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奪われた「角屋」

 甲州街道に交差する松原の十字路が、突如として火線に変わった。 爆音がこだまし、周囲の建物のガラスが割られる。 交差点中央に停車していた屋台型戦車「角屋」の防壁に、無数の弾丸が雨のように叩きつけられた。

 「っち……!」 出汁郎が、カウンターの裏に身を伏せながら唸る。

 道路の両側、信号機の死角、高架下――そこかしこから新青龍の実行部隊が、分隊編成で射撃を仕掛けてくる。 敵は明らかに、角屋を囲む形で進行方向を塞いでいた。

 「数が違いすぎるアル……! これじゃ包囲殲滅戦アルよ!」

 莉春が言い放つ。彼女の顔にも焦りが浮かんでいた。 彼女は通訳兼外交官――銃撃戦など想定されていない。それでも、小型拳銃を握る手は震えていない。

 「殺されるわけにはーいきませんーー」

 出汁郎がカウンター下の床板を蹴り上げ、自作の“マズルブースト弾”を詰めた改造ショットガンを取り出す。

 「全弾、奴らの壁抜きに使う! 弾込めよーし! 安全装置よーし!」

 出汁郎は立ち上がると、左右のビルの狭間に潜む敵へ向け、壁を貫通する高圧弾を連射した。 建物の側面から煙と悲鳴が上がる。

 だが、敵の数は減らない。

 新青龍の構成員たちは、中国人民解放軍式の前進戦術で確実に距離を詰めてくる。 フルオートの短機関銃、ライフルに混じり、ドローン照準型のグレネード弾までもが放たれ、屋台の装甲に火花が走る。

 「ヤバい、屋台の外壁が抜かれたアル!」

 莉春が通信装置に駆け寄り、『本店』助けを呼ぼうとするが――すでに通信妨害が入っている。

 「出汁郎さん!」

 莉春が叫んだ、そのときだった。

 ズシン――!!

 松原交差点北端。崩れたバリケードの向こうから、1台のフォードが突っ込んできた。 車体は既に複数の弾痕に晒されていたが、タイヤのスモークと共に突進してくる様は、まるで猛牛のようだ。

 ハンドルを握るのは――轍だった。

 「全員、伏せろ!」

 角屋の屋台のすぐ脇に、フォードがスピンをかけて横転寸前で止まり、そのドアを蹴破って轍が飛び出す。 彼の手には大型の防弾シールドと、軍規格のセミオートカービン。全て『新青龍』の構成員から奪ったものである。

 「俺が引くまで三秒稼げ!」 「はーーい! 援護射撃ー!!」

 出汁郎がショットガンを再装填しながら叫び、莉春も小さな体で身を晒して反撃の火線を張る。

 轍はシールドを前に突き出し、新青龍の構成員の狙撃方向に突進する。 その重装備を前に、一瞬敵の弾が集中――が、それすら想定内。

 「…… ……!」

 轍が、シールドを振り上げてそのまま一人の構成員を殴り倒し、二人目には銃口を向けて膝を撃ち抜いた。 その隙に莉春が構成員の足を撃ち抜き、出汁郎が頭上のグレネードドローンを撃墜。

 しかし敵はなおも迫る。

 「こっちだ!」 轍が角屋の乗降ハッチをこじ開け、莉春と出汁郎を強引に中へと引きずり込む。 その瞬間、屋台の後方から――大きく火柱が上がった。

 「……、エンジン部に引火を確認!」

 グレネードが貫通していた。角屋は、もはや自走不可能である。

 轍は歯を食いしばり、最前列に迫る新青龍の構成員を牽制射撃しつつ、撤退の判断を下す。

 「俺が殿を務める! 屋台は……置いていけ!」

 「え……!」

 出汁郎の顔が歪む。 だが轍は、そんな彼の肩を掴み、目を見て一言だけ告げた。

 「あとで取り返せばいい!」

 数秒後―― 三人の影は、ビルの死角に消えた。 交差点に残された屋台は、完全に新青龍の手に落ちた。

 狭い住宅街に逃げ延びる三人。 

 出汁郎の無線が鳴った。『本店』である。


『…… 出汁郎さん?』


「はーい! ……本店ですか?」


『兎的です。無事ですか?』


「命ばかりはー。屋台は……奪われてしまいました」


『了解。今日は平日ですので、小野山リサはまだ渋谷にいます。連絡を取ることは可能でしょうか?』


「……いま撤退中なのですがなんとかしてみますー」


『お手数ですが自力で渋谷まで向かってください。

 屋台は……自分達が奪還します』


「…… …… ……」


『……出汁郎さん?』


「あ……はいーーお願いしますーー現在地松原交差点ですーー」


『わかりました。急行します』

 

 


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