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メンツとビジネス


 リサ、今日シブヤを案内してほしデス


 莉春から送られてきたメッセージにはそう書いてあった。

 普段なら真っ直ぐ家に帰る時間なのだが、突然の莉春からのお誘いにリサは戸惑っていた。


 行きたい場所ある? と聞くと、

「リサに会えたらいデス」

 と返ってきた。

 

 それから東口のスクランブルスクエアにある喫茶店で、一時間は待ったのだろうか? 

 やってきたのは、疲れ切った莉春だった。


 あちこち擦り傷だらけで、埃に汚れ、服も疲れ切っている。

 リサは自然にトラブルを予感した。


「何かあったの……?」


「んーん!!」

 

 という莉春の視線が、リサから外れていたので、嘘をついているとわかった。

 そして、それを聞いて欲しくなかったのだ。

 リサは、莉春が渋谷に来たかったわけじゃないのではないかと、漠然と感じた。


 * * * * *


 杉並区、高井戸近郊の緑地帯に、ぽつねんと佇むプレハブ小屋。

 外観こそ用途不明のプレハブ小屋だが、そこそこの面積の地下施設を持ち、

 その施設こそが「角屋」の活動拠点となっている。


 地下施設に敷き詰められた電子機器を冷却するためのファンの音、何かのハム音。

 その他に今日は、工具の音が聞こえる。

 轍が奪還した屋台を修理しているのだ。

 修理と言っても、そこら中が弾痕だらけで、エンジンも燃え尽きている。

 これは1からセットアップした方が圧倒的に早いことが思慮されるが、それでも轍は、燃え尽きた装甲を剥がし、

弾痕を溶接する。何かをしていないと、心を保っていられないのだろう。


 燃え尽きた角屋の傍には、燃え尽きた人間が雑に寝かされていた。

 屋台を取り戻した兎的だ。全身に大火傷を負っていたのにも関わらず、数時間寝るだけでもう、兎的と認識できるくらいには回復が始まっている。

 露軸が不気味がるわけだ。兎的の「この」瞬間に立ち会うのは、轍にしてみても初めてだった。

 確かに、側にいて気持ちのいいものではない。


 別室では、出汁郎がヘッドセットをつけて、モニターの向こう側の人間と会話をしている。

 モニターには『姫』のアイコンが映っている。


『報復は? もちろんやるよなあ?』


 姫川の声だ。

 出汁郎は顔を引き攣らせた。


「はははー……露軸さんはーーやれと言ってますかー?」


『露軸ー? 露軸もLogicも関係ないだろ。ナメられたらおしまいだよ出汁郎ちゃん』


「まー、はいー……屋台奪還の件は本当に助かりましたー。しかしー私たちもー……相当やられましてー」


『知ってるよ。だから、やり返そうって話してんじゃんか』


「うーんー戦力がーー」


『それは、仕方がねえだろ!? やれる事で、最大限の打撃を与えてやるんだよ! 』


「やれる事ですかーー」


 出汁郎は、この姫川が苦手である。他人を扇動して戦いに駆り立てるタイプだ。軍師なんて職業は往々にしてそんなものだが。


『…… ……いま画像送った』


「? なんのですかーー?」


『新青龍の所持してる倉庫だと思うよ? 屋台のせたトラックの進行方向と、金の流れを追ってったらここに行き着いた。

 運河沿いの団地倉庫だな。あのチャイニーズども、この辺の一角にアメリカの武器集めてんだよ』


「はあ……」


『向こうはお前らの武器を奪おうとしたんだべ!?』

 

 はっきりと『お前ら』と言った。自分は他人事なのだ。姫川にはこういうところがある。


『だったら、お前と轍さんでやり返すんだよ。それが筋ってもんだよ』

 

 そして、暴力も犯罪も、『筋』と理由づけて他人にやらせようとする。それが姫川だ。

 しかし、屋台を奪還する段取りを組んでくれたのも姫川なら、味方(兎的)を燃やしてビルの上からトラックに体当たりさせるなんて作戦を思いつくのも姫川だ。

 正攻法なら間違いなく消耗戦になっていた。正攻法以外の策が必要なら結局、姫川に頼るしかなかった。

 

『ちょっと耳を貸しなよ。いいか? ……出汁郎ちゃん。屋台に仕込んだサウンドシステムを、なんとか復旧させてくれ。もしくは新規で買え。

 デカいやつがいい。

 それさえ用意できるなら……お前に『策』を授けてやるよ』


 結局またこの男に乗せられてしまう。出汁郎はため息をついた。


「……姫からですか?」


 傍から声がする。兎的だ。数時間前まで、常人なら命はないほど、全身に大火傷を負っていた男が、もう喋れるほど回復している。


「はいーー……」


「……また、戦いになりますか……」


「……でしょうねー……」


「…… …… …… …… …… やだなあ」


 聞き取れないほどの小さな声で兎的は呟く。


「もうやだよ……、戦いは嫌だ」


 喋っているとはいえ、その姿は大怪我を負っている人間そのものだ。

 出汁郎は、兎的にかける言葉が見つからなかった。


「後何回、後何回、後何回、後何回、後何回、後何回、ボロボロになれば許してもらえるんだろう……

 とても痛い思いして帰ってきて、帰ってくるたびに露軸さんに気味悪がられて、

 誰にも褒めてもらえない……。そりゃそうだ。褒めてもらえるようなことしてないんだもの……。僕がやってるのは人殺し。ははは……」


 出汁郎は、聞こえている兎的の声を、聞き流した。


「出汁郎さん……もう、戦いたくないです」


「…… ……はいーー」

 



 * * * * *


 新宿、罰天オフィスの屋上では、白パーカーともう一人が話しをしている。

 白パーカーと比べて半分くらいの背丈しかなく、体の小さい青パーカーだ。

 青パーカーは端末の画面を白パーカーに見せている。


「これは……?」


「『お隣さん』の所持している倉庫のようですよ? 京浜の運河沿いです。

 東京湾も羽田空港も近いんで、物資を分散して輸入できるんです」


「……お隣さんには興味がねえよ」


「いえいえ。あるはずですよ? スノウ」


 青パーカーは端末の画面をスライドさせる。

 画面には、倉庫に出入りする兵士達の姿が写っている。その中に……

 明らかに背の低い少年の姿があった。


「彼に見覚えは?」


 青パーカーは無感情で問うた。


「……ある」


「そうですか。新青龍にしてもこの倉庫は警備を厳重にするくらい重要な場所なのでしょう。

 スノウ、これは仕事です」


「……メンツをかけて俺に戦えって?」


 青パーカーは端末を閉じた。


「お隣さんがうるさいのは、あまり好ましい事じゃありませんので。

 メンツじゃありませんスノウ。ビジネスですよ」


「ふん……」


 白パーカーは吐き捨てて、屋上から出ていった。


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