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ヤマオカ

渋谷、スクランブルスクエア。

 莉春とリサは、これといってとりとめのない会話をしていたが、

どんどん莉春の日本語が怪しくなっていき、そのうち呂律が回らなくなってきて発話が解読不能になってきたと思ったら、

やがて船を漕ぎ出し、机に突っ伏して寝てしまった。

 

 ここに来るまでに、何か、あったんだろう……。

 

 しかしすっかり遅くなってしまった。

 これでは、リサが嫌いな夜の電車に乗らなくてはならなくなる。

 

 リサが会計を済ませる頃には、莉春はいびきをかいていた。

 リサは、莉春を揺すると、「ん”……」

 と受け答えをされた。


「莉春。私そろそろ……」


 帰るから。そう言おうとした時である。

 莉春の腕がぬ! ……と伸びて、リサの腕を掴んだ。


「ダメえ……」


「え?」


「笹塚に……帰っちゃダメアル……」


「……なんで?」


「……」


「莉春、何があったの?」


「い……言えないアルよ」


「言って!!」


 莉春は起き上がると、口元からよだれが垂れていた。

 慌てて啜る。

 すでに髪の毛には寝癖がついていた。


「笹塚……中国人に攻め落とされた」


「え? 何? 中国?」


「聞いてリサ! ……あいつらもリサを狙ってるアル」


「……どうして? なんで私が中国の方に!?」


「…… ……」


「莉春? 何か隠してる?」


「…… ……ミスターヤマオカ」


「秀治? 秀治のこと? 秀治が何かしたの!?」


「知らない! ホントに知らない! だけどみんなしてヤマオカを探してるアルよ!

 ……」


「莉春は、秀治の事を知っていたの?」


 そう聞かれると、莉春は口を一文字に結んで、ゆっくりと頷いた。


「そう……。黙ってたんだ」


 リサが悲しそうに呟くと、莉春はついに涙を流した。


「うう……ごめんアルー」




 * * * * *

   

 運河沿い、景品団地倉庫。

 運河からの波風が強いため、夜は一年を通じて寒い。

 川と陸とを隔てる白いフェンスにもたれて、新青龍の孫 嘉善がタブレットの映像を見ている。

 

 それは、一般人が撮影した『衝撃映像』という動画で、新青龍のトラックに落ちた火の玉が立ち上がるというものだった。

 火の玉の正体は兎的である。

 その動画はマンションの3階から撮影されていた。


 燃え上がった人間が、ボンネットの上で立ち上がり、フロントガラスを踏みつける。


「あいつ、やるのう!!」


 孫が笑うと、動画に熱狂している子供にしか見えない。

 

「なるほど。こやつに屋台を奪還されたんやな。あいつとんだ『わや』じゃのう!」


 ケラケラと笑う孫。そこに、倉庫付近から中国語の怒鳴り声が聞こえた。

 孫が目をやると、倉庫に迷い込んだ一般人を、新青龍の構成員が追い払っているようだ。

 思わず不思議に思ってしまった。なぜなら、この景色は今日で二度目だからである。


 そして、本日三人目が倉庫にやってくると、いよいよ放っておけなくなった。


「よ。どうしたんじゃ?」


 孫は、迷い込んだ中年男性に話しかけてみた。

 中年男性の方は、端末と景色を見比べながら「あれえ……」と繰り返すばかりである。そして……


「これって、この辺りですよね?」


 中年男性は端末に乗っている地図を孫に見せた。


「んー?…… ……あれれ、そのようじゃのう。なんじゃ? この地図は」


「私がよく行くクレープ屋なんですが……今日はここでやるらしいんですよ。それでこんなに人が集まっちゃってるんだと思うんですけれど……」


 確かにいつの間にか人が集まっている。


「……クレープ?」


「はい。いつも品川のあたりでやってるんですけれど、今日はこっちって『公式』からのメールに……あ」


 すると倉庫の前に空色の1トントラックが近づいてきた。サイドに描かれた店の名前は『マーマクレープ』

 トラックを運転しているのは愛莉だった。

 

 マーマクレープの屋台が倉庫に停車すると、愛莉は助手席の窓を開ける。

 助手席には、人の背ほどはあるスピーカーが積まれていた。

 そこから、不自然に明るい曲と共に、人間の声ではない無機質な女性の声が聞こえてきた。


「亲爱的邻居们,你们好。今天我来,是为了国际交流。一场送给你们那双看不见的眼睛的交流。

(親愛なる隣人の皆さんこんにちは。今日は国際交流に来ました。見えない目に向けて)


盲人是走不了长城的,看不清路的人,也走不远。

(盲目では、万里の長城を歩くことはできない)


你们不是中国人,不是美国人,也不是日本人,所以我猜你们连自己是谁都搞不清楚吧。

(中国人でもアメリカ人でも日本人でもないあなた達は、自分達の所在に困っていることでしょう)


那我就替你们,决定一个“出身地”吧,你们来自——『商人村』

(だから私が交流の証にあなた達の『出身地』を決めてあげます。あなた達は『商人村』からやってきたのです)


龙,曾是神兽。而你们,只是穿着龙皮的商人罢了。

(龍はかつて神獣だった。だがあなたたちは龍の皮をかぶった商人にすぎない)


身为商人,却连能卖的东西都没有,为了金钱,你们把国籍卖到海那边去了。

(商人なのに売るものがなくて、金に目がくらんで国籍を海の彼方に売った)


现在呢?祖国不欢迎你们,美国讨厌你们,日本嫌弃你们。你们连个家都找不到了吧?

(そして、今の立場は、祖国からは鼻つまみものに、アメリカからは嫌われ者に、日本からもいい迷惑だ)


没关系,我猜你们也没有朋友。所以我们给你们办个派对,热闹热闹。

(どうせ友達もいないだろうからパーティーを開いてあげます)


对了,这段话是中文,还请原谅,因为“商人语”太低俗了,实在没法翻。

(ところでこれは中国語ですが許してください。『商人語』は下品が過ぎるので訳せないのです)」


 集まった中年男性達は、何が起きているのかわからずぽかんとしていたが、

 愛莉の顔を見れてひとまず安心しているようであった。

 訳もわからず歓声を上げるものまで現れる始末だった。


 * * * * *


「外に出たらあかんよ!! この倉庫がバレたらここが使えなくなる!!」


 いち早く異常に気がついた孫は倉庫内の構成員達を落ち着かせた。

 羅 英龍がこの倉庫に出入りする構成員に徹底させたのは、とにかくトラブルを起こさない事と、外で中国語を喋らせないことの二点だった。

 しかし倉庫内ではすでに混乱と怒りが蔓延しており、孫一人では収拾がつかない状態にまで陥っていた。

 

(まいったのう……)


 同胞にはなるべく暴力を振るいたくはない。今にも銃を担ぎ出して外に出て行こうとする構成員に孫は訴えかけて宥めた。

 そしてこれは明らかに何者かの侵略が始まっていると断定した孫は本部に連絡を取ろうとしたが……


(…… …… ……遅かったか)

 

 無線が通じない。これは、おそらくジャミングシステムだ。

 すぐ近くに敵がいる。

 大勢やってきた一般人に紛れて、すでに侵入されたのかしれない。

 これは、組織の目と耳と口を封じられる、非常に良くない事態である。

 そしてそこに銃声が響いた。

 混乱した構成員が外に出たのだ。

 孫は頭を抱えた。


 外は怒声と悲鳴で混乱を極めた。


(しゃーなし。 撤退か)


 孫が倉庫にある武器、弾薬、補給品をなるべく回収して搬出するように、比較的落ち着いている構成員に命じる。

 そして、侵入した何者かを排除しようと頭を切り替えたその時である。

 背後から鉄製の何かで、後頭部を強打された。


「ガ……!?」


 頭から地面に倒れる孫。

 彼の後には、鉄パイプを構えて笑う白パーカーの姿があった。


「よう。……楽しいな? 不意打ちはよ……」


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