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影と鉄


「角屋」の屋台が和泉陸橋までやってきた。

 バリケード代わりになっているフォード達の横腹に、屋台が衝突し、道をこじ開ける。

 揺れる屋台の中で出汁郎は電話をかけている。


「ああ、はい問題ないですーー心配してくれてどうもーーー」


 電話の相手は、『本店』の露軸である。

 

『相手はお隣さん?』


「見た目じゃあ区別しきれませんけれど、少なくとも罰天じゃないですーー」


『どうして?』


「明らかにゴロツキのやり方じゃないですねーー笹塚は多分、街ごと買収されてますーー。

 我々は逃げてきましたがー、莉春さんやその家族をー、あそこに残しておくのは危険かもしれませんー」


『(電話の向こうで誰かと話している)……わかった。兎的を向かわせる』

 

「リサさんを救出するんですかー?」


『出汁郎たちは今余計なことを考えなくていい。そこから逃げてきて。

 ……くれぐれも屋台に傷をつけないように』


「あ、はーーいーー」


『……何か衝突音が聞こえるのだけれども、大丈夫だよね?』  


「…… ……」


 この上司は妙に鋭いところがあった。

 出汁郎はサインで莉春に、一時停止を命じた。


『……今音が止まった。やっぱり乱暴な運転してたんでしょう。

 後一瞬出汁郎の呼吸の音が遠くなった。受話器から手を話して莉春に何か指示を出したね』


「……まあこちらは戦場ですからーーー」


『喋り出すまでに一瞬沈黙があったのは、図星だからだね』


 出汁郎は頭を描いた。


『ごまさかさなくて良いから。……あのね、ほんと、お金ないからね。……角屋はスペアパーツをもう使い切っちゃったんだから。

 今度燃やされても、もう屋台治してあげられないからね』


「はいーー気をつけーーますーー」


『……以上通信終わり』


 出汁郎は電話を切った。


「莉春ーー再開ーー」


 屋台がまた、ガコン! ガコン! と、フォードに衝突して、車と車のわずかな隙間を押し広げようとしている。


「露軸さん、怒ってたアルか?」


「そんなことないよーー。 それよりー、轍さんは?」


 すると、周囲から車のエンジンの音、そして後方からは発砲音が響く。

 多方向からフォードに乗った増援が押し寄せてきた。

 出汁郎は慌てて機銃についた。


「マズイねえこれは……」


「轍さん! 早く帰ってアル!!」


 

  


 * * * * *


 松原交差点から数メートル離れた場所、水道局が所有している白い二つのドームの隙間が、決闘の場所に選ばれた。

 

 『新青龍』の傭兵沈 澄光が、二本のナイフを構えて轍と相対す。

 しかしなかなか動かない。轍の何かの動作を『待っている』ようだった。

 轍は、ジャケットの内側の警棒を取り出した。

  

 轍が構えるのを見届けると、沈は改めて構える。


 二人とも石造のように動かず、相手の動きを見る時間が続く。

 そこに1羽の鴉が、ドームの間を低空飛行で飛んだ直後だった……

 

 先に動いたのは沈の方だった。まずはあえて轍から視線を逸らし……

 白いドームに向けて飛んだと思ったら体が上下逆さまになる。両手で地面をとらえ、バック転をしながら足から轍の顔面に飛び込んできた。


 轍は思わず姿勢を低くする。しかし沈はこれが狙いだった。

 高さのあるバック転は轍を飛び越し、後に回り込んだのだ。

 空中から二本のナイフが轍の背中めがけて振り下ろされる……


 ガチ!!


 轍はきっ先の位置を見切り、警棒を背中に回して後むきで斬撃をしのいだ。

 そこに沈からの第二撃、三撃が繰り出されるが、轍は全て後ろ向きで防いだ。動きを見切っているのだ。

 力では勝てぬと悟った沈は右腕で渾身の突きを繰り出すが、轍はそれも見切っていた。

 沈の突きを半身ぶんでかわし、脇で沈の腕を挟んだ。

 そのまま沈の右腕のナイフを落とし、関節技を決めかけるが全く手応えがない……。

 

 いくら体を鍛え、鋼鎧のような肉体を手に入れようが関節まではなかなか鍛えられない。

 しかし沈は関節技に抗力があるようで、本来人間の反射が働いて力んでしまう部分が全く動かず、轍の動きを全て受け入れていた。

 合気道の達人ができる技だが、なかなか実践で活かせられるものではない。

 大きな隙ができてしまったのは轍の方だった。

 轍は沈の体を半ば投げ飛ばすようにし、距離をとる。


 着地した沈は深く、嗤った。


「柔よく剛を制す、だ。貴様の国の言葉だろう」


 沈は、左手のナイフもわざと地面に落とした。

 そして……背中から二尺ほどの忍者刀のような刀を取り出した。

 

 沈はそれを右腕で低く、構える。


「敬意の表れとして、ジャパニーズスタイルに付き合ってやる」


 轍は改めて身構えた。


「轍、ベンガジを思い出せ。今殺している人間が、本当にゲリラなのか訳もわからず、

 燃え堕ちる大使館の中、死にものぐるいで戦ったあの感覚を思い出せ。

 貴様と私、同じ余所者が悲惨な殺し合いに介入させられた、あの不条理を思い出せ。

 ……じゃないと我々とは戦えんぞ?」


 そこからはまた、相手の動きの探り合いだった。

 轍と沈、奇しくも同じ構えで、低い体勢からきっ先が相手の目からその下を向いており、

 一撃の突きを目か喉に狙っていた。


「ふう……」

 

 と、轍が息をついた瞬間、先に動いたのは轍だった。

 直線的な動きで沈との距離を詰め、顔面に突きを繰り出す。

 沈は思わず頬を緩めてしまい、轍の初動をかわし、いともあっけなく轍の懐に忍び込んだ。

 手慣れた手つきで作業的に胴抜きの体制になった瞬間である。

 信じられない速度で轍の第二撃、沈の脳天めがけて警棒をふり下ろしたのだ。


 この速さは想像できなかった沈は一度刀で受ける……が、

 轍の斬撃が、沈の刀を砕き……そのまま顔に向けて警棒が振り下ろされた。


「ガ………!!!」


 その斬撃の重さに、沈は背中を地につけた。

 脳震盪の状態だが、反射で起きあがろうとすると轍の足が首をふみ、地面に押さえつけられた。


 沈はもがくが、轍の体重を首では支えきれず、抵抗をやめた。


「ぐ……剛で……柔を黙らせたか……」


「……お前が武器を変えた瞬間に勝ちは見えていた……殺す気ならもっと練習してこい」


「……ふ……」


 轍は頭を思い切りふみ、沈を戦闘不能にさせた。

 息をついた瞬間だった。


 松原の交差点から響く、激しい銃撃の音に気がついた。

 


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