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哀しみの痕

 リサと莉春は、とりあえず荷物を部屋の入口を入ってすぐの右側にあるシュテンダーの下に置いた。

 ビジネスホテルに、いかにもな学生と、いかにもな外国人女が二人で泊まるなんて、どういう状況だろう? と受付の人には思われただろうか?

 

「リサ、親に連絡するアル!」


「あ、うん」


「あと……ここの場所はなるべく言わないで。盗聴されてるかもしれないアル」


「……うん」


 莉春に見守られながら家に電話をした。

 両親は普通に電話に出た。駅近くで激しい銃撃戦があったようだが、母が家に着く頃には騒ぎは治ってた。とのことだった。

 

 ……怖くないのか? と思わず聞いてしまったが、

「もう感覚がバグっちゃったわよ」 だそうである。


 銃撃戦が怖いので友達の家に泊まる旨を伝えると、

「あんたも気をつけなさいよ」 

 と、言われた。

 正直、拍子抜けな気もする。


 莉春は、喫茶店の時とは打って変わって落ち着きがないようだった。

 あまりホテルに泊まる、という経験が無くて恥ずかしいのだという。


「とりあえずフロ入ってくるアル」


 ……などと言って、シャワールームに虚に入っていった。

 シャワーの音が聞こえてきた頃に、

莉春がタオルも何も持たないで個室に入って行ったのに気がついたリサは、思わず大小のタオルを持って個室に入ってしまった。


「ごめん莉春、タオルここに置いておく…… ……」


 そして、見てしまった。

 莉春の右肩と背中の間に、皮膚の色とは少し違う古い痣がある。変色し、窪んでおり、

例えば……弾痕のように見えた。

 

「あ、ごめんアルー」


 リサはタオルを個室に置いて、扉を閉めた。

 

 * * * * *


 深夜1時。新宿革命区。罰天オフィス。

 未だ片付いてないこのオフィスで、明かりに群がるように白パーカーと青パーカーが端末を覗き込んでいる。


「やっぱりだ。新青龍さんは今回の事相当お怒りのようですよ。

 大規模な報復作戦を計画してますよ」


「わかるのかよ」


「わかりますよ! ボクが何日間、お隣さんの生活を監視してると思ってるんですか!?

 じゃあわかりやすく説明してあげますね。

 スノウの恋人が、突然金使い荒くなったら『何か考えてるな?』って察しませんか?」


「……知らねえよ」


「ごめんなさい。これは分かりづらい例えでした。とにかく予算の流れの規模が急です。

 まあ新青龍にしてみれば屋台の奪取に失敗し、倉庫を爆破されですものね! これは嵐が来るぞー! デカい嵐が!!」


「……羅 英龍は出てくるか? 」


「どうでしょうね? 若手のホープっぽいのはさっきスノウ、君が片付けたので、別の実行部隊が出てくるか、それとも、羅本人が出てくるかです」


「フーー」


白パーカーは、事務所に戻ってから三本目のタバコの煙を吐き、灰皿に押し付けた。


「やっとだぜ。 羅 英龍を消せば終わりなんだよな?」


「まあ、新青龍は頭を潰されることにはなりますね。ただー……

 『露軸グループ』からも、彼が出てくるかもしれませんよ?」


「……」


「よかったですよ。倉庫に現れなくって。彼のことになるとスノウは人が変わるから」


「アイツの話はすんな。タバコが不味くなる」


「とにかく、我々も兵隊を集めましょう。大きな祭りになりますよ」


「……フーー」

 

 白パーカーが履いた煙が、意味ありげに事務所の窓からすり抜けていった。


「出かけてくる」


「……こんな時間にですか? どちらに?」


「……キョーカイ」


「え、ああ。噂は本当だったんだ。信仰深いところがあるなんて意外ですね」


「ウルセエよ……」


 白パーカーはポケットから、指輪を取り出した。

 ……兎的と愛莉がつけているものと同じものである。


 白パーカーは指輪を見つめ、小さく舌打ちをした後部屋を出ていった。


 

 * * * * *


「寝れないアルか?」


「うん……流石に親が心配で……」


「轍さんが見張っててくれるアル。大丈夫」


「ありがとう」


 リサはため息をついた。渋谷から笹塚までのたかが数キロが、遠く、遠くに感じた。

 莉春は大丈夫というが、どうしても嫌な想像が頭から離れない。

 数日後には笹塚で、いつぞやの『薔薇戦争』が起きるかもしれない。そうなったら、

あの呑気な親たちはちゃんと、身を守れるのだろうか?


 黙っていると、ますます嫌な思考の渦に飲まれてしまいそうだ。

 ……幸い話し相手ならいる。 



「莉春は、台湾に帰りたい?」


 ホテルの浴衣的な装いに着替えたリサと莉春。

 お互いのベッドの上に座り、リサは莉春に聞いてみた。

 莉春の表情は曇る。


「帰りたい。帰りたくない」


「……わからないってこと?」


「んー……」


 莉春はベッド掛け布団の上に、指で何かの図形を書く。


「リサは、『龍哭』を知ってるアルか?」


「りゅう……? ごめんわからない」


「んーん」


 莉春の書いている図形は、特に意味もない形であった。ただベッドの皺に指を添わせているようでも、

 何かを書き殴っているようにも見えた。


「日本人は知らないアル。……『台北南港市場事件』って言えばわかるアルか?」


 そう言われて、リサの頭の中で、あるニュース記事が浮かんできた。

 確かそれは、台湾でおきた通り魔事件……だったはずだ。


「知らない国の話アルな」


「そんなことないよ!」


「んーん。いいの。

 ……人が大勢死んだアルよ」


「通り魔事件で?」


 莉春の指が止まる。


「通り魔事件じゃないアル……。

 銃乱射事件……んーん。戦争だったアルよ。

 犯人はテロリストとか、反国家組織とか、色々言われたアルけれど、

 あいつらは……中国人でもアメリカ人でもなかった。何者でも、なかった。

 ただ大勢殺して、怖くなった台湾人には銃が配られたある」


「え……それって……」


 莉春は頷いた。


「『新宿薔薇戦争』と全く同じシナリオアルよ。それがあいつらのやり方アル。ワタシは―」


 莉春は唇を噛み締めて、ため息をついた。


「私はだから、日本人嫌いアル。

 他人の国に興味を示さない。知ろうともしない。そして、

 目を閉じたまま悪い方向に向けて走ってく。

 ……

 こんな話やめよ。

 もう寝るアル」


 莉春は素早くベッドに潜り込んだ。


「おやすみリサ」


「……うん。おやすみ」


「大丈夫アル。一人にはしないアルよ」


「……ありがとう」


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