吸い終わっちまったぜ」


 沈は拳銃を捨て、異常な速さでナイフを逆手に持ち替えると、一気に距離を詰めた。 そのまま、低い姿勢から下段払いと突きの複合動作で白パーカーの足元を狙う。だが、

 白パーカーの体は空中。

 白パーカーは、沈の突きを誘って左足を軸にして弧を描くように回し蹴りを放つ。

 躰道の『飛び旋状蹴り』である。しかし打点が異常に高く、蹴りは沈の頭を狙っていた。 沈の頭をかすめたその一撃は、風圧だけで路面の砂を跳ね上げた。

 沈は腰を引いて受け流し、すぐに白パーカーの懐へ――が、

 何かが来る。

 白パーカーの膝が、沈の肋を狙って突き上げられる。沈は腹筋を固めて受けるが、その一瞬の硬直――

 飛び上がった白パーカーの掌が、沈の手首を捉える。これも躰道の飛燕突きである。


「……!!」

 沈のナイフを持った手が折れた。

 沈は舌打ちしながら左肘で反撃、が、白パーカーはその肘の軌道を前腕で封じる。

 

 躰道には、基本的にガードは無い。それでも白パーカーが沈の肘を受け流せるのは、

彼の独特な呼吸法によるものである。沈の鋭い肘打ちにも全く動じない。

 そのまま沈はバランスを崩すと、身体が背後の壁に叩きつけられた。


 壁のヒビがパキパキと広がり、土埃が舞った。

 沈は片膝をつきながら、今度はスティンガーナイフを抜く。小型のバヨネット、刺突専用のナイフだ。

 だが、白パーカーはそれすら読んでいた。何度か沈の懐に忍び込んだ時に、沈が持っていそうな『オモチャ』を見抜いていたのだ。


 足元にあった車のドアミラーを蹴り上げると、それが飛び道具のように沈の顔を狙って飛ぶ。

 沈が顔を背けた隙に、白パーカーが胸元に踏み込む。

 沈は本能的に肘打ちを放つ。が、そこに白パーカーはいない。背中側。

 背中に感じた衝撃は、脊椎を狙った“呼吸を潰す”一撃だった。

 「グ……ッ」

 沈の身体が崩れた。肺に空気が入ってこない。

 白パーカーはもう一歩踏み込み、しゃがみ込むと、沈の耳元で囁いた。

「“ユーレイ”には通じねえよ、そういうのは」

 そして、拳を振りかぶった。

 沈の顎に、地面に叩きつけるような拳打が落とされる。

 ぐしゃり、と濡れた肉が潰れる音が、朝の住宅街に響いた。


「ふん」


 沈を戦闘不能にし、白パーカーは三本目に火をつけ吸おうとした時である。


 沈の軍服がはだけて、中からは大量の爆薬が顔を覗かせた。すでに起爆のカウントダウンを開始している


「……んだと!?」


 珍は袖から出した起爆装置を握りしめ、


「……喧嘩には負けても、戦争には勝つ。それが我々だ」


 と笑った。



 * * * * *


 渋谷。ビジネスホテル。

 

「リサ、轍さんから連絡あったアル。無事にお母さんを家から連れ出したみたいアル。こちらに向かってるって」


 リサは涙腺が破れ、思わず莉春に抱きついた。


「よかった……ありがとう」


「うん。うん」


 莉春は、リサを抱き寄せた。


「怖かった……怖かったよお……」


「うん。大丈夫。一人にはさせない」


 すると、リサのお腹から、グーーー……という音が響いた。


 リサは泣きながら笑った。


「ごめん。安心したらつい……」


 莉春も笑った。


「さっき、デリバリーでピザ注文したアルよ。そろそろ届く頃アル」


「ピザか。楽しみだな」


 そう言っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「早速きたかな?」


 涙を拭いたリサが、玄関に向かい、ドアノブに手をかけた瞬間である。


「リサ!!!」


 悪い気配を察知した莉春が、リサを部屋の後ろまで突き飛ばした……


 ドン!ドン!


 ドアの向こうから二発の銃声。莉春が崩れ落ちる。


「……!!」


 そしてゆっくり、破壊された部屋の扉が開くと、

外立っていたのは、新青龍の、羅 英龍が、無表情に銃を構えて立っていた。


「莉春?…… 莉春!?」


「…… ……」


 莉春は答えない



「お前が小野山リサだな。私と共についてきてもらおう」


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