sample01
松原交差点には、新青龍幹部で戦術本部編成、戦略兼物流管理の馬宏が到着した。
見事に整った豊かな髭、丸みのある体と顔の形がモンゴル系の人間を思わせる。
スーツのポケットに手を突っ込み、制圧した角屋の屋台を眺める。
鎖とビニールシートで固定され、店の側面には「Sample」と書かれたシールが大きく貼られていた。
「角屋」の名前が、「sample01」変わった瞬間である。
こいつらは一体、どこでこんなものを作った……?
笹塚駅の襲撃から単独でここまで逃げてきた、ラーメン屋台に偽装した兵器。
日本人とはつくづく、おかしな事を考える人種だ。
日本人……。あいつは、山岡は今どこにいるのだろう?
馬宏は山岡と親しかった。立場上は心を開いてはいけない人間だったとしても、馬宏はなぜか山岡とウマがあった。
屋台越しに、山岡の姿を思い返している馬宏に、新青龍構成員の一人が敬礼して近づいてきた。
馬宏も敬礼を返す。
「馬同志。搬出車あと十分ほどで到着とのことです」
「うん。……沈は、沈 澄光 同志は見つかったか」
「それが未だ。裏切りとは考えづらいかと」
「わかった」
構成員は、敬礼を返して去っていった。
* * * * *
4tトラックが到着したのは、きっかり十分後だった。
運転手が降りてきて、馬宏に敬礼をした。馬宏はそれを返す。
「サンプルはこれだ。ご苦労。……道中気をつけるように」
運転手は敬礼で応え、屋台の搬入を始めた。
* * * * *
渋谷駅周辺。
この辺りはまだ、若者の街の名残が残っており、比較的治安も良い。
……比較的の、比較対象が新宿周辺なのが苦しいところだが。
季節的には全くそぐわない、明るい色のトレンチコートに中折れ帽を深く被り、それでいて街の空気に紛れている男がいた。
羅 英龍である。
異なるものが紛れるにはコツがいる。それは自分が空間にとって異物であるという自覚を持ち、それに対し反省も言い訳もしないことである。
無理やり馴染むでも、目立とうとするでもない。異物である自覚を持ちながらもびくびくしたりせず、堂々と自然体であることを受け入れることだ。
歩道橋の上に立ち止まり、階下を見下ろしながら中国語で電話をかけている。
その姿も、通行人からはただの中年男性にしか見えていない。
電話の相手は腹心の馬宏である。
「それで…… 沈は見つかったのか」
『いいえ将軍。近くに争った形跡はあるのですが、沈同志の姿はありませんでした』
「…… ……わかった。 屋台は、今日中に京浜の倉庫に運ぶな?」
『はい。 私も早速立ち会う予定です。沈同志の捜索は、他に引き継ぎます。将軍は今どちらに……?』
「うん……。ちょっとな」
羅 英龍は曖昧な返事の後で電話を切る。
人混みを見つめる視線の先には、小野山リサの姿があった。




